第7話 忠頼の思惑
千方達が吉次と共に砂金探索に出掛けた日「珍しい物をお見せしよう」と言う都留儀の言葉に誘われて、朝鳥は、宝物倉のような所に案内されていた。注ぎ口と取っ手を持った、何とも言えない美しい光沢を放つ焼き物の壺のような物。見事な細工を施した金の指輪。そして、見たことも無い鮮やかな色の糸を使った厚手の織物など。所狭しと並べられた品々に、さすがの朝鳥も絶句した。
若い頃、秀郷の供をして都に何度か行ったことが有るが、京でさえも見たことのない品々だった。
「こ、これは……」
と朝鳥は驚きの声を上げた。
「ふふ、出羽の者達との取引で手に入れた品々で御座います」
「出羽?」
「出羽の海岸には、時々、異国の物が流れ着きます。難破した船に積まれていた物でしょう。人の乗った船が流れ着くことさえ有ります。出羽の荒蝦夷達は、それを襲ったりもします。恐らくは、そうして得た物でしょう。彼の者達が欲しがる、農具や布と交換に手に入れた品々です」
朝鳥は、今更ながら、安倍の力を見せ付けられたような気がした。
陸奥に来て早くも二月が経っていた。何やら舘の中が騒々しい。
「お騒がせしております」
千方達に用意された居室に都留儀が現れた。
「これは都留儀殿。いかがなされた」
円座になって身内と話していた千方が、都留儀に視線を移す。千方は、良く郎等達と円座になって話す。普通なら千方が正面に坐り、対面して朝鳥ら郎等達が座る処だが、そんな距離で話すことが千方は余り好きではないのだ。すぐに近寄って来て、話す相手の目の前にどっかと胡坐を掻く。改まった場合には、ちゃんと席を保つことは分っているので、朝鳥も何も言わない。
「お邪魔して宜しいでしょうか」
都留儀がそう声を掛ける。
「元より。さ、どうぞどうぞ」
朝鳥が身を避けて、千方との間を空け、都留儀を迎え入れる。
「朝から騒々しいことで申し訳御座いません」
腰を降ろした都留儀が、まず、舘の中が騒がしい事に付いて詫びた。
「また、戦でも始まるのですかな?」
朝鳥が尋ねる。
「いえ、その逆で御座います。北に住む村長のひとりが、長年の説得に漸く応じてくれまして、和議が成り、先日、我等に従うことを約してくれました」
都留儀はそう言って笑顔を見せた。
「それは何より。戦わずして和議が成れば、それに越したことは御座いませんな」
と言って朝鳥が頷く。
「で、何か儀式でも行うということですか?」
と千方が都留儀に尋ねた。
「我等は大袈裟な儀式など行わずとも良いのですが、朝廷はそう言う儀式が好きで御座いますので」
「では、多賀城まで出向いて?」
と千方が尋ねる。
「いえ。こたびは、鎮守府将軍でもある陸奥守様が、鎮守府まで出向いて来られることになりまして、着任以来、初めてのことで御座いますよ」
「ほう、陸奥守様がのう……」
朝鳥が何か意味有りげに呟いた。
「貞盛様は、胆沢にお出でになったことは無いのか?」
千方が都留儀にそう尋ねた。
「都留儀殿が不穏な者達を抑え込んでおりますゆえ、お任せになっているので御座いましょう。鎮守府は今、形だけのものになっております。朝廷としても、刺激したくは無いので御座いますよ」
都留儀の答を待たず、朝鳥が千方にそう説明した。
確かに、朝廷としては、出羽で起きた元慶の乱のようなことがこの陸奥で起きては困るのだ。金も人手も掛けずに治まっていれば、それに越したことは無い。
「明日、鎮守府で、朝廷に恭順の意を示す儀式が行われます。吾も参ります。久し振りに蝦夷の正装をして、踊りなども披露致します」
「都留儀殿も蝦夷の装束を着るのか?」
と千方が聞く。
「はい。蛮族である蝦夷が朝廷の御威光に恐れ入り、恭順を誓い、大和の恩恵に浴することが出来る喜びを、踊り狂って表すという筋書きで御座います。
仲を取り持った吾も一緒になって踊り狂います」
屈託の無い表情で、都留儀がさらりと言った。
「何と……」
絶句して、千方主従は顔を見合わせた。
