神のお遊び
1人の少年の、数ある人生の中の一つの物語。
彼の運命は、何に委ねられているのだろうか。
この世には、善人と悪人がいる。
殆どの人は善人であるべきだ、と言うだろう。
しかし私にとっては、そんな考え知った事ではなかった。
だから私は自分を悪人だと認めている。
だからこそ私は、目の前にいる少女に向けて告げた。
「悪いね、闇を持った人をそのまま放ってはいけないと過去に学んだんだ。」
そう言って私は、腕に爪を突き立て思いっきり力を込めた。
ーーーーーーーーーーーーー
「..なんで私を助けたの?」
小さな声で質問を投げかけてきたのは、日本人としては珍しい白髪の少女だった。
「言ったろ、闇を抱えてる人をそのまま放っておくのは駄目だって過去に学んだんだよ。」
「..別に赤の他人が生きようが死のうがどうでも良いじゃん。」
「そう思うなら、なんでお前はわざわざ怪我の治療をしてくれてるんだ?」
不貞腐れたように呟く少女は、私の腕の怪我を治してくれていた。
「それは...貴方が勝手にやった事とはいえ、倒れた私を貴方の家まで運んで貰ってるし...それに...」
「それに...なんだ?」
唐突に言葉を濁した少女に、内容を問いかける。
「..貴方も分かってるでしょ?私が普通の人間じゃないって」
「まあ、な。」
私とこの少女は先程知り合ったばかりの関係だが、それでも確実に分かったことはある。
「吸血鬼、か...本当にいるとはな...」
私がこの少女を最初に見た時、少女は道端に倒れていた。
駆け寄り体を起こした際に、少女の異変に気付いた。
縦に長い瞳孔に、鋭い牙のようなもの。
そして、僅かながらに残る、血の匂い。
この時は、ただ人間では無い”ナニカ”だということしか分からなかった。
だから自分の血を出したのは、一種の賭けだった。
結果としては、血の匂いに釣られた少女が血を啜った際に吸血鬼だとほぼ確信に至ったわけだが。
「それで、お前はこれからどうするつもりなんだ?」
「どうする、って言われても、死ぬ予定だったのを邪魔されたからどうすることも無いよ。」
「それは悪かった、なら、出来る限りのことをしよう。」
「出来る限りって、例えば?」
「そうだな...お前の闇の根本を断つ、とかな。」
「それは....」
「少し自語りをするが、私には妹がいたんだ。」
「いた...?」
「あぁ、色々あって居なくなってしまったが、その際に私は誓ったんだ、妹がいなくなってしまった原因を潰す、ってな。」
「ま、お前が自力で解決するってなら、私はこの家に泊めておくことくらいしか出来ないが、そうじゃないって言うなら、出来る限りの、最大限の手助けをしよう。」
「...ありが、とう...」
「とりあえず、何をするにも互いを知ることからだ、お前の名前は?」
「元々あった名前は捨てて、今はベールイ・ツヴィトークって名乗れって...」
髪色といい西洋の血があるのか?ロシア語に似たような感じだが。それよりも…。
「名乗れ、って言われたってのはどういう事だ?」
まるで誰かに名付けられたみたいな言い方に引っ掛かりを感じる。
「うん、その、私は家を出た身で人に拾われて、その時に、この名前を貰ったの。」
「場所があったのか、だったら帰った方が良いんじゃないか?」
「確かに、あの場所は私の家みたいなものだったけど、なんだか色々疲れちゃって。」
「なるほどな...」
元々闇を抱えて家出して拾われたは良いが、闇は消えることなく残り続けていたのか。
そして何も出来ない自分に嫌気がさしてさっきの状況にって感じだろうか。
「その仮の親は、吸血鬼だって事を知っているのか?」
知らないのだとしたら、一体どうして今まで生きてきたのだろうか。
「うん、仮の親ってよりかは、お姉様って呼んでるんだけど」
「お姉様…?」
「私は勝手に呼んでるだけだけど、凄く若い見た目だし、家よりもお屋敷に近くて、凄くお金持ちっぽい感じだったからそう呼んでたんだけど、お姉様も気に入ったらしくて」
「そうか、聞けば聞くほど、不思議なやつだな…」
若い見た目で、屋敷に住んでて金持ち…そして、ベールイを養う事もできる…
そんな家も人もこの周辺では一切心当たりが無い。
駄目だ、1日に事が起こりすぎて頭が回らない。
少し、気晴らしに散歩でもするとしよう。
「なぁ、お前は血以外で飲んだり食べたりは出来ないのか?」
「一応出来る、けど…燃費が悪いから夜食と変わらないかな。」
夜食…なんとも人間らしい例えだな。
「そうか、なら適当に見繕ってくるとするよ。」
「…どこか行くの?」
寂しげな声で問いかけてくる声に、優しく返す。
「夕食の買い出しだよ。行く途中でお前を拾ったんでな。」
「う…な、なら私も行く!力はあるから荷物を持つくらい出来るし!」
「いいよ別に、道中で倒れられても困るだけだしな。」
呆れた返答に言い返すことは出来ず、肩を落とすベールイに
「すぐ戻ってくるよ、部屋は2階に上がって右奥の部屋が空いてるからそこを好きに使えば良い。」
と言って部屋に向かわせた。
さっきのも理由ではあるが、彼女には1人で考える時間が必要だと、そう思ったのだ。
----------------------
スーパーの帰り道、私は近くの公園にあるベンチに腰を下ろしていた。
「ふぅ…流石にいつもより多いと少し大変だな。」
そんなくだらない独り言を発し、先程買った小さめのジュースを口に含む。
ふと、夜空を見上げると何かがあるのが分かった。
目を凝らして見てみると、金色に輝いていて、段々と近く…
「ううぇ⁉︎」
唐突に人を形どった影が近づいてくるのに気付きよけようとしたが、ベンチの端が見え、距離を詰めてくきた何かを抱え込む形でキャッチする。
「ウグゥ…」
しかし衝撃は中々のもので、背中を痛めるハメになってしまった。
「なんだぁ?一体…」
抱え込んでいたナニカを話し、目を凝らす。
「まさか、受け止められるとは思わなかったわ…想定外ね。」
そう言いながら少し距離を取ったかと思えば、急にお辞儀をしだした。
「私はゾロチスティ・ツヴィトーク。ミドルネームとして、ハーヴナとして呼んでちょうだい。」
そういって、薄く金色に輝く髪をたなばかせていた。
「ヴナ…ってことはロシア系か…んで、初対面だよな私達?」
「あら、思ったよりも驚かないのね。」
驚きは痛みで飛んでいったよ…
「レディーに重たいって言ってるのかしら?」
目を細め明らかに圧をかけてくる少女に対して
「吸血鬼ってのは心が読めたりでもすんのか?」
「……」
少女は困惑と驚きが混じったような顔をしていた。
急に空から降ってくるようなやつがまともな人間な訳がない。
それに、ツヴィトークという名前と、この顔立ちからして…
「アンタが、ベールイのお姉様ってヤツか?だとしたら本物の姉妹みたいだな。」
「えぇ、正解よ。よく分かったわね。」
やっぱりか…にしても、義理の姉妹にしては随分と顔立ちが似ている。
“生き別れた”と言われても納得できる程に。
ところで、と少女が話を切り出す。
