16.
光が、やわらかく広がっていった。
崩壊しかけていた都市は静まり、空の裂け目は閉じ、マナの流れは穏やかな川のように整っていく。
テストは終わった。
そして――
選択の時間が始まった。
地下シェルター中央管理区。
スクリーンには、世界中の映像が映し出されていた。
魔法都市。
荒野。
地下都市。
あらゆる場所で、人々が同じメッセージを見ている。
EVOLUTION PHASE INITIATED
SELECT YOUR PATH
研究者が呟く。
「……選ばせるのか」
エルは頷いた。
「強制じゃない」
エリカが言う。
「拒否できるのか」
「できる」
エルは静かに言った。
「ただし」
少し間を置いて。
「進化した側と、しなかった側は」
「もう同じ世界じゃない」
セレスティアが言う。
「分かたれる」
エルは首を振る。
「違う」
「重なって存在する」
エーテリオン。
中央広場には、人々が集まっていた。
空に浮かぶ光の文字。
選択を迫る問い。
ある者は、手を伸ばす。
光に触れた瞬間、その身体は淡く輝き始める。
マナと同調し、感覚が拡張されていく。
別の者は、手を引く。
恐れではない。
ただ、選ばないという意思。
子どもが親の手を握る。
老人が空を見上げる。
誰もが、自分で決めている。
地下シェルター。
同じように、人々がスクリーンの前に立っていた。
研究者は動かない。
エリカが言う。
「あなたは?」
彼は少し考えてから答えた。
「私は……」
長い沈黙。
「見届ける」
「人間のままで」
エリカは頷いた。
「私もだ」
彼女は拳を握る。
「変わるのは嫌いじゃないが」
少し笑う。
「強制はもっと嫌いだ」
エーテリオンの塔。
セレスティアは、静かに光に手を伸ばした。
彼女の周囲で、マナが共鳴する。
エルが言う。
「行くんだ……」
セレスティアは振り返る。
「ええ」
彼女は微笑んだ。
「私は魔法使いですから」
「未知には触れなければ」
光が彼女を包む。
その姿が、ゆっくりと変化していく。
人でありながら、人を超えた存在へ。
そして。
エル。
彼は塔の最上層に立っていた。
眼下には、変わりゆく世界。
光を選ぶ者。
選ばない者。
混ざり合い、分かれ、そしてまた交わる。
球体――惑星知性が現れる。
TRANSITION PROCEEDING
エルは頷いた。
「うまくいってる」
球体が問う。
YOUR DECISION
エルは少し考えた。
それから笑った。
「俺?」
「どうしようかな」
彼は空を見上げた。
青い光が、地球全体を包み込んでいる。
「ずっと管理してきたけど」
静かに言った。
「もういいかなって」
球体が沈黙する。
ADMINISTRATOR ROLE VACANT?
エルは肩をすくめた。
「代わりにさ」
「任せるよ」
球体が応答する。
TO WHOM
エルは少し考えて――
答えた。
「全員に」
沈黙。
そして。
DISTRIBUTED GOVERNANCE ACCEPTED
エルは笑った。
「それがいい」
数年後。
地球は、かつてない姿になっていた。
進化した人類は、マナと完全に同調し、意識の一部をネットワークに接続していた。
だが、個としての存在も保っている。
進化しなかった人類は、地上と地下に分かれながらも、独自の文化を築いていた。
両者は対立しなかった。
違うだけだと、理解していたから。
そして。
その境界には、常に行き来する者たちがいた。
橋渡しの存在。
エーテリオン。
かつての塔は、もはや単なる建造物ではなかった。
それは「窓」だった。
惑星と、人類と、その先を繋ぐ。
その頂上に、一人の青年が座っている。
エル。
エリカがやってくる。
「こんなところにいたのか」
エルは振り返る。
「久しぶり」
エリカは隣に座る。
「管理者、やめたんだってな」
エルは笑う。
「クビになった」
「自分でだろ」
「まあね」
沈黙。
風が吹く。
いや、それは風ではない。
マナの流れ。
エリカが言う。
「後悔してないか」
エルは少し考えた。
それから言った。
「してない」
「むしろ」
空を見上げる。
そこには、以前よりも深く、広がる空。
「やっと始まった感じ」
エリカが小さく笑う。
「人類の次の章か」
エルは頷く。
「うん」
そして、静かに言った。
「でもさ」
エリカが見る。
「何だ」
エルは笑った。
「多分これ」
「まだ序章なんだよね」
遠くで、光が瞬いた。
それは地球だけのものではなかった。
もっと遠く。
もっと先。
魔法都市エーテリオン
それは、終わりではない。
始まりの場所だった。
(了)




