第02話 我は煌輝―”FENCER OF GOLD”―
#2
「"赤"の禍根、か。……随分と識ったような言葉を吐くものだな、"危険因子"……」
「…………」
"麗鳳石"と"鬼哭石"の力を吸い上げ、強引に強化を施した"死邪骸装"の鎧装は、多くの追加鎧装を構築し、その進化を、完了させつつあった。
投影性格検査のインク染みのような歪な鉄仮面は、白い外骨格によって整えられ、荘厳な印象を与える端正な仮面へと、その形状を変えていた。
そして、大型の肩部追加鎧装は、パラボラアンテナのような形状となり、その先端から艶かしく、無数の"管"を伸ばしている――。
それは、響との決闘に敗れ、意識を喪失している我羅の"羅剛石"、乱戦の中、回収し損ねている"獣王"の"揮獣石"にまで、その鋒を伸ばさんと、妖しく蠢いていた。
その様はあまりに禍々しく、おぞましい。
「……理解りかけてきましたよ、フェイスレス」
「……! "剣鬼"――」
息も絶え絶えといった様子でありながら、この状況に鋭く斬り込まんとする、"剣鬼"の言葉に、フェイスレスの"畏敬の赤"に血走った両眼が蠢く。
自らの剣を杖のように大地へ突き刺し、かろうじて身体を支えているような状態であったが、シオンは"力"の吸引に屈する事なく、フェイスレスを見据え、口を開く。
「……整理してみれば、当たり前の事です。"適正者"でないものが、物理的に直接"接続"を繋いだだけで、"創世石"の力を扱えるわけがない――。だが、アナタはそれを成し、我々の石からも"力"を奪ってみせる。まるで、"同じ型の血液を輸血するように"容易く」
であるならば、貴方は――、
「"畏敬の赤"の……」
「フン……!」
言葉は衝撃に阻まれた。
フェイスレスが翳した掌から放たれた波動が、シオンの身体を弾き飛ばし、血の海の中に沈ませていた。
「がっ……」
「シオン……! ぐっ……」
シオンに駆け寄らんとした麗句もまた、膝から崩れ落ち、苦悶に喘ぐ。
それぞれの"醒石"が著しく"力"を奪われた事で、"畏敬の赤"の加護で塞いでいた傷口、誤魔化していた消耗が露となり、麗句とシオン――二人の勇士はその身を汚泥の中に這いつくばらせていた。
――立ち上がる術も、余力も残されてはいない。
その命は、もはや"風前の灯"と言えた。
「フン……下手に動かぬ事だ。卿らの身体は既に、"畏敬の赤"の加護がなければ、瀕死の状態。"余計なお喋り"も、命取りとなるぞ――」
冷徹に告げ、フェイスレスは対峙する黄金の騎士へと、"赤"に染まった両眼と、精製した"死の概念"を向ける――。
「これで"一対一"だ。……足掻くな、跪け。我が"救済"の礎となれ、"危険因子"」
"死"の概念を凝縮した"邪気"が満ち、有無を言わさぬ"圧"が、強化された"死邪骸装"の鎧装から迸る。
だが、
「……断るッ‼」
「ぬっ……!?」
然して、湧き出でる"黄金"。
立ち込める"死"の臭気を吹き払うように、響が大地に突き立てた、大剣状の輝醒剣から、多量の"黄金氣"が放出され、周囲半径数十メートルに、黄金の絨毯のように敷き詰められる。
「これは……」
「この、光は――」
その"黄金氣"は、麗句とシオンの瀕死の肉体に染み渡り、途絶えそうだった生命を繋いでいた。
精神を荒ませ、肌をヒリつかせる戦場の中で、その"黄金"だけは、どこまでも温かく、優しかった。
「貴様……」
「俺の目の前で、もう誰一人死なせやしない……!」
開戦。
黒と紅に彩られた邪爪とともに叩き込まれる"死の概念"を、大剣状の輝醒剣ではね除け、響は強烈な正拳で、フェイスレスを後退させる。
"進化"した"死邪骸装"に対抗するように、"煌輝"もまた、その鎧装に纏う"黄金氣"の煌めきを、より眩いものとしていた。
邪爪と大剣が火花を散らしながら激突し、二人が疾走りながら交差させる斬撃は、耳障りな衝突音とともに、その余波で大地を砕く。
その最中、抜け目なく発動される、フェイスレスの"世界線移動"。
だが、彼の観測する、その"黄金"の中に、己が勝利する"世界線"は見えない――。
「おのれ……イレギュラアァァァァッ‼」
フェイスレスの両腕部の鎧装が展開し、物質化する程に高濃度圧縮された"畏敬の赤"が、剣として顕現。
あらゆる物質を、概念を斬り裂く、凶暴な剣閃が空間を乱舞し、その禍々しき舞踏を、響の大剣が捌き、受け止める……!
襲い来るのは、"麗鳳石"と"鬼哭石"のエネルギーを上乗せした、凄まじい"出力"。
だが、それと真っ向から鍔迫り合う大剣が、鍔に埋め込まれた碧石を輝かせ、フェイスレスの"剣"を押し返す……!
