↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
坂東の風  作者: 青木 航
第四章 政争編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
64/123

第4話 嵐の前

 康保三年(九百六十六年)秋。公卿(くぎょう)達が顔を合わせている。と言っても正式な会議では無い。下話、いわゆる根回し的な会合である。正式なものであれば、参議まで含めて十五人ほどが集まるのだが、今この場に居るのは四人のみである。 

 左大臣・藤原実頼(ふじわらのさねより)、右大臣・源高明(みなもとのたかあきら)、大納言・藤原在衡(ふじわらのありひら)、同・藤原師尹(ふじわらのもろただ)。以上の四人である。


「修理大夫(しゅりだいぶ)・源重信(みなもとのしげのぶ)から要望が出ておる。天徳四年の内裏(だいり)焼亡以来、再建した内裏(だいり)各所で度々火災が有るが、今年も修復の為の資財の在庫が不足して来ているので手当てして欲しいと言うことじゃ」

 左大臣・実頼が口を切った。

「資財が足りないと言って、焼け跡をいつまでその儘にして置いては朝廷の威光に拘わるが、問題はその費用をどこから捻出するかと言うこと。人手も不足しておるようじゃ」

 右大臣・高明がそう補足した。

「御所(ごしょ)修復の為として、新たに各地に調銭(ちょうせん)を課すしか御座いますまい。匠丁(しょうてい)(飛騨工(ひだのたくみ))の増員も求めなければなりませぬな」

 そう提案したのは、実頼の弟、大納言・藤原師尹(ふじわらのもろただ)である。

「承平天慶(じょうへいてんぎょう)の乱の後『朝廷の財政も逼迫(ひっぱく)しているゆえ倹約に努めよ』とのお上(かみ)のご意向が有り、差し障(さわ)りの無い所は暫くそのままなりと苦しゅう無いと仰せではあるのだが、そうも行かぬしのう」

 高明(たかあきら)は悩ましげに眉を寄せた。そこへ、

「各地に更なる負担を求めるより、自(みずか)ら進んで引き受けたいと言う者に負担させてはいかがで御座いましょう」

と進言したのは大納言・藤原在衡(ふじわらのありひら)であった。

「成功(じょうごう)か?」

 実頼が応じる。成功(じょうごう)とは、この頃から朝廷が盛んに行なうようになった財政政策で、本来は、造営や大礼(たいれい)などの費用を献じた者を賞して任官させる制度である。在衡の提案は、本来結果を賞して官位を授けるべきものを、官位授与を条件に金や物を寄付させようと言う逆転の発想なのだ。要は官位を売りに出すと言うことだ。

 この成功(じょうごう)が次第に頻繁に使われるようになり、平安末期には下位の位階が債券のように常時売買の対象となってしまう。そして、遂には位階制度が半ば崩壊してしまい、六位以下の位階が何の意味も持たないものになってしまうのである。だが、この時点に於いて彼等が、そんな将来の弊害を予想出来る訳も無い。逼迫(ひっぱく)した財政の下(もと)で費用を捻出する術(すべ)として、増税よりましと挙(こぞ)って賛同した。

「さすが年の効。このような場合にも成功(じょうごう)を使うとはなかなかの考え。さっそく募(つの)ることに致そう」

 実頼が満足そうに言い、他の二人も頷いた。

「費用を捻出することは急務であるが、そればかりではなく、頻発する火災をいかに防ぐかが大事と思う」

 高明がそう付け加えた。

「近衛府(このえふ)に寄る見廻りをもっと強化せねばならぬな。滝口武者(たきぐちのむしゃ)も加わらせよう」

 実頼(さねより)が話題を終息させるつもりで述べる。

「それも大事。しかしながら、不届きな付け火は別として、集まりが夜分多く行われるようになり、明かりを灯(とも)すことが多くなったことも、火災が頻繁に起こるようになった原因のひとつと思われます。このように夜遅く行うのでは、もはや朝議(ちょうぎ)とは言えますまい。先ずは、この習慣を廃すべきと思います」

