表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第五章 破戒/再醒―Escalation―
116/172

第30話 神璽羅―”requiem”―

#30


※※※


 西暦202X年 東京・渋谷。


 時刻は18:35。突如、空中に出現した”未確認飛行物体”に街は騒然としていた。


 携帯端末を向け、動画を撮影する者。横目に見ながらも足早に雑踏を進む者。意味も理解わからずに囃し立てる者。


 黄色を基調とした複数の球体を連結させ、球体の中に浮かぶ黒のストライプを不気味に回転させる、その”未確認飛行物体”は、日常の中に現れた一時の”刺激”として、明日になれば、多くの情報に飲み込まれ、消え去るような一瞬の”都市伝説”として、雑然と消費されるような事象であると思われた。


 しかし、


【——47q8q83q9q03q3##】


 ”未確認飛行物体”が突如、轟かせた、”人類ヒトには認識できぬ”電子音声と、眩い光が、渋谷を地獄に変え、人類ヒトを奈落に落とす。


 悲鳴と鮮血、絶望と死が、一瞬で飽和していた。


 ”未確認飛行物体”が放出した光に反応するように、赤い杭の如き巨大な物体が、地下から次々と飛び出し、瞬く間にスクランブル交差点を占拠していた。


 ”杭”達――後に、人類に”病源菌ヴァイラス”と名付けられる、その生命体は地下から”杭”の如き巨体を飛び出させる過程で、地下連絡通路を行き交う人間を轢殺し、地下5階に相当する深度を走る電車すらも破壊する。


 千切れた人々の手足、首、胴体が散乱する地下通路で、逃げ惑う、あるいは恐怖に座り込む人類を、生命体は”杭”に浮かび上がらせた無数の”目”で観察、監視していた。


 ”杭”には口のような器官も浮かび上がっており、この生命体が人間の感覚器官を模倣しているらしい事を窺わせた。


 そして、その観察と模倣が、彼等の”侵略”を次なる段階へと移行させる――。


 人類という生物の”解析”を完了した”病原菌ヴァイラス”は、その杭の如き巨躯から、赤々とした”胞子”を放出。それを呼吸器から吸引・摂取してしまった人々の身体からだを、次々と自らの”侵略兵器”へと造り替えていた。


 ”胞子”を吸引した人間の身体は、バキバキと音を立てながら変貌・融解し、真っ白な体表を持つ、四足歩行の獰猛な”獣”へと、瞬く間にその姿を変えていた。


 蛇のような鱗持つ皮膚、猪の如き牙と獣毛、縦二列に並んだ、飢餓に狂った六つの眼球。


 後に、”蛇猪飢ジャイガ”とネットワーク上で仇名あだなされる”変異生命体”は、激しい”飢餓感”のみに脳と肉体を支配され、突き動かされるように殺戮・捕食を繰り返していた。


 そして、その”変異生命体”達は、周囲の人間を、あるいは同種である”変異生命体”を喰らい殺す度に、その肉体をより大きく、強靭に”進化”させていた。 


 その様は、言うなれば、毒虫を喰らい合わせ、毒を極める――”蠱毒こどく”。

 

 5~6メートルの大きさにまで達した個体が、さらに大きく進化した個体に喰らわれ、糧となる。


 10メートル、15メートル、20メートル、30メートル。 

 

