第30話 神璽羅―”requiem”―
#30
※※※
西暦202X年 東京・渋谷。
時刻は18:35。突如、空中に出現した”未確認飛行物体”に街は騒然としていた。
携帯端末を向け、動画を撮影する者。横目に見ながらも足早に雑踏を進む者。意味も理解らずに囃し立てる者。
黄色を基調とした複数の球体を連結させ、球体の中に浮かぶ黒のストライプを不気味に回転させる、その”未確認飛行物体”は、日常の中に現れた一時の”刺激”として、明日になれば、多くの情報に飲み込まれ、消え去るような一瞬の”都市伝説”として、雑然と消費されるような事象であると思われた。
しかし、
【——47q8q83q9q03q3##】
”未確認飛行物体”が突如、轟かせた、”人類には認識できぬ”電子音声と、眩い光が、渋谷を地獄に変え、人類を奈落に落とす。
悲鳴と鮮血、絶望と死が、一瞬で飽和していた。
”未確認飛行物体”が放出した光に反応するように、赤い杭の如き巨大な物体が、地下から次々と飛び出し、瞬く間にスクランブル交差点を占拠していた。
”杭”達――後に、人類に”病源菌”と名付けられる、その生命体は地下から”杭”の如き巨体を飛び出させる過程で、地下連絡通路を行き交う人間を轢殺し、地下5階に相当する深度を走る電車すらも破壊する。
千切れた人々の手足、首、胴体が散乱する地下通路で、逃げ惑う、あるいは恐怖に座り込む人類を、生命体は”杭”に浮かび上がらせた無数の”目”で観察、監視していた。
”杭”には口のような器官も浮かび上がっており、この生命体が人間の感覚器官を模倣しているらしい事を窺わせた。
そして、その観察と模倣が、彼等の”侵略”を次なる段階へと移行させる――。
人類という生物の”解析”を完了した”病原菌”は、その杭の如き巨躯から、赤々とした”胞子”を放出。それを呼吸器から吸引・摂取してしまった人々の身体を、次々と自らの”侵略兵器”へと造り替えていた。
”胞子”を吸引した人間の身体は、バキバキと音を立てながら変貌・融解し、真っ白な体表を持つ、四足歩行の獰猛な”獣”へと、瞬く間にその姿を変えていた。
蛇のような鱗持つ皮膚、猪の如き牙と獣毛、縦二列に並んだ、飢餓に狂った六つの眼球。
後に、”蛇猪飢”とネットワーク上で仇名される”変異生命体”は、激しい”飢餓感”のみに脳と肉体を支配され、突き動かされるように殺戮・捕食を繰り返していた。
そして、その”変異生命体”達は、周囲の人間を、あるいは同種である”変異生命体”を喰らい殺す度に、その肉体をより大きく、強靭に”進化”させていた。
その様は、言うなれば、毒虫を喰らい合わせ、毒を極める――”蠱毒”。
5~6メートルの大きさにまで達した個体が、さらに大きく進化した個体に喰らわれ、糧となる。
10メートル、15メートル、20メートル、30メートル。
”変異生命体”は徐々に、その体躯を、後に”カイジュウ”と呼称される生物のサイズにまで、進化・成長させつつあった。
【……#$:sla;ee[\e[:a……】
”未確認飛行物体”から、地球人類には理解出来ぬ言語での”演説”が鳴り響く。
言語の意味は理解出来ずとも、彼等が地球を、人類を心底嫌悪し、憎悪している事はその口調と行いから理解出来た。
「あ……あ……」
地下通路と連結した商業施設。駅と隣接する大型商業施設も、もれなく”胞子”の影響――”変異生命体”の襲撃を受け、施設内のほとんどの生命を喰らい尽くされていた。
