第34話 煌輝―”GOLD”―
#34
「フン……滑稽だな! 人類ども……! 今更、何を足掻こうと、何を吼えようと、私の"救済"を止められるわけがない……!」
「グッ……!?」
舞い散る血飛沫。
事態が最終段階に至った事を裏付けるように、"信仰なき男"の"赤い柱"への進撃は、苛烈を極めていた。
荒ぶる"死邪骸装"の背部から射出された、脊髄を想起させる触手が、麗句とシオンの鎧装を破砕し、天高く弾き飛ばす。
その身を蝕む、看過できぬ消耗のため、受身も取れず落下した二人の肉体は重い損傷に血反吐を吐きながらも、立ち上がり、即座に迎撃を再開する。
ここで、膝を折るわけにはいかない。
己を災禍に陥とした"畏敬の赤"の業に飲まれず、人間としての願いを、矜持を示した少女の声が、疲弊しきった二人の血肉に、芯を通すように確かな"力"を与えていた。
「フン……"創世石"が何の引き金を引かせたかは理解らんが、無駄な事だ。無駄、無駄、無駄……!」
「クッ……化け物め!」
触れただけで魂を腐食させるような"死の概念"が、麗句達の攻撃を押し返し、嘲笑う。
それだけではない。立ち塞がるフェイスレスの有する再生能力はやはり異常だった。
尋常の人間、適正者であれば、致命傷となる一撃を、麗句とシオンはもう幾度も叩き込んでいる。だが、彼は死なない。
まるで、何らかのシステムに、強制的に"死"をキャンセルされているかのようだった。
いったい何が要因となって、このような怪物が生み出されるのか――。
拭い切れぬ畏怖心が、麗句とシオンの背筋に絡み付き、耐え難い怖気を誘発する。
「今更、卿らのような小蝿の足掻きなど問題にならん……! 想定外ならば、"根こそぎ"吹き飛ばせば良いだけの話だ」
「……!」
「い、いかん……!」
それは、反吐を催すような、醜悪な光景であった。
”信仰なき男”が操る”死の概念”が、”死邪骸装”の右腕部鎧装に注ぎ込まれ、まるで水死体の如く歪に、醜怪に膨れ上がっていた。
”砲塔”の如く左腕に持ち上げられた右腕に装填され、蜷局を巻く”死の概念”。ソレは醜悪を極め、言うなれば、死霊の臓腑の如き屍臭と絶望に満ちていた。
――そして、その屍臭と絶望が狙うのは、何らかの言葉を交わし、向かい合う響とガブリエルである。
「逃げ…逃げろッ‼ 響=ムラサメッ‼」
麗句の絶叫を、フェイスレスの"周到"が塗り潰す。
阻止せんと大地を蹴った麗句とシオンの脚には、"死邪骸装"の脊髄の如き触手が絡み付き、フェイスレスが贈与する"死"の照準をより確かなものとしていた。
もはや、"救済"を阻むモノは何もない――。
虚無に満ちた両眼が、確信に歪む。
だが、
(シャバい真似してんじゃねぇぞ、オゥラァアアア……ッ‼)
「……!」
袋小路を一閃貫く衝撃…!
"傲慢"は砕かれ、"万全"がグラつく。
刹那。突如として"死"の射線に割り込んできた、強烈な"跳び蹴り"が、フェイスレスの顔面を撃ち抜いていた。
歪む視界の中、映し出されるのは、蠍の白骨の如き意匠を持つ、機械的な仮面。
"毒蠍"の称号を持つ、我羅・SSの鎧装である。
「ス、"毒蠍"……!」
「……ったく、男が"覚悟"決めてんだ。余計な茶々入れてんじゃねぇぞ、ブサイク面ゥ……」
言い放つ我羅の指が、自らのオールバックを整えるように、機械的な仮面を撫でる。
我羅の一撃によって、装填されていた"死の概念"は軌道を逸らされ、明後日の方向へと噴き上がっていた。
その隙に、麗句とシオンは脚に絡む触手を切断。
態勢を立て直すと、フェイスレスの包囲網を形成するように、我羅の両脇を固めていた。
「我羅……SS……貴様……」
「ハッ……! まぁ人のタイマンに横槍入れたんだ。横槍入れられても文句は言えねぇよなぁ。俺等の"自由"の横には、いつでも"死"が横たわってる……。好きにやるなら対価を払えよ、フェイスレス」
指で喉を掻っ切るジェスチャーとともに嗤い、我羅は、"生きる決断”を下した男と、”生き残る覚悟”を決めた少女へとその目線を向ける。
弁髪のように、機械的な仮面から伸びる蠍の毒針を、フェイスレスの喉元へと突き付けながら――。
「……俺はなぁ、無様でも生き足掻いてるヤツが好きなんだよ。あの気合いの入った甘ちゃん野郎が、生き足掻いて"何になる"のか。是が非でも見ておきたいんでねぇ――」
"神様にだって邪魔はさせねェよ……"。
狂暴な舌舐めずりとともに、躍動した我羅の五指と、"死邪骸装"の錆色の爪が交差……! 重々しい金属音とともに、おびただしい"畏敬の赤"と血潮を闇夜に迸らせる。
「その狂気に……」
「乗らせてもらいますよ、"毒蠍"……!」
同時に麗句とシオンも迎撃に復帰し、"女王"、"剣鬼"、"毒蠍"の連携が、"死邪骸装"の進撃を圧し返していく。
機械的な仮面の下、闘争心にギラつく、我羅の両眼が嗤い、凶暴な牙を剥き出しにした大口が吼える。