朝廷は自ら汗を流さず、人任せで得た果実のみを美味そうに頬張る。『いずれ、このつけを支払う時が来るのではないか』と朝鳥は思った。
何の拘りも無い様子で儀式の段取りを話し続ける都留儀に引き換え、千方主従は複雑な面持ちでそれを聞いていた。特に古能代は、押し黙ったまま、一言も発しない。
その時、
「父上」
そう言って入って来たのは忠頼だった。
「郎等共がお待ちしております」
と都留儀に告げる。
「うん、分かった」と忠頼に答え、「では失礼致します」と千方らに断って、都留儀は席を立った。都留儀が席を立ち、忠頼も都留儀に従って部屋を出た。
その時、古能代が席を立ち、忠頼の後を追った。
「忠頼殿」
回廊で古能代が忠頼を呼び止めた。忠頼が立ち止まって振り返る。都留儀はそのまま広間の方へ歩いて行った。
古能代の意図を察したのか、忠頼はゆっくりと歩を戻した。少し苦笑いをしたような表情に成る。
「父の声は聞こえました。…… これが、我等の実情で御座いますよ。父の本意が分かりません。…… ”蝦夷の誇り”という言葉は、もはや、過去の語り種でしか無いので御座います」
そう言って、忠頼は自嘲気味に笑った。
「本心では有りますまい」
古能代がぽつりと言った。
「吾もそう思いたい。そう思いたいのですよ」
思い余ったように述懐する忠頼の心が波立っているのが見て取れた。
「大きな目的を持っていれば、他のことは忍べる。他人にどう思われようと、そんなことはどうでも良くなる。いちいち感情を荒げるのは、大義を持たぬ凡人のすること。…… そう思わぬか?」
古能代が忠頼を諭すように言った。
「義兄上。父には秘めた大義が有ると言われるのですか?」
と忠頼が古能代に問う。
「忠頼殿は、お舘様を、只、大和に尻尾を振るだけの、腰抜けとお思いだったのか?」
古能代が忠頼に逆に聞いた。
「いや、そこまでは思っておらなかったが、もどかしく思うことは……」
「本気で戦う訳に行かぬなら、つまらぬ意地を張ってみても仕方が無い。…… 実は吾も、大殿に媚び諂っているようにしか見えなかった父・祖真紀を、ずっと苦々しく思っておった。つい最近までな」
父・祖真紀との確執を振り返って古能代はそう言った。
「今は?」
と忠頼が聞く。
「分らぬ。我が父ながら、底が知れぬ。お舘様とて…… そう思わぬか?」
一度頷いてから、忠頼は
「吾がそう思うことが出来ても、問題は他の者達がどう思うかです。義兄上は、大義があれば他人がどう思おうと構わぬと仰るが、父が大和に尻尾を振っていると思う者が多ければ、それだけ従わせることは難しくなります」
と言った。
「大和には恭順していると思わせ、蝦夷等には、誇りを失っておらぬと思わせる。それが出来れば良いのだが……」
そう言って古能代は腕組みをした。
「出来ると吾は思っております」
と忠頼が言い切る。
「ほう。どんなことを考えておいでか」
「…… 策は幾つか考えておりますが、その中のひとつは、義兄上にお願いせねばならぬことです」
「何? 吾に? 聞こう。吾に出来ることであれば、何でもするぞ」
古能代は忠頼がどんな考えを持っているのか興味が湧いて来た。
「…… 実は、申し上げ難いことでして……」
「忠頼殿らしくもない。吾は、忠頼殿を、実の弟のように思っておる。遠慮せず申されよ」
「…… 力で全ての蝦夷を抑え込むことは無理です。又、もし我等が強大な力を得て抑え込んだとしても、常に反乱を恐れて、強権を持って支配しなければならないことになります。そんなやり方が長く続く訳はありません。いずれ我等が倒され、陸奥は大混乱の時代を迎えることになりましょう。そんなことにさせぬ為には、同胞の信頼と尊敬を得なければなりません…… その為のひとつの策として、拠り所が欲しいのです。大和がひとつに纏まり勢力を伸ばしたのは、帝という象徴が有ったからであり、我等が破れたのは、それを持たなかった為、ひとつに纏まることが出来なかったからです。しかし、敗れる寸前に、蝦夷をひとつに纏めることが出来る者が漸く現れました。只、現れるのが遅すぎただけです」