一人の少女が、逃げ込んだ地下商業施設で立ち尽くす。
瑞々しい生鮮食品や高級食材を取り扱っていたはずのその場所は、”変異生命体”の餌場となっており、少女より先に逃げ込んだ人々の生命は、容赦なく喰い散らかされていた。
絶望にその表情を蒼白とさせた少女の瞳に、ベビーカーに残された赤子の姿が映る――。
そして、
【――■■▽◆$567――】
更なる異変と奇蹟に、人類はこの瞬間、遭遇する。
傲慢にして残虐な”未確認飛行物体”が未知の言語で、地球人類へ”宣戦布告”した瞬間、巨大な何かがこの国に、渋谷に、猛スピードで飛来しようとしていた。
高速で接近する、その円盤状の物体。”彼”は三層に折り重なった”甲羅”状の部位を、それぞれ歯車のように高速回転させ、その隙間からジェット燃料のようにエネルギーを放出する事で、凄まじい速度で虚空を飛翔。
瞬く間に、この惨禍の渦の中へ到達しようとしていた。
黄金の粒子――”黄金氣”を撒き散らしながら、降り立つそれは、
「――――――――――ッ‼‼‼‼‼❕」
虚空を震わせる未知なる咆哮。
雄々しく響く、その咆哮とともに、”円盤”の体当たりを受けた”未確認飛行物体”は跡形もなく爆散していた。
続け様、着地した”彼”の腕が、掌がコンクリートをぶち抜き、恐怖を振り切り、ベビーカーの赤子を保護した勇敢な少女を、襲い来る”変異生命体”の牙から護っていた。
腕を地下から引き抜いた”彼”の巨躯が、全貌が、生き残りながらも恐怖に立ち竦んでいた多くの人類の目に大きく、大きく映し出される――。
ワニガメのような巨大な甲羅と容貌を持ち、全身を鎧装と呼べる程に硬質化した鱗で覆った50メートルはあろうかという巨大生物。
甲羅の一部が退化した翼のような突起を形作り、目撃する人類全ての心に、神聖なる心象を与えていた。
その生物が慈しむかのような眼差しで、掌の中の少女達を見据え、静かに他の人間達のもとへと下ろす。
”彼”の胸部から腹部にかけて埋め込まれている、勾玉を想起させる形状の水晶体が眩い輝きを放ち、”彼”の、真なる激闘がここから始まる事を、見守る人類達へと伝えていた。
「――――――――――ッ‼‼‼‼‼❕」
大地を破砕しながら、その本体と呼ぶべき巨大な”根”を露わとする”病原菌”。
巨大なる敵を迎え撃つ為に、全ての個体を融合・統合した”変異生命体”の最終形態――”覇亜瑠”。
雄々しき咆哮とともに、宇宙からの侵略兵器であるそれらを迎え撃つ”彼”は、この日、世界各地で同時発生した”侵略”を迎え撃つ為に目覚めた四体の荒神――”四神”が一体。
後に、人類史を脅かす”カイジュウ”と同種でありながら、人類と地球生命の盾となり続けた、真なる”守護者”と呼ぶべき存在である。
”守護聖獣”――玄武。
人類は畏敬と憧憬、切なる祈りを込めて”彼”をこう呼ぶ――”禍喰らう最後の希望”、と。
※※※
(”王”――)
その魂を収める”器”が壊れ、斃れるまで、人類を、地球の全生命を見つめ続けた、”守護者”の黄金の眼差しがいま、再び鎧装を纏い、”死地”へと赴く”獣王”の背中を見据えていた。
『鎧醒』を果たしても、疲弊しきった”獣王”の肉体・体力が回復する訳ではない――。人間の肉体であれば、十全の状態にまで回復させる鎧装の治癒機能も、”王”の絶大なる生命の規模には追い付けず、消耗を停滞させ、現状維持させるのが関の山であった。
”玄武”と呼ばれたかつての自分の”器”――その細胞核から引き継がれた勾玉状の水晶体”天の石”が、暴走状態にある”獣王”の”原子炉”を制御・抑制しているが、それも長くは維持できない。