「……素人だな。踏み込みも足りなければ、太刀筋も粗い……!」
「ぬぅ……!?」
返礼するは、流麗なる剣舞。
師範が手本を見せるように、響が鮮やかに閃かせた大剣が、"死邪骸装"の白い鎧装の一部を切断し、闇夜に舞い散らせる。
……拮抗している。否、凌駕している。
戦闘技術の差が大きく作用する程、いま"煌輝"の力は、フェイスレスを確かに凌駕し、圧倒的なまでの"黄金"で、"畏敬の赤"を塗り潰していた。
その煌めきは、まるで暗黒の夜に輝く太陽であった。
闇の深淵を照らし、邪悪を焼き尽くす焔であった。
恍惚と目を見張るシオンは、疲弊しきった身体を起こし、その荘厳なる黄金を瞳に焼き付ける――。
(しかし、あの"黄金氣"の総量……枯れるどころか、その勢いを増している。まるで――)
「"鎧装そのものから湧き出でているかのよう"、か」
「……!」
虚を突かれた視界に、美貌が微笑む。
シオンの思考を言い当てた麗句は、いまにも崩れ落ちそうな彼の身体を支えるように、自らの肩を貸していた。
麗句自身も重傷を負っている。だが、響から"黄金氣"という温情を受けた以上――座して状況を見守るつもりはなかった。
「……最初は、憐れんだよ。"天敵種"である男を愛してしまった彼女を」
「"女王"……」
威風堂々と立つ、眩き"黄金"を見据え、麗句は告げる。
「……だが、違うのだな。"天敵種"という己の性を"守護者"なるものに昇華してしまう黄金――彼女の青い瞳は最初からそれを見ていた。曇った瞳では見つけることの出来ない、彼という黄金をな」
己と対峙し、己を救った少女の無垢な眼差しが、その心根が、淀み、荒んだ胸に清々しい風を吹かせる――。
そうだ。彼女のような、彼のような人間がいるから、憂いと悲しみに満ちた人の世を、光あるものと信じられる。
希望ある世界を、諦めずにいられる。
「……見届けよう。道を踏み外した我等には、眩しすぎる光を。彼等が辿り着き、掴んだ希望を――」
麗句達の想いを受け止めように、響が携え、操る大剣が、鮮やかに閃く――。
眩き黄金を舞い散らせ、その鋒をフェイスレスへと叩き付ける大剣が、その実、"大剣を模した鞘"である事は、先程の戦闘で示された通りである。
……だが、これがただの"鞘"である訳がない。
戦場で、一度抜刀した剣が鞘を纏う道理はない。
ならば、"理由"がある。
――すなわち、この大剣を模した"鞘"だけに与えられた"役割"が。
「"出番"だ……! 刺し貫き、喰らえ……! "禍喰らい希望紡ぎし黄金"……!」
「ぬ……う……ッ!?」
衝撃。
フェイスレスの肩口を貫き、暗闇を煌々と斬り裂く大剣が、周囲に渦巻く"畏敬の赤"の粒子を吸収……! ――"補食"していた。
「なっ……馬鹿な、このような……!?」
僅かに展開した先端部が、その鳴動とともに"畏敬の赤"の粒子を吸い込み、大剣の中心部に設えられた、三角形の刻印を碧色に輝かせる。
そして、大剣内で浄化・精練された"畏敬の赤"は、無尽蔵の"黄金氣"に変換され、"煌輝"の鎧装へと充填されていた。
それは完成した"円環"。すなわち、
「……彼自身が言うなれば"永久機関"に準ずる存在……! 無から有を産み出すに到らなくとも、周囲に"畏敬の赤"が在る限り、無限に"力"を産み、循環させる、まさに――」
「……"救済者"……」
"天敵種"。そう続けようとしたシオンの呟きを、麗句の震える声が上書きする。
その完成された異能に、眩き黄金の円環に、麗句は、遠き日に読み解いた教えに登場した、"保全する者"、"救いを担う者"の名を、無意識に呟いていた。
――そして、これは彼だけの"力"ではない。
全ての"畏敬の赤"を統べる、"創世石"の複製である少女の命。
"守護者"が託した、"黄金氣"とそれを統べる力。
彼自身の"天敵種"としての特性。
――それらが三位一体となり、この"黄金の騎士"は誕生した。
そうだ。彼こそが、無限に喰らい、無限に生み出す"魔獣"にして、"救済者"。
"創世石"と人類を守護し、"救う"者。
「響=ムラサメ……」
"信仰なき男"の喉が畏怖を込めて、その名を呟く。
――違う。
この男は、"危険因子"などという程度で括れる存在ではない。より"己と等しく"強大な――、
「……"封印解除"」
「……!」
言霊とともに、フェイスレスの肩口から引き抜かれた大剣は、"畏敬の赤"の返り血とともに闇を舞い、真なる"抜刀"の刻を迎える――!
「……決着を、つけよう」
鞘を排除し、解き放たれるブレード。
――"赤"の禍根が、いま断たれる。
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