 ”変異生命体”は徐々に、その体躯を、後に”カイジュウ”と呼称される生物のサイズにまで、進化・成長させつつあった。


【……#$:sla;ee[\e[:a……】


 ”未確認飛行物体”から、地球人類には理解出来ぬ言語での”演説”が鳴り響く。


 言語の意味は理解出来ずとも、彼等が地球を、人類を心底嫌悪し、憎悪している事はその口調と行いから理解出来た。


「あ……あ……」


 地下通路と連結した商業施設。駅と隣接する大型商業施設も、もれなく”胞子”の影響――”変異生命体”の襲撃を受け、施設内のほとんどの生命を喰らい尽くされていた。


 一人の少女が、逃げ込んだ地下商業施設で立ち尽くす。


 瑞々しい生鮮食品や高級食材を取り扱っていたはずのその場所は、”変異生命体”の餌場となっており、少女より先に逃げ込んだ人々の生命は、容赦なく喰い散らかされていた。


 絶望にその表情を蒼白とさせた少女の瞳に、ベビーカーに残された赤子の姿が映る――。


 そして、


【――■■▽◆$567――】 


 更なる異変と奇蹟に、人類はこの瞬間、遭遇する。


 傲慢にして残虐な”未確認飛行物体”が未知の言語で、地球人類へ”宣戦布告”した瞬間、巨大な何かがこの国に、渋谷に、猛スピードで飛来しようとしていた。


 高速で接近する、その円盤状の物体。”彼”は三層に折り重なった”甲羅”状の部位を、それぞれ歯車のように高速回転させ、その隙間からジェット燃料のようにエネルギーを放出する事で、凄まじい速度で虚空を飛翔。


 瞬く間に、この惨禍の渦の中へ到達しようとしていた。


 黄金の粒子――”黄金氣マナ”を撒き散らしながら、降り立つそれは、


「――――――――――ッ‼‼‼‼‼❕」


 虚空を震わせる未知なる咆哮。


 雄々しく響く、その咆哮さけびとともに、”円盤”の体当たりを受けた”未確認飛行物体”は跡形もなく爆散していた。


 続け様、着地した”彼”の腕が、掌がコンクリートをぶち抜き、恐怖を振り切り、ベビーカーの赤子を保護した勇敢な少女を、襲い来る”変異生命体”の牙から護っていた。


 腕を地下から引き抜いた”彼”の巨躯が、全貌が、生き残りながらも恐怖に立ち竦んでいた多くの人類の目に大きく、大きく映し出される――。


 ワニガメのような巨大な甲羅と容貌を持ち、全身を鎧装(ヨロイ)と呼べる程に硬質化した鱗で覆った50メートルはあろうかという巨大生物。


 甲羅の一部が退化した翼のような突起を形作り、目撃する人類全ての心に、神聖なる心象を与えていた。


 その生物が慈しむかのような眼差しで、掌の中の少女達を見据え、静かに他の人間達のもとへと下ろす。


 ”彼”の胸部から腹部にかけて埋め込まれている、勾玉を想起させる形状の水晶体クリスタルが眩い輝きを放ち、”彼”の、真なる激闘たたかいがここから始まる事を、見守る人類達へと伝えていた。


「――――――――――ッ‼‼‼‼‼❕」

 

 大地を破砕しながら、その本体と呼ぶべき巨大な”根”を露わとする”病原菌ヴァイラス”。


 巨大なる敵を迎え撃つ為に、全ての個体を融合・統合した”変異生命体”の最終形態――”覇亜瑠バァル”。

 

 雄々しき咆哮とともに、宇宙からの侵略兵器であるそれらを迎え撃つ”彼”は、この日、世界各地で同時発生した”侵略”を迎え撃つ為に目覚めた四体の荒神――”四神”が一体。


 後に、人類史を脅かす”カイジュウ”と同種でありながら、人類と地球生命の盾となり続けた、真なる”守護者”と呼ぶべき存在である。


 ”守護聖獣”――玄武ゲンブ


 人類は畏敬と憧憬、切なる祈りを込めて”彼”をこう呼ぶ――”禍喰らう最後の希望ラスト・ガーディアン”、と。

 

※※※


(”王”――)


 その魂を収める”器”が壊れ、たおれるまで、人類を、地球の全生命を見つめ続けた、”守護者”の黄金の眼差しがいま、再び鎧装を纏い、”死地”へと赴く”獣王キング”の背中を見据えていた。


 『鎧醒アームド』を果たしても、疲弊しきった”獣王キング”の肉体・体力が回復する訳ではない――。人間の肉体であれば、十全の状態にまで回復させる鎧装の治癒機能も、”王”の絶大なる生命の規模には追い付けず、消耗を停滞させ、現状維持させるのが関の山であった。


 ”玄武”と呼ばれたかつての自分の”器”――その細胞核から引き継がれた勾玉状の水晶体クリスタル天の石ウーラヌス”が、暴走状態にある”獣王キング”の”原子エネルギー炉”を制御・抑制しているが、それも長くは維持できない。


