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坂東の風  作者: 青木 航
第一章 幼年編 壱 隠れ郷(下野)

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第1話 下野・隠れ郷 ⅰ

スマホで読まれる方。長編ですので、硬い長文が苦手な方は「選択して読み上げ」機能を使うと便利です。

◯iPhoneの場合

1. 「設定」アプリを開く

2. 「アクセシビリティ」をタップする

3. 「リーダーと読み上げ」(または「読み上げコンテンツ」)をタップする

4. 「選択項目の読み上げ」をオンにする

◯Androidの場合

1. スマホの「設定」アプリを開きます。

2. 「ユーザー補助」をタップします。

3. 「選択して読み上げ」をタップします。

4. 「選択して読み上げのショートカット」のスイッチをオンにします。

5. 画面に権限の許可を求めるポップアップが表示されたら「許可」をタップします。

 冬の赤城おろしだけでなく、春になっても坂東の野は風の吹き荒れる地である。一面に広がる茅《かや》の花穂は激しく揺れ、まるで波立つ海のように大地を覆う。坂東の風は季節を問わず、この地の風景の一部となっている。

 このあたりは、利根川の自然堤防と湿地が織りなす土地で、広く「草原《かやはら》」と呼ばれる。茅《かや》は屋根を葺くなど多くの用途があり、どの郷でも茅場を持ち、刈り入れの季節には郷人《さとびと》総出で草刈りに励んだ。

 かつて、この地の茅場は私市《きさいち》氏が所有していたが、一族の分家がこの土地と周辺を譲り受け、新たに「草原《かやはら》」を名乗るようになった。その名は氏族の名となり、さらに郷名としても定着する。

 武蔵国《むさしのくに》・埼玉郡《さいたまごおり》・草原郷《かやはらごう》。この風とともに生きる地に生を受けた一人の男に付いて話そう。


 折烏帽子《おりえぼし》が風に煽られぬよう顎紐《あごひも》をしっかりと結び、袖と裾をはためかせながら、六騎の兵《つわもの》が馬を駆る。坂東の荒々しい風の中を、一団は迷いなく進んで行く。やがて、一行はとある舘《やかた》に辿り着いた。

 この地の土豪の館は、盗賊や小競り合いに備え、土塁と堀に囲まれた半ば城郭のような構えを持つ。門の両脇には櫓《やぐら》が立ち、厳めしい雰囲気を漂わせている。


 先頭の男が馬から勢いよく飛び降り、門番と言葉を交わす。門番は一礼すると、すぐさま館の奥へと駆け込んで行った。

 しばらくして、数人の男たちが足早に現れる。その中から、痩せた老人が進み出て、狩衣《かりぎぬ》姿の騎馬の男の前で深々と頭を下げた。

 騎馬の男は三十を少し過ぎたばかり。揉み上げから鼻の下、顎へと繋がる濃い髭をたくわえた、いかつい風貌をしている。

「突然のお越し、驚きました。何のお構いもできませんが、まずは中へ」

「前触れもなしですまん。思い立つとすぐに動かねば気が済まぬ性分でな。通るぞ」

 そう言って男が馬を進めると、後に続く一団が館へと入っていく。館の者たちは、彼らの足取りを見つめながら、その後ろへと続いた。

 

 天暦三年(九四九年)。母の実家・草原《かやはら》で育った千方《ちかただ》は、十四の春を迎えていた。ある日、兄・千常《ちつね》が、郎等を数名従えて突然迎えに来たところから、この物語は始まる。前触れもない訪問だった。

 郷長《さとおさ》・草原久稔《かやはらのひさとし》は、千常の訪問の意図を測りかねながら、舘の奥へと案内する。さり気なく、娘の露女《つゆめ》が後ろについて来ていた。

 久稔は歩きながら、娘の表情を横目で見た。やはり、考えているのは千寿丸《せんじゅまる》のことだろう。それ以外に有るはずがないと思う。

 上座に着いた千常は、改めて挨拶をしようとする久稔を制し、『千寿丸を引き取りに来た』と、いきなり告げた。

 露女はそれを察して久稔に同行していたのだ。訪問の主旨を聞かされるや、露女と久稔は顔を見合わせた。長らく顧みられなかった子が、下野《しもつけ》・藤原家の一員として正式に認められたという喜びを確かめ合ったのだ。