……このまま戦闘を継続すれば、間違いなく”獣王”の肉体は自壊・崩壊するだろう。
だが、
だが、それでも”王”の意志が退く事はない。
”王”の意志が、"斃すべき者"に対し、屈する事は、決してない。
【――――――――――ッ‼‼‼‼‼❕】
唸る豪腕。
”黒神巨槌”を握り締めた黒鎧が、咆哮とともに轟然と挑みかかり、巨槌を受け止めたフェイスレスの鎧装”死邪骸装”が、軋むような、鈍い金属音を響かせる――。
しかし、
「もう……終わりだ、”王”よ」
変化は、その金属音のみであった。
直撃した”黒神巨槌”は僅かな損傷を与える事も出来ず、ただ”死邪骸装”の鎧装の上で停止していた。
既に"王手"。
時間の経過とともに増強される”死の概念”と、”創世石”の加護は、もはや、消耗した”揮獣石”と、疲弊した”獣王”の力で撃ち貫けるものではなくなっていた。
――残酷なまでに、無慈悲なまでに、全ての事象が、”王”の敗北に向けて収束しつつあった。
【……ぬ、う……】
鎧袖一触。
”死邪骸装”に触れられた”黒神巨槌”が、まるで砂糖菓子のように砕け散る。
五指に装填された、錐状のミサイルも、発射と同時に、充満する”死の概念”に蝕まれ、暴発・爆散。標的であるフェイスレスに届く事はなかった。
重い消耗と損傷に、片膝を付いた”生物としての神”を、虚無に満ちた”信仰なき男”の瞳が見据える。
「数多の世界線を行き来し、入念に”準備”した結果とは言え……そのような卿の様は、いささか見るに堪えんな」
僅かに感傷を秘めた言葉が、”死の概念”に覆われた掌が”王”の黒鎧を撫でる。
「……もう、十分だ。卿の、その遥かなる生命の旅路……」
フェイスレスの腕が、抱えていた”筒状の物質”を、暴き出した”王の死”を虚空へと掲げる――。
「この私が、終止符を打とう――」
(……! いけない……!)
フェイスレスが掲げ、解き放たんとするものの”危険性”を察知し、”守護者”はその身を構成する”黄金氣”を解き放つ……!
”世界そのもの”に影響を与え得る、二つの秘儀が同時に発動し、大地を鳴動・震撼させる……!
「”我恒久を願い総てを殺す”」
「”時の揺り籠託す最後の希望”」
”筒状の物体”が展開し、その内部に秘匿されていた”死”を、”惨禍”を、容赦なく地上にぶち撒ける……! 同時に、”守護者”が展開した黄金の障壁が、フェイスレスと”獣王”、”守護者”が立つ周囲5メートル四方を完全に外界から隔絶。
被害の範囲を、極最小に抑えるべく、”守護者”を構成する総ての”黄金氣”が、障壁へと注ぎ込まれていた。
フェイスレスが解放した”死の概念”は――世界を数度、終焉らせられる程の”惨禍”であり、”暴威”であった。
フェイスレスが、暴き出し、露わとした”王の死”。
それは、生命の源足る”酸素”を喰らい尽くし、あらゆる細胞の結合を破壊・死滅させる”悪夢”の如き威力を持つ”兵器”。発明者である老人の死とともに永遠に封印され、喪失われたはずの”兵器”。
――かつて”王”を、”神璽羅”を殺めた”兵器”の再現であった。
いま”信仰なき男”の手によって、永久の闇から引き摺り出されたその”悪夢”は、何の躊躇も、容赦もなく、”発動”しようしていた。
看過出来ぬ、赦されぬ”大罪”である。
”守護者”が障壁を解けば、その刹那に、この惑星に生きる全ての命は蹂躙され、刈り取られる――。
("王"よ……)
