第8話 草原(かやはら)
草原(現・埼玉県加須市、羽生市一帯)はその名の通り、萱を始めとして、丈の高い草が生い茂る郷である。三つに別れた利根川の一番南の支流・会ノ川が郷中を流れ、水に恵まれた地ではあるのだが、それは一方で度々水害に晒される土地であることをも意味している。
草原の一部は、赤城おろしと呼ばれる強い空っ風に寄って吹き寄せられた、現在の単位で幅千五百メートルにも及ぶ自然堤防の上に在るが、領域の多くは低湿地である。数多くの沼や中小河川が入り組み、水利にはこと欠かない反面、秋の嵐の季節には氾濫が相次ぎ、せっかく実った畑の麦や穀類を全滅させたりもする。また、草原に限らず、この辺一帯は霜害の多い土地柄でもある。
草原は私市氏の支族である草原氏が治めていたが、承平・天慶の乱以降版図を広げ、開墾地の一部(現・羽生市一帯)が千晴の私領となっていた。そこも含めて、今は多くが千方の私領となっており、草原氏が、千方の私領も含めて管理を任されている。草原氏は、千方誕生を期に私市氏から離れ、『家の子』として下野藤原氏の比護下に入ったのだ。
九世紀頃から、律令制の崩壊が進み、この頃にはほぼ壊滅してしまっていた。区分田の不足、徴税権の丸投げ、国軍の廃止から治安が悪化し、自衛の為の富裕層の武装化。そして、荘園の拡大など繰り返し述べて来たことではあるが、その結果上から下まで、誰も彼もが私利私欲に走る社会と成ってしまっていた。公地公民も、もはや建前でしか無い。受領も富裕層、土豪達も、半ば大っぴらに私領を持ち、私営田を経営している。
土豪、富裕層が新田開発をすれば、受領との間でせめぎ合いが生まれる。受領は新田を見付ければ、租税を課そうとする。当然と言えば当然なのだが、法を守ると言う観点からすることでは無い。朝廷が把握していない分の増収は、そのまま己の懐へ入れることが出来るからだ。
対する土豪や富裕層の多くは、防衛策として、受領より格上の公卿などに私領を寄贈してしまう。寺社や公卿などの荘園としてしまえば、不入・不輸の権に寄って、受領・国司は徴税も立ち入りも出来無くなってしまう。寄進を受けた寺社や公卿の方は、寄進者である土豪、富裕層をそのまま『荘司』と言う管理者に任命し経営を任せる。そして、租税と比べればかなり安い私税を徴収する。手間も掛からず入って来るものだから、安くても旨味は十分有るのだ。損をするのは国である。荘園が増えるに連れ、国の税収は減って行く。肥えるのは公卿達、そして、僅かながら、地方の土豪、富裕層。税収が不足した朝廷はどうするかと言えば、目的税を作って別途徴税するか、内裏の修復、寺社の造営に際しては、その都度、成功を募り、応じた者に位階を与える。つまりは、売官である。
何と言う社会だろうか。貴族らのみが栄え、庶民と国が疲弊して行く。華麗なる王朝絵巻の陰で、最下層の人々のみが、破れかけの雑巾のように絞り取られる。実際、餓死や栄養失調で死ぬ者も多く、雑草を食うなど当たり前のように行われていたと言う。今日我々が食する七草などの野草も、逆に毒茸や毒草も、必要に迫られた人々の人体実権の集積として言い伝えられて来たものなのかも知れない。
千方とて、末端の支配層のひとりであることに変わりは無い。だが、この時代の共通意識として、餓死した者を見て哀れと思うことはあっても、己も搾取者の一人であるなどとは夢にも思わない。この時代に限らず、歴史上ほとんどの時代に於いて、身分とは生まれながらにして備わっているものなのだ。より上の身分に昇ろうとする者は有っても、身分制度そのものに疑問を抱くような者は少ない。奴卑の子として生まれた者は哀れであり、公卿の子として生まれた者は羨ましいと言うだけのことでしか無いのだ。
豊地が来ている。千方が草原に戻ってから何度目かの訪問である。
昨年の嵐で多くの田が冠水し、多くの稲が薙ぎ倒された。国衙に納める米が足りない。減免の申請をしても返事が返って来ない。備蓄分を取り崩してもまだ足りない。そんな相談だった。
「お蔵米を取り崩してしまいましたので、何とか凌いだとしても、来年が苦しくなります。もし、今年もまた嵐でやられでもしたら、それこそ打つ手が無くなります」
豊地は眉根を寄せて溜息をつく。
「そうか。その時には、我が家の蔵も開こう。多少の足しにはなるだろう」
「それでは、殿やご隠居の召し上がる分が……」
豊地は、千方の意外な提案に慌てた。
「下野の山中におった頃は、稗や粟を食っておった。そうなった時に、我等だけ米を食っている訳にも行くまい。申し訳無いが、母上にもその時は、ご辛抱頂く。強いお方じゃ。そんなことで不服は仰るまいよ」
千方は屈託無い表情を見せている。
「確かに姉上なら」
「しかし、今後のことも考えねばならぬな。
全ての天災を防ぐことは出来ぬが、せめて中小の河川が溢れぬように整備せねばならぬ。底に溜まった泥を取り除き、深く掘削するとか、急な曲がりを直し、真っ直ぐにするとか、出来ることはあろう」
豊地は頷いたが、表情は暗い。
「仰る事ご尤もですが、人手が足りません」
「農繁期を避けて、少しずつやれば良いのではないか?」
「それが、国府に駆り出されることが多く、地元で使役する暇が有りません」
豊地が訴えたのは、官の行き過ぎた使役に付いてである。
「雑徭か」
「はい」
「分かった。武蔵守に掛け合ってみよう」
