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坂東の風  作者: 青木 航
第八章 落日編

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第1話 殺生放逸の者が……

 千方の急な隠居は下野(しもつけ)の者達を驚かせはしたが、それとは比べ物にならない程の珍事が起き、都中の話題となっていた。

 永延(えいえん)元年(九百八十七年)、あの満仲が官職を辞し、多田の舘に於いて郎等十六人、女房ら三十余人と共に出家したのだ。花山(かざん)帝の出家から一年程後 のことである。それを聞いた時、京人(みやこびと)達は誰もが我が耳を疑った。藤原実資(ふじわらのさねすけ)は、その日記・小右記(しょうゆうき)に『殺生放逸(せっしょうほういつ)の者が菩薩心(ぼさつしん)を起こして出家した』と記している。実資は実頼(さねより)の孫であるが、その養子と成っていた男だ。


 花山(かざん)帝退位の謀(はかりごと)がまんまと成功したことで、苦渋を舐(な)め続けていた兼家は、やっと権力を手中にすることが出来た。そして、手を貸した満仲も兼家の信頼を更に深め、その地位を高め、権力と富を増していた。


 忙しいが、充実した日々である。

『やっとここまで来ることが出来た』そう思う。血の滲(にじ)むような努力と強い意志が無ければ、今頃自分は兵(つわもの)の郎等か、良くて貴族の家人(けにん)くらいでしか無かったであろう。世間には謗(そし)る者も多いが、大抵は、親や先祖のお陰で大した努力もせずに地位を得ている者か、逆に、浮かび上がる望も無く、不満を持ちながらも現状に甘んじることを余儀無くされている者かのどちらかである。

 己に才覚が無い事に目を瞑(つむ)り、他人を批判することで憂(う)さを晴らしているだけでは無いか。満仲はそう思う。

 貴族としての地位を回復し、弟達にも恩恵を与えて来た。正四位下(しょうしいのげ)と成った今、子や孫には蔭位(おんい)の恩恵を与えることが出来る。官人(つかさびと)としての道は開いてやった。少しの才覚を持っていれば、参議くらいには成れるだろう。その為に必要な財は十分に残してやることが出来る。数え上げれば切りが無い。満仲は自分の人生を振り返り満足していた。

 その筈だった。ところが、花山(かざん)帝出家騒動の直後から妙に心が疼(うず)くことが有る。刺さったことも忘れて、そのまま皮膚表面が治癒してしまったが、皮膚の内側で腐り始めた刺(とげ)。比喩的に言えば、そんな疼(うず)きが満仲の中で芽生えていた。


 そもそも、満仲の出世欲の原点と成ったのは『皇孫として生まれた身が、このまま地に埋もれてたまるか』という強い意識である。高明(たかあきら)に臣従する切掛けとなったのも『同じ皇孫として、同じ源氏として麿に力を貸してはくれぬか』と言われたことである。当時の高明(たかあきら)は、若くして出世を重ねる、輝ける源氏の星であった。『この方に着いて行けば、きっと道は開ける』満仲はそう思った。ところが、藤原千晴(ふじわらのちはる)が、多くの郎等を率いて上洛し、従者(ずさ)として高明に仕えるようになって、状況が変わった。

 千晴(ちはる)は、下野(しもつけ)を掌握する下野藤原家の財力を背景に、多くの郎等を養う一方、高明(たかあきら)にひたすら奉仕している。置かれた環境がまるで違うのだ。

 当時の満仲はと言えば、やれることは何でもやって財を稼ぎ、やっと郎等達を養っている状態であり、とても、高明にべったり着いている訳には行かなかった。同じ兵(つわもの)として対抗心も有り、嫉妬心も芽生えていた。高明も、次第に千晴を寵愛するようになる。『小藤太(ことうた)は何処(いずこ)におる』そう聞かれるのが不快だった。もちろん、そんな気持ちは微塵も顔に出さなかった。『さて、先程までそこにおりましたのですが。探して参りましょう』そう言って高明の前を離れる。

 高明が将来の側近として考えているのは千晴であり、自分は都合良く使われるだけだ。そう結論付けた時、摂関家(せっかんけ)と組んでの高明(たかあきら)追い落とし計画が始まった。当時ばらばらだった摂関家の意思を纏めようとする伊尹(これまさ)を助ける動きもした。伊尹の指示を受ける為の窓口となっていたのが兼家であった。


 高明追い落としに付いての後ろめたさは無い。だが、花山(かざん)帝を退位に追い込む手助けをしたことに付いては、事情が少し違う。そもそもの原点である皇孫としての誇り。それとの矛盾が、満仲の深層の中で解消されていないのだ。

