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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第六章 終わる世界 繋ぐ光―Union―
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第05話 勝利の残滓ー”intermission”-

♯5


「……ムラサメ……」


 麗句の声が感嘆と安堵を奏でる。


 ”黄金ひかり”が、眩き"黄金(ひかり)"が、数多の超常と奇跡で砕かれた大地に舞い降りる。


 ”骸鬼スカル・オウガ煌輝キラメキ”の黄金の鎧装ヨロイは、己が捕食チャージした”畏敬の赤アームド・ブラッド”の粒子を、外套マントの如く棚引かせ、”輝醒剣きせいけん”に再び大剣状の鞘を纏わせる。


 ――鮮やかな決着だった。


 ”煌輝(キラメキ)”が、響=ムラサメが繰り出し、虚空(そら)黄金ひかりの軌跡を描いた剣閃は、”信仰なき男フェイスレス”の長躯を確かに断ち、”畏敬の赤”の返り血とともに、その亡骸(なきがら)を塩の塊へと、虚空を漂う塵芥(ちりあくた)へと変えた。

 

 この戦場を半ば支配していた”信仰なき男フェイスレス”の不遜な気配は完全に消滅し、周囲には徐々に、徐々に静寂が戻りつつあった。


 (……"勝った"、のだな……)


 "何に対して勝ったのか"はわからない。フェイスレスが何者であったのか、彼が口にしていた"救済"がどのようなものであったのか知る由もない。


 だが、阻止する事は出来た。


 阻止、出来たのだ。


 それだけは間違いない。


 その一点において、疑いようのない、完全なる勝利がそこにあった。


 そして、


「……ぅ……ん……」

「……っ!」


 数奇な状況、策謀に翻弄された幼い命も、"赤"の呪縛から解き放たれる――。


 フェイスレスによって”赤い柱”の内部に囚われていた”神の子アル・ホワイト”の身体も、フェイスレスの消滅と同時に解放され、僅かな呻きをその喉からこぼしていた。


「アル……ッ‼」


 精も魂も尽きた、その痛ましい姿に、響の脚は岩肌を蹴り、弾丸のように走り出す……!


 疾走とともに黄金の鎧装ヨロイ除装(パージ)され、響の肉体に吸い込まれるかのように、その輝きを消す。


 元の青年(ヒト)の姿に戻った響は、泥に塗れるのも構わずにアルの前へと滑り込み、そのたくましい両腕で、倒れ込むアルの身体を受け止める……!


「ん…………」


 アルの唇から溢れたのは、健やかな寝息。


 疲弊こそしているが、身体に大きな外傷はない。


 少年の身体を抱き締めた響の表情が、安堵に(ゆる)む――。


「アル……! 良かった! 本当に……!」


 "創世石"の影響で赤く染まった髪を撫で、細い身体を抱き締め、響は無事でいてくれた幼い命に、尊いその命に目頭を熱くする――。


 ガブリエルが生命(いのち)を賭けて、紡いでくれた奇蹟。


 その奇蹟の鎧装(ヨロイ)で掴み取った、最良の現実。


 命と命、想いと想いで繋がれた、その光に響は、心からの安堵を笑みとして、その表情(かお)に宿らせていた。


 それは、先程までの戦い様が嘘のように穏やかな、一個の青年としての、アルの"兄"としての表情(かお)だった。


「……ああいう表情(かお)も出来るんですね、彼は」


 その響の表情に、シオンは口元の渇いた血糊を拭いながら告げ、自分自身も、張り詰めていた表情を解く。


 剣の柄に添えられていた指も(ほど)かれ、命で命を削るような死闘の終幕(おわり)を、シオンは安堵の息とともに実感する。


 深い、感嘆と感銘とともに。


「……"天敵種"という重すぎる業を、あのような"黄金(ひかり)"に変えて見せる。――その奇蹟を成したのは、彼の、ああいう表情(かお)なのかもしれませんね」


 "私達には、眩し過ぎる表情(かお)です"。


 シオンの言葉に麗句は心で頷く。


 この奇蹟を成し遂げたのは、響=ムラサメの血統や能力ではない。成し遂げたのは、彼の人間(ヒト)としての力、"心"だ。


 そして、あの"創世石"の模造品(レプリカ)の少女の覚悟、"彼女"の声。どれ一つ欠けても、この奇蹟は成し得なかった。


 これは、人間(ヒト)の心の勝利と言える。

 