 ……このまま戦闘を継続すれば、間違いなく”獣王キング”の肉体は自壊・崩壊するだろう。


 だが、


 だが、それでも”王”の意志が退く事はない。


 ”王”の意志が、"斃すべき者"に対し、屈する事は、決してない。


【――――――――――ッ‼‼‼‼‼❕】


 唸る豪腕。


 ”黒神巨槌ギガント・テイル”を握り締めた黒鎧が、咆哮とともに轟然と挑みかかり、巨槌を受け止めたフェイスレスの鎧装”死邪骸装イーヴィル・デッド”が、軋むような、鈍い金属音を響かせる――。


 しかし、


「もう……終わりだ、”王”よ」


 変化は、その金属音のみであった。


 直撃した”黒神巨槌ギガント・テイル)”はわずかな損傷ダメージを与える事も出来ず、ただ”死邪骸装イーヴィル・デッド”の鎧装の上で停止していた。


 既に"王手(チェックメイト)"。


 時間の経過とともに増強される”死の概念”と、”創世石”の加護ブーストは、もはや、消耗した”揮獣石”と、疲弊した”獣王キング”の力で撃ち貫けるものではなくなっていた。


 ――残酷なまでに、無慈悲なまでに、全ての事象が、”王”の敗北に向けて収束しつつあった。


【……ぬ、う……】


 鎧袖一触がいしゅういっしょく


 ”死邪骸装イーヴィル・デッド”に触れられた”黒神巨槌ギガント・テイル”が、まるで砂糖菓子のように砕け散る。


 五指に装填された、錐状のミサイルも、発射と同時に、充満する”死の概念ガス”に蝕まれ、暴発・爆散。標的ターゲットであるフェイスレスに届く事はなかった。

 

 重い消耗と損傷に、片膝を付いた”生物としての神”を、虚無に満ちた”信仰なき男フェイスレス”の瞳が見据える。


「数多の世界線を行き来し、入念に”準備”した結果とは言え……そのようなけいの様は、いささか見るに堪えんな」


 僅かに感傷を秘めた言葉が、”死の概念”に覆われたてのひらが”王”の黒鎧を撫でる。


「……もう、十分だ。けいの、その遥かなる生命いのちの旅路……」


 フェイスレスのかいなが、抱えていた”筒状の物質”を、暴き出した”王の死”を虚空(そら)へと掲げる――。


「この私が、終止符ピリオドを打とう――」 

(……! いけない……!)


 フェイスレスが掲げ、解き放たんとするものの”危険性”を察知し、”守護者”はその身を構成する”黄金氣マナ”を解き放つ……!


 ”世界そのもの”に影響を与え得る、二つの秘儀が同時に発動し、大地を鳴動・震撼させる……!


「”我恒久を願いオクシュゲニウム総てを殺す(・デーストルークティオー”」

「”時の揺り籠託すラスト・ガーディアン最後の希望・フロム・ラグナレク”」

 

 ”筒状の物体”が展開し、その内部に秘匿されていた”死”を、”惨禍”を、容赦なく地上にぶち撒ける……! 同時に、”守護者”が展開した黄金の障壁が、フェイスレスと”獣王キング”、”守護者”が立つ周囲5メートル四方を完全に外界から隔絶。


 被害の範囲を、極最小に抑えるべく、”守護者”を構成する総ての”黄金氣マナ”が、障壁へと注ぎ込まれていた。


 フェイスレスが解放した”死の概念”は――世界を数度、終焉おわらせられる程の”惨禍”であり、”暴威”であった。


 フェイスレスが、暴き出し、露わとした”王の死”。


 それは、生命いのちの源足る”酸素”を喰らい尽くし、あらゆる細胞の結合を破壊・死滅させる”悪夢”の如き威力を持つ”兵器”。発明者である老人の死とともに永遠に封印され、喪失うしなわれたはずの”兵器”。


 ――かつて”王”を、”神璽羅ガンジラ”を殺めた”兵器”の再現であった。


 いま”信仰なき男フェイスレス”の手によって、永久とこしえの闇から引きり出されたその”悪夢”は、何の躊躇ためらいも、容赦もなく、”発動”しようしていた。


 看過出来ぬ、ゆるされぬ”大罪”である。


 ”守護者”が障壁を解けば、その刹那に、この惑星に生きる全ての命は蹂躙され、刈り取られる――。


("王"よ……)

 

