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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第五章 破戒/再醒―Escalation―
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第34話 煌輝―”GOLD”―

#34


「フン……滑稽(こっけい)だな! 人類(ニンゲン)ども……! 今更、何を足掻こうと、何を()えようと、私の"救済"を止められるわけがない……!」

「グッ……!?」


 舞い散る血飛沫(ちしぶき)


 事態が最終段階に至った事を裏付けるように、"信仰なき男(フェイスレス)"の"赤い柱(アル・ホワイト)"への進撃は、苛烈(かれつ)を極めていた。


 荒ぶる"死邪骸装(イーヴィル・デッド)"の背部から射出された、脊髄を想起させる触手が、麗句とシオンの鎧装を破砕し、天高く弾き飛ばす。


 その身を蝕む、看過できぬ消耗のため、受身も取れず落下した二人の肉体は重い損傷(ダメージ)に血反吐を吐きながらも、立ち上がり、即座に迎撃を再開する。


 ここで、膝を折るわけにはいかない。


 己を災禍に()とした"畏敬の赤(アームド・ブラッド)"の業に飲まれず、人間(ヒト)としての願いを、矜持を示した少女の声が、疲弊しきった二人の血肉に、芯を通すように確かな"力"を与えていた。


「フン……"創世石(ジュダ)"が何の引き金を引かせたかは理解(わか)らんが、無駄な事だ。無駄、無駄、無駄……!」

「クッ……化け物め!」


 触れただけで魂を腐食させるような"死の概念(ガス)"が、麗句達の攻撃を押し返し、嘲笑う。


 それだけではない。立ち塞がるフェイスレスの有する再生能力はやはり異常だった。


 尋常の人間、適正者であれば、致命傷となる一撃を、麗句とシオンはもう幾度も叩き込んでいる。だが、彼は死なない。


 まるで、何らかのシステムに、強制的に"死"をキャンセルされているかのようだった。


 いったい何が要因となって、このような怪物(モノ)が生み出されるのか――。


 拭い切れぬ畏怖心が、麗句とシオンの背筋に絡み付き、耐え難い怖気(おぞけ)を誘発する。


「今更、卿らのような小蝿の足掻きなど問題にならん……! 想定外(イレギュラー)ならば、"根こそぎ"吹き飛ばせば良いだけの話だ」

「……!」

「い、いかん……!」


 それは、反吐へどもよおすような、醜悪な光景であった。


 ”信仰なき男フェイスレス”が操る”死の概念ガス”が、”死邪骸装イーヴィル・デッド”の右腕部鎧装に注ぎ込まれ、まるで水死体の如くいびつに、醜怪に膨れ上がっていた。


 ”砲塔”の如く左腕に持ち上げられた右腕それに装填され、蜷局とぐろを巻く”死の概念ガス”。ソレは醜悪を極め、言うなれば、死霊の臓腑ハラワタの如き屍臭と絶望に満ちていた。


 ――そして、その屍臭と絶望が狙うのは、何らかの言葉を交わし、向かい合う響とガブリエルである。


「逃げ…逃げろッ‼ 響=ムラサメッ‼」


 麗句の絶叫を、フェイスレスの"周到"が塗り潰す。


 阻止せんと大地を蹴った麗句とシオンの脚には、"死邪骸装(イーヴィル・デッド)"の脊髄の如き触手が絡み付き、フェイスレスが贈与する"死"の照準をより確かなものとしていた。


 もはや、"救済"を阻むモノは何もない――。


 虚無に満ちた両眼が、確信に歪む。


 だが、


(シャバい真似してんじゃねぇぞ、オゥラァアアア……ッ‼)

「……!」


 袋小路を一閃貫く衝撃(インパクト)…!