「何故私を吸血鬼だと思ったの?貴女があの子の事を知っていたとしても、確定できる要素は無いでしょう?」
「そうだな…強いて言えば、アイツと同じ血の匂いがした。」
質問に対して割と真面目に答えたつもりだったが、少女───もといハーヴナは笑みを浮かべた。
「そんなわけ無いわ。私とあの子の血は繋がって無いのよ?」
「あぁ、知ってる。だが一つ違うな。お前たちから匂う血は、お前と似たようなものを感じる。」
確証は無いし、匂いだってほぼただの勘だ。そもそも人間の嗅覚はそこまで良く無いからな。だが、何故か直感が告げた気がする。
「お前たち2人から感じるのはお前の父親の匂いだ。違うか?」
「…驚いたわ、まさかそこまで見透かされるとはね。」
簡単の声を漏らしながら、ハーヴナは手を差し出した。
「手を取りなさい、貴方には色々と説明しなければならない事がありそうね。」
「はぁ?手を取るって、一体なん───」
ハーヴナが差し出していた手を取った瞬間、体に物凄い圧がかかり言葉が遮られる。
空を飛んでいる、と気付くには時間がかかった。
地を鮮やかに照らしている沢山の家という光景は、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。…ある一点を除いて。
「この態勢は流石に恥ずかしいんだけど⁉︎」
私は、ハーヴナに抱え込まれるような形で飛んでいた。
最初は驚きで気にする余裕が無かったが、段々と落ち着きを取り戻していくと、ほぼハグなような状態は小っ恥ずかしいものがあった。
「これが1番運びやすいのよ。あと舌を噛まないように口を閉じてなさい。」
どこからか飛び出した黒い翼をはためかせながら最悪の宣告を告げたハーヴナが、それ以降口を開く事はなかった。
無論運ばれている人間が反論など出来るはずもなく、私は今世紀最大の屈辱を受ける事になった。
「さて、どこまで話したかしら。」
ハーヴナの居住地であろう屋敷に辿り着いた私達は、客室で向かい合っていた。
「アンタら姉妹から匂う血の匂いが、アンタの父親のものだ、ってところまでだ」
「あぁ、そうだったわね。」
どこから話そうかしら…と呟き考えを纏めているであろうハーヴナを少しの間待っていると、口を開き始めた。
「あれは、今から8年前のことよ。私は偶々道端で歩いている少女を見つけたわ。」
それが、後のベールイなのだと、ハーヴナは窓の側に移動し、思い出にふけるように説明してくれた。
「その少女は、今にも倒れそうで、服もボロボロ、何日も何も食べていないのか、頬は痩せこけていて、まさに死の淵を彷徨っていたわ。」
「その時の私は、特に何も考えなかった。人が生きるのも死ぬのも、運命として既に決まっているというのが私の考えだったから。」
「でも、何故でしょうね。その子の横を通り過ぎた時に、少し昔のことを思い出したの。」
窓からこちらへ顔を向け、悲しくも幸福に包まれたような顔で、ハーヴナは続けた
「吸血鬼というのは、本来人の血を吸って生きる存在。血を吸わないと生命エネルギーが無くなってしまって、灰になって死んでしまう。それでも小さな頃から訓練する事で、たった数滴で数ヶ月持つようになるわ。」
「勿論、私だってやったわ。でもキツイものはどうしようとキツくて、一度この家を抜け出したの。でも、少し歩いただけで倒れてしまって、私は死を待つしか出来なかった。そんな時、ある男の子が現れたの。ボサボサの黒い髪に、身体中にある傷跡。でも、当時の私にとって、生きている人間は、食糧でしかなかった。」
「私は、その子を襲ってしまった。首に噛み付いて、血を沢山吸ったわ。なのに、その男の子は何をしたと思う?」
はにかみ、質問を投げかけてくるハーヴナに、さぁな、とだけ返しておく。
「背中を撫でて、大丈夫、もう大丈夫、って。」
「その言葉を聞いて、私は我に返ったわ。取り返しのつかない事をしてしまった、と。それでもその子は、怒らずに、泣いていた私を慰めてくれた。」
「その子をキッカケに、私は家に戻り、人を襲わないよう沢山努力したわ。だからこそ、今の私があるのよ。」
「だから、ベールの横を通り過ぎた時に、その男の子の横顔と重なった時は、思わず助けてしまったの。家に連れ帰りお父様を説得して家で過ごさせたわ。将来は使用人として仕わせるためにね。」
「でも、ある日、異変が起きたの。ベールの健康診断の為に採血した血から、がんを患っている可能性が出てきたの。病院に連れて行こうにも、ベールは家を出た身で、戸籍を証明する物もない。だから私達は、自分達の権力を最大限活用したわ。唯一生き残っている吸血鬼一家の私達の祖先は、急特有の高い運動能力を使って名声を集め、会社を設立したわ。現在は、昔の名残なんてこれっぽっちも残ってないけどね。」
「コネを使って医者を呼び、検査させたわ。その結果が…」
「癌だった、って訳か…」
「えぇ、それもステージ3のね。大分無理をしていたんでしょうね。定期的に医者を通わせても、現代医学でも治るのが奇跡の癌が治る可能性は無かったわ。」
「でも、私も私のお父様も諦めきれなかった。私をお姉様と言って慕うベールイを妹のように思っていた私に、娘のように扱っていたお父様もね。私達は、本当の家族のようだったわ。だから、私達は一つの禁忌を犯したわ。」
「一族の中で、禁忌とされている事、それは、部外者で吸血鬼を作る事よ。」
「は?」
驚きのあまり、思わず声が漏れる。
「待て、待て…それじゃあ、アイツは…」
禁忌の内容から察してしまい、狼狽える私に対し、ハーヴナはその事実を告げる。
「ベール…ベールイ・ツヴィトークは、元人間よ。」
「なんて、事だ…」
もっと早くに気付くべきだった。ハーヴナが言っていた唯一という発言や、コイツらが本当の姉妹じゃないという事から分かることだっただろう…
「吸血鬼というのは、人間よりも優れた体を持っているわ。病にかかる事はないし、常人よりも遥かに強靭な肉体を得ることが出来るわ。」
「私達は1人の少女を助ける為に、1人の人間を殺してしまったの。本人の意思も聞かずに吸血鬼として生まれ変わらせたわ。」
「吸血鬼となった彼女を蝕むものは無くなり、彼女は私たちの家族として生きる事になったわ。その時に、彼女は今の名前を名乗る事になったの。」
「彼女は、私達を責める事なく今までと変わらず慕い接してくれたわ。その姿が、またあの男の子の姿と重なったの。その時からかしらね、私はあの子を心の底から愛し、最も大事な存在として扱っていたわ。」
「さて、と…どうだったかしら?」
「どうだったって聞かれてもな…」
正直、情報量が多すぎてそれどころじゃないってのが大きい。ベールイの事を知ったのも今日だしな。
「んなもん分かんねぇよ、アイツを知ったのも今日だしな…何故お前がそこまで教えてくれてるのかの方がよっぽど不思議だな。そもそも、なんでアイツと私が関わっていると分かった。」
「そうね…先ず、私はあの子の匂いを覚えているの。そして、あの子が急に消えて、飛び回って探していたところに、あの子の匂いを感じて向かってみれば貴方がいたのよ。」
なんだコイツシスコンか?