そして、あらゆる生命を、希望を消滅させる、その禍々しき”死”の渦の中に、”獣王”は威風堂々と立ち、”黄金氣”の障壁で外界を”惨禍”から隔絶する”守護者”へと、その機械的な仮面を向けていた。
細胞の崩壊が始まっているのか、僅かにその巨躯を揺らしながら、”王”は”旧き宿敵”へと語り掛ける――。
【……かつてのように、我を諫めるか、”玄武”……】
(”王”……)
数千年を経て告げられた真名に、厳かな”守護者”の眼差しが、湧き上がる感情に歪む。
笑ってみせるように仮面の口顎を揺らすと、”獣王”は再び”守護者”に背を向け、”斃すべき者”へと向き直る。
【……我が生命の"最期の焔"、確かに託したぞ……】
”神璽羅”の咆哮が、”死”の渦を蹴散らすかのように轟き、響き渡っていた。
旧き宿敵の眼差しを背に――”王”の最期の突貫が開始されるのだ。
【――――――――――――――――――⊖⊖⊖⊖⊖—ッ‼‼‼❕‼‼‼❕‼‼‼‼❕】
黒鎧を突き破るようにして、”蒼い死の光”と”畏敬の赤”の粒子が噴き出し、背鰭の如き、背の二対の突起がより鋭利に、禍々しくその身を膨張させる。
崩壊寸前となった巨躯から溢れ、噴出した”畏敬の赤”と、体内の”原子炉”から噴き上がる、赤々とした煉獄の焔が、黒鎧のスリットから溶岩のように溢れ出し、”王”の最期の生命の煌めきを可視化・具現化させていた。
”王”の巨躯は弾丸のように突進し、”死した惑星の怪獣王”の魂そのものと呼べる、全身全霊の重い拳を、フェイスレスへと叩き付ける……!
「ぬぅ……!」
あらゆる生物の生存を許さぬ””我恒久を願い総てを殺す”の”死の渦”の中、生命の最期の燃焼を見せる”獣王”の突貫は、”死の概念”を両掌から迸らせ続けるフェイスレスの脚を、僅かに、だが、確実に後退させていた。
恐るべき、畏るべき、生命の輝きであった。
自らの”死”そのものと呼べる空間で、”獣王”はその巨躯を、全身を燃やす煉獄の焔と共に躍動させ、爆撃に等しい重々しい一撃を次々と、フェイスレスへと叩き込んでいた。
”創世石”の加護を受けているはずの、”死邪骸装”の鎧装すら、”獣王”の身を焼く”煉獄の焔”によって一部融解し、罅割れ始めていた。
だが――、
「……時間だ」
【………!】
”卿の死を計る砂時計の砂は――全て落ちた”。
フェイスレスが僅かにその目を伏せ、呟いた瞬間、フェイスレスを殴り付けていた巨腕が、フェイスレスを蹴り飛ばしていた巨脚が、大鋸屑のように砕け散り、崩れていた。
”生命”ではない黒鎧だけが崩壊を免れ、重々しい音とともに、大地へと転がり落ちる――。
紛れもない”敗北”の光景であった。
”我恒久を願い総てを殺す”は既に発動を完了し、”王の死”は、既に確定事項となっていた。
……もはや、”獣王”に成す術は、劣勢を覆す術は存在しない。
しかし、
【…………】
”獣王”の意志は、なおも斃すべき者を見据え、軋む巨躯と黒鎧を前進させようとしていた。
潰える事のない戦意と、屈する事のない魂。
その様は正しく――”王”であった。
「……”死”の中に在りながら、己が生命と意志を燃やし、眩いまでに輝かせてみせる――敬服するぞ、”獣王”。”畏敬の赤”の奇蹟すら、その生命の前では霞んで見える……」
フェイスレスの両掌に蓄えられていた、全ての”死の概念”は放出され、事実上の戦闘は既に終了していた。
だが、まるで偉大なる大王に跪くように、フェイスレスはその膝を折り、”獣王”の前に頭を垂れる。
