タイトル未定2026/05/18 11:53
第5話
深夜二時。
スマホの画面だけが、暗い部屋を照らしていた。
眠れない。
……いや、正確には「眠るのが怖い」に近かった。
明日は大学の日だ。
また人と話さなきゃいけない。
また言葉が詰まるかもしれない。
また、“変な空気”を作るかもしれない。
そんなことばかり考えていると、呼吸が浅くなる。
布団の中で目を閉じても、頭の中だけがうるさい。
だから僕は、いつものようにスマホを開いた。
SNS。
動画アプリ。
ニュース。
意味もなく画面をスクロールする。
でも、何を見ても頭に入ってこない。
そのとき。
『起きてる?』
通知欄に、彼女の名前が浮かんだ。
——白石 雫。
僕は一瞬だけ息を止めた。
それから、慌てて文字を打つ。
『……おきてる』
送信。
たった四文字なのに、指先が少し震えた。
数秒後。
『やっぱり』
その短い返事に、なぜか少しだけ救われた。
彼女も眠れていない。
それだけで、世界に自分ひとりじゃない気がした。
『また眠れないの?』
『うん』
『そっちは?』
『僕も』
送ってから、少し後悔した。
“僕も”なんて送ったら、重かっただろうか。
でも彼女はすぐ返してきた。
『仲間じゃん』
その一言で、胸の奥が静かに熱くなる。
仲間。
その言葉を、僕はずっと避けてきた。
どうせ誰にも理解されないと思っていたから。
でも彼女は違った。
僕が上手く話せなくても、待ってくれる。
沈黙を“失敗”みたいに扱わない。
それだけで、こんなにも安心するなんて知らなかった。
『ねえ』
彼女からメッセージが来る。
『もしさ』
『私たちが普通だったら、もっと楽だったのかな』
僕は画面を見つめたまま固まった。
普通。
その言葉は、僕にとってずっと呪いみたいなものだった。
普通に話せたら。
普通に恋愛できたら。
普通に生きられたら。
何度そう思ったか分からない。
だけど。
僕はゆっくり文字を打つ。
『……わからない』
『でも』
『僕は、白石さんと会えなかったかも』
送信。
数秒間、既読がついたまま止まる。
変なこと言った。
気持ち悪かったかもしれない。
心臓が嫌なくらい速くなる。
でも次の瞬間。
『それは困る』
そのメッセージが届いた。
僕は思わず、声を漏らして笑ってしまった。
静かな部屋の中。
久しぶりに、自分の笑い声を聞いた気がした。
『あ、やっと笑った』
『え?』
『今、笑ったでしょ』
『なんでわかるの』
『なんとなく』
なんだそれ。
でも、その“なんとなく”が嬉しかった。
彼女はたぶん、人の痛みに敏感だ。
だから眠れない。
だから、僕みたいな人間にも気づいてしまう。
しばらく、他愛ないやり取りが続いた。
コンビニの新作スイーツの話。
昔ハマってたゲームの話。
眠れない夜に考えてしまう黒歴史の話。
不思議だった。
文字だけなのに、こんなに呼吸が楽になるなんて。
そして。
『ねえ、神崎くん』
彼女から、またメッセージ。
『明日さ』
『もしよかったら、一緒に帰らない?』
その瞬間。
心臓が、強く跳ねた。
スマホを持つ手が熱い。
頭の中が真っ白になる。
一緒に帰る。
それって。
それって、つまり——。
『ごめん、嫌なら全然いい!』
『私、人誘うの苦手だから変なテンションで送ったかも』
彼女の焦った文章が続けて表示される。
たぶん彼女も不安なのだ。
僕と同じように。
だから僕は、深呼吸してから打った。
『……いや』
『うれしい』
送信。
既読。
数秒後。
『よかった』
その文字を見た瞬間。
眠れない夜が、少しだけ優しいものに変わった気がした。
窓の外では、夜明け前の空がほんの少し白くなり始めていた。
眠れないままでもいい。
不器用でもいい。
ちゃんと話せなくてもいい。
それでも。
“誰かと繋がれる夜”は、きっとある。




