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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第五章 破戒/再醒―Escalation―
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第31話 王道―”BE STRONG”―

♯31


※※※


「……息子よ、我が首を断て」

「父、上……」


 焔が自分達を追い立てるように拡がり、周囲を赤く、赤く染めていた。


 その焔の中で、既に”致命”の傷を、腹部に負った父は、代々伝わる宝刀を片手に立ち尽くす息子に、”追手の返り血に塗れた”息子に告げる。


 まだ10歳を過ぎたばかりの幼過ぎる少年には、受け入れられぬ現実ものばかりだった。


 年相応の涙に頬を濡らした幼子は、ゴツゴツとした父の腕にすがり付く。


「そんな、父上……! 嫌です! 共に逃げましょう! 諦めてはなりません……!」


「……もはや我が身はお前の足枷あしかせにしかならぬ。我が死体そのものがあれば、彼奴らも”すめらぎ”に到る血筋が途絶えたと安堵し、追撃の手を緩めよう。速やかに我が首を断ち、隠し、いつか母さんや妹と同じ場所に埋葬してくれ。それが父の最期の願いだ」


「そ、んな……!」


 自分を曲げる事を知らぬ、諦める事を知らぬ父の言葉に、幼子はその決断が覆せぬものであると知る。


 そして、自分の靴を濡らす多量の血液と、急速に体温を失いつつある大きな手に触れた事で、その言葉が死力を尽くして紡がれている事も理解せざるを得なかった。


 お別離わかれなのだ。此処ここで――永遠に。


「……そんな顔をするな、息子よ。これで、お前が"血"に縛られる事はなくなった。自分の道を、自分だけの道を歩んでいく事が叶うのだ」


 次第に冷たくなる大きな手のひらで、頭を撫でながら、父は雄々しく、穏やかな声で告げる。


「願わくば、お前だけの王道を歩め――シオン」


※※※


「ぬぅ……!」


 砂塵とともに、”死邪骸装イーヴィル・デッド”の鎧装を纏ったフェイスレスの長躯が後退し、裂かれ、砕かれた鎧装の破片が周囲に舞い散る。


 無限に繰り出される超絶を極めた剣技の嵐が、まるで結界のように、フェイスレスの一挙手一投足を封じていた。


 移動要塞デイアヴォロ内での交戦における”様子見”の比ではない、制限リミッターを解除した本来の”剣鬼ブレーダーの魔技が、フェイスレスを確実に捉え、追い詰めていた。


「なんたるわざ――これで人類ヒトを名乗るか、シオン・リー・イスルギ……!」


 まるで、鉄の華が咲くかのように、鮮やかな剣閃が闇夜を駆けていた。


 シオンの手から放たれた、美麗なまでに精密、不遜なまでに奔放な太刀筋は、四方八方からフェイスレスへと挑みかかり、一切の容赦も、躊躇いもなく、鋭利な斬撃をコンマ1秒ごとに刻み込んでいく。


 ”世界線移動ワールド・イズ・マイン”でもかわし切る事の出来ぬ、かわし切る可能性すら存在しない剣技。それが、”赤い柱アル・ホワイト”へ再接近しようとするフェイスレスを阻み、ひざまずかせていた。


 ある意味で、この青年は、己の技術だけで、あの”獣王キング”と同じ領域に並びつつあった。


「”武を極め、奇蹟に到る”――言葉にするは容易たやすいが、現実にするなど、もはや冗談の類いではないか、”剣鬼ブレーダー”……」

「言ったはずです。斬れぬ剣技など、私には恥辱だと。この結果も――私にとっては、まだ不足だ」


 ”獣王キング”が放った”天地砕く焔ギガブラスター・煉獄に謡えインフェルノ"の暴威によって、シオンの鎧装のほとんどは砕け散り、機械的メカニカル仮面マスクも半分以上が破損。――残された仮面(マスク)の残骸が、修羅の如き気配を宿す、シオンの端正な顔立ちをあらわとしていた。


「”剣鬼シオン”……」


 剣風が頬を撫で、視界が剣の閃き、その輝きに占拠される――。


 シオン・李・イスルギが連続して放つ、もはや芸術、”奇蹟”の域にまで達した絶技に、半ば見惚れながらも、麗句は徐々に現在の状況を理解し始めていた。


(……アレは強力な"自己暗示"。"自己催眠"の類いだったという事か……)


