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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第五章 破戒/再醒―Escalation―
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第33話 君の名を叫ぶ―”Trigger”―

#33


「……つまり、現実(あっち)に残してきた人と話したい。君はそう言うのかい?」


 それは自称"神"を困惑させる程、実に突飛で、業深い提案であった。


 緊張に表情(かお)を強張らせ、(うなず)く少女に、"JUDA(ジュダ)"は大仰な溜息を吐き、ショッキングピンクの髪を掻き上げる。


(……そうだな、確かに貴女(キミ)はそういう女性(ひと)だ)


 "……どの世界線でも、何度繰り返しても、その心根は、在り方は変わらない"。


 諦感にも似た感情が、自称"神"の口元に、苦笑めいた歪みを形成させていた。


 この局面にあって、少女の有り様を素直に、ストレートに示し過ぎる要望。想い。言葉。


 それを受け止め、"JUDA(ジュダ)"は細い目を閉じる。


(その心と誠実には、応えねばなるまいね……)


「ええと……ボクが、現実(あっち)を認識する事で、その……世界線というものに影響してしまうのなら、ラジオみたいに、ボクの声を一方的に届けるだけならどうかな……って」


 “ダメ……ですか?”


 不安と、ゆずれぬ想いに潤んだ、青い瞳サファイアが問い掛けていた。


 少女の息を飲む音が、静寂の中に響き渡る。


 堪えようのない緊張が、彼女の声音と細い脚を、(わず)かに震わせていた。


「……成程。何とも面白い発想だが、及第点には至らないね」

「え……」


 “JUDAジュダ”は微笑み、己を真っ直ぐに見据える青い瞳を覗き込む。

 

 彼女の意志を、その“覚悟”を見定めるように――。


「君のその発想アイディア。実に面白いが、それは完全に“現実あちら“側への干渉だ。君が、状況を認識しなくとも、”あの世界線の登場人物(メインキャスト)“である君が状況に干渉する事で、その時点までの事象は”現実“として確定されてしまうだろう。つまり……もし、あちらが最悪の状況にあった場合、君の声が、”トドメを刺す“事になる――」

「な……」


 自称“神”が淡々と告げた解答に、サファイアの喉からわずかに、ひるんだかのような声音が漏れこぼれる。


「尚且つ、君のその発想を実行するには、"現実あちら"側と、“深淵こちら"側の時間軸を同期させる必要がある。……いいのかい? 時間軸を同期させれば、あちらとこちらの時間の流れは等しくなってしまう。つまり、"ここで君が無為に過ごす時間"は、"あの世界線に流れる時間"と同一となり、もう"後戻り"はできなくなる――」


 ショッキングピンクの髪を掻き上げた指の隙間から、"JUDA(ジュダ)"の無機質な瞳が問い掛ける。


「君に、その"覚悟"はあるのかい……?」

「…………」


 回答を強いる自称"神"の瞳と口舌に、少女は頷き、その足を一歩踏み出す――。


※※※


(キョウ)……! みんな……! 聞こえる……!?】

「サファ、イア……」


 ――結論として、彼女は、サファイア・モルゲンはその“覚悟”を決めた。


 危険リスクも、起き得る最悪の事態も全て背負込んで、彼女は“自分の声を届ける”事を決断した。


 何もせずに立ち尽くすなど、出来ない相談だった。


 愛する者達の苦難を、共に背負いたいと願う。


 それが少女の生き方だった。


「な、何故、彼女の声が……?」


 虚空から響く涼やかな音色。


 その音色を耳にした、麗句の喉から戸惑いの息が漏れる。


 当然である。


 いま、サファイア・モルゲンは"観念世界"の麗句が管理する領域で安全に漂流しているはずだった。


 そこから"現実世界"に干渉など出来るはずがない。


 そんな真似が出来るとすれば、それは"適正者"より上位にあり、"観念世界"を統べるとされる存在――。


 それは、


(まさか、観念世界の奥底にあるという"深淵"。そこに在るという管理者の元へ辿り着いたのか――?)