「あながち間違いではないわ。私はあの子を愛しているからね。」
「だから何で分かるんだよ…んで、なんで私にそこまで話してくれる。」
「そうね…勘、かしらね。」
「勘?」
「えぇ、貴方なら、あの子を救ってくれそうな気がするの。」
「救う、だって?」
「あの子が貴方の元にいると言うなら、それはあの子が選んだ事で、望んでいると言うことよ。そもそも、私が探していたのは体に傷を付けてなかったからだもの。」
「あの子が安全な場所にいると言うなら、私が特に口を挟む事はないわ。」
「説明といい救うといい、私を信用できる理由は何だ。初対面の人間をそこまで信用しても良いものなのか?」
至極真っ当の質問だ。だと言うのに、彼女は少し悲しい顔をしていた。
「…いずれ分かるわ。さぁ、これ以上貴方を引き留めておくのはベールに可哀想だわ。家まで送ってあげるわ。」
そう言って、ハーヴナは来た時と同じ方法で家まで送ってくれた。
恥ずかしいとは言ったのだが、結局私の意見が聞かれる事はなかった。
「さて、ここでお別れね。最後にこれを渡しておくわ。」
ハーヴナが懐から取り出した物を咄嗟に受け取るが
「何だぁ…これ?」
目を凝らすが遅い時間の為何なのかよく分からない。
「あら…鼻はきくけど目はきかないのね。」
「そんな事言われてもな…ほぼ勘みたいな物だったしな」
「ふーん、そう…まぁ良いわ、それはね、血よ」
「なるほど血ね…ハァッ血⁉︎」
「貴方に渡す訳じゃないわよ。ベールによ。」
なるほど、そういう意味だったのか。
「いやだが、何て説明すれば良いんだ。一般人が血液パックなんて持ってるわけないだろ。」
「それのことなら心配いらないわ、あの子ならきっと、分かってくれるはずよ。」
いや何も言わずに納得する人がいるか?吸血鬼パワーってそんなに凄いのか?と思っていると、ハーヴナが踵を返し、顔だけを私の方へ向けた。
「さて、それじゃあ今度こそ本当のお別れね。最後にお願いがあるのだけれど。」
私にできる事なら聞くが…と返すとハーヴナは私の名前を問うてきた。
「名前?そんなもので良いのか?」
「これからも会うかもしれないもの。名前がわからないと不便でしょう?」
それはそうだな、と相槌を打ちつつ少しばかり思案する。
「そうだな…今は無月愁と名乗っている。」
「そう…良い名前ね。それじゃあ、また会える事を祈っているわ。」
その言葉だけを残して、ハーヴナは颯爽と暗闇の中に溶け込んでいった。
--------------------
「あのお方は、愁様だったのですか?」
屋敷の自室に戻って、しばらくたった後、使用人が部屋に入ってきて、そんな質問を投げかけてきた。
「部分的には、そうね。彼は無月愁、と名乗っていたわ。本人がそう言ってるならそうなのでしょうね。」
私を救ってくれた男の子、私を変えてくれた男の子。
ずっと探している、白星愁という名前の子。
「左様ですか…必要とあれば、彼の身辺調査を致しましょうか?」
その投げかけに少し悩み、考えた末に
「えぇ、ついでに、ベールの行動をたまにで良いから監視しておきなさい。」
そう結論を下した。
彼の変わる前の名前が、白星愁である可能性は限りなく低いだろう。
彼と愁は、余りにも今と昔で違いすぎる。
でも、それでも、愁と同じ目をしていた彼を、妹と同等以上に愛して、ずっと前から想っている人だと、そう、思いたかったのだ。
-----------------
ハーヴナの話では、使用人に荷物を運ばせたと言っていたので玄関を見てみれば、そこに荷物は無く、玄関を開けてみるとベールイが立っていた。
「おぉ、どうした、こんなところで。」
何かあったのだろうかと思い、出来るだけ優しい口調で話しかけるが、黙ったままだった。使用人を遣わせたと言っていたが、もしかしたら鉢合わせでもしたのだろうか…?