 露女は深く平伏し、やがて面《おもて》を上げ、静かに言葉を紡ぐ。『ありがたき幸せにございます。一日千秋の思いで、この日を待ちわびておりました』

 そう告げると、

『そうか。ようやく父上の許しを得ることができた。待たせたな。千寿丸の将来に付いては、安心して任せてくれ』

と千常《ちつね》も言葉を返した。

 千常は露女をじっと見据えた。露女は安堵と喜びの入り混じった表情を浮かべると、再び面《おもて》を伏せた。『恐れ入ります。将軍様が六郎のことをお忘れでなかったと知り、この上ない喜びにございます』

 久稔もまた、感謝の意を込めて頭を下げた。

『勿論、父上は忘れてはおらん。だが、今引き取ることを進言したのは、*¹麿《まろ》じゃ』

『左様でございますか』

 久稔は千常の言葉に答えるように、改めて深々と頭を下げて礼を述べた。


 千方は、館の中が急に騒がしくなったのを感じたが、何が起きたのか分からなかった。遠目にちらりと見えた恐ろしげな男は誰なのだろうと思う。母や祖父の態度から察すると、身分のある人物なのだろうと思ったが、それ以上深く考えることもなかった。


 その晩、館に泊まることになった千常が宴《うたげ》の席で酔い痴れているころ、千方は母に呼ばれた。

「お座りなさい」

 母は静かに言った。千方は、何かを感じて、しばしの間、突っ立ったまま動かなかったが、仕方なく母の前に腰を下ろす。

「お見えになったのは、そなたの兄上じや」

 母の言葉に、千方は目を瞬《しばたた》かせた。

「兄上……?」

「お前を下野《しもつけ》へ引き取るために来られたのです」

 突然の話に、千方は不安を覚えた。

「なぜ、下野《しもつけ》に行かねばならないのですか」

 下野に父が居ることは知っていたが、会いたいとも思わなかったし『今更なぜ』と思った。

「世に出るためです」

 母は強い言葉で言い切ったが、千方にはぴんとこなかった。

「母上もご一緒に?」

と聞く。それならば、母に取っても良いことに違いないと思って尋ねた。

「いいえ、そなた一人で行きなさい」

 母はきっぱりとそう言う。千方の胸がざわついた。

「なぜですか?」

 千方は、母、祖父母、叔父叔母達に囲まれて、この草原《かやはら》で育って来た。その草原《かやはら》とも身内達とも離れ、我が身一つで見知らぬ土地に行かなければならない意味が分からなかった。“世に出るため”と言う意味さえ理解出来なかった。

 母はまっすぐに千方を見つめている。

「六郎殿、聞き分けるのです。そなたは、従四位下《じゅしいのげ》・武蔵守、下野守、そして鎮守府将軍である藤原秀郷様のお子。世に出るのは、そなたの務めです。父上の許《もと》へ参るのです」

 兄上がわざわざ迎えに来て下さった――母はそう言うが、千方にはそれがどんな重みを持つのかも分からない。

 兄と呼ばれる人は、父親ほどの年齢に見え、顎《あご》ひげを蓄《たくわ》えた恐ろしげな人だった。(このとき、千常は三十三歳であった)

「分かりました」と言う言葉は、千方の口から出て来ない。

 母は千方をじっと見つめていた。

「母は、この十四年の間、この日の来ることを待ち望んで生きてまいりました。それを、無にしろと言うのですか」

 母の声が静かに響く。

「そなたを世に出すことが、この母の唯一の望みなのです。六郎殿」

 母は日頃、千方を”千寿丸“と呼んでいる。初めて“六郎殿”と呼び掛けて来た母の言葉に、千方は毅然としたものを感じた。もはや抗《あらが》うことは出来なかった。


 翌朝、郷の者達の盛大な見送りを受けて、千常に従って下野に向けて出立した。千方に取って武蔵を離れるのは初めての経験だった。

 武蔵国・埼玉郡は、太田、笠原、草原、埼玉、餘戸《あまるべ》の五郷が置かれていた。埼玉郡《さいたまごおり》・草原郷《かやはらごう》は、南は太田郷に接し、東はもう下総国《しもうさのくに》に接している。利根川を隔てて北は上野国《こうづけのくに》、一部は下野国《しもつけのくに》、常陸国《ひたちのくに》にも接している。

 現在の利根川は千葉県の銚子に注いでいるが、これは、江戸時代に行われた利根川東遷事業の結果であり、平安時代の利根川は、川俣付近で三派に分かれていた。即ち北は上野《こうづけ》の方へ流れて谷田川となり、中は、下野《しもつけ》方面に流れる合の川を分流したが、主流は外野《そとの》、阿佐間を経て、川口に於いて最古の利根川に合流していた。そして南の『会《あい》の川』は、現在の古利根川筋を経て荒川と入間川を合わせて、下流は隅田川となって現在の東京湾に注いでいたのだ。