 結論が麗句の思考の中で言葉となる。


 思い起こせば、シオンは”赤い柱アル・ホワイト”を斬ると宣言する直前に、何事かを呟くとともに、剣の鍔鳴つばなりを起こすという”儀式めいた動き”を行っていた。


 耳をつんざくような鍔鳴つばなりに、彼の耳飾りが共鳴しているのを麗句も確かに目撃している。


 恐らくアレは、強力な”自己催眠”・”自己暗示”を発動させるスイッチだったのだろう。


 それにより、豹変したシオンは、非情の”剣鬼ブレーダー”となり、麗句のおそるべき敵となった。


 ――己の真の狙いを、フェイスレスに悟られぬように、"獣王(キング)"との闘いから"こちら側"に意識を向けられぬように、シオンは意識の表層の部分で己自身を騙し、あえてフェイスレスの掌の上で踊ってみせたのだ。命懸けで。


(まったく……)

 

 そう思い至った麗句の整った唇から、大きく溜息が吐き出される。

 

 ――全く、どこまでも真っ直ぐな"剣"だ。折れそうな程に危うく、呆れる程に気を揉ませる。


 まして、そんな"自己催眠"などという、不安定な状態で、"獣王(キング)"の熱戦から自分を(かば)うなど、もはや冗談(ジョーク)を飛び越え、狂気の類いではないか――。


「……申し訳ありません、"女王(クイーン)"。結果的に貴女に本気の刃を向ける事となってしまった。この怪物が"心を読めない"という保証もなかったため、安全策として、この処置を選択させてもらいました」


 麗句が仮面の下で浮かべた表情と溜息を察したのか、シオンはフェイスレスに刃と目線を向けたまま、淡々と告げる。


 ……麗句の溜息が、彼自身を案じた溜息と気付けなかったのは、この青年の生真面目さと若さである。


「……暗示による意識の"表層"と"深層"の分離。修練と実験の途上にある技術でしたが、"獣王(キング)"の"死"に報いるだけの成果を得る事は出来ました。アナタと"創世石"の接続(パス)を断つという最大の戦果を――」

「フン……」


 意識の表層で麗句と死闘を演じ、深層でフェイスレスと"創世石"を繋ぐものを(さが)す――。


 その常軌を逸した、(おそ)るべき業を、成し遂げてみせた青年(シオン)は、結界の如き剣捌きで、フェイスレスの動きを阻みながら、周囲を流れる黄金の粒子――"黄金氣(マナ)"へとその瞳を泳がせる。


 己の五体を包み込むような、温もりとともに流れる"黄金"を見つめる青年の瞳には、自分達を護り抜いたものへの"敬意"が満ちていた。


「……"黄金氣(マナ)"。地球の生命が持っていたとされる"大地(ガイア)の光"。伝承の類かと思っていましたが、こうして目にし、その温かさに触れれば、我々を、生命(いのち)を護るものと確信出来る――」


 掌の上を流れ、肌に絡み付く"黄金氣(マナ)"の温もりを感じながら、シオンは告げ、"黄金氣(マナ)"を帯びた、己が五指を、剣の柄へと強く絡ませる――。


「……この"黄金"が守護(まも)り、繋いだ"生命(いのち)"が、"獣王(キング)"が貫いた"王道"が、与えてくれたこの好機――我が剣と生命(いのち)に誓って、必ずや、貴方を(はば)む"勝利"に導いてみせます」


 そう語るシオンの瞳に、虚言(ウソ)は何一つない。


 周囲を流れる"黄金氣(マナ)"を慈しむような、隙を帯びた仕草も、実のところ、獲物の"迂闊(うかつ)"を誘う呼び水に過ぎないのだと、あらゆる可能性・世界線を示す異能(チカラ)――"世界線移動(ワールド・イズ・マイン)"が啓示(けいじ)していた。


 ……やはり、この男も"人間(ヒト)の領域"にはいない稀人(まれびと)。"同胞(はらから)"と呼ぶべき存在である。


 己の度し難き過ちを、"過小評価"を認めざるを得ない。


 この男は、"救済"への道筋を阻む、最大の障害と成り得る危険因子(イレギュラー)だ。


「フン……そして、"王"の意志を継ぐと(うそぶ)くか。その、"神"の領域に達する剣技で……」


 "……成程、確かに(けい)ならば相応しかろう"。


 (よこしま)な、青年(シオン)の心を覗き見るかのような、薄暗い残響が、フェイスレスの呟きには漂っていた。


 汚泥の如き、不穏な虚無を両眼に漂わせながら、"信仰なき男(フェイスレス)"は告げる。


「なぁ……憐れなる"スメラギ"の子。滅びし皇国の皇子よ」

「…………」


 斬って捨てるような"沈黙"が、シオンの返答だった。


 この局面で、フェイスレスの言葉遊びに付き合うつもりなど、微塵もなかった。


 己の中を流れる"血"が、"王"足る生命(いのち)の最期に、熱を帯びているのは事実。だが、その事を語って聞かせる理由はない――。


("スメラギ"、か……)