 そして、あらゆる生命いのちを、希望ひかりを消滅させる、その禍々しき”死”の渦の中に、”獣王キング”は威風堂々と立ち、”黄金氣マナ”の障壁で外界を”惨禍”から隔絶する”守護者”へと、その機械的メカニカル仮面マスクを向けていた。


 細胞の崩壊が始まっているのか、僅かにその巨躯を揺らしながら、”王”は”旧き宿敵とも”へと語り掛ける――。


【……かつてのように、我をいさめるか、”玄武”……】

(”王”……)


 数千年を経て告げられた真名に、厳かな”守護者”の眼差しが、湧き上がる感情に歪む。


 笑ってみせるように仮面の口顎クラッシャーを揺らすと、”獣王キング”は再び”守護者”に背を向け、”斃すべき者”へと向き直る。


【……我が生命いのちの"最期のほむら"、確かに託したぞ……】


 ”神璽羅ガンジラ”の咆哮が、”死”の渦を蹴散らすかのように轟き、響き渡っていた。


 旧き宿敵ともの眼差しを背に――”王”の最期の突貫が開始されるのだ。


【――――――――――――――――――⊖⊖⊖⊖⊖—ッ‼‼‼❕‼‼‼❕‼‼‼‼❕】


 黒鎧を突き破るようにして、”蒼い死のチェレンコフ光”と”畏敬の赤”の粒子が噴き出し、背鰭の如き、背の二対の突起がより鋭利に、禍々しくその身を膨張させる。


 崩壊寸前となった巨躯から溢れ、噴出した”畏敬の赤”と、体内の”原子エネルギー炉”から噴き上がる、赤々とした煉獄の焔が、黒鎧のスリットから溶岩マグマのように溢れ出し、”王”の最期の生命いのちの煌めきを可視化・具現化させていた。


 ”王”の巨躯は弾丸のように突進し、”死した惑星の怪獣王ルーラーズ・オブ・アース”の魂そのものと呼べる、全身全霊の重い拳を、フェイスレスへと叩き付ける……! 


「ぬぅ……!」


 あらゆる生物の生存を許さぬ””我恒久を願いオクシュゲニウム総てを殺す(・デーストルークティオー”の”死の渦”の中、生命の最期の燃焼を見せる”獣王キング”の突貫は、”死の概念”を両掌からほとばしらせ続けるフェイスレスの脚を、僅かに、だが、確実に後退させていた。


 恐るべき、おそるべき、生命いのちの輝きであった。


 自らの”死”そのものと呼べる空間で、”獣王キング”はその巨躯を、全身を燃やす煉獄の焔と共に躍動させ、爆撃に等しい重々しい一撃を次々と、フェイスレスへと叩き込んでいた。


 ”創世石”の加護ブーストを受けているはずの、”死邪骸装イーヴィル・デッド”の鎧装すら、”獣王キング”の身を焼く”煉獄の焔”によって一部融解し、罅割れ始めていた。


 だが――、


「……時間だ」

【………!】


 ”けいの死を計る砂時計の砂は――全て落ちた”。


 フェイスレスが僅かにその目を伏せ、呟いた瞬間、フェイスレスを殴り付けていた巨腕が、フェイスレスを蹴り飛ばしていた巨脚が、大鋸屑おがくずのように砕け散り、崩れていた。


 ”生命”ではない黒鎧だけが崩壊をまのがれ、重々しい音とともに、大地へと転がり落ちる――。


 紛れもない”敗北”の光景であった。


 ”我恒久を願いオクシュゲニウム総てを殺す(・デーストルークティオー”は既に発動を完了し、”王の死”は、既に確定事項となっていた。


 ……もはや、”獣王キング”に成す術は、劣勢を覆す術は存在しない。


 しかし、


【…………】 


 ”獣王キング”の意志は、なおもたおすべき者を見据え、軋む巨躯と黒鎧を前進させようとしていた。


 潰える事のない戦意と、屈する事のない魂。


 その様は正しく――”王”であった。


「……”死”の中にりながら、己が生命いのちと意志を燃やし、眩いまでに輝かせてみせる――敬服するぞ、”獣王キング”。”畏敬の赤”の奇蹟すら、その生命いのちの前では霞んで見える……」