 管理者。それは言うなれば、"畏敬の赤"を(つかさど)る"神"。


 "畏敬の赤"、この惑星という奇蹟の根幹足る存在。


(……そんなものに出逢い、協力をとりつけたというのか……)


 "全く、どこまでも底知れぬ娘だ……"


 麗句の口元に、自然と呆れたような笑みが浮かんでいた。


 己の心を救った"友"との、己の前に立ち続けると言ってくれた"友"との予想だにせぬ邂逅に、麗句の疲弊しきった五体は確かに奮い()ち、心地よい熱を帯びていた。


 そして、突如、空間に鳴り響いた彼女の声に、その場にいる誰もが己の耳を疑い、足を止めていた。


「フン……」


 "死の概念(ガス)"を撒き散らしながら、再び“赤い柱アル・ホワイト”を我が物とせんとする“信仰なき男(フェイスレス)"。


「こ、これが貴女の闘った少女の声ですか……!? "女王(クイーン)"……!」


 その“信仰なき男(フェイスレス)"を、麗句と共に迎撃するシオン。


「面白ぇ……中々"()つ"声じゃねぇか、"救世主(おじょうちゃん)"」


 舌舐めずりとともに、状況を注視する我羅ガラ

 

 彼等もまた唐突に耳朶を撫でた、可憐かれんでいてりんとした声に、戦闘を中断し、虚空そらを見上げざるを得なかった。


 ――“奇蹟”の飽和と呼べるこの状況に、弾丸のように撃ち込まれた、“彼女の声”は、謀略と血臭に満ちた戦場の中で、あまりに異質であり、それぞれの注意を奪うに十分な、“切迫した想い”を有していた。


 この場で起きていた戦闘を、全て停止させる程に。


(……"創世石(ジュダ)"め、この局面で、また妙な策を(ろう)するか……)


 虚無に満ちた両眼が、"声"を響かせる空を(にら)む。


 "剣鬼(ブレーダー)"と"女王(クイーン)"が動きを止めている間に、自らの損傷を復元するべく、フェイスレスは霧状となった"畏敬の赤"の粒子を己が周囲に漂わせていた。


 "創世石"の加護(ブースト)を断たれた事で、著しくパワーダウンはしているが、"神の子(アル・ホワイト)"自体はまだ、我が手中にある。接続(パス)さえ繋ぎ直せば、"救済"はまだ発動可能な状況にある。


 フェイスレスは、己の中の焦燥を刺し貫くように思考を尖らせ、己の中に黒々と湧き出る感情を吐き捨てる。


「恥知らずの"神"風情が、今さら何の因果を持って"現実(こちら)"に干渉するつもりだ……」


「……恥知らずとは随分じゃないか。お前のような、諦めの悪い"紛い物"に言われると、流石に温厚な私も怒髪天……! イライラギンギン激オコ太郎だよ。……そもそも"神"が糞野郎なのは、数々の神話を紐解けば自明だろうに。わざわざそれを煽るとは、低レベル過ぎて話にならないな」

「ぎぃー……」


 挑発に対し、凄まじい乗っかりを見せた自称"神"の姿に、状況を見守っていたギィ太は"とても残念なものを見た"ような鳴き声を(こぼ)していた。


 駄目だ、この神。ぼくがしっかりしないと……。


 そんな意訳(こえ)が聞こえてきそうな鳴き声であった。


 そして、自称"神"は当てにならないとばかりに、ギィ太は、緊張に体を震わせるサファイアを労るように、勇気づけるように、ゲル状の体を少女に寄り添わせ、"ギィ‼"と励ますような声を上げていた。


 その様に"JUDA(ジュダ)"は微笑み、自らの周囲に、現実へと干渉する手段(ツール)を可視化した無数のキーボードを出現させる。

 

「……現実あちらの人間と会話出来るレベルで繋げてやりたいが、干渉の中継地点となる“適正者アル・ホワイト”が囚われの状況にある以上、いかんせん、こちらの使える“力の容量“は限られている。君の提案通り、君の声を一方的に流すぐらいの事しかできないが――」


 “悔いのないようにやりたまえ”。


 そう告げて"JUDA(ジュダ)"は、キーボードの上に白い指を滑らせる。恐らくサファイアの声を"深淵"から"現実"に届けるためには、多くの情報処理が必要となるのだろう。