忠頼の考えている方向は分かった。
「第二の阿弖流爲になろうと思っているのか?」
と、そこを突いてみる。
「え? いや、吾は安倍の倅。阿弖流爲には成れませぬ」
そう言われると『頼みが有る』と言われた事が気になった。
「吾に頼みとは?」
と聞く。
「…… 義兄上…… 吾に、高見丸を下さらぬか?」
「…… 阿弖流爲の血が欲しいのか?」
と忠頼が考えていると思える事を質す。
「はい」
忠頼は否定しない。
「しかし、汝には男子が何人もおるではないか」
「高見を後継ぎに致します」
と忠頼は言い切った。古能代は、じっと忠頼の顔を見詰めた。
そして、
「済まぬが、それは聞けぬ。断る」
と言った。
「分かっております。二人しかおらぬ子の一人。しかも、やっと親子四人一緒に暮らせることになり、これからという時に、こんなお願いをするのは、吾も気が退けております。しかし、蝦夷をひとつに纏める為には…… それしか…… 高見丸の将来については、吾がしかとお約束致します」
古能代に取って受け入れられる事では無い。
「良くお考えなされ…… 安倍を割ることにもなるのだぞ。高見を後継ぎにしようとしたりすれば、郎等達が割れる。そして、汝の子らと高見が戦うことになる。そのようなことにしとうは無い」
忠頼の考えの浅いところを突いたつもりだった。
「そのようなことにはさせません」
と忠頼は言い切った。
「もし、汝が突然死んだら、どうなる?」
と古能代は更に突く。忠頼は絶句した。確かに、戦でいつ死ぬかも知れない。また、病で誰がいつ死んでも可笑しくない時代でもあった。諦めたように力が抜け、忠頼はフーッと息を吐いた。
「…… 分かり申した。申し訳御座いませんでした、義兄上。お忘れ下され」
そう言って忠頼が頭を下げた。
「阿弖流爲は確かに今も蝦夷達の心の中に生きているかも知れぬ。だが、高見丸も、そして吾も阿弖流爲では無いのだ。そして、時代も状況も違う。仮に、高見を当主に据えたとしても、上手く行くとは限らん。血筋に頼ると言う大和のやり方を安易に、何故、真似ようとするのか?
忠頼殿。蝦夷には蝦夷のやり方が有る筈だ。そして、今の世に合った方法を取らねばならぬ。当主を継いだ暁には、それを実行して行けば良い。どうすべきか。それをもっともっと考えられよ」
余りに簡単に忠頼が引いたので、本気で諦めた訳では無いのではないかと、古能代は思ったのだ。
「義兄上。お教え肝に命じます」
「いや、要らぬことを喋り過ぎた……」
忠頼は、それ以来、高見丸を養子にしたいという件については、一言も発しなかった。
ひと月ほどが経ち、秋の気配が漂って来ていた。
「都留儀殿の好意に甘えて、すっかり長逗留をしてしまいましたな。季節ももう秋、陸奥の冬はあっと言う間に来るそうで御座います。十日後には立つことに致しましょう」
朝鳥が千方に言った。
「陸奥は良き所じゃ。名残惜しいが、いつまでおる訳にも行かぬな」
と千方も応じる。
「真に名残惜しゅう御座います。陸奥には強き者が大勢おります。悔しいことに、太刀打ちでも、弓でも、競馬でも、まだ一度も勝てていない者がおります。十日の間に何としても勝ちたいものです」
秋天丸が悔しそうに言う。
「秋天丸、相変わらずじゃのう」
と朝鳥。
「ではまず、吾に勝つことだな」
夜叉丸はからかうように言った。
「なに~。ようし、今勝ってやる。庭に出ろ」
秋天丸が勢い良く立ち上がった。
「これ! やめぬか、戯け者めが」
朝鳥が秋天丸を制する。
「この三月で、六郎様の弓の腕は驚くほど上達致しました。のう、秋天丸」
秋天丸の意気込みを空かすかのように夜叉丸が言った。
「う? ああ、確かに我等も驚く程に」
仕方無く秋天丸が応じる。