 一行はまず西に向かい、川俣の浅瀬を渡り、更にいくつもの流れを渡って、また川沿いを西に進み、村岡の対岸付近から、武蔵国が東山道に属していた頃の街道(東山道武蔵路《とうさんどうむさしみち》)を通って北上し、一旦、上野《こうづけ》に出た。

 上野の新田郷《にったごおり》から東山道本道に道を取り、下野《しもつけ》に向かう。


 着いたところは、秀郷の舘ではなく、千常の舘らしい。祖父・久稔の舘と比べて広くかなり立派な舘であり、多くの者達が立ち働いていた。

 千常は見かけに寄らず気さくで、何かと千方に話しかけてくれたり、珍しい食べ物を勧めてくれたりで、居心地が悪くは無かったが、忙しい千常が留守の間は、所在無く庭を歩きながら、千方は、やはり母を思い浮かべていた。生まれ育った草原を離れたと言う実感がまだ無い。目に映るのは借り物のように虚ろな情景である。周りに居るのは、郎等《ろうとう》や*²雑色《ぞうしき》ばかりで、千常の家族が居るのか居ないのかも分からなかった。


 三日目の朝早く、出掛けるから支度をして待つようにとの千常の言葉を郎等の一人が伝えに来た。そして、支度を終えるか終えないうちに、どかどかと、荒々しい足音を立てて千常が現れた。

「参るぞ」と言われ『どちらへ』とは聞き返さなかった。千方は、いよいよ父・秀郷の舘へ行くものだと思い込んでいたのだ。「はい」と返事に力が入った。やはり、父には会ってみたかったのだ。


 庭に下りると、五十を大分過ぎていると思われる、兵《つわもの》然とした固太りの郎等がひとり待っており、別の郎等が、千常と千方の馬を厩から引き出して来る処だった。

 千常は普段の狩衣姿で、特に改まった装《よそお》いはしていない。

「千寿丸。朝鳥じゃ、和主《わぬし》の世話に付ける。見知り置くが良い」 

 簀子《すのこ》(廊下)の上から千常が言った。

「日下部朝鳥《くさかべのあさどり》と申します。お見知り置きを、千寿丸様」

 自分の馬の轡《くつわ》を取った朝鳥が、千方に挨拶する。いかった肩、太い腕。茶の直垂《ひたたれ》が体に馴染んでいる。体型に比して、表情は一見柔和である。これが、千方と朝鳥の出会いであった。


 供は朝鳥ひとりだった。千常は北に向って馬を馳せる。千方は遅れまいと必死で着いて行く。

 十四歳の千方には、小ぶりな馬が与えられていたので、千常の馬に着いて行くのは、容易では無い。朝鳥は、少し下がって呑気そうに馬を操る。

「千寿丸。この坂東ではな、真に強き者しか生き残れぬ」  

 馬の歩みを少し緩めて、千常が千方に話し掛けて来た。

「はい。麿も兄上のように猛き兵《つわもの》に成りとう御座います」

 型通りのお世辞を言っただけだ。

「思っているだけでは駄目だ。真に、心も体も強く鍛えねば生き残れぬ。いや、誰ぞの足許に平伏し、何もかも差し出すならば、命だけは永らえることが出来ようが、それはもはや男子《おのこ》では無い。分かるか?」

 千常の真剣な口振りを意識しなかった。千方は気軽に「はい」と答えたが、千常にぎろりと睨《にら》まれた。何が気に障ったのかと思ったが、千方には心当たりが無い。

「止まれ。馬を降りよ」

 千常は、突然厳しい顔付きになり、鋭くそう言った。千方は慌てて馬を止め、降りた。 

 馬から飛び降りつかつかと歩み寄って来た千常に、いきなり思い切り殴られた。いや、十四歳の子供を千常が思い切り殴ったりしたら、それこそ、本当に死んでしまうかも知れない。千常としては、それ成りに加減して殴ったに違いないのだ。しかし、千方はひっくり返った。

 千方にしてみれば、思い切り殴られたと感じた。激しい痛みと恐ろしさが錯綜し、千常に着いて来たことを、本当に悔いた。

 千常は仁王立ちに成って見下ろしている。次の一撃が来るのではないかと、思わず千方は身を固くした。

 視界の端に、朝鳥がゆっくりと馬を降りる姿が映ったが、主人を止める様子など微塵《みじん》も無い。その時、ふっと千常の表情が変わった。

「立て、千寿丸。鎮守府将軍の子が、下郎のように、怯えて蹲ったりするものではない」

 意外なことに、千常は静かにそう言った。もはや表情も普段のそれに戻っている。

 千方は必至で立ち上がり、着ていた水干《すいかん》の土を払った。

「良いか千寿丸。今の汝《なれ》が真の汝ぞ。己の弱さを知るが良い。先程、麿の話に調子を合わせて勇ましきことを言いおったが、口で言うだけなら、都の長袖《ちょうしゅう》の公家でも言える。もう一度言うが、この坂東では、真に強くならねば生き残れぬのだ。しかと覚えておけ」