 実頼、師尹(もろただ)に取っては触れたく無い話題である。

「しかしそれは、帝(みかど)の御臨席(ごりんせき)を賜(たまわ)る朝議の前に話を纏めて置かねばならぬゆえ、仕方無いことでは御座らぬか」

 師尹(もろただ)が高明(たかあきら)の発言にそう反論した。

「前の晩に話を纏めて置くなどと言う面倒なことはせず、帝(みかど)御臨席の許(もと)、一から話せば良いこととは思われませぬか。さすれば、夜、集まる必要も無い」

 高明がそう繰り返す。実頼と師尹が、一瞬言葉に詰まったように見えた。

 高明が主張しているのは、形だけでは無く、真の帝親政(みかどしんせい)にすれば良いと言うことなのだ。今は、決まったことを承認する形だけの親政になっており、これは、敢えて摂関の地位を要求しない代わりに、実質的な政(まつりごと)は実頼(さねより)、師輔(もろすけ)の合議で行うと言う、忠平亡き後の妥協をひっくり返そうと言うことなのだ。帝(みかど)は、形だけの“親政”と言う名を取り、摂関家は、名を捨て実(じつ)を取ることに寄り均衡を保っていたはずだった。

 師尹(もろただ)が後任の右大臣に成っていたら、こんなことは起こり得なかったろう。だが、今の摂関家には、高明(たかあきら)を飛び越して師尹(もろただ)を右大臣にするような力は無かった。右大臣となり更に力を付けた高明にして、始めて口に出来る言葉だったのだ。

「ご意見一理有るかとは思うが、それでは長い間御臨席を賜ることになり、帝(みかど)のご体調が案ぜられる。またもし、我等の意見が一致せず揉めるようなことが有れば畏(おそ)れ多い。まずは、火の始末の確認と見廻りを徹底することに致そう。では、次に参ろう」

 一(いち)の守(かみ)の威厳を見せ付けようとするかのように、実頼は半ば強引にこの話題を収束させてしまった。

「次は、右大臣殿の推挙に依る、源延光(みなもとののぶみつ)を参議に列するかどうかと言う件であるが、何か申すことの有る者はおるかな?」

と実頼が皆を見渡す。

「特に御座いません」

と師忠も同意する。反対すべき理由が特に無いからそう言わざるを得ないのだが、高明の意向に寄り参議以上の公卿(くぎょう)に源氏が一人増えることなので、本音では余り面白くは無い。師尹(もろただ)はそんな気持ちを露骨に表情に表していた。

 この年の正月の除目(じもく)で実頼の次男・頼忠(よりただ)が参議と成っており、交換条件のように出された要求であるから、実頼が拒否出来ないことが分かっているので反対しても仕方が無いのだ。

「麿にも異存は御座いません」

 在衡(ありひら)は何の外連味(けれんみ)も無く、素直に賛同した。

 源延光(みなもとののぶみつ)四十歳。故・代明(よしあきら)親王の三男であり、自身が臣籍降下した醍醐(だいご)源氏である。高明から見れば異母兄の子、即ち甥に当たる。侍従を皮切りに、春宮権亮(とうぐうのごんのすけ)、内蔵頭(たくみのかみ)、右兵衛督(うひょうえのかみ)などを歴任し、蔵人頭(くろうどのとう)の職に在(あ)る。 

 これが通れば、参議以上十六人中六人が源氏となる。因(ちな)みに、右大臣・高明、中納言・兼明、参議・雅信、同・重信、同・重光そして、延光の六人である。

 これに対し、藤原氏は八人だが、摂関家の者はと言えば、左大臣・実頼、大納言・師尹(もろただ)、中納言・師氏(もろうじ)、参議・伊尹(これまさ)、同・頼忠の五人。実頼が六十七歳の高齢と言うことを考えれば、摂関家としてみれば、危機を感じざるを得ない状況となっていた。

