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坂東の風  作者: 青木 航
第八章 落日編

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第7話 決断

 国府を相手に戦うとなれば、成り行き次第では謀叛と言うことにも成りかねない。草原(かやはら)の郎等達は元より民まで巻き込むことになる。それで良いのかと、千方は己に問うた。草原(かやはら)の民(たみ)が、侵入して来た忠常の郎等に殺されたのだ。草原(かやはら)の民を斬った忠常の郎等を殺したことに非は無い。

 只、裁くのが満季とその意を受けた検非違使とすれば、事実関係などお構い無しに、千方を罪に落とす絶好の機会と考えているに違い無い。出頭しても捕らわれても、それで終わりだ。とすれば、残された道は戦うのみ。

 だが、下野藤原(しもつけふじわら)と違って、草原(かやはら)の力は戦力とも言えないくらいでしか無い。村岡と比べてさえ圧倒的に劣るのに、それに加えて国府まで敵に回してどう戦えば良いのか。土豪達のどれくらいが国府に従うかも分からない。さすが強気な千方も考え倦(あぐ)ねていた。


 只、手を拱(こまね)いて居れば、翌日にも召喚されるか、千方捕縛の為に検非違使が派遣されて来るに違い無い。時を稼ぐ必要が有る。千方は、兵の徴発を豊地に命じた。抵抗する姿勢を見せることに寄って、国府方もそれなりの準備を整えてからでなければ、迂闊に手出し出来無くなる。そうして置いて、大道和親(おおみちのかずちか)(犬丸)を呼び、都の文脩(ふみなが)に書状を届けるよう命じた。文面は、村岡に加えて国府とも争わなければならなくなった経緯(いきさつ)を簡潔に述べ、下野藤原(しもつけふじわら)に迷惑を掛ける訳には行かないので、自分及び草原(かやはら)との縁を切って欲しいと訴えるものだ。文脩(ふみなが)の答のいかんに関わらず、万一の場合、この書状を以て文脩(ふみなが)は申し開きが出来る筈だ。

 続いて千方は、豊地を呼び、私市氏尚(きさいちのうじひさ)と話し合う段取りを付けてくれるよう依頼した。この事態で私市(きさいち)氏の協力を求めることは当然なので、豊地(とよち)は承知し会談を段取りしたが、自分も同席する旨申し出た。しかし、千方はそれを断った。

「そなたの申し出、至極尤(しごぬもっと)もではあるが、一度氏尚(うじひさ)殿と二人きりで話したい」

「左様で御座いますか」

 豊地は仕方無く承知した。



「将軍様自ら足をお運び頂き、恐縮です」

 氏尚(うじひさ)は千方を立ててそう挨拶した。

「いえ、私市は草原(かやはら)から見ればご本家。こちらから足を運ぶのは当然のこと」

 千方も慇懃(いんぎん)に言葉を返す。

「で、どのようなご用向きで御座いましょうか」

 千方の腹を探るように、氏尚(うじひさ)が尋ねる。

「実はこのたび、麿及び草原(かやはら)との縁を切って貰うよう下野藤原に申し出を行いました」

 氏尚が懸念しているであろう話の肝(きも)をいきなり突く言葉だった。

「ほう、それは又、突然のことで」

 氏尚とすれば、まずは千方が協力を求めて来るものと思っていた。その上で条件を出し、千方に決断を迫るつもりでいたのだが、話はいきなり本筋に入ってしまった。

「草原(かやはら)の当主の座も、近々、豊地(とよち)に譲るつもりでおります」

「これは又、大変なお覚悟で。して、手前に何か?」

「ご承知の通り、今、草原(かやはら)は、村岡との間に揉め事を抱えております。近々、国府から召喚の沙汰が有るでしょう」

「存じております。聞くところに寄れば、将軍様は、国府に抗(あらが)う姿勢をお見せとか。そこで、私市(きさいち)に助力せよとのことでしょうか?」

 氏尚は率直に懸念を伝えて来た。

「違います。私市(きさいち)を存亡の危機に巻き込むつもりは有りません」

 千方は、そう言い切る。

「はて?」

 氏尚は千方の本音を探るように目を見た。

「詳しいことは申せませんが、実は、武蔵守(むさしのかみ)・源満季(みなもとのみつすえ)と麿の間には昔からの因縁が御座いまして。こたびのことは、忠常が草原(かやはら)に不法に侵入し民を殺害した為、その郎等を斬り捨てたと言うのが真相。本来、こちらに理の有ることで御座います。しかし、麿に恨みを持つ満季が、公正な裁きをする筈が御座いません」