 忙しさに紛れている時は良いが、一人に成った時、突然、何とも言えないやりきれなさが満仲を襲う。そのうち悪夢を見るようになった。花山(かざん)帝とは関係の無い夢だ。昔、殺した者の表情が突然夢に現れ、声を出して、自分の発した声に驚いて飛び起きる。宿直(とのい)の者が慌てて『如何(いかが)なさいましたか?』と声を掛ける。

『いや、何でも無い。宿直(とのい)は要(い)らぬ。今宵は下がって休め』

『はあ、しかし』

『喧(やかま)しい。命(めい)じゃ。下がれと申したら下がれ』

 宿直(とのい)の者は、仕方無く下がって行く。

『何じゃ、この夢は。身の程知らずめが、逆恨(さかうら)みしおって。殺される者は、初めから殺されるべき運命(ほし)の許(もと)に生まれ付いておるのじゃ。麿を恨むな 。運命(さだめ)を呪え』


 当時、もちろん、自分の無意識が夢を見させるなどとは誰も思わない。当時の考え方としては、生霊(いきりょう)や死霊(しりょう)が何らかの意思を持って相手の夢の中に現れるのである。

 寝汗をびっしょりかいている。宿直(とのい)の者は下がらせてしまったので、侍女を呼び着替えを持たせ、汗を拭わせる。

 そんな事が何度か有り、落ち着かなく成っていた満仲は、遂に決心をして或る高僧に相談する。天台座主(てんだいざす)・尋禅(じんぜん)では無い。ところがその高僧、極楽往生(ごくらくおうじょう)を説く一方で現世利益の話をする。小難(こむずか)しい仏教用語を羅列しているが、要は、財を使って功徳(くどく)を積めば、煩悩から逃れ極楽に行くことが出来ると言っているだけだ。琴線(きんせん)に触れるところが全く無い。挙げ句の果てには、寺の建立や寄進を盛んに勧める始末。それで全ての悩みは解消され、死霊(しりょう)も夢には出て来なくなると言う。

 取り澄まして説法を語っていた時とはまるで別人のように俗っぽい表情と成って、満仲に、寺の建立や寄進を勧めて来る。満仲が数多く知る、策謀好きで欲の深い者達と何ら変わり無い印象しか受けなかった。丁寧(ていねい)に礼を言い、多めの謝礼を渡して、満仲は寺を後にした。

「寺の建立、或いは寄進のこと、是非お考えなされ、煩悩(ぼんのう)を除くには、功徳(くどく)を積むことが肝要ですぞ」

 別れ際に高僧はそう重ねた。

『あれは、僧衣を着た公卿(くぎょう)でしか無いな』満仲はそう思った。高僧に救いを求めたが、期待は見事に裏切られた。『僧衣を纏った公卿(くぎょう)』にしか見えなかった。叡山の修行僧と成っている五男の源賢(げんけん)を呼んで話を聞いたりもした。源賢から出家を勧められもしたが、気が進まないまま、悪夢を見る夜は続いた。


 誰も彼(か)も笑顔。中でもこの日の主役である左大臣・源高明(みなもとのたかあきら)は、今日ばかりは格段に晴々しい笑顔を振り撒いている。白の合わせの直衣(のうし)姿、紅(くれない)と藍(あい)を掛け合わせた二藍(ふたあい)の裏地が袖口から覗(のぞ)いており、二藍(ふたあい)の紅(くれない)の色が比較的濃い為、白い表地に紅(くれない)が透けて、通常は若年の貴族が着る、いわゆる『桜の直衣(のうし)』のような華やかさを見せている。

 五十四歳になる筈だが、その整った顔立ちと発する若々しい雰囲気の為、余り違和感は無い。立烏帽子(たてえぼし)を被(かぶ)り右手に扇を持って、その扇で時折首の辺りを軽く叩いている。

 

 関白藤原実頼(ふじわらのさねより)も高明(たかあきら)の隣で笑顔を見せている。大納言から右大臣に転じた師尹(もほただ)、大納言・在衡(ありひら)、中納言から大納言に転じた源兼明(みなもとのかねあきら)、参議から権(ごん)大納言に躍進した伊尹(これまさ)、中納言・師氏(もろうじ)ら錚々(そうそう)たる顔ぶれが座を連ねている。

 源満仲(みなもとのみつなか)、藤原千晴(ふじわらのちはる)の両人も末席を与えられてはいるが、従者(ずさ)として公卿(くぎょう)達に奉仕することで、座を温める暇(いとま)など無い。