「………する。」
「え?」
「貴方から、お姉さまの匂いがする。」
「え、は?何だって?」
予想していたのと違う言葉に狼狽えた私は、その言葉を理解するのに少し時間がかかった。
「何故か使用人は来るし…知らない人が入ってくるし…貴方からはお姉様の匂いがするし…」
やっぱり会っていたのか…吸血鬼なら匂いでわかったと言う可能性もあるが。
「話す、まとめて話すから…ついてこい。」
そう言ってリビングへ繋がるドアを開けた…その時だった
気づいたら私は全体的に白いヤツに押し倒されて馬乗りになられていた。
「愁ちゃんが女の子を連れ込んで放置してる‼︎」
「いや言い方。」
馬乗りの状態で叫ぶ人物に向かって、下りるよう促すと降りはしたが不服そうな顔をしてブツブツと呟いていた。
「えぇと…では、説明をさせていただきます…」
「先ず、名前の共有から行こう。コイツは無月時帆。私の里親…みたいな存在だ。」
白い髪に白を基調とした服が殆ど為、私は愛称としてシロと呼んでいる。
「んで今回の議題が…」
チラ、と横を見れば、余程緊張しているのか、手を思いっきり握って震えている人がいた。
「ベールイ・ツヴィトーク、私が拾ってきた。」
そこから色々と説明をするのに、時間はそこまでかからなかった。シロは物覚えがいい為、スムーズの話が進んだ。
吸血鬼である事、姉と会い、ちゃんと話した事、これからの生活で闇を取り除いていきたいということも。
幸いというべきか、ベールイを家で過ごさせるのは許された。
そして、ベールイについて深掘りすることも無かった。シロなりに気遣っているのだろうと思った。
ベールイについては、ハーヴナから貰った血液パックを見せたことで、姉の意思を理解したそうだ。こういったところは、本当の姉妹のように思える。
話し合いが終わったところで、私は夕食の作成に向かい、シロとベールイは、ソファで何やら話していた。ベールイもシロがずっとニコニコしているからか、最初に比べると、緊張は少し和らいだようだ。
この光景を見ていると、ふと、家族、という言葉が脳をよぎった。その刹那────
「イテッ」
包丁で指を切ってしまった。
声はあまり出ていないから、気付かれないと思ったのだが、シロが近づいてきて
「指?見せて?」
「…いや料理中だから…待ってて貰えると…」
「見せて?」
「ハイ…」
物凄い圧に気圧されてしまう。何年一緒に住んでいようと、これだけは変わらなかった。
私が少し怪我をする度に治してくれるし、その度にちゃんと報告するよう怒られた。
だけど、そんな事も、私にとっては良い思い出だ。だって、私の事が心配で言ってくれてるのだから。
指に絆創膏を貼ってもらって、料理を再開する。
後少しだったので、怪我をした指を使う事なく完成した。
果たしてお金持ちの元で育った吸血鬼の舌に合うのか、と一抹の不安はあったがベールイの表情を見てみるとそんな不安が吹き飛んだ。
こういうところが人間の頃の名残だったりするのだろうか。
食事を済ませた後、ベールイを休ませてシロと2人きりで話すことにした。
「聞きたい事があんだろ?」
「うん…ベールちゃんっの姉って、ハーヴナって名前?」
「そうだが…知ってるのか?」
「まぁ、あの家とは関係があるから…」
「あんな家と関わりがあるなんて初耳だぞ…」
「吸血鬼なんて言っても信じないでしょ。」
「う、む…」
「それに…いや、それよりも、ハーヴナの家はここから北東の方?」
何を言おうとしたのか気になったが、肯定で返す。
「そう…なら明日、一緒に行くよ。」
「え?」
「話さないといけない事が多すぎるからね。」
「悪い…」
「別に愁ちゃんのせいじゃないよ。久しぶりにハーヴと会いたいのもあるし。」
「だが…」
「気にしないの。」
声のトーンが下がったままの私の頬をシロが摘み、むぐ、と情けない声が出る。
「これ以上そのままの調子だと、お仕置きだよ。」
と悪魔のような笑みを浮かべたシロに私は
「すいませんでした…」
と、苦笑いで返すしか無かった。
0時を過ぎた頃、ベールイが部屋を訪ねて来た。
「どうかしたか?」
「えっと、その…」
遠慮しているのか、上手く言葉が言えないようだ
「私がいうのも何だが、遠慮はしなくて良いぞ。」
「…うん、えと、その、お願いがあって」
「お願い?」
「その、名前、聞いてないなって思って…」
「何だ、そんな事のために聞きに来たのか?あぁいや…別にお前を責めている訳じゃないが」
「…私にとってあなたは、大事な人だから」
「…そうか、私は無月愁。苗字はシロ…時帆姉さんと一緒で哀愁が漂うの愁だ。」
「愁…」
何か引っかかったのか、目を見開いて私の名前を復唱するベールイだったが、少し経つと元の調子に戻った。
「その、も一つ、お願い、良い?」
「あぁ、言ってみろ」
「お姉ちゃん、って呼んでも良い?」
少し顔を赤らめ、恥ずかしそうにそんな事を聞いてきたベールイに私は
「は?」
と返すしか出来なかった。
--------------------------
「愁ちゃん。準備出来た?」
「準備つったって、特に持っていくもんもねぇよ。」
太陽が姿を現した頃に朝食を済ませた私達は、ハーヴナに会うべく家を出ようとしていた。
「結構距離あるだろ、まさか歩きとは言わないよな。」
「外に出れば分かると思うよ。」
何故か、なんて聞くのは野暮だったので、取り敢えず玄関を開けてみると、
「ご無沙汰しております、時帆様」
ハーヴナ宅で何度か見た使用人のうちの1人が、そこに立っていた。
「ハーヴの家の電話番号が変わってなくてよかったよ。」
「実際には、私の父の仕事用の物だけどね。最初はビックリしたのよ?」
「個人の番号なんて知らなかったから仕方ないでしょ。」
「責めてる訳じゃないわよ、ところで…」
「まさか貴方との再会がこんなにも早いとは思ってもいなかったわ。」
「同感だ。お前らが知り合いだなんて分かる訳もねぇよ。」
「さて、時帆が聞きたいことはある程度分かっているつもりなのだけれど。」
そうして、ハーヴが語り出そうとするのを制止する。
「本題に入る前に、愁ちゃんはどこか別室にいてもらえる?」
「私は構わないが…」
と、愁ちゃんがハーヴの方をチラ、と見る。
その仕草で察したのか、ハーヴも
「使用人に案内させるわ。何かあったらその子に伝えなさい。」
こう言った事で、部屋には私とハーヴの2人きりになった。
「あ〜疲れた〜…」
そんな発言をしながら、ハーヴは酷く脱力する。
「貴女だけで良かったのに、何であの子も連れてくるのよ…」
唇を尖らせ私に不満を呟いてくる様子は、立場に縛られていない、年相応の女の子に見える。
「何か問題がある?」
「大アリよ。貴女、分かってて連れてきたでしょ。」
「ふふ、まぁね。」
「ホント意地悪ね、昔から…」