「そう思ってくれるか。実は、吾ながらここのところ、急に腕が上がったと思っておった。秋天丸の申す通り、ここでは学ぶものが多いからかのう。…… だが、まだまだ汝達二人には及ばぬ」
褒められて嬉しい気持ちと自信の無さが、千方の中で交錯している。
「いえいえ、近々、我等も追い越される程の勢いで上達しております」
「秋天丸、余り褒めすぎてはいかん。何しろ、すぐ、その気になるお方じゃからな」
笑いながら朝鳥がそう言ったので、ムッとしたように千方が朝鳥を見る。
「そのほうも郎等なら、たまには世辞くらい言って、少しは主の機嫌を取ろうとは思わぬのか?」
千方は、つい本音を漏らした。
「守役で御座いますゆえ」
朝鳥はシラッとした表情で答える。暫くムッとした表情で朝鳥の顔を見ていた千方だが、やがて表情を崩す。
「ふふっ。食えぬ男よの。草原の爺様を思い出すわ」
笑いながらそう言った。
「それは光栄に御座います」
朝鳥も笑った。
「朝鳥。これからも宜しく頼むぞ」
と笑顔の千方が朝鳥に言う。
「は?」
「汝の言う通り、麿は調子者のようじゃ。吾ながらそう思う。しっかり手綱を取ってくれ」
そう言った千方の顔を朝鳥が覗く。
「ふ、これは…… 六郎様、大人に成られましたな」
と言って愉快そうに笑った。
十日の後、いよいよ下野に帰る日が来た。帰る途中で多賀城に寄って貞盛に挨拶しなければならない。
多賀城には千方、朝鳥のみが行くことにし、古能代親子、夜叉丸、秋天丸の六人とは多賀城の手前で別れ、名取で落ち合うことにした。
「子らもおることゆえ、郎等と女子共を付け、下野までお送りしたい処ですが、御承知の通り我等・俘囚は、簡単に陸奥から出ることは出来ません。衣川までしかお送り出来ませんが、お許し下され」
出立の朝、帰国の挨拶に訪れた千方に、都留儀が言った。
「何の。陸奥守様が人を差し向けて下さることに成ったので、ご案じ下さいますな。それよりも、長逗留となり、色々お世話をお掛け申した。この三月、麿に取っては貴重な日々となりました。得るものも多く、郎等達も都留儀殿の郎等達の中に、多くの知己を得たように御座います。本当にお世話になりました」
「いえいえ、碌なお持て成しも出来ず申し訳御座いませんでした。しかし、正直申し、御無事でお帰り頂くことが出来、安堵致しております」
「兄は、己の力で生き残れぬ者は死んでも仕方無いと思っておりますので、もし、この地で麿が命を落としていたとしても、都留儀殿を責めるようなことは御座いませんでしょうが、ご迷惑には違い無い。ご心配をお掛け申した」
内心、都留儀を大分ハラハラさせたろうと思っている千方が詫びるように言った。
「陸奥守様には、色々と聞かれると思いますが、我等は朝廷に恭順しており、陸奥の安寧の為に力を尽くしているとお伝え頂ければ幸いです」
千方が陸奥守・平貞盛にどう報告するかは都留儀や忠頼に取っては大きな関心事である筈だ。その内容によっては鎮守府の監視が厳しくなる事も有り得る。千方とてその心配は十分にわかっており、都留儀を困らせるような事を言うつもりなど、一切無い。
「元より、そのようにお伝えする心積もりでおります」
と答える。
「忝い。宜しくお願い申し上げます」
と都留儀は深く頭を下げた。
都留儀の見送りを受け、千方主従、古能代、そして、小鷺、日高丸、高見丸の八人は安倍の舘を後にした。
衣川までは、郎等達を従えた忠頼が同行する。他に小鷺や子らの身の回りの物と都留儀が用意した土産物を積んだ荷車とそれを引く者達、高み丸を抱いた女が一人従う。
小鷺は大人しい性格ではあるが、やはり蝦夷の娘、男と同じような直垂を着て、ひとりで馬を操る。日高丸は、古能代が馬に乗せて自分の前に抱え込むようにしている。旅に出ることが余程嬉しいらしくきゃっきゃとはしゃいでいる。
千方一行は、門の所まで送りに出て来た都留儀に馬上から頭を下げ、荷車の動きに合わせながら、ゆっくりと歩み始めた。