「で、已(や)む無く戦いの準備をしていると……」

 事情を聞いて、氏尚の懸念は増した。では、どうしようと言うのかと思う。

「時を稼いでいるだけです。どう戦っても、草原(かやはら)だけの力では村岡と国府を相手に戦い切ることは出来ません。かと言って私市(きさいち)までそれに巻き込むなどと虫の良いことを考えている訳でも有りません」

 そう言われると、氏尚には益々、千方の本音が分からなくなった。

「分かりませんな。では、我等にどうせよと」

 それが、聞きたかった。

「先程申しましたように、これは満季(みつすえ)と麿の問題。麿が責任を持って収めますので、その後の草原(かやはら)のことをお願いしたいと言うことです」

 氏尚(うじひさ)は腕組みをして考える素振りをした。しかし、千方の本音がそこに有ると分かれば、氏尚の答は既に決まっていた。

「分かり申した。将軍様がそこ迄のお覚悟をお持ちで、更に申されたことを全て実行して頂けるなら、私市(きさいち)の一族として、草原(かやはら)のことお引き受け致しましょう」

 氏尚は、そう約束してくれた。

「忝(かたじけ)ない。只、これはまだ誰にも明かしておらぬこと。他言すること無く、暫(しばら)くは経緯を見守って下され。亡き祖父・久稔(ひさとし)や母、そして豊地(とよち)の想いは草原(かやはら)の安泰。それだけは何としても守りたい。氏尚(うじひさ)殿にお引き受け頂き、安堵致した」

 そう言って、千方は深く頭を下げる。

「草原(かやはら)を守りたいと言うお心、無には致しません」

 氏尚も頭を下げる。


 他を巻き込まぬ為の段取りはした。後は豊地(とよち)に当主を譲ることを伝え、母の面倒を見て貰うよう頼まねばならない。それに、古能代(このしろ)ら六人の千方付きの郎等達を、引き続き草原(かやはら)の郎等として抱えて貰うことも頼まねばならない。侑菜(ゆな)は実家である端野(はしの)に返そうと思う。草原(かやはら)に残すよりは実家に帰した方が気兼ね無く過ごせるだろう。虫の良い話だが、松寿丸(しょうじゅまる)のことも併せて頼もうと思っている。

 千方に見切りを付け離別させたがっている昌孝(まさたか)である。松寿丸(しょうじゅまる)の将来のことも文脩(ふみなが)に頼んでいる昌孝であるから、可愛い娘と孫を喜んで引き取ってくれる筈だ。問題は伝える時期と方法だ。豊地(とよち)に直接伝えれば計画自体を反対されるだろう。書面に認(したた)め、事後に豊地(とよち)の手に渡るように段取りしなければならない。出立前に侍女に預け、翌日豊地に渡すよう命じれば良い。だが、雛(ひな)は不味(まず)い。勘の良い雛(ひな)のことだ。翌日渡せと言う命(めい)に違和感を覚え、武規(たけのり)(夜叉丸)に相談してしまうだろう。他の侍女にしようと思った。

 雛(ひな)と言えば、侑菜(ゆな)付きの任を解いて置いてやらねばなるまいと気付いた。子も有ることだし、武規(たけのり)や子らと共に草原(かやはら)で暮らして貰わねばならない。侑菜(ゆな)のお気に入りだが、端野(はしの)の実家には侑菜(ゆな)が幼い頃より付いていた侍女も居る。侑菜付きと言う任をはっきりと解いて置いて、気兼ね無く草原(かやはら)に残れるようにして置いてやりたいと思った。

 端野(はしの)は千方自身で訪ね、昌孝に直接頼むことにした。念の為、家風に合わぬゆえ離別するとの一冊を昌孝に渡しておこうと思う。それで、侑菜(ゆな)の安全が保障される。  