”死邪骸装”の仮面が除装され、露わとなったフェイスレスの裸眼が、その虚無に満ちた両眼が、”獣王”の機械的な仮面を覗き込む――。
「……唯一だ」
確かな、”感傷”があった。
神をも畏れぬ、不遜なる”信仰なき男”とは、同一人物とは思えぬ程の静謐な、厳かな声が、フェイスレスの喉から搾り出されていた。
「卿だけが……唯一、卿だけが、私に”救い”を求めなかった。この世に在る、全ての意志ある”生命”の中で、唯一、卿だけが、”救済”を必要とせず、孤高を生きていた」
語るフェイスレスの両掌に赤々とした聖痕が浮かび上がり、液状化した”畏敬の赤”の粒子が滴り落ちる。滴り落ちた、多量の”畏敬の赤”の粒子は水面を形作り、その上に立つフェイスレスの足元には、夥しい程の荊が生い茂っていた。
「”彼の地”の磔刑から生み落とされた”救済”という概念。人ならざる奇蹟の残骸である私にとって――卿だけが唯一、純粋な”敵”であり……同胞だった」
語るフェイスレスの瞳から赤い、一筋の血涙が零れ落ちる。
もはや誰にも止められぬ"死の渦"の中で訪れる同胞との別離に、不遜なる"信仰なき男"は確かに嘆き、哭いていた。
しかし、
【……クク……クハハハハ……】
「………?」
それは、”嗤い声”。
フェイスレスの嘆きとは対照的に、”死の淵”にあるはずの”獣王”の喉からは”嗤い声”が、フェイスレスが初めて耳にする”嗤い声”が漏れ零れていた。
【ククク……クハハハハハ……!】
「何が……可笑しい」
予期せぬ反応であった。
怪訝な表情を浮かべる”信仰なき男”に対し、”生物としての神”は豪放な笑い声を轟かせながら、既に片脚と片腕を喪失した巨躯を立ち上がらせていた。
その間も、”獣王”の肉体の崩壊は続き、強靭なる神の肉体は大鋸屑のように崩れ、灰燼のように風に流れる――。
【”人ならざる奇蹟”などと……愚かにも、己を見誤るか、”壊す者”よ――】
だが、”王”の巨躯は揺らぐ事なく、フェイスレスの前に立ち塞がり続ける。
見下ろすように。己が裁を突きつけるように。力強く。
【……己が業に溺れながら、己の手の届かぬものに手を伸ばし続ける。お前こそが――】
怯むように、僅かにその脚を退がらせた”信仰なき男”へと、”獣王”は、最期の咆哮を告げる。
【――最も、”小さき者”だ】
「…………!」
そう告げた瞬間、黒鎧の中に在った”獣王”の――”神璽羅”の生命は全て灰燼と化し、風に導かれるように、天へと噴き上がっていた。
”王”が纏っていた黒鎧達は、主を喪失くした事により、力なく大地へ落下。
戦闘が終了した事を、”獣王”が敗れた事を示すように、その場にガラクタのように転がっていた。
「……………」
……”信仰なき男”は自覚する。
確かに震える、”勝利”したはずの自分の身体を。
「……それでこそ、だ。”王”よ……」
湧き上がる”畏敬”を噛み締めるように告げ、フェイスレスはその意識を、本来の目的である”救済”へと向け直す。
戦闘は終結した。
最大の障害であった、”死した惑星の怪獣王”、”生物としての神”はいま、確かに斃れ、消滅した。
自らの真なる目的を、”救済”を次なる段階へ移行させる条件は全て揃ったのだ。
まずは、”揮獣石”を回収し――、
(”王”……よ……)
「……! ”守護者”――」
”獣王”の亡骸である灰燼から、”揮獣石”を回収しようとしたフェイスレスの両眼に、障壁を展開し終え、息も絶え絶えとなっている”守護者”の姿が映る。