 フェイスレスの両掌に蓄えられていた、全ての”死の概念”は放出され、事実上の戦闘は既に終了していた。


 だが、まるで偉大なる大王にひざまずくように、フェイスレスはその膝を折り、”獣王キング”の前に頭を垂れる。


 ”死邪骸装イーヴィル・デッド”の仮面マスク除装はずされ、露わとなったフェイスレスの裸眼が、その虚無に満ちた両眼が、”獣王キング”の機械的メカニカル仮面マスクを覗き込む――。


「……唯一だ」


 確かな、”感傷”があった。


 神をもおそれぬ、不遜なる”信仰なき男フェイスレス”とは、同一人物とは思えぬ程の静謐せいひつな、厳かな声が、フェイスレスの喉から搾り出されていた。


けいだけが……唯一、けいだけが、私に”救い”を求めなかった。この世に在る、全ての意志ある”生命いのち”の中で、唯一、卿だけが、”救済”を必要とせず、孤高を生きていた」 

 

 語るフェイスレスの両掌に赤々とした聖痕が浮かび上がり、液状化した”畏敬の赤”の粒子が滴り落ちる。滴り落ちた、多量の”畏敬の赤”の粒子は水面を形作り、その上に立つフェイスレスの足元には、おびただしい程のいばらが生い茂っていた。


「”彼の地”の磔刑から生み落とされた”救済”という概念。人ならざる奇蹟の残骸である私にとって――けいだけが唯一、純粋な”敵”であり……同胞ともだった」


 語るフェイスレスの瞳から赤い、一筋の血涙が零れ落ちる。


 もはや誰にも止められぬ"死の渦"の中で訪れる同胞(とも)との別離(わかれ)に、不遜なる"信仰なき男"は確かに嘆き、()いていた。


 しかし、


【……クク……クハハハハ……】

「………?」


 それは、”わらい声”。


 フェイスレスの嘆きとは対照的に、”死の淵”にあるはずの”獣王キング”の喉からは”わらい声”が、フェイスレスが初めて耳にする”わらい声”が漏れこぼれていた。


【ククク……クハハハハハ……!】

「何が……可笑おかしい」


 予期せぬ反応であった。


 怪訝な表情を浮かべる”信仰なき男”に対し、”生物としての神”は豪放な笑い声を轟かせながら、既に片脚と片腕を喪失した巨躯を立ち上がらせていた。


 その間も、”獣王キング”の肉体の崩壊は続き、強靭なる神の肉体は大鋸屑オガクズのように崩れ、灰燼のように風に流れる――。

 

【”人ならざる奇蹟”などと……愚かにも、己を見誤るか、”壊す者”よ――】 


 だが、”王”の巨躯は揺らぐ事なく、フェイスレスの前に立ち塞がり続ける。


 見下ろすように。己が裁を突きつけるように。力強く。

 

【……己が業に溺れながら、己の手の届かぬものに手を伸ばし続ける。お前こそが――】


 怯むように、僅かにその脚を退がらせた”信仰なき男フェイスレス”へと、”獣王キング”は、最期の咆哮ことばを告げる。


【――最も、”小さき者ニンゲン”だ】

「…………!」


 そう告げた瞬間、黒鎧の中に在った”獣王キング”の――”神璽羅ガンジラ”の生命いのちは全て灰燼と化し、風に導かれるように、天へと噴き上がっていた。


 ”王”が纏っていた黒鎧達は、主を喪失くした事により、力なく大地へ落下。


 戦闘が終了した事を、”獣王キング”が敗れた事を示すように、その場にガラクタのように転がっていた。


「……………」


 ……”信仰なき男フェイスレス”は自覚する。


 確かに震える、”勝利”したはずの自分の身体カラダを。


「……それでこそ、だ。”王”よ……」


 湧き上がる”畏敬”を噛み締めるように告げ、フェイスレスはその意識を、本来の目的である”救済”へと向け直す。


 戦闘は終結した。


 最大の障害であった、”死した惑星の怪獣王ルーラーズ・オブ・アース”、”生物としての神”はいま、確かにたおれ、消滅した。


 自らの真なる目的を、”救済”を次なる段階フェイズへ移行させる条件は全て揃ったのだ。


 まずは、”揮獣石きじゅうせき”を回収し――、 

 

(”王”……よ……)