 その"噂"は麗句も耳にしていた。


 地球からの"脱出"以後も、多くの血と混ざり合いながら細々と存続していた、高貴なる血統。


 戦時中の混乱期に、その血統を担ぎ上げる形で一つの"皇国"が産声を上げ、この惑星(ほし)に根を下ろした。


 荒れ果てた大地を開拓し、戦禍によって故郷を失った難民を国力として束ね、"皇国"は"国"として、人間の生ける場所として機能を高めてゆく。


 終戦まで、中立と"大戦"への不介入を貫き通した"皇国"を支持するものは多く、皇王の人望・カリスマ性と相まって、"皇国"は次第にその規模を大きなものとしていった。


 だが、


(そんなものを、あの"煌都"が許すわけがない……)


 中立を是とする自治を望んだ"皇国"は、世界の統治機関である"煌都"への参加を拒否。


 "煌都"傘下にない勢力としては、最大規模の存在となった。


 "煌都"に従わず、次第に規模を増大させる、高貴なる血統。


 "煌都"にとっては、"辺境の聖処女(ジャンヌ・ダルク)"以上に目障りな存在だろう。


 そして、数年の内に"皇王"を"煌都"の長……すなわち"(すめらぎ)"として担ぎ出そうとする勢力まで現れ、いよいよもって"皇国"は、"煌都"にとって看過出来ぬ存在となった。


「……数年を要し、"煌都"が"皇国"の内側に仕掛けた"引き金"により、"煌都"の意図通りに起こされた反乱(クーデター)は、呆気なく"皇国"を瓦解させ、"(すめらぎ)"に至る血を持つ"皇王"、"皇后"、"皇女"の命を奪った。……"皇王"の首を()ね、持ち去った、"第一皇子"を除いてな」


 思考を惑わすように放たれる言葉(カコ)を断つように、閃いた剣先を、肘から放出される紫の焔で弾き、フェイスレスは一気にシオンとの距離を詰める。


「……かつて"皇国"であった土地(モノ)は、その管理・統治を"煌都"に移譲したが、人心は荒廃し、いまでは"煌都"が保護したと(うそぶ)く難民を送り込む、半ば "流刑地"と化していると聞く――」


 "……まさに救い難き人類(ヒト)の"残忍"を示す所業ではないか"。


 "死邪骸装(イーヴィル・デッド)"の追加鎧装である錆色の爪で、シオンの剣と鍔迫り合いながら、フェイスレスは呪詛の如き言葉を吐き出し続けていた。


 シオンの内にある黒々とした感情を舐め上げるように、引き摺り出すように、フェイスレスは無機質な嗤い声を、包帯に覆われた口蓋から轟かせる。


 だが、


「……ええ、確かに人間(ひと)は残忍です」

「……!」


 フェイスレスの体の流れを巧みに制御(コントロール)し、錆色の爪を剣から外させたシオンは、その勢いのまま、竜巻の如き回し蹴りをフェイスレスへと炸裂させる。


 砕けた鎧装の破片と紫の焔が舞い散り、シオンとフェイスレスにはまた一定の距離が生まれる。


「そして……その残忍な世界で、酷く壊れたこの世界で、父はあまりに正しく、誠実で、優しかった。"武"では並ぶものがない程に強かった父ですが、覇道ではなく王道を歩む父に、この壊れた世界を開拓する、悪辣(あくらつ)なまでの"(まつりごと)"の強さは伴わなかった。……それは残念ではありますが、認識すべき現実です」