 嬉々(きき)として公卿(くぎょう)達に奉仕する千晴(ちはる)を横目で見ながら、満仲(みつなか)は実頼(さねより)を見た。屈託無い様子で高明(たかあきら)と談笑している。伊尹(これまさ)はと言うと、甥(おい)に抜かれてしまって甚(はなは)だ面白く無い筈の伯父・師氏(もろうじ)の機嫌を取ろうとしてか、盛んに杯(さかずき)を勧めている。

 普段、他人の機嫌を取るような男では無いが、今は摂関家の結束が何より大事と思っているのだろう。今が盛りで、間も無く運命が暗転することなど、高明(たかあきら)自身は知る由(よし)も無い。

 それを知っている摂関家の者達は見事に腹の内を秘して、笑顔を振り撒いているのだ。


 ふと見ると、父・経基(つねもと)が居る。

『なぜ父がこの席に?』

と思ったが、次の瞬間、そこは生家の父の居室に変わっていた。

「太郎、物要(ものい)りが有ってのう。少し回してくれぬかな」

 満仲はこう言う父を少し蔑(さげす)んだ。

「何を仰っているのですか。父上の解(と)き放ちの為に、麿がどれだけ公家(くげ)達に頭を下げて回ったかご存知ですか。公家達を動かせる程の物は持って行けませんでしたが、それでも、手土産(てみやげ)くらいは持って行かねばならなかったので、財など全く残ってはおりません。母上や弟達をこの先、どのように養って行ったら良いか悩んでいるくらいです」 

「何を申す。摂政家(せっしょうけ)の家司(けいし)が何を吝嗇(りんしょく)なことを申しておるのじゃ」

 父は睨(ね)めるように満仲(みつなか)を見た。いつの間にか、場所は多田の舘に変わっている。

『父が尋ねて来たのか』と思う。時系列が満仲(みつなか)の中で混乱している。『父上』と語り掛けようとすると、前に座っているのは無名(むみょう)と名乗った千晴(ちはる)である。

「二度と麿の前に現れるなと伝えた筈だ」

 そう強く言った。

「救ってやろうと思い、せっかく出家(しゅっけ)を勧めたのに、拒んでいるようじゃな」

 千晴は静かに言う。

「汝(なれ)に指図されるようなことでは無い!」

 思わず満仲は怒鳴った。

「満仲(みつなか)。仏敵・第六天魔王(だいろくてんまおう)と成ったか。かくなる上は、吾、阿修羅(あしゅら)と成りて汝(なれ)を討つ」

 そう千晴が返した。満仲は笑った。

「痩(や)せ坊主が何を申すか。返り討ちにしてくれるわ」

 太刀を掴もうとした。だが、手元にそれが無い。狼狽(ろうばい)して探すが、どこにも無い。

 千晴を見る。上半身肌脱ぎした千晴の体は筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)としている。そして、その姿が仏法の守護神・阿修羅(あしゅら)へと変わって行く。

 はっ、として一歩退くが、その時、己の手に抜き身の太刀が握られていることに気付いた。

 夢中で斬り掛かる。

「ぎゃー」

と言う悲鳴が上がった。

 倒れたその姿を見て、満仲は凍り付いた。倒れているのは、千晴(ちはる)でも阿修羅神(あしゅらしん)でも無かった。

『麿は帝(みかど)を弑逆(しいぎゃく)してしまった』

 倒れているのは花山(かざん)帝であった。全身の力が一挙に抜けると共に、真っ暗になった。何も見えない。 

  