「……! ”守護者”――」


 ”獣王キング”の亡骸である灰燼かいじんから、”揮獣石”を回収しようとしたフェイスレスの両眼に、障壁を展開し終え、息も絶え絶えとなっている”守護者”の姿が映る。


 ”死の概念”は、”王”の生命いのちを喰らい尽くす事で、相殺され、既に消え失せている。


 ”救済”すべき生命いのちすら消滅させ得る”我恒久を願いオクシュゲニウム総てを殺す(・デーストルークティオー”の脅威が消え去るまで、障壁で外界を隔絶してくれていた事には、感謝しよう。


 結果的に、この”守護者”のおかげで、自分は”最良の結果”を手に入れたのだ。

 

 不遜なる”信仰なき男”は、役目を終えた”残りカス”に等しい”守護者”を消し飛ばすべく、”死の概念”を"再装填チャージ"した、その掌をかざしてみせる。


 だが、


「……何……?」


 その刹那、一つの”違和感”が、決定的な”違和感”が、フェイスレスの全身を駆け巡る。


(”王”、確かに……護りましたよ)

「馬、鹿な……」


 看過出来ぬ異変であった。


 根本的な、”救済”の為に、最も重要な”前提”が、まるで”感知”出来ない――。


 己を突き上げるような”力”の増幅が、まるで感じられない――。


「……”創世石”の加護ブーストが、掻き消えている……だと……?」


 焦燥が、フェイスレスの無機質な表情を歪ませ、”守護者”の厳かな眼差しが、”獣王キング”に託されたものを、”王”が真に繋いだものを見据える。


 そう、確かに、自分は護り抜いたのだ。


(貴方の、最期の生命いのちの焔が繋いだ――希望を)


 そして、


「……”獣王キング”の死を賭した奮闘がなければ、辿り着けない”結果”でした」

「……!」


 ”守護者”の眼差しの先に、青年が立っていた。


 其処には、確かに()った。


 交戦していた麗句=メイリンの鉄爪を、その肩口に受けながらも、真なる”標的”を一刀のもとに断ち切った青年の姿が。


「……”女王クイーン”が語っていた通り、”適正者”とはいえ、あのような子供を斬り捨ててまでひらく未来など、僕も認めるつもりはありません」


 青年の言葉が示す通り――”赤い柱アル・ホワイト”は健在である。


 青年の目的は、初めから”赤い柱”ではなかった。


 麗句との戦闘の中、彼の内なる意志は探し続けていたのだ。


 真に断つべき”標的”の位置を。


「貴方の”加護たくらみ”の源、確かに断ちましたよ、フェイスレス――」

「”剣鬼ブレーダー”……シオン・(リー)・イスルギィィィ……ッ!」


 憎悪・憤怒を剥き出しにした怨嗟えんさ咆哮さけびが、フェイスレスの喉に埋め込まれた”発声機器”を軋ませる。


 突然の急転に、呆気にとられていた麗句の瞳にも、シオンが斬り裂いた”くだ”のような物体の容貌がハッキリと映し出されていた。


 麗句との戦闘の中、シオンが放った剣閃は、”赤い柱アル・ホワイト”から伸びる”くだ”を正確に切断していた。


 ――それは幾重もの”概念干渉”によって秘匿されていた、『創世石と信仰なき男(フェイスレス)を繋ぐ』管。フェイスレスが得ていた”創世石”の加護ブースト、その供給源である。


 ”適正者”でもない者が、直接の接触もなく”創世石”の力を引き出せるはずがない――。


 その推測を活路に繋げるために、シオンは”自己催眠”で己を騙してまで、慕う”女王クイーン”を敵に回してまで、この瞬間に賭けた。


 ”獣王キング”との死闘に、フェイスレスが完全に意識を奪われ、周囲を忘却する、この瞬間に。


「悪鬼をはらい、神仏を断つ”百騎ひゃっき《鬼》”の剣――お見せしましょう」 


 シオンの構えた剣が月光に煌めき、その雄姿を、大地に転がる”獣王キング”の仮面が静かに見つめていた。

 

 己の業に溺れながら、手の届かぬものに手を伸ばし続ける人間の姿を。


 己が業にその心を砕かれながらも、伸ばした手の先にある、”希望”を諦められぬ人間の姿を。


 シオンが放つ剣閃によって鳴らされる金属音が、鎮魂歌(レクイエム)のように、灰燼を巻き上げながら響き渡っていた。

 

NEXT⇒第31話 王道―”BE STRONG”―

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