「さぁ……見せてみろ、"天敵種"ッ! お前らの生命、そのヤベェ輝きをヲヲヲッ!」
そして、
「あの男……」
その咆哮を背に受けた響の覚悟も定まっていた。
あえて振り返りはしない。いま、自分が向くべき方向は"前"しかない。
運命に啖呵を切った彼女との約束。
果たすには、生き延びねばならない。
己の肉と命を蝕む群青に、"畏敬の赤"に屈するわけにはいかないのだ。
「……ガブリエル。"始める"前に、一つだけ、一つだけ約束してくれ」
「はい……!」
苦悩を孕んだ響の声に、気丈な声が応える。
この優しすぎる青年の良心が負う"呵責"を包み込むように、ガブリエルは穏やかに微笑んでいた。
響が自分の戦いを受け入れてくれた喜びもあった。
自分も彼と共に戦う戦士なのだと、彼の"決断"が示してくれていた。
そのガブリエルの気持ちを受け止め、響は頷く。
「……俺はお前の生命を預り、"喰らう"。だが、"もらう"のはこの体を制御するに足る量だけだ」
異形化した響の指が、彼女の生命を慈しむように、碧色の髪を撫でる。
「だから……それ以上をこの体が求めたら抵抗してくれ。お前も、"生き残る"と約束してくれ。――頼む」
告げる真摯な声に、ガブリエルは頷き、細い指で異形化した響の手を握り締める。
「……わかりました。その時は必死で抵抗します。私も、またアルに会いたいから」
可憐に咲く、その笑みには"覚悟"を決めた戦乙女の凛々しさがあった。美しさがあった。
響は頷き、"壊音"の楔"を解くべく、瞳を閉じる。
"拘束"を解かれた群青が騒ぎ出し、蠢く――。
(……そうだ、人類よ。お前達の命が宿す煌めきは、重なりあってこそ輝く――)
紡がれる、優しく温かな声。
二人を見守っていた"守護者"の輪郭が、眩い黄金の粒子となり、純粋なエネルギー体となって、響の身体へと降り注ぐ――。
宿るように、託すように、その黄金は響の全身を包み込んでいた。
(若き命よ。忘れるな)
……独りの強者ではなく、他者の想いを繋ぎ、共に立つもの。
それこそが、
(……真の"守護者"。人類の生命を護りし者だ)
黄金を浴びた響の身体が、一歩前に踏み出す。
荘厳なる黄金の雨。
その輝きの中で、大口を開けた、"骸鬼"の凶相が、少女へと――、
(ここ、は……)
次の刹那、響の意識は見知らぬ空間に飛んでいた。
白く塗り潰された人工的な空間。その床と壁には細かな亀裂が走っており、どこか痛ましさを感じさせた。
(ガブリエル……)
その床の中心に横たわるのは、自分に"命を預けてくれた"少女。
"起きた事"を示すように、陶器のような煌めきを持つ碧色の髪と、白い衣服は紅い血潮に汚れていた。
「……………」
恐らく此処は、ガブリエルの心象世界。
一歩一歩、足を進める事に、彼女の記憶が、軌跡が、響の意識に流れ込んでくる。
この小さな肩が、どれ程の重荷を背負わされていたのか。
この細い腕が、どれ程の宿業を抱え込んでいたのか。
理解した響の拳が、固く握り締められる――。
「……すまない、俺はお前の事を何も知らずにいた。その、苦しみを知らずにいた」
眠る少女の傍らに片膝を突き、響は、血を流す彼女の肩口へと、固く握り締めていた掌を伸ばす。
「……だが、もう大丈夫だ」
これからは俺が背負う。
これからは俺が共に戦う。
肩口に優しく添えた掌の熱い温もりとともに、響は告げ、その赤い瞳を、戻るべき"現実"へと向ける――。
幾多の苦難を潜り抜け、立ち上がった魂が、唇が、その"言霊"を吐き出す……!
「……『鎧醒』……ッ‼」
「なっ……!」
突如として、爆発的に噴き上がった"黄金"に、誰もが視覚を、心を奪われる。
"畏敬の赤"と"黄金氣"を混合した未知なるエネルギーで編まれた"黄金"。
その"黄金"を掻き分け、未知なる鎧装が、戦士達の前に姿を現していた。
「響……さん……」
か細い、だが充足した声。
自らの腕に抱えられたガブリエルの声に、未知なる鎧装は頷くと、背部に携行されていた大型の剣を、その右腕で外し構える――。
凶相の仮面は、騎士の優美と荘厳を宿し、両肩と胸部に鎮座する三頭犬は、"金狼"とでも呼べるような精悍さを手に入れていた。
そして、その鎧装を覆うのは、眩いばかりの"黄金"。
フェイスレスにとっては、看過出来ぬ想定外。
それは、"物質としての神"すら預り知らぬもの。
「貴様は……」
あらゆる可能性を見通す男が、声を震わせ問う。
「貴様はいったい……何者だ!?」
「……俺は響=ムラサメ。"畏敬の赤"を喰らい斃す天敵種」
黄金の騎士が、大剣を月光に煌めかせ、応える。
「"創世石"と人類を護る者だ――」
第五章 破戒/再醒―Escalation― END
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