 …… 暫く経って、上から声がした。

「満仲(みつなか)。やってくれるであろうのう」

 見上げると、兼家(かねいえ)が、仁王立ちになって、見下ろしている。

「はい。邪魔が入らぬようしっかりと護衛致します。もし、奪おうとする者が現れた時は、誰であろうと斬り捨てます」

「もし、それでも奪われそうになるか、或いは、飽(あ)くまで出家(しゅっけ)をやめて戻ると仰せになり、言うことを聞いて頂けぬ時は、分かっておるな」

 悪寒(おかん)が走った。『それだけはご容赦下さい』と言おうと思った。だが、その言葉が口から出て来なかった。満仲は黙って頭を下げた。


「貴様は地獄に落ちる。分かっておるな満仲。貴様の行く所は地獄しか無い」

 斬り捨てた、あの賊の顔が迫って来た。肩から斬り下げた斬り口からは血が滴(したた)り落ち続け、目と口許(くちもと)からも血が流れている。

「吾のことも忘れるなよ」

 そう言って別の顔が迫って来た。そしてまた別の顔が。いずれも斬った覚えの有る顔だ。斬ったのは賊ばかりでは無い。又、個人として恨みの有る者とは限らなかった。

「わあ~!」

と叫んで、満仲は太刀を振り下ろした。

 ガツンと刃が何かに食い込んだ感触が有った。体を押さえ付けられ「殿!」と叫ぶ複数の声が聞こえた。


 衝立(ついたて)に食い込んだ太刀が目に入った。そして、その下には郎等の蒼白な顔が有った。

 何が起きたか理解出来る迄に五つ数える程の時が掛かった。

 悪夢を見て声を出し、無意識のまま起き上がって、驚いて飛び込んで来た郎等に斬り付けたのだ。郎等は腰を抜かして後ろに倒れた為命拾いした。更に、運良く後ろに衝立(ついたて)が有ったお蔭で刃を受けずに済んだのだ。昔から仕えてくれていた郎等で、老人である。

『衝立(ついたて)が無ければ殺していた』

 そう認識するのに更に少しの時を要した。

「済まぬ。悪夢にうなされた」

 満仲を押さえ付けていた郎等達が手を放し、膝を突いた。満仲も座り込み、手を突いて、「済まぬ。許してくれ」斬り付けた郎等にそう詫びた。

 郎等に手を突いて詫びるなど、満仲の生涯で初めてのことであった。

「いえ、悪夢とあれば…… しかし、寿命が縮みました。悪夢を度々ご覧になるようですが、悪霊でも憑いているのでしたら、除霊せねば」

「いや、やはり地獄が我が心の中に有るようじゃ。もう大丈夫だ。皆下がってくれ」

 そう言われても、郎等達は戸惑っていた。

 取り敢えず、侍女に着替えを持たせ、本当に良いか満仲に念を押した上で下がって行った。


 このところの満仲の様子の異常には、郎等達も気付いていた。特に、昔から仕えていて数々の修羅場を共に潜って来た郎等達の中には、同じ心の疼きを抱えている者も居た。主(あるじ)同様、己も何かに祟られるのではないかと恐れる者も居る。


 兼家に暇(いとま)を貰い、満仲は、他人を近付けず居室に籠っていた。

 四日目に、五人の妻達、息子達、郎等達とその妻達、侍女達などを全て広間に集めた。

「思うところ有って、職を辞し、家督を嫡男(ちゃくなん)の頼光(よりみつ)に譲り、麿は隠居することにした。隠居後は仏門に入る」

 満仲がそう切り出した。頼光(よりみつ)は四十歳に成る。母は嵯峨源氏(さがげんじ)で前(さきの)近江守(おうみのかみ)・源俊(みなもとのすぐる)の娘である。

 頼光は前年より、東宮・居貞(おきさだ)親王の春宮坊(とうぐうぼう)で権大進(ごんのだいじょう)を努めている。位階は従六位下(じゅろくいのげ)であるが、居貞(おきさだ)親王即位後の出世が見込まれる。

 郎等達から色々聞いていたので、頼光(よりみつ)は驚かなかった。年も四十歳。十分家督を継いで良い年頃である。

「我が家の今日の繁栄は、全て父上のお蔭。一同、どれほど感謝しても、し切れないと思っております。しかし、このところの父上にはお疲れの様子が窺(うかが)えると耳にしております。ご隠居されると言うことであれば、この頼光(よりみつ)、及ばずながら、全霊を以て父上の作り上げて来たものを守り、更に積み上げて行く所存です。どうぞ、ご安心下さい」

 満仲は満足げに頼光を見る。

「そうか。それで安心じゃ。頼んだぞ」

「殿、ご出家されると言うことであれば、我等もお供しとう御座います」

 古参の郎等の一人が、そう申し出た。

「ならば、麿も是非」

 別の古参の郎等もそう申し出る。

『吾も、吾も』と言う申し出が続き、女達も含めて数十人になる。

 ひとつには、郎等達に取って満仲は案外良い主(あるじ)であったのかも知れないし、もう一方では、満仲に従ってやって来たことに不安を感じていた者が多かったのかも知れない。

「ふ~ん。分かった。源賢(げんけん)を呼んで相談するつもりじゃ。出家(しゅっけ)したい者は、その時一緒に話を聞くが良い。その上で決めよ」

 こうして、満仲と一族の出家の話は進み、京人(みやこびと)達を驚かせることになった。


*参考

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E6%BA%80%E4%BB%B2


 尚、今昔物語集に『源賢(げんけん)が、天台座主(てんだいざす)・院源(いんげん)と仏法を満仲に説き出家させた』という説話が有るが、この時の天台座主は、師輔(もろすけ)の十男であり、兼家の異母弟である十九代・尋禅(じんぜん)である。『院源(いんげん)』はこれよりかなり後の二十六代座主(ざす)としてその名が有る。

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