三月ほどの滞在であったが、それぞれに取って刺激的な日々であった。
千方、夜叉丸、秋天丸に取っては、何よりも始めて戦闘に参加したことが、忘れられない出来事であったし、多くの知己を得たことも収穫であった。
朝鳥は、安倍という蝦夷の一族に大きな興味を抱いた。都留儀の本音がどこに有るのか。明け透けに語り、隠し立てせずに、何もかも見せてくれたかのような都留儀ではあったが、心の底は計り知れない。この一族がこの先どう成って行くのか、それを知る為に長生きしてみるのも悪く無いと思った。
古能代に取っては、もちろん、妻子と再会出来、下野に連れて帰ることが出来ることが何よりの喜びであることは言うまでも無い。人を寄せ付けぬ雰囲気を常に漂わせていたこの男も、やはり人間である。朝鳥や千方が気付くほどの変わりようを見せていた。
涼しいと言うよりは、少しひやりとする風を背に受けて、狩や野駆けで走り廻った山々をゆっくりと見渡しながら、千方は、ふいに芹菜のことを思い出した。そして、早く会いたいという想いが湧き上がって来た。時々、ひとりになった時思い出すことは有ったが、強く会いたいと思うことは今まで無かった。日々の刺激と楽しさの中で、そういう気持ちを忘れていたと言っても良い。
衣川の川辺まで来た時、忠頼が馬を止め振り返った。
「如何なされた?」
轡を並べていた古能代が尋ねる。忠頼は北西の方向に有る小山を指差した。それは、高さ三十丈(九十メートル)ほどの草木に覆われた小山である。
「義兄上、あの小山をどう思われますか?」
と古能代に聞く。
「どうとは?」
忠頼が何を言いたいのか、古能代には分からなかった。
「いえ、いずれあの上に舘を建ててみたいと思うておりまして……」
と言う。確かに、山頂に舘ひとつ建てても、回りに有る程度の平場は確保できそうではある。
「しかし、なぜあんな所に。…… 郎等達の住まいまでは建てられまい」
と古能代が印象を述べた。
「郎等や村人は下の麓から川辺に掛けての平地に住まわせます。そして、郎等達は、毎日、舘まで登って来させます。足腰の良い鍛練になりましょう」
忠頼はそう言って笑った。
「三方向を更に高い山に囲まれ、衣川を見渡せる場所に舘を建てる…… まるで、大和が川を渡って攻めて来るのを監視する為の柵ようじゃな」
忠頼の狙いを察した古能代が冗談めかして言う。
「はい。父は決して許すまいと思います。吾が当主を継いだ後のことになりましょう」
古能代は忠頼の覚悟を感じ、
「大和に反旗を翻そうと言うのか?」
と、懸念を伝える。
「いえ、負ける戦は致しません。当面は、蝦夷達に安倍の心意気を示すことが出来ればそれで良いのです」
と忠頼が古能代が案じている事を否定する。
「国府が放って置くまい」
と古能代は更に疑問を投げ掛けた。
「父を真似て、ひたすら恭順の意思を示し続けるつもりです。もちろん、陸奥守、鎮守府将軍には、それなりに袖の下を使う必要は御座いましょう。懐が潤って、こちらがひたすら恭順の意を表しているのに、敢えて事を荒立てようとする者は余りおりますまい」
忠頼は自信有りげに言った。
「下手に事を荒立てて騒乱を引き起こし、収めることが出来無くなれば、国司は責任を問われることになる。申し開きを信じた振りをして、懐を肥やし、黙って京へ帰った方が得という訳か。忠頼殿。久しく会わぬ間に強かになられたのう」
古能代が感心する。
「大和と戦おうとは思いませぬが、蝦夷をひとつに纏める為には、何でもやるつもりです」
「しかし、敢えてことを荒立てようとする国司が現れることが有るかも知れぬ」
古能代が懸念を示した。
「いずれ、そういうことも有りましょう。
それまでに、どれだけ蝦夷を纏め切れるか、そういう賭けですな」
「汝の考えの中のひとつを、手助けできぬことは心苦しい」
「高見丸のことでしたら、申した吾が間違っておりました。お忘れ下され」
忠頼がそう言って古能代に頭を下げた。