”死の概念”は、”王”の生命を喰らい尽くす事で、相殺され、既に消え失せている。
”救済”すべき生命すら消滅させ得る”我恒久を願い総てを殺す”の脅威が消え去るまで、障壁で外界を隔絶してくれていた事には、感謝しよう。
結果的に、この”守護者”のおかげで、自分は”最良の結果”を手に入れたのだ。
不遜なる”信仰なき男”は、役目を終えた”残り粕”に等しい”守護者”を消し飛ばすべく、”死の概念”を"再装填"した、その掌を翳してみせる。
だが、
「……何……?」
その刹那、一つの”違和感”が、決定的な”違和感”が、フェイスレスの全身を駆け巡る。
(”王”、確かに……護りましたよ)
「馬、鹿な……」
看過出来ぬ異変であった。
根本的な、”救済”の為に、最も重要な”前提”が、まるで”感知”出来ない――。
己を突き上げるような”力”の増幅が、まるで感じられない――。
「……”創世石”の加護が、掻き消えている……だと……?」
焦燥が、フェイスレスの無機質な表情を歪ませ、”守護者”の厳かな眼差しが、”獣王”に託されたものを、”王”が真に繋いだものを見据える。
そう、確かに、自分は護り抜いたのだ。
(貴方の、最期の生命の焔が繋いだ――希望を)
そして、
「……”獣王”の死を賭した奮闘がなければ、辿り着けない”結果”でした」
「……!」
”守護者”の眼差しの先に、青年が立っていた。
其処には、確かに在った。
交戦していた麗句=メイリンの鉄爪を、その肩口に受けながらも、真なる”標的”を一刀のもとに断ち切った青年の姿が。
「……”女王”が語っていた通り、”適正者”とはいえ、あのような子供を斬り捨ててまで拓く未来など、僕も認めるつもりはありません」
青年の言葉が示す通り――”赤い柱”は健在である。
青年の目的は、初めから”赤い柱”ではなかった。
麗句との戦闘の中、彼の内なる意志は探し続けていたのだ。
真に断つべき”標的”の位置を。
「貴方の”加護”の源、確かに断ちましたよ、フェイスレス――」
「”剣鬼”……シオン・李・イスルギィィィ……ッ!」
憎悪・憤怒を剥き出しにした怨嗟の咆哮が、フェイスレスの喉に埋め込まれた”発声機器”を軋ませる。
突然の急転に、呆気にとられていた麗句の瞳にも、シオンが斬り裂いた”管”のような物体の容貌がハッキリと映し出されていた。
麗句との戦闘の中、シオンが放った剣閃は、”赤い柱”から伸びる”管”を正確に切断していた。
――それは幾重もの”概念干渉”によって秘匿されていた、『創世石と信仰なき男を繋ぐ』管。フェイスレスが得ていた”創世石”の加護、その供給源である。
”適正者”でもない者が、直接の接触もなく”創世石”の力を引き出せるはずがない――。
その推測を活路に繋げるために、シオンは”自己催眠”で己を騙してまで、慕う”女王”を敵に回してまで、この瞬間に賭けた。
”獣王”との死闘に、フェイスレスが完全に意識を奪われ、周囲を忘却する、この瞬間に。
「悪鬼を祓い、神仏を断つ”百騎《鬼》”の剣――お見せしましょう」
シオンの構えた剣が月光に煌めき、その雄姿を、大地に転がる”獣王”の仮面が静かに見つめていた。
己の業に溺れながら、手の届かぬものに手を伸ばし続ける人間の姿を。
己が業にその心を砕かれながらも、伸ばした手の先にある、”希望”を諦められぬ人間の姿を。
シオンが放つ剣閃によって鳴らされる金属音が、鎮魂歌のように、灰燼を巻き上げながら響き渡っていた。
NEXT⇒第31話 王道―”BE STRONG”―