「特に異論が無ければ、秋の除目(じもく)に於いて延光(のぶみつ)を参議とすることを了承し、帝(みかど)の御裁可を仰ぐことと致そう。本日はこれまでと致す」

「忝(かたじけな)く存ずる」

 高明は、最初実頼に、そして他の二人に頭を下げた。帰り際、

「右大臣殿。少し宜しいかな」

 実頼が言った。


 大納言二人は、礼をして出て行く。その後ろ姿を目で追って、実頼が高明の方に視線を戻す。

「最初から帝(みかど)の御臨席(ごりんせき)を賜(たまわ)る件に付いては、少し時を貰えぬか。検討してみる」

 先程は無視したように見えた帝親政の提案に付いて、実頼が高明の意向を汲んでいる様子を見せたので、高明は安堵した。 

「お願い致します」

と頭を下げる。

「それと、師尹(もろただ)の態度に付いては許されよ。ああ言う男なのじゃ」

 実頼は、明らかに高明に気を使っている。

「はて、何の事か? 麿が特に気にするようなことも無かったと思いますが」

 高明も摂関家との摩擦を生じさせてはまずいと言う想いが有るので、気にしていない素振りを見せる。

「それならば良い。若い者の中にも少々跳ね上がった考えの者もおるようじゃが、麿は、今後とも貴殿と手を携(たずさ)えて政(まつりごと)を行って行こうと思っておる。宜しく頼む」

 実頼は下手に出て、高明と協調したい意向を示している。

「何を仰せかと思えば。麿は未だ未熟者。ご指導ご鞭撻を、今後とも宜しくお願い致します」

 高明も丁寧に礼をして部屋を出た。その姿を目で追って、実頼は腰を下ろした。


 相変わらす伊尹(これまさ)が何のかのと言って来る。摂関家の栄光を取り戻す為に先頭に立って頂きたいなどと言っているが、腹の中では不甲斐(ふがい)無い氏(うじ)の長者(ちょうじゃ)と馬鹿にしているのが見えてしまう。要は、自分の栄達の道を付けてくれるよう迫っているだけだ。

 今は同じ参議である我が子・頼忠も、いずれは伊尹(これまさ)の後塵(こうじん)を拝することになることは目に見えている。なぜなら、東宮(とうぐう)(皇太子)・憲平(のりひら)親王、その後を襲う(継ぐ)と見られる為平(ためひら)親王も、共に伊尹の妹・安子(あんし)を母としているからだ。実頼にはそうした手駒が無い。

 いつも次弟・師輔(もろすけ)に負い目を感じながら生きて来た。官位も官職も追い越されたことは一度も無い。しかし、弟・師輔は『一苦しき二』(上席である兄・実頼が心苦しくなるほど優れた次席の者)とまで言われ、朝廷の実権は実頼よりも師輔にあった。その師輔は先に死に、自分は幸いにして長寿を得ている。だが、娘を入内(じゅだい)させ外戚(がいせき)となることを狙ったが、それも叶わなかった。左大臣と成ってからも、権力を得たと言う実感が無い。摂関家の復権に尽くしたとしても、その果実を得るのは、恐らく師輔(もろすけ)の子や孫達で、我が子や我が孫では無い。そう思うと空(むな)しくなって来て思わず涙ぐみそうになることさえあるのだ。    


 伊尹(これまさ)の舘、兼家の舘、更に師尹(もろただ)の舘と、満仲はこの頃忙しく動き回っている。その成果か、三日前には伊尹が師尹の舘を訪ね長い間話し込み、更にその足で師氏の舘を訪ねている。その翌日には、兼家が実頼の舘を訪ねたが、短い間居ただけで、渋い顔をして帰って行った。だが、満仲がこうした動きを高明(たかあきら)に報せることは無かった。


 その年の暮れ重大な事が起こる。高明に取っても、実頼に取っても、伊尹に取っても、それは想定外の出来事であり、これを切掛けに歴史は大きく動き出すことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。