 考えると、やって置かねばならぬことが次々と浮かんで来る。豊地に渡す文(ふみ)には、事後処理に付いても書いて置かねばならないと思った。

 まず、戦(いくさ)準備を直ちにやめ平常に戻し、恭順の意を示すこと。国府から喚問された際には、戦(いくさ)の準備は千方が独断で進めさせたもので、反対したが聞き入れられなかった。千方が出奔(しゅっぽん)したことが分かり、豊地(とよち)の判断で直ちに中止させたと飽くまで言い張ること。この文(ふみ)は読んだ後焼却することなどを書き加えなければならないと思った。また、当主の座を豊地(とよち)に譲る旨の国府宛の申立書を少し遡った日付で別に書き、千方の出奔後見付かったことにするよう、前(さき)の文(ふみ)に書き加えた。


 端野(はしの)は明日訪ねることにし、母にそれと無く別れの挨拶をして置こうと思った。居室を出るとすぐ侑菜(ゆな)と出くわした。

「どちらへ?」

と侑菜(ゆな)が尋ねて来た。

「母上の許(もと)へ参るところじゃ」

「左様で。それが、立ち眩(くら)みがしたとかで休んでおられます。侍女から聞き様子を伺いに参りましたところ、顔色も良ろしく『大事無い、少し疲れが溜まっているようだ』と仰って横にお成りになりました。暫(しばら)く付き添っておりましたが、お眠りになられましたので、殿にお伝えして置こうと思って参ったところです」

 気になったが、それほど大した事ではなさそうだと言う事で、千方は安心した。

「そうか。特に用が有る訳でも無いので、明日にしよう」

 そう答える。

「それが宜しいかと。白湯(さゆ)でもお持ち致しましょうか?」

と侑菜(ゆな)が聞いて来た。

「そうだな。白湯(さゆ)でも飲みながらそなたの世間話でも聞きたくなった」

 侑菜《ゆな》と話したいと思い、千方はそう答える。

「まあ。どうした風の吹き回しで御座いましょう。普段は『他人の噂話など興味無い。どうして女子(おなご)と言うものは、誰がどうしたこうしたと、どうでも良いようなことを長々喋っていられるのか不思議でならん』などと申されているくせに」

 そう言われて千方は、普段、余り侑菜《ゆな》の話し相手になってやれていなかったのだと自覚した。

「そなたも承知の通り、村岡との問題で色々と考えることが多くてな」

と言い訳する。

「女子(おなご)の口出しすることでは御座いませんが、お察し致します」

 千方は、侑菜(ゆな)も気を使っていたのだなと思う。

「愚にも付かぬ話でも聞いて、頭を休めたくなった」

 侑菜《ゆな》と話したいと言う意思を、千方は、そんな憎まれ口で表した。

「"愚にも付かぬ話" で御座いますか? 随分な仰り様(よう)で御座いますね」

 半分口を開けて、侑菜《ゆな》は千方を睨んだ。

「怒ったか? 怒っても美しいのう、そなたは」

と千方が茶化す。

「ひとを弄(なぶ)っておいでですね。ならば、白湯(さゆ)などお持ち致しません。外に出て、井戸の水でもお飲み下さいませ!」

 千方の戯言(ざれごと)は通じなかったと見える。

「済まぬ。許せ。この通りだ」

 真顔になって、千方は侑菜(ゆな)に頭を下げた。

「何をお考えですか? 麿に話しては頂けないのですか?」

 侑菜(ゆな)も真顔に成っている。何かを察したのだ。

「そなたのこと。松寿丸(しょうじゅまる)のこと。草原(かやはら)のことじゃ。少し待て。そのうち分かる」

 侑菜(ゆな)の膨れっ面(つら)が、一瞬にして笑顔に変わった。侑菜(ゆな)も千方を誂(からか)っていたのだ。

 自分成りに考え抜いた選択ではあるが『他人からみれば吾は、坂道を転げるように落ちぶれて行く男なのだろうな』と千方は思う。だが、今大事なのは『自分が他人からどう思われるかなどと言うことでは無い。己の運命(さだめ)は己ひとりで背負って行かなければならないと言うことだ』と千方は思う。自分で判断して決めた結果が今の状況を招いているのだから。


 行く迄も無く、その日、端野昌孝(はしのまさたか)が訪ねて来た。幸い、千方と暫く話した後、侑菜(ゆな)は雛(ひな)を連れて知り合いの所へ出掛けた後だった。

 考えていたことを伝え、離縁状も手渡した。訪ねて来た目的が全く同じことだったので、昌孝(まさたか)は快く承知し、後日引取りに来る旨千方に告げて帰って行った。 

 翌日、もう一組の思わぬ客が有った。それと、ひとつの大事が起こった。

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