 一度きりの、やり直しの効かないチャンス。


 無駄にする事は出来ない。


 ――意を決し、少女は、心の引き金(トリガー)を引く。


【え、ええと……ええとね、ゴメン‼ ボクの声はみんなに届くけど、みんなの声はボクに届かないんだ。だから……だから、ボクが一方的に話すね】


 少し舞い上がっている自分を落ち着けるように、大きく深呼吸してサファイアは言葉を続ける。


 緊張で、頭の中に散らばった、"届けたい言葉"を拾い集めながら。


【……ここに辿り着く前、ちょっとだけ、みんながどういう状況にあるか、ちょっとだけ見えたんだ! アルが大変な事になって、響も、ガブ君も、麗句さんも、必死に戦ってくれてた! みんな必死に……"どうしようもない事"に抗ってくれてた!】

 

 いま、サファイアの瞳に"現実"の光景は映し出されていない。


 "JUDA(ジュダ)"が"現実"への干渉に集中している影響か、穏やかな庭園のテクスチャは剥ぎ取られ、無機質な白の空間だけが、彼女の瞳に寒々しく映し出されていた。


 そして、その白の空間には、彼女がヨゼフ・ヴァレンタインによって強制的に観測させられた響達の苦難、その光景が無意識に重ねられていた。


 彼女が手を伸ばしたくとも伸ばせなかった、その光景が。


【……すごく怖かった。ボクが見ていないところで、ボクが知らないところで! みんなが死んじゃうかもしれないって思ったら、怖くて怖くて、気が狂いそうだった……!】


 声が上ずり、震える。


 その瞬間の想いが、痛みが、胸に(よみがえ)り、彼女の心を軋ませる。


【もう会えないって思ったら、悲しくて辛くて、立ち上がれなかった。英雄さんがいなかったら、もしかしたら……そのまま潰れてたかもしれない】

「サファイア……」


 現実世界で、彼女の声を聴く響達にも理解出来た。


 彼女はいま、泣いている。


 姿は見えずとも伝わる慟哭が、彼女の声には満ちていた。


(俺は……)


 そんな彼女に対し、何もしてやれない。側にいる事すら出来ていない――。不甲斐ない自分に、異形化した響の五指が汚泥を掻きむしる。


 響の葛藤と呼応するように、群青色の鎧装が波打ち、(うごめ)いていた。


【だから、いまもみんなが辛い状況にあるなら、少しでも、少しでも力になりたいって思ったんだ! その辛さを共有したいって、一緒に戦いたいって……いや、違う。違うな、ボクは――」


