表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第五章 破戒/再醒―Escalation―
107/173

第21話 鏡乱―”mirrors”―

#21


 出逢いの記憶はいまも鮮明だ。


 あの日の事は、いまもハッキリと覚えている。


 ほのかに鼻腔を擽った香水の香りさえ、思い出せそうな気がする。


「……何だ、”同胞バケモノ”が一匹増えたと言うから見に来てみれば、随分と可愛らしい坊やじゃないか」


 そう告げたのは、まだ少女の面影のある黒衣の美貌だった。 


 "組織アルゲム"に拉致同然の勧誘スカウトを受け、虚空に浮かぶ”移動要塞ディアヴォロ”にボロボロの旅装束のまま"入城”した少年時代のシオンに、彼女は特段愛想もなく、かといって無関心な訳でもない独特な温度で話しかけ、その身なりやあどけない顔立ちをまじまじと観察していた。

 

「貴方は……」

「”麗句=メイリン”。お前と似たようなものだ。組織ここでは”麗鳳衆”を預かっている」


 甘い香りが近付けられた黒髪からほのかに漂う。

 

 間近で己の顔を見つめる美貌に息を呑む少年に、手にした袋から、その美貌には不釣り合いな揚げ菓子を口へと放り込みながら、麗句は告げる。


「……食うか? いま酒を止められているんでな。コレが心の友だ。塩分が心を落ち着けてくれる」 

「はぁ……」


 酒にも色事にもうとい少年である。


 呆けたような、曖昧な声を返答とせざるを得なかったが、”世界の転覆・再編を目論むテロ組織”の本拠地とはどこまでも不似合いな、”買い食いをする女学生のような”その気安さは、暗鬱と塞ぎ込んいた少年シオンにとって有り難いものだった。


 それが、目の前の少年が、自分と同じような”悲劇”を抱えていることを察しての気遣いであったのか、彼女自身の素直な発露であったのか、あえて確認した事はない。


 だが、この出逢いはこれまでのシオンの血に塗れた足跡の中で、紛れもなく救いであり、忘れ難い記憶だった。


 そして――、


「麗句……メイリン」


 いま青年シオンの眼前で、”再醒”する禍々しくも美しき鎧装。


 新たに構築された銀翼の羽搏はばたきとともに、”畏敬の赤”の粒子が舞い散り、黒の鎧装に添えられた紫紺のラインが循環するエネルギーを示すように眩く発光していた。


 ”断罪の麗鳳クイーン・ホーク不死フェニクス”。


 己にすがり、共鳴した”醒石”と、己を選び、共に歩んできた”麗鳳石れいほうせき”の異能チカラを重ねて、再構築された新たなる鎧装。


 腕部・脚部・背部に銀の追加鎧装を纏う事で、鎧を染め上げる”黒”が新たな輝きを獲得。鷹を模した機械的メカニカル仮面マスクからは、銀のコードが髪のように伸びており、彼女の鎧装が持つ”美”の要素を艶やかに強調していた。

 

「『双醒ダブル・アームド』……その現象は、”移動要塞ディアヴォロ”から観測していましたが、よもや貴女がそれを体現するとは……」


 己を迎え撃つ”戦支度”を整えた、麗句の容貌を見据えながら、シオンは告げ、物憂げな溜息をその喉奥から吐き出す――。


「成程。あの少女が、貴女に残したものは、私が思う以上に大きいようだ。少し……けますね」


 だが、


「……それでも、本来の貴女には遠く及ばない」

「……!」


 軽く踏み込んだシオンの手から放たれた数十もの斬撃が、黒の鎧装を絶え間なく撃ち、麗句の脚を僅かにグラつかせる。


 抜刀した瞬間も、鞘に納めた瞬間も、観測する事が出来なかった。


 峰で打たれたと思われるその重い一撃は、黒の鎧装を難なく砕き、麗句の骨の芯にまで響いていた。


 ”畏敬の赤”を帯びているとはいえ、『鎧醒アームド』を果たしていない人間の一撃としては、規格外の業と言える。


 出逢ったあの日から積み重ねられた、狂気の域に達する修練と研鑽が、無垢な顔をしていた少年を現在の”剣鬼シオン”へと変えていた。


 過ぎ去った年月への感傷が、麗句の声音に物憂げな音色を帯びさせる。


「……やはり、お前も充分に”怪物バケモノ”だな、坊や」

揶揄からかわないでください、”女王クイーン”。貴女の状態は、笑えない程に深刻だ」


 シオンの眼光は、それだけで喉元を裂かれるような鋭さと、喉笛に剣の切っ先を突き立てるかのような”圧力”に満ちていた。


 真摯な、澱みない感情が、”剣鬼ブレーダー”の鍛え抜かれた身体を、”女王クイーン”の間合いへと、さらに一歩踏み込ませる。


「本来ならば、この程度の太刀筋で貴女の鎧装は砕けない。今の貴女では、”素”の私の一撃すら受け切る事が出来ない。いかに外面を取り繕うとも、所詮、その鎧はボロ板の上に泥を塗り固めたようなもの。”選定されし六人ジャッジメント・の断罪者シックス”……この”剣鬼ブレーダー”を前に、通用するものではありません」