「……故に、(けい)は、王道ではなく、"テロリスト"という魔道を選んだという訳か。その高貴なる血統を、殺戮の返り血で(けが)しながら……」


「……人間(ヒト)が王道を歩める程、この壊れた世界は成熟していない。だからこそ、私は王道を棄てた。次なる時代の王道の為に――」


 剣を握るシオンの両の手に、父の首を()ねた際の感触が、父の最期の言葉とともに、甦る。


百騎(ひゃっき)《鬼》の将として、私は立つのです……!」


 それが、自分の選んだ、自分だけの"王道"。


 その刹那、シオンの想いを重ねた剣閃が、フェイスレスの"観測"出来る領域を完全に逸脱する。


 光速をも凌駕するかのような"刺突"が、"死邪骸装(イーヴィル・デッド)"の強固な装甲を(えぐ)り砕き、フェイスレスの心臓を刺し貫いていた。


 尋常の決闘であれば、"決着の瞬間"であったと言えただろう。


 だが、


「なっ……?」

「……この程度で"死"に到れる程、我が身に課せられた"業"は、安くはないぞ、"剣鬼(ブレーダー)"……」


 確かに貫かれ、破損したはずの"心臓"は、液状化した"畏敬の赤"を滴らせる(いばら)の集合体へと変貌し、シオンの剣を絡めとっていた。


 フェイスレスの胸部は、シオンの剣を体内に捉えたまま、瞬く間に復元され、シオンが"武"を極め、至った"奇蹟"の先にある奇蹟を(あらわ)とする。


 体液のように、フェイスレスの体から舞い散る、眩き光の羽根と、破損箇所を覆い尽くす、黒々とした汚泥。


 "聖なるもの"と"悪なるもの"が渾然一体となったかのような"混沌"がそこに()った。


「貴方は、いったい……」

「……"()る"必要はない。お前達はただ"救われれば"よいのだ――」

 

 "死"の概念を帯びた"死邪骸装(イーヴィル・デッド)"の爪が、シオンの喉笛を掻き切るように躍動する。


 捕らえられていない左手の剣を、迎撃に向かわせるが、シオンの"達人"としての"勘"が、自らが追う"致命傷"を予感する――。


(全く……背負い込んで生き急ぐのが、お前の悪い癖だな)

「……!」


 しかし、凛とした声音が予感を書き換える。


 神々しくも毒々しい"赤"の奔流が、フェイスレスの胸部と右腕部を吹き飛ばした事によって、"死"の予感は杞憂(きゆう)に終わっていた。


 ――“我は異端にして(マイ・ブラッディ・)神を穿つ朱(ヴェンジェンス)”。

 

 麗句=メイリンが起動させた最大の一撃が、絶体絶命の危機を、シオンの"死"を掻き消していた。


「ぬぅ……"女王(クイーン)"……!」


 伏兵によって負わされた損傷を復元させながら、フェイスレスは千切れた腕を拾い、体内から溢れ蠢く棘に絡めとらせるようにして(ソレ)を結合する。


 人型ではあっても、決して"人"ではない存在は、顔面を再び醜悪(グロテスク)仮面(マスク)で覆い、"死邪骸装(イーヴィル・デッド)"の四肢から"死の概念(ガス)"を噴き出させる――。


「"女王(クイーン)"……」

「……私を庇った傷も浅くはないのだろう? それに自己催眠とやらも、大きく精神に負担をかける類いのものだろうに、万全の達人の真似は程々にする事だな」


 呆れたように告げ、麗句は機械的(メカニカル)仮面(マスク)の下で笑んで見せる。


 仮面(マスク)で隠されていても、その笑みはシオンにとって、何よりの褒美であり、心解(こころほぐ)す安堵であった。


「……貴方が加勢してくれるのなら、それは既に、私の万全を遥かに超えている。“血”の昂ぶりで、この五指、五体は、我が剣に、万全の状態を凌駕する精緻せいちもたらすでしょう――」


「……お前、私を"ボロ板に泥を塗ったようなもの"とか言ってなかったか?」


 肘で脇腹を小突くように告げる"女王(クイーン)"に、口の端を少年のように(ゆる)めながら、シオンは麗句の一撃によってフェイスレスから解放された剣を再び構える。


「"隣にいて欲しい"……そうも言いましたよ」

「フッ……」


 二人の意志が軽口とともに結ばれ、黒鎧が並び立つ。


 その様を、周囲に漂う"黄金氣(マナ)"が祝福するように、庇護するように飾り立てていた。


 そして、その"黄金氣(マナ)"の源たる"守護者"の黄金の眼差しは、"王"の死を賭して紡がれた"希望"……その最後のピースを見据えていた。


(……人よ、示せ。その心の黄金(ひかり)を)


 自らを苛む宿業に足掻き、死の淵を彷徨(さまよ)う青年。


 自らが"黄金氣(マナ)"を注いだ"天敵種"……響=ムラサメの姿を。


NEXT⇒第32話 君の声―”BEAMS”―

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