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【7】刺客

「アイ、起きて」

 

冷静さを欠いたそんな声と共に身体を大きく揺らされて目を覚ました。

 

窓に映った外の景色はまだほんのりと夜を残している。


果てしなく続く空の先から明かりが漏れていた。

まだ風が冷たく、パキッとした空気が肌に纏わりつくような感覚が残っている。


「どうしたの?」


「誰かが近づいてきてる」

 

アンが引き締まった表情で窓の外を睨んだ。


「誰か……?」

 

口に手を当ててあくびをする。

 

まだ夢と現実で彷徨っているような感覚が残っていた。


目を擦ってぼやぼやとした頭を起こし、再度アンの言葉を咀嚼した。

 

耳に手を当てて目を閉じて接近する足音を探す。


「……なにも聞こえないけど」


「いや、西の方から足音がする。一人。でもだいぶ足は早い。普通の人だとは思えない」


「こっちに向かってるの? 気のせいじゃなくて?」


「目的地がここかはわからないけど、でも間違いなく迫ってきてる。隣国の兵士が戻ってきたのかもしれない。わずかだけど金属が揺れる音もする」


「本当に?」

 

たしかにアンの言うように隣国の兵士がここに戻ってきてもおかしくない。


なにせここは侵攻されたばかりの村だ。


領地にするなら死体の回収や土地の整備をする必要だってあるだろう。

壊滅させた村の現状がどうなっているのか確認しにきた可能性だってある。


「アイ。戦えそう?」


「私……?」

 

突拍子もない発言を聞き、思わず目を丸くしてしまった。

 

私が自分で自分を指差して首を傾げると、アンは緊張感の漂う表情で首を縦に振った。


「やれないこともないけど」

 

幸いにも刀の扱いにはなれている。

村を追われる前まで道場に通っていたことに加えて幼いころにお母さんから教わっていたからだ。


すべて御信用だった。


この刀も先祖代々受け継いできたものらしい。


百年以上も昔、今よりもっと争いと死が身近だったころから、この刀は人を切り殺し、そして人の命を守ってきたのだと話をされたことがあった。

他の刀よりも短いため扱い易く、切れ味も抜群にいい。


どれほど刃を使ってもなまくらにならないらしい。

 

とはいえ、実践経験の多い隣国の兵士と対等に戦えるかはわからない。


それにこの手で他人を傷つける覚悟がある自信もあまりなかった。


「……もし戦えそうなら相手の気を引いて。私は物陰に隠れて弓矢で援護する。無理に仕留めようとしなくていいから。手を汚すときがきたらその役目はあたしが買う」

 

アンが立ち上がり壁に立て掛けた弓と矢を手に取る。


「心配しないでよ。アイは絶対に死なせないから。なにがあっても必ず守ってみせる。だからあたしを信じて協力してほしい」

 

アンの真剣な瞳の奥には並々ならぬ覚悟が宿っているように見えた。

あんな表情をされたら断ることなんてできない。


「……アン」

 

こんなときのためにお母さんや道場の師範は私に刀の扱いを教えてきたのだろう。

争いと隣り合わせのこの世界では、怖気付くことなく戦わなければ生き延びることはできない。


『人を正すためではなく、誰かを守るために刀を振りなさい。力や財で他人を正すことなんてできないのだから』

 

お母さんの教えが頭の中で反響している。

 

私がアンと共闘を拒む理由はどこにもなかった。


「わかった」

 

床に置いた刀を服の内側に差して、気持ちを落ち着かせるため息を吐く。

 

アンの顔を見ると、不思議と心を支配していた不安や緊張が薄れていった。

 

帽子を被り、腰を上げて足を踏み出す。


「あたしの杞憂だといいんだけどね」

 

アンがポツリと呟き、扉を開いて外に出た。

 

辺りを警戒しながらアンの後ろを歩く。


アンの武器は弓矢だ。


接近戦になれば勝ち目はないだろう。

つまり距離を積められた際には私がアンを守る必要が出てくる。

 

少し反応が遅れただけでも命取りになる。

相手が凶器を持っているならば尚更だ。


アンが私を守ってくれるように私だってアンを守らなければいけない。


絶対に死なせてはならない。


「あっちだ」

 

アンが林の方をキッと睨んで弓を強く握る。


「あたしはあれを盾にして護衛するから、アイは弓が届く範囲で戦って」

 

アンがすぐそばにある壁を指差す。


一部が崩れてL字になった背の低い壁だ。


あそこならば身を隠しながら矢を放つことができる。

二辺が壁で遮られているおかげで左側から奇襲を受けることもない。


「わかった」


「よろしくね、アイ」



「うん」

 

アンとハイタッチを交わし、刀の持ち手についた輪に指を通して強く握る。

 

目を閉じて耳を澄まし、足音を探る。


たしかにこちらに向かって誰かが走ってきている。

聴覚が優れていない私ですら認識できるほど、その人物はすぐそばに迫ってきていた。


心臓の鼓動が地響きのようにして身体全体に伝わる。


本当に私がやれるのか。


そんな不安が再び顔を出したが、アンの言葉を思い出して冷静さを取り戻す。

 

焦るな。

 

取り乱すな。

 

自分の役目を見失うな。

 

冷静を欠いたその瞬間が命取りになる。

相手を仕留める必要はない。

 

私がすべきことは隙を作ることだ。


「そこだっ!」

 

素早く刀を抜き、その勢いを利用して身体をぐるりと動かす。

 

開けつつある夜の空に金属どうしがぶつかり合う音が響いた。


接触した二つの凶器が反発し合って腕の力を奪っていく。

弾き返されそうになりながらも必死に抵抗した。

 

地面を蹴り上げて後ろに飛び、間合いを取る。

 

相手もまさか反応されるとは思っていなかったのか、右手に持ったヌンチャクを見て舌打ちをした。

 

私と同じくらいの年齢の女だ。

 

腰まで伸びた栗色の髪と唇の隙間から密かに顔を覗かせる八重歯。

にわかには信じ難いが顔の横ではなく頭に獣の耳がついている。


身長は私とほとんど変わらない。

狐のような切れ長の目の下には隈ができていた。

 

特徴的な容姿だが、どこか既視感があった。

 

どこの夢で見たのだろう。


「……あなたもシカール軍の兵士か」

 

女が纏った軍服の胸元にシカール軍の紋章が入っていた。

 

刀を構えたまま、相手の目の動きを観察する。


私の刀は長くないため、闇雲に振ったところで自分の首を絞めるだけだ。

仕掛けるにしても相手の癖や弱点を見抜く必要がある。


「なにが目的?」

 

女に鋭い視線を向けて問う。


彼女が一人でここにきた理由がわからない。


軍の命令で行動しているならば、わざわざ私に攻撃を仕掛けてなんてこないはずだ。

残党を処理しにくるのであれば、一人でいることはより不自然である。


つまり彼女の目的はこの村と関係していない可能性が非常に高い。

 

そこから考えられることは一つ。

 

彼女が単独で行動しているということだ。


「見ての通りだよ。お前を殺しにきた」

 

ヌンチャクを回して女が話す。


「お前を殺してトリシューラを奪う」

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