椅子にもたれかかっていたハーヴだったが、それで、と話を戻すと同時に姿勢を正す。
「それで、あの子は白星愁で合っているの?」
「合ってるよ、今は、私と同じ名前だけど。」
「やっぱりね…」
「いつから?」
いつから気付いていたのだろうか、少なくとも、名前を聞いた時点で分かっていたなら、何らかの手段を用いて私に話を聞きにきただろう。
「そもそも、名前を聞いた時から少し怪しかったのよ。でも最後の決め手はアレね。」
「アレ?」
「あの子が…ベールが、愁に懐いているから、かしら。」
「……驚いた。」
本当に驚いた。暫く開いた口が塞がらなかった程には。
「貴女のその頭の回転の良さは、お父さん譲りだね。」
「ベールちゃんと愁ちゃんについて、ハーヴはどうするつもりなの?」
「どうする…ねぇ、私はあの子たちの意見を尊重してあげたい。でも、そういう訳にもいかないわ。」
「ベールちゃんのこと…?」
「えぇ、あの子がこの家を出てまで自分の命に終止符を打つというなら、私は、それを止めなければならない。」
ハーヴが何て答えるかなんて、分かっていた。それでも聞いた。ハーヴの覚悟を知る為に
「…何で?」
「闇を持っている人を、そのまま死なす訳にはいかないからよ。」
「…ホント、愁ちゃんに似てる。良い意味でも、悪い意味でも。」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておくわ。」
そうして暫く世間話をしていた頃、唐突に扉が開かれた。
「お嬢様!大変です!」
「一回落ち着きなさい、何があったの?」
「愁様が、倒れました!」
全身に、鳥肌が立つのを感じた。頭の中が真っ白になって、ただ、さっきの言葉が永遠とリフレインする。そしてそれは、ハーヴにとっても同じことだった。
--------------------------------
頭の中で、警鐘が鳴り響いていた。
これ以上動くな、止まって休め、と。
足が、腕が、全身が痛く感じるのは、私を止める為の錯覚だろうか。
それでも私は動き続けた。体を這って、本能のままに。
本能が勝つのか、理性が勝つのか、分からなかったが、どうやら勝者は本能らしい。
辿り着いたのは大きな木だった。
屋敷の窓から外を眺めた時、一際大きな存在感を放っていた。
その木に魅入られたのかなんなのか、私はその場所に行かなければならない、と強く感じた。
しかし、目的の場所へ辿り着いて安心したのか、痛みが限界に達したのか、視界は段々と闇の包まれ、やがて完全に意識を手放すに至った。
酷い、夢を見ていた。
記憶の片隅にすら無かった、消え去っていた記憶。
我慢、従う、怒られる、我慢する
負のループが続く家庭だった。
こんな家、早く抜け出してやろう、そう思っていた。思いたかった。
僕にとっての最初の光、1番星が、それを許してはくれなかった。
僕は妹を心底愛していた。だから、自分が痛みから解放されるなどというおこがましい考えは捨てた。何とかして、妹を家から逃した日に、私はようやく解放された。
妹は信頼できる知人の元へ行くだろう。そうすれば、僕はこの家庭諸共滅ぶだけで済む。
妹はどうしているだろうか。元気にしているだろうか。
「もし、会えたなら。聞かせて欲しい。僕は…お前にとって、お兄ちゃんでいれたかな…?教えてくれ、───」
-------------------------
愁ちゃんは、林で倒れていたらしい。私よりも早く自分を取り戻したハーヴが急いで救出に向かい、この一室まで連れてきてくれた。
…嫌気がさす、何も出来なかった自分に。また、守れなかったかもしれない自分に。
「…ハーヴには、大きな借りができたね。」
「やめてちょうだい、私たちにそういうのは無しよ。」
「それと、そう思ってるなら、愁がこうなっている出来る限りについて教えて。」
…もう隠せない、か。
話すしかないらしい、1人の少年の昔話を。
愁ちゃんは、元々私と家が隣同士で、よく面倒を見ていた。
いつもどこか大人びた表情で、周りを俯瞰していた。
そうして、何よりも妹のことを大事にしていた。
ある日、3人で少し遠くに遊びに行った時、突然の豪雨に巻き込まれて、3人びしょ濡れになった。結局、その日は家に戻って遊ぶことにした。
家に戻って、風邪をひかない為に皆でお風呂に入った。
初めは愁ちゃんが嫌がっていたが、説得のおかげで何とか入らせることが出来た。
その時、愁ちゃんの身体に幾つもの傷があることに気づいた。
殆どが腕や足で、腹部や首元にも切り傷があった。
私は気付かないようにした。妹は愁ちゃんが上手く言い訳をしているのだろうか、疑問に思っている節は無かった。
お風呂から上がった後、疲れた妹は別室で眠ってしまい、私は愁ちゃんに呼び出されていた。
愁ちゃんは私に救いを求めてきた。親の虐待から助けて欲しいと。
泣きじゃくりながら助けを求める愁ちゃんの顔を、初めて子供らしいと思った。
私は、2人を見捨てることが出来なかった。だから2人が家出を計画した時に、彼の家族にバレずに匿えるよう遠くに引っ越した。
そうして暫くした後、妹だけを先に送るという手紙を貰った。
自分は親との縁を切る為に残るのだということも、書かれていた。
私は動けなかった。もし自分が動けば、誘拐と思われて通報されるかもしれない。
そうすれば、2人はあの家に逆戻りして、誰にも救われないまま生きることになってしまう。
だから待った。妹が到着する予定だった時間は刻一刻と近づいていた。
時間になった。妹は、来なかった。
流石にジッとしている訳には行かず、家を出て、雨が放っている中傘もささずに探しに行った。
私の家から数十分の場所で私は、少女が妹を連れてどこかへ向かうのを見た。雨が降っていて人通りが全くない事もあったのか、その少女は羽を広げてどこかへ飛んでいってしまった。
私は呆然と立ち尽くした。何も出来なかったと。
重い足取りの中、何とか家に戻り、少女が飛んでいった方向にある建物を片っ端から調べていると、ドアの開く音が聞こえた。
玄関の方へ向かうと、そこには愁ちゃんがいた。
殴られたのか、唇は切れて、靴の履いていない足からは血が流れ、極度のストレスから、髪は白く変色していた。
そんな凄惨な姿を見て、私は思わず抱きしめてこう言った。
妹は誰かに連れ去られてしまった、自分のせいなんだと。
それでも愁ちゃんは私を責めなかった。私の背中を撫で、大丈夫、僕が必ず見つけ出す、と。
そう言い残して愁ちゃんは倒れてしまった。
倒れてから、6日程経った頃、愁ちゃんは目が覚めた。
でも、目覚めた愁ちゃんは、一切の記憶を、覚えていなかった。
極度のストレスからか、それとも一種の障害か、どっちかは当時は分からなかった。
記憶の失った愁ちゃんには、私が愁ちゃんを施設から引き取ったと伝えた。
そうして、新しい人生の始発点として無月愁を名乗った。