従五位上の位階を持つ千方にして始めて言える事である。
雑徭とは、地方に於いて国司が徴発し、治水灌漑工事を始めとする各種インフラ整備や国衙などの修築などをさせる為に住民を使役するものである。使役出来る日数は年間六十日までとなっていたが、次第に国司(受領)達は、制度を私用に使うようになり、国司自身の私営田開発の為など、公用以外に頻繁に駆り出し、制度を濫用するようになっていた。
言い難そうにしていた豊地が思い切ったように視線を上げる。
「申し上げ難いのですが、負担を軽くする為には……」
分かっているとばかりに、千方が豊地の言葉を遮る。
「皆まで言うな。公卿の荘園として寄進してはどうかと申すのであろう。それは出来ぬ」
いつもの事ながら、千方はその案をきっぱりと否定した。
「摂関家で無くとも、寺社と言う手も有ります」
千方は首を横に振る。
「人手が足りぬ分は、我等で補おう。郎等達も、麿が無役ではやることが無く、体が鈍ってしまう。畚を担げば鍛練になる。麿もやるぞ」
千方が事も無げに言った。
「殿ぉ」
と豊地は情け無い顔をする。
「母上も、毎日畑に出ているではないか。やれることはやろう」
「はっ」
と返事はしたが、豊地は納得はしていなかった。
まだ農繁期の為、直ぐに工事に掛かる訳には行かないが、どこをどうすれば良いか、千方はまず、郷や私領内を見て回ることから始めた。土木工事の経験は無いが、長年、修理職に勤めており、色々な分野の匠達から知識を吸収して来ているので、何とか成ると思っていた。歩いて歩数を数え、簡単な地図を描きながら工事が必要と思われる箇所に記を付けて行く。また、小舟から小石を結んだ糸を垂らし、川の色々な場所の深さを計り、記録して行く。
草原から南に伸びる間道は途中少し西へ曲がり、その先は、旧・東山道武蔵路に繋がっており、武蔵路を南下すれば国府(現・東京都府中市)に至る。例に寄って供は、小山武規、広表智通の二人である。
帰郷後、始めて国府を訪れることになる。散位として登庁し、記録を残すことが表向きの目的だが、租税の減免の直談判をしようと言うのが真の目的である。地震や土砂災害などの天変地異が発生した場合には、地域的に租税が免除されることが有ったが、嵐で一部水田が水を被った程度では免除と言う訳には行かない。減免の交渉となる。
「武蔵守は、満仲の直ぐ下の弟で御座いますな。一筋縄で行くとは到底思えません」
広表智通が、馬首を近付けて来て言った。
「源満政。満仲の直ぐ下の弟と言うことだが、余り知らぬ」
満政が武蔵守に成れたのは満仲のお陰であろう。しかし、満政は三男の満季とは違って、長男の満仲べったりと言う訳ではなかった。満仲は顔が大きく目がギョロりとしている。三男の満季は面長で一重瞼。どちらかと言えば満政の外観は満仲に似ている。だが、満仲が全身から発している灰汁の強さを満政から感じることは出来ない。
「前鎮守府将軍殿とお呼びすれば宜しいかな」
武蔵守・源満政は、先ずそう尋ねて来た。
「草原の六郎と呼んで頂いて結構です」
千方はそう答える。
「左様か。では、そのようにお呼び致そう」
「その草原のことで、お願いが有ります」
「ほう」
「草原は、昨年の嵐で作物に被害を受けております。まだ、完納出来ていないのは申し訳無いと思いますが、租税減免の件お願いしているはず。その件、如何なっておりましょうか」
千方がそう問い質す。
「検討しているところじゃ」
満政は、官僚の常套句で応じる。
「はて、未だに被害状況を確認する為の官人も草原に来ていないと聞いておりますが……」
そんな答弁で引き下がれるかとばかり、千方は曖昧さ突く。
「うん? そのうち」
これで引き下がっては、いつまで待っても埒が明かない。
「一両日中に派遣して頂けませぬか」
と千方は詰める。
満政は、一瞬面倒そうな表情を見せたが、頷き、
「分かった、そのように致そう」
と答えた。
「有り難う御座います。ならば、今一つ」 と言って、千方が笑みを見せる。
「今一つ?」
満政とすれば、『今度は何なのだ』とでも言いたいところだ。
「はい。今後の天災被害を少しでも減らそうと思っておりまして。その為の工事をしたいのですが、雑徭での徴発が多く、人手が集まらないなどと郷の差配を任せている者が申します。ご配慮頂けませんでしょうか」
肝心の用件を千方は告げた。
「分かった、考えて置きましょう」
これまた、何もするつもりの無い答えである。
「その都度、こちらで必要な人数をご報告しますので、極力ご配慮をお願い致します」
千方は総論では無く各論に踏み込んで行く。
「う…… 配慮…… しよう」
「有り難う御座います。早速、必要な人数をご報告しますので、その分、雑徭の人数から除いて頂くようご配慮お願い申し上げます」
本心は分からないが、取り敢えず言質を取ることは出来た。言いたいことだけ言えば、長居してみてもやることは無い。満政の方でも、さっさと帰って貰いたいはずだ。
「武蔵守殿のご理解を頂けて安心致しました。有り難う御座います」
千方は重ねて礼を言ったが、礼と言うよりも、約束の念押しのつもりである。
「いや何、他にご要望が有ればいつでも申されよ」
満政は、不服の表情を表しはしなかった。そして、取り敢えずの社交辞令を述べる。最低限の人間関係は築けたと千方は思った。その後は、他愛も無い会話の後、千方は国衙を後にした。




