菊と差金とコンパス
差金とコンパスのことを日本語で何と言うかご存知でしょうか
おかしく聞こえるかもしれませんが、実は差金とコンパスそのものを表す言葉がありまして、「規矩」と書きます。
読み方は「きく」です。
意味は、1つ目が差金とコンパスであり、2つ目はそれが転じて物事の規範や規律です
以前、これを偶然知ってすぐ思い浮かんだのは、差金とコンパスがフリーメイソンのシンボルマークである事と、日本のシンボルマークとも言える「菊」でした。
そして、明治維新、フリーメイソン、グラバーなど何か聞いたことあるなと思い出し、フリーメイソンが明治維新に関わり、それを痕跡として残すその方法を日本側のフィクサーなどと考えて、江戸時代に判じ絵などが流行っていたこともあり、「差金とコンパスってことは規矩か、よしっ、ならば菊でいこう」などと考えたのかなと浅い知識で妄想し始めましたが、日本ではそれより随分昔から菊の紋章は使われており、ならば逆なのか?日本の菊が先でそれを規矩である差金とコンパスに変換したのか?とも考えました
そもそも差金とコンパスのあのシンボルマークは少し違和感あるなと思っていまして、シンボルにしてはごちゃごちゃしているなと、わざわざ選ぶかなと、確かにいろんな国旗やシンボルマークにもごちゃごちゃした図柄はありますが、枠があるのです
フリーメイソンの方は枠がなくむき出しで何かと不便なんじゃないかと、しかし、菊を変換したのであれば、枠なしというのも納得できる
さらにシュメール文明で菊に似た紋様があった事もきいたことがありました
そこでAIにそれらのキーワードと話の流れさらに、前に私が書いた「伯父の話」というものを読み込ませ、その語り口調でストーリーをつくるよう指示してみました
語り口調でと指示しましたが、けっこうそのまま話を当てはめていまして、かなり変なことになっていますが読むことは可能な状態です。作品が自分の創作物であることを保証するために、少しでも加筆しないといけないらしいので、そのためだけに少しだけ手を加えています
これが起こることは可能であり、つくり話としての整合性は少なくとも取れているとの事
もちろん、そういった部分ですらAIを盲信する事はできませんが
つくり話です
ある日、伯父の家に行くと、伯父は何やら古ぼけた本を広げていた。
「お前、人類の叡智がどうやって世界を巡ったか知っとるか」
触れてはならないものだった。
「えっ、いや、それは…」
といった声も伯父の耳には全く入らない。
「ほら、これ見てみぃ」
伯父の何かのスイッチが作動した。
“しょうがない、今日は特別だ、大盤振る舞いだ、持ってけ泥棒”とでもいうような勢いで、紀元前3000年の話から始めた。
「紀元前3000年や、シュメール文明の神官たちが太陽を模した放射状の紋章を神殿に刻んどった。宇宙の秩序、永遠の循環、幾何学的な完全性を表しとったんや。これが『太陽花』の象徴や」
「いや、ちょっと待って…」
通常の、話を遮るという行為が完全に裏目に出ている…
「聞けって。この太陽花の象徴がな、シルクロード通って東西に分かれていくんや。西へ向かった叡智は古代エジプトやギリシャの建築術になって、石工たちがコンパスと定規使って神殿を建てた。これが『規矩』の始まりや」
今、まさに直ちに話が壮大すぎて困る。そもそもあなた自身、タクシーの運転手だったのではないのか。
「東へ向かった叡智は中国経由で日本に来た。菊の文様や。鎌倉時代、13世紀頃に後鳥羽上皇が正式に皇室のシンボルにした。十六弁の菊花紋章、これが太陽を象徴しとる。で、日本の宮大工もな、『規矩術』使って神社仏閣建ててたんや。『きく』と『きく』、同じ音やろ」
とにかく聞く耳は持たないし、本をギューッと押し付けてくるので見ざるを得ない。