愁ちゃんには、後遺症が時々出るようになった。
見たり感じるものが無意識に昔に重なるのか、身体の機能が段々と失われていった。
私はこれを、後天性機能不全と名付けて、出来る限りの治療を始めた。
幸い、腕や足が唐突に動かなくなる事があっても、数時間すれば回復するようになった。
でも、これ以上凄惨な光景を見るのを脳が拒否しているのか、視力が少しずつ機能を失っていった。
その分、嗅覚や聴覚、空間把握能力が異常なまでに発達してる。
そして今回、愁ちゃんが倒れたのは恐らくナニカが昔の記憶に重なったからだろう、と
「これが、私が分かってる全て。」
「そう…ありがとう。話してくれて。」
ハーヴは、とても悲しい顔をしていた。
ベールちゃんの記憶は無くなっていなさそうだったから、恐らく家を出る前のことはある程度知っているのだろう。
「…愁は、恐らく私と初めて会った場所に行ったのでしょうね。」
長い沈黙をハーヴが破り、説明してくれる。
「愁にとっても、吸血鬼に血を吸われるなんてとても濃い記憶のハズよ。」
「その記憶が重なったのなら、こうなったのもおかしくはないわ。」
「ここまでなったのは、初めて…だから…」
「心配なのは分かるわ。でもシャキッとしなさい。貴女がいつまでもそんなままじゃ、愁も起きてくれないわよ。」
「とりあえず、愁の採血、そして医療知識のある使用人に任せるわ。」
「私は呼んでくるから、貴女は手を握っていてあげなさい。貴女は家族なんだから。」
「…うん」
それから、いつくらいの時が経ったのだろうか。ドアが開く音がしたが振り向く気力も無くただ呆然としていると、ベールちゃんが隣に座った。
「ごめんね、こんなことになっちゃって。」
そう謝罪すると、慌てたように
「い、いえ!私はお世話になってる身だし、恩人は心配だし…」
「ふふ…」
「な、なんで笑うんですか…」
「ううん、何でも無い、何でも無いの。」
そう言ってカーテンを開けて窓の外を見れば、月が浮いていた。
--------------------------
愁ちゃんが目覚めるまで、私たちはハーヴの屋敷で過ごすこととなった。
「夕食までお世話になっちゃって、ごめん。」
「貴女、今日でそれ何回目?貴女にはお父様もお世話になっていたんだから、気にしないことね。」
その言葉にベールちゃんが反応する。
「えっ、時帆お姉さんはお父様のこと知ってるの?」
「えぇそうよ、時帆の家は少し特別でね。お父様が関係を作りたがっていたのよ。」
「私はお父さんに話をつけただけだけどね。」
「そんな凄い人だったんだ…」
「凄いのは私のお父さんだよ。私はただの大学生にすぎないよ。」 c
「ただの大学生、ねぇ…」
目を細めニヤニヤと見つめてくるハーヴに、
「何か?」
余計なことを言うな、というような圧をかける。
私にも秘密一つや二つくらいある、知られない方がベールちゃんも幸せだろう。
-----------------------
食事が終わった辺りで、ハーヴが口を開いた。
「所で…ベールはこれからどうするつもりなの…」
「…っ」
ハーヴの質問に、ベールちゃんが思わず唾を飲む。
「別に無理に話さなくても良いわ。ただ、家族として、貴女の姉として、出来る限りのことはしたいし、応援してあげたい。」
「私は…」
困ったようの、ベールちゃんが俯く。
多分、ちゃんと未来は見ているのだと思う。じゃないと、出た家の姉とわざわざ会う理由がない。
暫くすると決意が固まったのか、言葉を紡ぐ。
「私は…私は、お兄ちゃんを探し出す。」
「ベール、貴女のお兄さんは…」
「ハーヴ」
真実を口にしかけたハーヴを制止する。
「分かってる。お兄ちゃんが生きているかどうかも分からないって。でも、私は諦めない。お姉ちゃんが伸ばしてくれた命を、私はお兄ちゃんに繋げる。」
ベールちゃんは、そうハッキリと告げた。
けど、
「…?」
「…?」
私とハーヴは少し困惑していた。
何故なら、ベールちゃんはハーヴの事をお姉様、私の事を時帆お姉さんと呼んでいる。
なら、その“お姉ちゃん”は一体…?
「ねぇ、ベール。そのお姉ちゃんって私たちの知っている人…?」
「え?愁さんのことだよ?」
一瞬、時が止まった。
私もハーヴも困惑で暫く口が動かなかった。
そして、ベールちゃんが愁ちゃんの事をお姉ちゃんと呼んだのは、今日が最初で最後だった。
--------------------------
「知らない天井…どこだここ…?」
初めて見る景色に困惑しながら、私は悪夢から目を覚ました。
「あら、起きたの?」
「…ハーヴナ」
顔を横に向ければ、ハーヴナがベッド横の椅子に腰掛けていた。
「どれくらい寝てた…?」
「大体3日と半日ね。」
「3日…そんなにか…」
「他に聞きたいことは?無いのならこれでも食べてなさい。」
そう言って、ハーヴナはベッド横のお皿を前に出した。
「これは…?」
「お粥よ。ここ3日何も食べていなかったから、先ずは胃に消化の良いものからね。」
「…すまん、わざわざ。」
「謝らないで頂戴、私がしたくてしていることなんだから。」
「そうか…時帆姉さんは?」
「あの子ならベールと一緒に家に帰ってるわ。彼女にも色々とすることがあるらしいわ。」
「…そうか、頼みがある。」
「何かしら。」
「…行きたい、場所がある。」
そうして、私は目的の場所へ向かうべく、ハーヴナと色々話し合った。
----------------------------
「…本当に行くの?」
「あぁ、今の私に記憶はほとんど残っていない。でも、これが居なくなった妹に出来る唯一出来る懺悔だと思う。」
「…そう。」
「どうか、受け取ってくれ。お前の、唯一戻った記憶からの、贈り物を」
目の前に立つ家は、悪夢の中の家に酷似していた。
恐らく、この家が私が記憶をなくす前の住んでいた家だろう。
勇気を出して、インターホンを押す。
約十数秒、一瞬のことなのに、どこか永遠のようにも感じた。
ガチャリ
と、ドアの開く音が聞こえた。
「どなたですか?」
直感で理解した。記憶の中ではボヤけていた顔を、霧が晴れるように鮮明に思い出す。
「お久しぶりです。お母さん。貴女との縁を切りに来ました。」
「アンタ、まさか…いや、どうでも良いか。」
「縁を切りたいなら勝手にすれば?もう何年も会ってなかったのに今更悔いも何も無いわ。それじゃあ。」
ドアを閉める母親に、吐き気を覚えながらも呟く。
「さようなら、母さん。感謝はしてるが、尊敬はしてなかったよ。」
そう言って、後ろを振り向く。
「行こう、ハーヴ。」
「あ、貴方それ︎⁉︎」
「記憶を取り戻せた。」
「後は、アイツに出来る事をするだけだ。」
そうして、私はもう一度ハーヴの家へと戻った。
--------------------------