 千方は、強張った声で「はい」と言うことしか出来なかった。

「馬に乗れ」

 促されて馬に乗ったが、左頬はずきずきと痛んでおり、まだ膝が微かに震えていた。


参考:

1.一人称「麿」に付いて

使用者の範囲: 貴族から庶民まで、また男性だけでなく女性も(和歌などで)使用するなど、非常に広範囲で一般的な一人称でした。

平安時代初期の庶民の男性が「麿」と自称していたというのは事実であり、現代の「貴族だけが使う古風な一人称」というイメージは、後代の変遷によって形成されたものと言えます。


2.「雑色」について

古代・中世の役所や貴族、武士の家などで、雑多な仕事に従事した下級の役人や従者の総称

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青木航氏のWeb小説『坂東の風』(講談社【NOVEL DAYS】)において、藤原千方は『太平記』のような単なる「悪人・朝敵」ではなく、「歴史の表舞台と陰謀に翻弄されながら生き抜く、人間味あふれる主人公」として再構築されています。

作者の青木氏は、本作の大きなテーマとして「名将・藤原秀郷の息子としての千方」と「伝承にある悪の将軍・藤原千方」という2つの像をひとりの人間として繋げることを掲げて執筆しています。

本作における藤原千方の扱いや設定の大きな特徴は以下の通りです。

1. 主人公としての設定(藤原秀郷の落とし胤)

本作の千方は、平将門の乱を鎮圧したことで知られる名将・藤原秀郷の落とし胤(隠し子、幼名:千寿丸)という設定です。

武蔵国の草原郷で母方の一族に育てられていましたが、14歳の春に異母兄の千常(ちつね)に迎えられ、武人としての第一歩を踏み出します。しかし、そのまま華やかな藤原家の一員として扱われるわけではなく、下野国の山中にある「蝦夷(えみし)の隠れ郷」に放り込まれ、3年間の厳しい修行生活を強いられるなど、波乱の少年期を送るリアルな人間として描写されています。

2. 『太平記』の「悪人・鬼使い」伝承の真相解明

本作の終盤では、『太平記』などで語り継がれている「四鬼を操って朝廷に反逆し、和歌を詠まれて滅びた」という藤原千方伝承の“真相”に挑む構造になっています。

作中では、以下のような設定が組み込まれています。

• 伝承の意図的な流布:「千方が鬼を使って朝廷に反逆したが、紀朝雄が和歌を詠むと鬼が逃げ去り、千方は滅ぼされた」という伝説は、学者と称する者たちが数年のうちに伊賀・伊勢地方へ意図的に触れ回った噂(プロパガンダ)として扱われます。

• 歴史の裏での暗躍:千方は、のちに「安和の変(969年)」で失脚・捕縛された兄の藤原千晴や源高明を救い出そうと画策するなど、朝廷(中央政権)を揺るがす戦いや陰謀の渦中に身を投じていきます。

3. 歴史上の実在人物や他地域との繋がり

本作は単なる伊賀のローカルな鬼退治譚ではなく、坂東(関東)から東北、そして中央(都)へと繋がる壮大な歴史小説となっています。

• 千方が修行した蝦夷の隠れ郷は、かつて坂上田村麻呂に降伏した英雄・阿弖流為(アテルイ)の血を引く一族の集落です。

• のちに千方は、陸奥(東北)の蝦夷の族長である安倍忠頼の一族とも関わりを持つようになり、北方の歴史とも深く結びついていきます。

• また、物語の要所で伊賀・甲賀の郡司である望月兼家(甲賀三郎)の館を訪れるなど、のちに「忍者のルーツ」と呼ばれる伊賀・甲賀の土着勢力との繋がりも現実的な人間関係として丁寧に描写されています。

総括すると

『太平記』では国家を脅かす「おぞましい超自然的な悪人」だった藤原千方を、本作では「武蔵で育ち、蝦夷の文化を学び、源満仲らの冷徹な権力闘争と対峙しながら、自らの意志で時代を駆け抜けた魅力的な武将」へと180度転換させて描いているのが、青木航氏の『坂東の風』における最大の魅力です。


*Facebookの【新小説家気分でみんなに読んでもらおう】にも連載中でまもなく完結です

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