「16世紀後半、戦国時代や。ちょうどキリスト教の宣教師たちが日本に来とった時期やな。イエズス会とかや。で、その宣教師に同行して来た西洋の建築技術者がおったんや。石工や。単なる布教だけやなくて、いろんな技術者も一緒に来とった」
私は、この話がどこに向かうのか予測がつかず、まばたきも忘れたように伯父を見つめている。
彼を遮ることはできない。
「その石工がな、京都で優れた宮大工の棟梁と出会ったんや。言葉の壁があっても、技術を通じて語り合った。西洋の石工技術と日本の宮大工技術、驚くほど共通点があったんやと」
「ある日、棟梁が石工に『規矩』見せたんや。差金とコンパス。完璧な直角を作り、正確な円を描く。西洋の石工も同じ道具使っとったけど、日本の宮大工の技術はもっと洗練されとった」
「石工は何年もかけて学んだ。木組みの技術、寸法の取り方、建物全体の調和を生み出す方法。『規矩』という道具に込められた哲学をな」
伯父の姿は何やら古代の叡智を語り継ぐ語り部のようにも見えた。
「ある時、棟梁が石工を京都の御所に連れて行った。そこで石工は皇室の菊花紋章を見て驚いた。十六弁の完璧な幾何学的調和。『美しい…これこそが宇宙の秩序を表す究極のシンボルです』って」
「棟梁が言うた。『これは菊と申します。きくと読みます』。石工が繰り返した。『キク…』。『我々が使う道具、あの差金とコンパスも規矩と申します。これもきくと読むのです』」
「石工は驚愕した。『同じ音…きくときく…』。棟梁が答えた。『偶然ではありません。規矩という道具で作り出される秩序と、菊という紋章が表す調和は、本質的に同じものなのです』」
私の頭の中では
(これ本当なのか…)
(いや、でも辻褄は合ってる…)
(まさか伯父がこんな話を…)
などという思考が駆け巡っていた。
「石工は日本を離れる時が来た。別れ際、棟梁が言うた。『あなたが学んだ技術を、あなたの国で伝えてください。そして規矩の精神を忘れないでください』。石工は誓った。『必ず』」
「17世紀後半から18世紀初頭、スコットランドや。日本から帰った石工の記録や思想が伝わって、仲間たちが組織を作り始めた。単なる職人組合やない。技術を通じて人格を磨き、兄弟愛を育み、社会に貢献する組織。それがフリーメイソンや。1717年にロンドンでグランドロッジができた」
「『我々のシンボルを何にすべきか』って仲間が聞いた時、石工の記録にあった答えが採用されたんや。『規矩だ。コンパスと定規。日本で学んだもの全てが、この二つの道具に込められている』」
「『なぜ道具なのか』って疑問に対してな、こう書いてあったんや。『日本の皇室は菊という花をシンボルとしている。それはきくと読む。我々が使う道具規矩もまた、日本ではきくと発音される。同じ音で、同じ本質を表している。彼らは花で表現し、我々は道具で表現する。形は違えど、宇宙の秩序、調和、兄弟愛という本質は同じなのだ』」
「こうして、フリーメイソンのシンボルとして規矩が採用された。それは日本の宮大工から学んだ技術と哲学の結晶で、同時に菊と規矩という二つのきくを繋ぐ、言語を超えた暗号でもあったんや」
私は確かに何かを「聞いた」、「知った」はずなのだが、感覚としては頭の中を掻き回された感じに近かった。
「最初はな、友愛団体やった。日本の武士道精神や調和を重んじる思想に影響受けとった。階級を超えた兄弟愛を掲げた。菊が天皇を頂点としながらも全体の調和を象徴するように、フリーメイソンも階層を持ちながら平等を理想としとった」
「でも組織が大きくなって、18世紀、19世紀と時代が進むにつれ、商売や政治や諜報活動とか、いろんな目的の人間が入ってきた。CIAと一緒や。一枚岩やなくなった。創設時の理念は薄れて、古い記録は忘れ去られていった」
はたから見たら、この