「これを、ベールイに渡してくれ。」
「これは…?」
「アイツの戸籍謄本と、籍を変えるための正式な書類だ。」
「ベールイ・ツヴィトークは、私の妹、白星花だ。そうだろう?」
「…えぇ、そうよ。」
「もう少し、一緒にいる事は出来ないの…?」
記憶を取り戻した事で、シロやベールイ、ハーヴの言動から推測することが出来た。
私の記憶は完全に戻ったが、一気に送られた情報に脳が耐えれなかったのか、幾つかの神経にバグが起きた。
「あぁ、今の私は、最早まともな人間のそれじゃ無い。」
「もう右目は全く見えないし、さっきの手紙で、手の指に力が入らない。もう、私には足を動かすくらいしか出来ないんだ。」
「時帆姉さんには沢山お世話になった。私が残して置いたお金は全部渡してくれ。」
私は淡々と説明しながら、“あの場所”へと向かう。
「ハーヴにもお世話になった。だから返せるだけの精一杯を用意した。」
ついに、“あの場所”に辿り着いた。
私とハーヴが最初に出会った、大木の下に。
「一度は記憶を無くしたが、お前は私の記憶を取り戻させてくれた。」
「お前はその名前の通り、私を治すための薬になってくれた。」
「愁…」
私の言葉に、涙ぐんだハーヴが俯く。
「ハーヴ」
名前を呼び、大木に背を預けた私の上に座らせる。
出来る事なら、もっと、一緒にいたかったな…
そう思いながら、声を押し殺し、肩を震わせるハーヴの頭を撫でながら
「ごめんな。」
ハーヴの肩に噛み付いた
「しゅ、愁⁉︎」
ハーヴが突然の事に驚き、飛び跳ねる。
「人間が吸血鬼になる方法は、吸血鬼の血を入れること。。」
ずっと首元に残っていた跡が疑問だったが、記憶を思い出した事で、その理由も分かった。
これで、私も吸血鬼、最後に、お前のパートナーになれたことに感謝するよ。
「な、なんで!慣らしていない状態でそんなことしたら!」
ハーヴが言い切る前に、“それ”の症状が出る。
生の肉が焼ける音がする。思わず顔を顰めたくなるような状態だが、最早そんな力も残っていなかった。
吸血鬼は、太陽が苦手、こんなありきたりな設定が本当で良かった。
お陰で、死体が残る事もない。
「ふざけないでよ!」
「…っ」
「突然現れたかと思えば、1人で全部終わらせて!やることが終わったらまた自分は消えるの?記憶が戻ったなら…私と一緒にいてよ…!ベールを、時帆を、私を…また悲しませるの?」
涙を必死に堪えるせいでクシャクシャになった顔のハーヴに告げる。
「どっちみち…私の先は短かかった。だから、これが、最善の道だったんだ…」
「そんなの…貴方の独りよがりじゃない…」
その通りだ
だが実際問題、どうしようもないのも事実。
それなら、出来るだけ他のヤツらを幸せにしてやりたい。
「もう、終わりなんだ…」
その言葉を残し、私はそっと、目を閉じた。
------------------
ザッ、ザッ、と、大地を踏み締める音が聞こえた。
視力がほぼ失われているせいで外見で判別は付けられないが、感覚で分かる。
「…なんでベールを連れてきた、時帆姉さん。」
「そう、するべきだと思ったから。」
「…教えたのはハーヴか。」
「…なんで。」
「なんで、勝手にいなくなろうとするの!」
「ベール…」
「記憶が戻ったなら、言ってよ!」
「再会できたはずなのに、なんで勝手に消えちゃうの?」
「私達は…家族でしょ?」
「お前が何を言いたいのかは分かる。理解も出来る。私だって、そうしたかったさ…」
「でも、運命はそれを許してくれなかったらしい。」
「でも、それは…!」
「あぁ、分かってる。これは私のただの言い訳だ。私が死ねば、両親の元へ警察が行くよう計画を立てた。アイツらは児童虐待の容疑で逮捕だろう。これで、お前が復讐に駆られる必要はない…自由なんだ。」
「そうやって、お兄ちゃんは1人で全部背負ってる…!私にも、私達にも、その荷物を背負わせてよ!」
「…悪い。」
「謝らないでよ…これじゃあ、本当に…また…」
「“花”。少し、こっちに寄ってくれないか?最後に、顔が見たい。」
ベールをの、本当の名前を呼ぶ。
「なぁ、私は…お前の、お兄ちゃんでいれたかな…」
その質問に、花は私の顔に手を這わせて。
「私にとって、世界で1番優しくて、健気で…頼り甲斐のある、お兄ちゃんだった。」
「…ハハ、その言葉が聞けて、良かった。」
「ハーヴ」
名前を呼ぶ。人生で、私が初めて愛した人を
「時帆姉さん。」
名前を呼ぶ。人生で、最初に私を愛した人を。
「花」
名前を呼ぶ。人生で、私が守りたかった家族を。
「これから先、何年、何十年経とうと、私はお前たちを、愛している。」
そうして、白星愁の人生は終止符を打たれた。
光り輝く星々と月、包み込む紫の夜空に、看取られながら。
-ー----------------
トゥルーエンド分岐
「これから先、何年、何十年経とうと、私はお前たちを、愛している。」
その言葉を最後に1人の少年が眠りについた。
そして、その少年の眠りを妨げるように影が近付いていた。
少年を囲むように三者がいる。
影は止まったまま動かない者たちの間を通り抜け、少年の前で姿を形作った。
にも関わらず、その者に反応したのは1人だけだった。
「アナタは…」
「小娘…そうか、貴様が無月の血を引くものか。まぁ案ずるな、天照の巫女よ。」
まるで時が止まったような世界の中で、私だけが動くことができる理由をその人物は1人で完結させる。
「何故それを…」
「たわけめ、気付いているであろうにわざわざ聞くでない。」
「では、貴方は…」
天天照の巫女。
そう呼ばれた私は、突如現れた謎の人物の予想した名を告げ───
「口を閉じろ。生者が我等を認識したとバレると厄介ごとに巻き込まれるぞ。」
───ようとしたのを止められる。
「あくまでコレは独り言じゃが、我は姿を借りておってな、名を、天照大御神という。故に、この血を引くものならば神気に影響され見聞きされる場合があるかもしれんな。」
ふむ、と天照大御神の姿を使い現れたものは、顎に手を当て思考にふける。
「此奴が我を認識していないということは、まだ生きているな。がしかし、時が止まっておるのに死に近づいているとは…まさか此奴も…いや、ならばヤツらが我を送り出したのも納得出来る。」
時が止まっている、という発言から目の前にいるのが、神と同等以上の立場であると認識させられた。
いや、重要なのはそこじゃない。目の前の上位存在は、愁ちゃんが死に近づいていると言った。それはつまり、愁ちゃんが私と同じで、時間に完全には縛られていないという事になる。
引っかかったのは、中途半端な所だった。
私と同じで神の血を引くなら、目の前で溢れ出している神気に影響されて完全に縛られないはず。なのに、自由意識のみが縛られている。
血を継ぐ…天照の神気……
日が苦手?吸血鬼…
……天照の対?