 青年シオンの瞳が、”あの日出逢った少年”のような無防備な感情を晒して告げる。 


「降伏してください、”女王クイーン”。貴女は我々が”変えた”世界に生きるべき人だ。貴女には私の刃の先でなく――」


 ”隣に立っていて欲しい”。


 そう語るシオンの手は、後戻りの出来ない決断を下すため、自らの『鎧醒器アームド・デバイス』へと既に伸ばされている。


 ”その『鎧醒器アームド・デバイス』を使わずに済む”事を――その手は願っている。


 だが、


「……言いたい事はそれだけか、坊やシオン

「……!」


 鉄と鉄が擦れ合い、軋むような駆動音とともに、右腕部の追加鎧装が展開。鎧装と鎧装の間隙から”畏敬の赤”の粒子が火花の如く舞い散り、歪に開かれた銀の追加鎧装から紫紺の粒子が大量に溢れ出す。


 ”紫毒の偽腕リーラ・オルタネイト”。


 その麗句の新たなる武装は、明確な戦意を持ってシオンの前に立ち塞がっていた。


 それは触れれば、肌を裂く薔薇の棘。


 体内に廻れば、死に至る毒の塊。


 生半可な覚悟で挑めば、腕の一本、脚の一本は確実に奪われる代物だ。


「私は曖昧な覚悟で此処に立っているわけではないぞ……? ”剣鬼ブレーダー”。お前があの少年を斬ると言うのなら、私は命を賭してお前をたおすだろう。そうする事が――たがえる事の出来ぬ”私の道”であるが故に。それが……”彼女”の為に果たすべき誓いであるが故に」

「……ッ!」


 揺らぐ事のない、”麗句=メイリン”そのものである解答こたえに唇を噛んだ青年シオンは、苛立ちにその整った歯牙を激しく鳴らしていた。


 合わせ鏡のように、己の理想を映し、慕った女性ひとは、どうしようもなく”そうであるが故”に、いま、どうしようもなく――”己の障害てき”だった。


「……何故! 何故です……! 理解わかるはずだ……! ここであの”赤い柱”を、”創世石”の加護ブーストの源であるあの少年を斬らぬ限り、フェイスレスを止める事は出来ない……! 彼を止める事が出来なければ、総てが…総てが終わる! そんな事は貴女も理解わかっているはずだ!」

「……理解わかっている。だがな」


 麗句の脳裏に、あの悲劇の夜に、自分の為に幼い命を散らしたアルの笑顔が過ぎる。


「あの子が、あの子のような子供が理不尽に死なずに済む世界。それが私が望み、”変える”世界だ。その前提は、例え”神”でも覆す事は出来ない……! そうだ。あの子を斬った先にるのが、お前や組織が望む世界なら――そこに私はいない……!」


 ”……すまんな”。


 短く告げたその呟きが、鎧装の軋みに飲まれ、鷹の貌を模した機械的メカニカル仮面マスクの両眼が”畏敬の赤”の輝きをみなぎらせる。


 その両眼の先にるのは――二人が”殺し合う”現実だけだ。


 悶えるような咆哮が、青年の喉から吐き出され、その手は柄に”鬼哭石”を埋め込んだ小剣型の『鎧醒器アームド・デバイス』を逆手に構える。


「そうですね……貴女は正し過ぎる。美し過ぎる。だからこそ……」


 自らの”理想”を映す鏡であった貴女の美貌すがたは――、


 その、理想は、


「もうこれ以上、貴女()の”悲劇すがた”は、見るにえない……!」

「……!」


 罅割れた鏡に、もう”理想”は映らない。


 その手をけがすと覚悟した青年シオンの意志と連動するように、鞘のように『鎧醒器アームド・デバイス』を覆っていた安全装置リミッター排除パージされ、その剥き出しとなった剣先が、シオンの左腕の腕輪状の装具、その龍のあぎとを模したと思しき箇所へと差し込まれていた。


 柄を掌で押すようにして龍の顎ごと回転させた『鎧醒器アームド・デバイス』が、”畏敬の赤”の粒子の噴出とともに虚空を斬り裂き、”物質世界”と”精神世界”の狭間にある”観念世界”から、”神幻金属オリハルコン”で編まれた自らの黒の鎧装を召還する。


「……『鎧醒アームド』……ッ!」


 ”現実”を砕き、”奇蹟”をぶ言霊の発声とともに、シオンの全身を強化皮膜アンダースーツが覆い、黒の鎧装が装着されていく。


 研ぎ澄まされた刃剣の如き装甲版が短冊のように並べられた、大型の肩部鎧装が噴き出す蒸気に揺れ、黒兜の中に映える、白の機械的メカニカル仮面マスクの左眼のスリットには、涙のように黒と赤のラインが添えられていた。


【”暗夜往く剣鬼ダーク・ブレイダー”――起動完了アームド・オン

「……手加減をするつもりはありませんよ、”女王クイーン”。僕は、確実に目的を遂行する――」


 鎧装に覆われた両の掌が鞘から自動射出された柄を握り、引き抜かれた二刀の切先が、月明りと”畏敬の赤”に乱反射する。


 記憶に鮮やかなあの日に戻る事は出来ない。


 感傷に終止符ピリオドを打ち、大地を蹴った黒の鎧装が、”畏敬の赤”を撒き散らしながら、慕い続けた同胞ともを斬るべく躍動していた。 


 認め難く、避け難い死闘が、幕を上げる。


 ”赤”にたぎる鎧に覆われた、彷徨える二人の心を、蒼い月夜が斬り裂くように照らしていた。


NEXT⇒第22話 狂濫―”mirrors”―

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