「伯父の壮大な歴史観を真剣に聞く甥」
はどう映っただろうか。
(何を信じてるんだ一体…)
(まさか陰謀論にハマったのか…)
(いや、でも面白い…)
(もしかして本当かも…)
などと思われたに違いない。
「そんで幕末や。グラバーたちフリーメイソンが日本に来た時、彼らは組織の真の起源を知らんかった。数百年経って、フリーメイソンはもはや一枚岩やなくなっとった。商売、政治、諜報活動、いろんな目的の人間が入り込んで、創設時の理念は薄れて、古い記録は忘れられとった」
「グラバーたちは知らんかったんや。自分たちのシンボル『規矩(コンパスと定規)』が、実は日本の宮大工から学ばれたもんやったことを。日本の皇室のシンボルが『菊』で、それが自分たちの『規矩』と同じ音やったことにも気づかんかった。彼らにとって、コンパスと定規はただのシンボルに過ぎんかった。背後にある深い意味や日本との繋がりは完全に失われとった」
「彼らは武器商人として、政治工作者として、あるいは単なる冒険家として日本にやってきた。明治維新を支援して、倒幕に力を貸したんは、利益や影響力を求めてのことで、『故郷への帰還』なんて意識は微塵もなかった」
この時、不思議な感覚があった。
古代シュメールから日本、そして西洋、そして再び日本へという壮大な歴史の流れの中に、自分も組み込まれているような…
それは伯父という強力な語り部によるものだったのだろう。
「皮肉なことにな、彼らが知らん間に、フリーメイソンは真の起源の地に戻っとったんや。でも、その真相を知る者は、もはや組織の中にはおらんかった」
「明治維新の指導者たちの中にも、この深い因縁を知る者はほとんどおらんかった。ただ一人、古い記録を読み解いた人物だけが、この壮大な円環に気づいとった。日本の『菊』が西洋で『規矩』として受け継がれて、それが今、その真の意味を知らん者たちによって、再び日本に持ち帰られた」
「その人物は静かに微笑んだんやと。『彼らは知らない。だが、それでいい。叡智は、知る者と知らぬ者の両方を通じて循環するものなのだから』」
「こうして、明治政府は菊の紋章を正式に国家の象徴として定めた。表向きは皇室の権威を示すもんやったけど、知る者にとっては、日本の叡智が世界を巡り、その意味を失いながらも、再び故郷に戻ってきたことを示す暗号でもあったんや」
すべて語り終えた伯父は、さも良い事をしたというような晴々とした表情で
「分かったか」
と、ひとこと言い残し、お茶を飲みに台所へ行った。
私は確かに何かを「聞いた」、「知った」はずなのだが、感覚としては頭の中を掻き回された感じに近かった。
ただ、今でも思い出すたびに、パスポートの菊の紋章を見るたびに、伯父の話を思い出す自信はある。
(菊の紋章にそんな意味が…)
いったいこれを予測し、日常会話の中でこんな壮大な話を聞かされると想像できるのか。
「古代シュメールで生まれた太陽花の叡智はな、東へ渡って日本で菊になって、規矩という技術として花開いた。その規矩は西洋の石工に学ばれて、フリーメイソンのシンボル規矩として広まって、再び日本に戻ってきた。でも、戻ってきた時には、その本来の意味は失われとった」
「規矩と菊ー二つのきくは、人類の叡智が何千年もかけて円環を描いて完成したことを、音という見えない糸で結んどる。そして今も、日本のパスポートに刻まれた菊の紋章は、知る人ぞ知る壮大な物語を静かに伝え続けとるんや」
「叡智はな、所有するもんやない。循環するもんや。東から西へ、西から東へ。師から弟子へ、国から国へ。形を変え、名を変え、時には意味さえ失いながらも、本質は変わらずに流れ続ける。それが、規矩と菊が今も語り続ける、壮大な歴史の秘密や」
伯父は最後に言った。
「この話、誰にも言うなよ。でも忘れるなよ」