加速する思考の末、やがて一つの結論へ辿り着く
「…月詠の血」
その結論に、上位存在が反応する。
「おい小娘…今なんと言った?」
「愁ちゃんは吸血鬼の血が身体に巡ってる…唯一残っている吸血鬼は、月詠の血を濃く引いている…そして愁ちゃんは、私の家系の天照大御神の血も引いてる」
愁ちゃんは昔、私の実家による命で天照の血を入れられた。
本人には、家族になるための儀と伝えたが、思わぬ所で影響が出た。
「なるほどのう…月詠の血と、天照大御神の血…相反する2つの神が中和し合っているのか。」
そうして暫く黙っていたが、やがて結論が出たのか立ち上がった。
「コレも運命ってヤツか…」
そう言って、目の前の上位存在は愁ちゃんの首元に触れた。
「そこは…」
愁ちゃんの首元にある跡が淡く光った。
その刹那、世界に異変が生じた。
色が抜け落ち、その箇所から段々と崩れるように世界が崩壊を始めた。
「何…これ?」
「この世界はやがて作り変えられる。そういう風にしたからな。」
「いくら天照の身体を使っていたとしても、そんな暴挙が…」
「厳密に言えば我が全てした訳ではない。観測者…神よりも上位の存在によって作り変えられるのじゃ。」
「観測者…?」
観測者…その名からして、世界を観察する者だろうか。
「恐らくお主の考えている通りであろうが、別に今の我等がいなくなるわけではない。ただ、もしも、白星愁に須佐男の血が流れていたら、という世界に変わるだけのことよ。」
「もしも?須佐男?」
「3つの神の血を入れる事で、力が拮抗し身体の崩壊を防げるだろうて。ただ、おそらく大きな役目を持たされるであろうな。」
「なんで、貴方は愁ちゃんにそこまで…」
「してくれるのか、か?先程も言ったであろう?コレは我の意思に関係ない。」
「じゃあ、一体誰が…」
「観測者じゃ。文字通り、この世界を観測しておる。そして、観測者達にとって白星愁は物語の主人公であった。悲惨な人生を歩み、2人の神の血を引き、皆を救って死ぬ。」
じゃが、と言葉を付け足し、
「観測者共はこちらの結末を望んでいたようじゃな。」
「こちらの結末…っていうのは?」
「白星愁が死ななかった世界線。神に救われる世界線。いわば、トゥルーエンドじゃな。でなければ、我がこうして呼ばれたのも、お主が観測者共を認識しても何も無い説明がつかん。」
「じゃあ、貴方の正体は…」
「さぁの。我には名も命もない。故に、観測者に従うのみじゃ。」
「全ての結末は、観測者が決めてるって事…?」
「そうであってそうではない。観測者共は本来観測しか出来ん。だが、世界の制作者との関わりを持っておる。つまり…観測者が結末を望まなかった場合、もしも望む世界だったら、と作り変えられるのじゃ。」
「じゃあ、私は…」
今の私は死んでしまうのか、そう考えると、恐怖が体を支配する。
「別の世界では、お主の記憶はその世界の物になる。しかし、お主が望むのであれば、お主の精神をそのまま送ることもできる。」どの場所に飛ぶかは分からんがな。」
「そんな事が…」
「観測者次第じゃがな、結局のところは。観測者共がその結末を良いと思えば、お主は今のまま過ごせる。」
「さぁ、答えは決まっておるか?」
私は…
「私は────を選ぶ。」
「…ふん、そうか。ならば、望みを叶えよう。」
その言葉を聞いた直後、世界の崩壊によって、私の意識は途切れた。
--------------------------------
桜が咲き誇る神社の客室。
私は、騒がしい喧騒の音で目を覚ました。
「なぁ、もう良いだろ…許してくれよ。」
「ダメよ。コレは貴方への罰なんだから。」
「頼む!コレだけはマジで嫌だ!」
「諦めなさい、貴方に拒否権なんて無いわ。」
「クソっこうなったら花!お前からも頼む!」
「え〜、でもお兄ちゃんが悪いしな〜」
「2人揃って私を虐めやがって!コッチには最終兵器のシロがいるんだぞ!」
「ちょっと、それは卑怯でしょ⁉︎」
「そうだよ!そんなのフェアじゃないよ!」
「うるせぇ!プライドなんか捨ててやる!」
そう言いながら、愁ちゃんが私の後ろへ隠れてハーヴと花ちゃんに威嚇する。
ボヤけた目を擦れば、視界がハッキリとして、状況を正確に理解できる。
ハーヴと花ちゃんが、およそ男子が着るようなものではない服を愁ちゃんに着せようとしていた。確か、あの一件の後に愁ちゃんが反省の兆しを見せなかった罰だ、というような会話をた気がする。
3人が言い争っている姿を見て、ふふ、と思わず声が漏れる。
「何よ、急に笑って。」
怪訝な顔をするハーヴに
「いや、私も見たいな〜って、愁ちゃんが私の服を着るの。」
と返す。ただのくだらない日常。でも、今はその日常がただ嬉しく感じた。
皆が楽しく、いつも通りに生きている。
夢物語にも思えた体験は、現実だったようだ。その証拠に
「そうじゃのう、我も見てみたいものじゃ。」
「はぁ⁉︎」
観測者の望んだトゥルーエンドでは、愁ちゃん達を救ってくれた上位存在は、神子、と言う名前で私の実家にある神社で神の子として記録できる限りで数千年前過ごしている。
神子は昔から記憶があったままだが、私はついさっき戻ったばかり。
だけど、コレで良いと思った自分もいる。
「ほれ、着てみろ。そして我に仕えるのじゃ。」
「いやだよ!」
騒がしい日常は、きっとこれからも続く。
観測者がなんと思ったって関係ない。
私は私の道を生きる。それが、運命だから。
小さなことでも、いつかは世界を変える力となる。
それを信じて、私達は生きていく。
過去も、今も、未来も。
そろそろ愁ちゃん達の収拾をつけるとしよう。
もし、神様が本当にいるのなら、聞いてほしい。
どうか、この最愛の家族に、祝福を─────
最初はトゥルーエンドだけだったのですが、物足りなかったのでトゥルーエンド分岐も書きました。
学校の部活動の課題なので、どうしても矛盾点などがあります。
コメントなどで要望など送っていただければ嬉しいです。
初心者すぎて操作がイマイチ分かっていませんが、どうかご容赦ください。