 駄目だ。


 心が、想いがとめどなく溢れて、(こぼ)れて、上手(うま)く話せない。


 空回る心が、紡ぐべき言葉を探すけれど、頭の中の手は、それを上手く拾い上げてはくれない。


【……ボクは………】


 ――いや、違う。


 頭に浮かぶ言葉は一つしかなかった。


 届けたい言葉も、伝えたい言葉もたくさんあったけれど、自分が言いたい、叫びたい言葉は最初(はじめ)から、たった一つしかなかったんだ。


 パーカーの下のシャツをキュッと握り締め、サファイアは喉の奥底からこみ上げる言葉を、無意識に(こら)えていた言葉を(しぼ)り出す。


【……会いたいよ】


 消え入りそうな、か細い声が虚空(そら)に響く。


 それは、水面を伝わる波紋のように、"現実(セカイ)"へと伝播し、耳にする響達の心に鋭く突き刺さる――。


【みんなに……みんなに会いたいよ!!】


 それは、痛切な、心からの叫びだった。


 "会いたい"。


 (こら)えていた想いを、その言葉を口にした瞬間、滂沱(ぼうだ)の涙が、少女の頬を流れ落ちていた。


 心の防波堤は決壊し、嗚咽が溢れて止まらない。


 気持ちが、溢れて止まらない。


【会いたい……! みんなの声が聴きたい……! みんなの笑ってる顔が見たい……! 響に……会いたい。ボクは、ボクは――】


 嗚咽に溺れながら、サファイアは実感する。


 ああ、そうだ。


 ボクは、こんなにも寂しかったんだ。


 ボクは、こんなにもみんなに、響に会いたかったんだ。


 だから、神様に――"JUDA(ジュダ)"にこの提案をしたんだ。


 もう一度、みんなに会うために。


 大好きな人と、また必ず会えるように。


 思い至った少女は、涙でグチャグチャの顔を袖で拭い、"現実"で自分の声を聴いているであろう彼に、その可憐な声を搾り出す。


【……ねぇ、響。響はいま、無理してない?】

「えっ……」


 嗚咽で掠れる、か細い声に、響は答える事が出来なかった。


 されど、少女の言葉に己を偽る事も出来なかった。


 ……無理をしていないとは言えない。


 いま、戦闘を継続できる程度に体が動き、正気を保っていられる事自体、奇跡的な事だと言える。


 それは何故か。


 何故、自分はこれ程までに足掻き、”生き続けた”のか――。


 解答こたえは一つしかなかった。


 その解答こたえにいま、響の心も、辿り着いていた。


【無理しないで、無茶しないでって言っても、響はきっと……しちゃうんだろうな。響は本当に強くて、優しい人だから】

「サファイア……」


 自分に呼び掛ける、微笑みをともなった愛しい声に、響は群青の鎧装に覆われた身体を立ち上がらせ、彼女の声を響かせる虚空(そら)へと手を伸ばしていた。


 冷たい大気の中に、彼女の体温を錯覚する。


 胸に突き刺さった"会いたい"という彼女の想い。


 それは、そのまま自分の想いでもあった。


【だから、だからね……! ボクは約束をしたいんだ。響と。大事な、約束】


 "約、束……"。


 鸚鵡返(おうむがえ)しに呟きながら、約束それが何であるか、おぼろげながら響は理解していた。


 それは、同じ想いであり、願いであった。


【メモ帳が埋まっちゃうぐらいにたくさん、ボクたちには”心残り”がある――】


 だから。


【――だから、約束しよう! 必ず”また生きて会おう”って! 必ず、また――同じ時間を生きようって! どんな事があっても、ボクはそこに戻るから、響クンも絶対に生きてそこにいて……!】


 涙混じりの再会の約束。


 嗚咽を振り切り、轟いた凛とした声が、響の胸を震わせ、その心を頷かせる。


 それは降り注ぐ絶望への、祈りにも似た約束だった。


 運命への反逆と呼べる言葉だった。


 少女は顔を見る事さえ叶わない青年の、少し寂しそうな笑みを胸に灯し、自分の想いを、叫ぶ。


【……ボク達はきっと、いっぱい喧嘩けんかもするし、うまくいかない事だっていっぱいあると思う! でも、そうだしても、ボクが欲しいのは、響と一緒の未来あしただから! アルやみんなが幸せでいられる未来あしただから!】


 見開いた青い瞳の奥、煌めいた未来(あした)へ、掴むべき未来(あした)へ、伸ばされた手がギュッと握り締められる……!


【例え、どんな壁がボク達を隔てても! ボク達は――”神様の言う事”だって聞きやしないんだ!】


 "救世主(メシア)なんて……自分達しかいないんだから!"


 吐き出された想いは、運命に対する啖呵(たんか)と言って良かった。


 自称"神"である"JUDA(ジュダ)"は苦笑し、力強く大気を伝播する声に、麗句とシオン、我羅でさえもその口元に敬意を、敬服の笑みを浮かべていた。


 (よど)んでいた"赤"の空気が、涼やかな春の香りを帯びたかのようだった。


「サファイア……」


 ――"JUDA(ジュダ)"による干渉が限界を迎えたのか、彼女の声はそこで途絶えた。


 だが、その声は、確かに撃ち抜くべきものを撃ち抜いていた。


「サファイア……ッ‼」


 愛しい者の名を虚空(そら)へと叫ぶ青年の。


 群青の鎧装に身を包んだ、人間(ヒト)と天敵種の狭間にある青年の心を。その、迷いを。


 再び"赤い柱"へと接近せんとするフェイスレスを、麗句達が迎撃する轟音が、鎧装と鎧装が激突する金属音が、響の鼓膜を揺らし、響へと決断を促す。


 ――生きて、前に進むための決断を。

 

「……ガブリエル」


 響は決意を言葉とし、共に戦う幼い生命(いのち)へと語りかける。


「お前の命を、俺に預けてくれ」 

「はい……!」


 響の意志を受け取った、ガブリエルの碧色(エメラルド)の瞳が(うなず)き、(きら)めく。


 同時に、守護者の掌から放たれた"黄金氣(マナ)"が、響の周囲に舞い散り、輝いていた。

 

 "赤い柱(アル・ホワイト)"を巡る、この戦いは、いよいよ最後の扉を開こうとしていた。


NEXT⇒第34話 煌輝(きらめき)―”GOLD”―

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