 "傲慢(ごうまん)"は砕かれ、"万全"がグラつく。


 刹那。突如として"死"の射線に割り込んできた、強烈な"跳び蹴り"が、フェイスレスの顔面を撃ち抜いていた。


 歪む視界の中、映し出されるのは、(サソリ)の白骨の如き意匠を持つ、機械的(メカニカル)仮面(マスク)


 "毒蠍(スコルピオ)"の称号を持つ、我羅(ガラ)SS(ダブルエス)の鎧装である。


「ス、"毒蠍(スコルピオ)"……!」

「……ったく、男が"覚悟"決めてんだ。余計な茶々入れてんじゃねぇぞ、ブサイク面(フェイスレス)ゥ……」


 言い放つ我羅の指が、自らのオールバックを整えるように、機械的(メカニカル)仮面(マスク)を撫でる。


 我羅の一撃によって、装填されていた"死の概念(ガス)"は軌道を()らされ、明後日の方向へと噴き上がっていた。


 その隙に、麗句とシオンは脚に絡む触手を切断。


 態勢を立て直すと、フェイスレスの包囲網を形成するように、我羅の両脇を固めていた。


我羅(ガラ)……SS(ダブルエス)……貴様……」

「ハッ……! まぁ人のタイマンに横槍入れたんだ。横槍入れられても文句は言えねぇよなぁ。俺等の"自由"の横には、いつでも"死"が横たわってる……。好きにやるなら対価を払えよ、フェイスレス」

 

 指で喉を掻っ切るジェスチャーとともに(わら)い、我羅は、"生きる決断”を下した男と、”生き残る覚悟”を決めた少女へとその目線を向ける。


 弁髪のように、機械的(メカニカル)仮面(マスク)から伸びる(サソリ)の毒針を、フェイスレスの喉元へと突き付けながら――。


「……俺はなぁ、無様でも生き足掻(あが)いてるヤツが好きなんだよ。あの気合いの入った甘ちゃん野郎が、生き足掻いて"何になる"のか。是が非でも見ておきたいんでねぇ――」


 "神様にだって邪魔はさせねェよ……"。


 狂暴な舌舐めずりとともに、躍動した我羅の五指と、"死邪骸装(イーヴィル・デッド)"の錆色の爪が交差……! 重々しい金属音とともに、おびただしい"畏敬の赤"と血潮を闇夜に(ほとばし)らせる。


「その狂気(こころいき)に……」

「乗らせてもらいますよ、"毒蠍(スコルピオ)"……!」


 同時に麗句とシオンも迎撃に復帰し、"女王(クイーン)"、"剣鬼(ブレーダー)"、"毒蠍(スコルピオ)"の連携が、"死邪骸装(イーヴィル・デッド)"の進撃を()し返していく。


 機械的(メカニカル)仮面(マスク)の下、闘争心にギラつく、我羅の両眼が(わら)い、凶暴な牙を剥き出しにした大口が()える。


「さぁ……見せてみろ、"天敵種"ッ! お前らの生命(いのち)、そのヤベェ輝きをヲヲヲッ!」


 そして、


「あの男……」


 その咆哮を背に受けた響の覚悟も定まっていた。


 あえて振り返りはしない。いま、自分が向くべき方向は"前"しかない。


 運命に啖呵(たんか)を切った彼女との約束。


 果たすには、生き延びねばならない。


 己の肉と命を蝕む群青に、"畏敬の赤"に屈するわけにはいかないのだ。


「……ガブリエル。"始める"前に、一つだけ、一つだけ約束してくれ」

「はい……!」


 苦悩を(はら)んだ響の声に、気丈な声が応える。


 この優しすぎる青年の良心が負う"呵責"を包み込むように、ガブリエルは穏やかに微笑んでいた。


 響が自分の戦いを受け入れてくれた喜びもあった。


 自分も彼と共に戦う戦士なのだと、彼の"決断"が示してくれていた。


 そのガブリエルの気持ちを受け止め、響は(うなず)く。


「……俺はお前の生命(いのち)を預り、"喰らう"。だが、"もらう"のはこの体を制御するに足る量だけだ」

 

 異形化した響の指が、彼女の生命(いのち)を慈しむように、碧色(エメラルド)の髪を撫でる。


「だから……それ以上をこの体が求めたら抵抗してくれ。お前も、"生き残る"と約束してくれ。――頼む」


 告げる真摯(しんし)な声に、ガブリエルは(うなず)き、細い指で異形化した響の手を握り締める。


「……わかりました。その時は必死で抵抗します。私も、またアルに会いたいから」


 可憐に咲く、その笑みには"覚悟"を決めた戦乙女(ヴァルキュリア)凛々(りり)しさがあった。美しさがあった。


 響は(うなず)き、"壊音"の(くさび)"を解くべく、瞳を閉じる。


 "拘束"を解かれた群青が騒ぎ出し、(うごめ)く――。


(……そうだ、人類(ヒト)よ。お前達の命が宿す(きら)めきは、重なりあってこそ輝く――)