「……なぁ、シオン。覚えているか、いつぞやのラ=ヒルカでの事」

「……あの日のこと、ですか」


 しばしの間の後、麗句の言葉にシオンは頷き、周囲を漂う"黄金氣(マナ)"を指に絡める。


 温かく、(まばゆ)いその黄金(ひかり)は、"畏敬の赤"を塗り潰す程に力強い――。


因果(ループ)を断ち切る"黄金(ひかり)" 。……そうですね、業腹ですが、実際にこうなってみると、あの"(おきな)"の話には整合性がある」

「フェイスレスの奴が何だったのか、何をしようしていたのかは結局わからずじまいだったがな……」


 繰り返し語られた"救済"という妄執が、何を意味するものだったのか。知る事はなかったが、フェイスレスが時間軸を巻き戻し、世界を繰り返していたのは確かなようだ。そして、それを阻んだのは――、

  

【……………】

「……! "獣王(キング)"ッ!?」


 突然の事に、麗句達の喉が驚愕の声を吐き出す。


 二人の眼前で、耳をつんざくような轟音、地鳴りとともに、"獣王(キング)"の巨躯が倒れ伏していた。


 自らの"死"すらも超越してみせた"王"の思わぬ姿に、麗句達は息を呑み、横たわる巨躯へと駆け寄る――。


「"獣王(キング)"……!」

【……()くがいい。騒ぎ立てるような、事ではない……】


 荒い呼吸と、太い弦を皮手袋で擦ったかのような唸り声が、"王"の喉から吐き出される。


 前のめりに倒れ伏した"獣王(キング)"は、血相を変えた"小さき者"達に告げると、その巨腕で上体を押し上げ、身を起こす。


 鎧装(ヨロイ)(ことごと)くを失い、ありのままの漆黒(ケロイド)の皮膚を晒す"獣王(キング)"の姿は、長い年月を共にした麗句達をしても衝撃的な情景(もの)だった。


 かつて"地球"で百年間、人類と闘争を繰り広げた怪獣王――"神璽羅(ガンジラ)"の異貌(すがた)がそこにあった。


 畏怖と畏敬の念が沸々と、麗句達の胸に沸き上がる。


「まさか、お前がこれ程に消耗するとはな――。にわかには信じ難い話だ」

「……捨て置けとは言いますが、あの時、貴方は確実に"死"を迎えたように見えた。そこから甦ってみせた事は驚異的ですが、だからこそ、現状の貴方を放置する事は出来ない――」

【…………】


 沈黙の中、"神璽羅(ガンジラ)"はその白濁した目を、半身のみを起こしたいま、同じ目線の高さとなった麗句達の表情へと向ける。


 ……不思議なものだ。


 自らを真摯に見据え、漆黒の皮膚に触れる"小さき者"達の瞳には、確かな敬意が、親愛が垣間見えた。


 かつての己が滅ぼさんとした最大の仇敵にして、(ふる)宿敵(とも)が、愚かにも護らんとした、"知恵で大地を()く者"。


 人類(それ)がまさか、己にこのような眼差しを送る日が来るとは――。


 "王"は口の端を歪め、旧き宿敵(とも)が力を託した青年へと、黄金の希望(ひかり)へと、その目線を移す。


(護る、者よ……)


 その希望(ひかり)は、この勝利の先にある闘争の鍵となる。


 穏やかな勝利の残滓の中、"獣王(キング)"は"壊す者"を打ち倒した青年。そして、その青年へと生命(いのち)を分け与えた少女にその白濁とした目を細める――。


 刹那の休息が、各々の胸にいま、柔らかな風を届けていた。


NEXT→第06話 終焉と開幕とー"the beginning"ー

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