 (つむ)がれる、優しく温かな声。


 二人を見守っていた"守護者"の輪郭が、(まばゆ)い黄金の粒子となり、純粋なエネルギー体となって、響の身体(からだ)へと降り注ぐ――。


 宿るように、託すように、その黄金(ひかり)は響の全身を包み込んでいた。


(若き命よ。忘れるな)


 ……独りの強者ではなく、他者の想いを繋ぎ、共に立つもの。

 

 それこそが、


(……真の"守護者"。人類(ヒト)生命(いのち)を護りし者だ)


 黄金を浴びた響の身体(からだ)が、一歩前に踏み出す。


 荘厳なる黄金の雨。


 その輝きの中で、大口を開けた、"骸鬼(スカル・オウガ)"の凶相が、少女へと――、



(ここ、は……)


 次の刹那、響の意識は見知らぬ空間に飛んでいた。


 白く塗り潰された人工的な空間。その床と壁には細かな亀裂が走っており、どこか痛ましさを感じさせた。


(ガブリエル……)


 その床の中心に横たわるのは、自分に"命を預けてくれた"少女。


 "起きた事"を示すように、陶器のような(きら)めきを持つ碧色(エメラルド)の髪と、白い衣服は(あか)い血潮に汚れていた。


「……………」


 恐らく此処(ここ)は、ガブリエルの心象世界。


 一歩一歩、足を進める事に、彼女の記憶が、軌跡が、響の意識に流れ込んでくる。


 この小さな肩が、どれ程の重荷を背負わされていたのか。


 この細い腕が、どれ程の宿業を抱え込んでいたのか。


 理解した響の拳が、固く握り締められる――。


「……すまない、俺はお前の事を何も知らずにいた。その、苦しみを知らずにいた」


 眠る少女の(かたわ)らに片膝を突き、響は、血を流す彼女の肩口へと、固く握り締めていた掌を伸ばす。


「……だが、もう大丈夫だ」


 これからは俺が背負う。


 これからは俺が共に戦う。


 肩口に優しく添えた掌の熱い温もりとともに、響は告げ、その赤い瞳を、戻るべき"現実"へと向ける――。


 幾多の苦難を潜り抜け、立ち上がった魂が、唇が、その"言霊(ことだま)"を吐き出す……!


「……『鎧醒(アームド)』……ッ‼」



「なっ……!」


 突如として、爆発的に噴き上がった"黄金"に、誰もが視覚を、心を奪われる。


 "畏敬の赤(アームド・ブラッド)"と"黄金氣(マナ)"を混合した未知なるエネルギーで編まれた"黄金"。


 その"黄金"を掻き分け、未知なる鎧装が、戦士達の前に姿を現していた。


「響……さん……」


 か細い、だが充足した声。


 自らの腕に抱えられたガブリエルの声に、未知なる鎧装は頷くと、背部に携行(マウント)されていた大型の剣を、その右腕で外し構える――。


 凶相の仮面は、騎士の優美と荘厳(そうごん)を宿し、両肩と胸部に鎮座する三頭犬(ケルベロス)は、"金狼"とでも呼べるような精悍(せいかん)さを手に入れていた。


 そして、その鎧装を覆うのは、(まばゆ)いばかりの"黄金"。


 フェイスレスにとっては、看過出来ぬ想定外(イレギュラー)


 それは、"物質としての神"すら預り知らぬもの。


「貴様は……」


 あらゆる可能性を見通す男が、声を震わせ問う。


「貴様はいったい……何者だ!?」

「……俺は響=ムラサメ。"畏敬の赤"を喰らい(たお)す天敵種」


 黄金の騎士が、大剣を月光に(きら)めかせ、(こた)える。


「"創世石"と人類(ヒト)を護る者だ――」

 

第五章 破戒/再醒―Escalation― END

NEXT⇒第六章 終わる世界/繋ぐ光―Union―

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