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【5】女と宝石伝説

「……女の子?」

「はい! 女の子です」


その人物は声を上擦らせながら早口でそう返した。

 

様子を伺いながらゆっくりと近づいていく。


武器の有無は確認ができていないが、敵意はないみたいだ。

生き残った村の人だろうか。声質からして私と年齢は近いように思えた。


「……暗くてよく見えないね」

 

アンが背嚢を地面に下ろし、中からマッチとランプを取り出した。


闇で満ちていた部屋にほんのりと明かりが灯る。

私たちの足元から長い影が伸びて、その先にいた女は頭を抱え込んで丸くなっていた。

 

コトンとランプが床に置かれる。

 

肩あたりで緩く結んだ二つのおさげ。

目は大きくて顔は丸い。

手足は細く、立たなくても小柄であることがわかった。


私たちが近づいてくるのがそうとう怖かったのか、手足が小刻みに震えている。

ところどころ破れた衣服はしわくちゃになっていた。


「あなた……大丈夫……?」

 

アンが床に膝をついて女に問いかける。

 

女は身体中に浅い傷を負っていた。

露出した足にはいくつもの痣がある。

左腕には大きな切り傷がついていた。


兵士の攻撃を喰らったか、自分で振り回した武器で怪我をしたかだろう。


「大丈夫……ではないですけど、なんとか生き延びました。なので結果的には大丈夫です!」

 

女は大きな目をさらに開いて、シャキッと誇らしげに敬礼のポーズを取った。


警戒心が解けたのか、女は屈託のない笑みを見せる。

寂れた村の荒れた家の中であることを忘れてしまうほどに朗らかな笑顔だった。


「それであなた名前は?」


「マーニャ。マーニャ・カンディールです!」


「そう。あたしはアン。そっちの子は––––」

 

言いかけたアンに視線を向けられ、


「……アイ・ルラレド」


私は視線を背けながら小声でそう答えた。

 

相変わらず人との距離を詰めるのが早い。

アンのこういった部分は素直に憧れる。


「よろしくねマーニャ」


「こちらこそよろしくお願いします」

 

マーニャがペコリと頭を下げる。

艶のある黒髪が風に吹かれる草木のようにゆらりと揺れた。


「……ところでなにをしてたの?」

 

アンが立てた膝を崩して胡座をかく。


「ずっと気を失ってました。私戦ったことなくて、死ぬのも怖くて。みんなが頑張ってるんだからって思ってたんですけど……でも動き出せなかったんです」

 

マーニャは取り乱した様子で次から次へと溢れ出る言葉をそのまま口にした。


村が壊滅して仲間を失ったからかそうとう混乱している。


無理もない。

私だって、幼い頃、故郷を焼かれたときは怖くて立ち上がることすらできなかった。

偶然村に訪れたあの人がいなければ、私も他の人と同じように争いに巻き込まれて死んでいたに違いない。


「怖かったよね。でももう大丈夫だよ。もうこの村にはあたしたちしかいないから」

 

柔らかな声でそう言われたマーニャはわずかに口元を綻ばせた。

 

アンが背嚢から水の入った皮袋を取り出してマーニャに差し出す。


「飲みなよ。喉乾いてるでしょ?」


「いいんですか?」


「うん。外の井戸に水が残ってたからね」


「……ありがとうございます」

 

マーニャはそう言って皮袋を受け取ると、ポンっと蓋を外して勢いよく水を飲んだ。


液体が喉を通る音がこちらにまで聞こえてくる。

だいぶ喉が渇いていたようだ。


「それで、お二人はどうしてここに?」

 

喉が潤い、ある程度の冷静さを取り戻したのかマーニャが問う。

その間、アンは返ってきた皮袋の中がなくなっていることを確認して苦笑いを浮かべていた。


「旅をしてるの。不幸と幸福を見つけるために」


「不幸と……幸福……?」

 

アンの発言を聞いたマーニャがキョトンとした顔で首を傾げる。


「そう。宝石伝説って知ってるでしょ?」


「ほーせきでんせつ?」

 

ポカンと口を開けてマーニャが言う。


「聞いたことない? この大地のどこかにある宝石に触れて願いごとをすると叶えてもらえるって伝説。結構有名な話だと思うけど」

 

アンに目配せされて私はコクコクと肯定の意を表す。

 

どうやらマーニャはピンと来ていないみたいだ。


「聞いたことないです。そんな宝石、本当にあるんですか?」


「確証はないけど、それでもあたしはその伝説を信じてる。だってその方が面白いし……それに生きてて楽しいでしょ」


「そっか。そうですよね」

 

アンの言葉を咀嚼するようにマーニャがうんうんと頷く。


「なんかよくわからないけど頑張ってください! 応援してます‼︎ 絶対に見つかりますよ」


「……ふふ。ありがとね」

 

まるではしゃぐ子供に構うようにアンが笑う。


「それじゃあ私、行きますね!」

 

マーニャがすっと立ち上がる。


「行くってどこへ?」


「近くの村ですよ。名前はたしか……」


「サンタ村?」

 

口元に手を当てて悩むマーニャを見てアンが口を挟んだ。


「そう! その村です。よくわかりましたね。もしかして超能力者ですか?」


「そうじゃないよ。あたしたちもそこを目指してるの。この辺りだと、もう村はそこくらいしかないでしょ?」

 

地図に書かれた情報によれば、この辺りで立ち寄ることができそうな村は他にない。


国の最西に位置する大きな村だ。

国境のすぐそばにあるからか比較的栄えているらしく、なぜか隣国に攻め込まれてもいないと少し前に村長が言っていた。

ヴァクテ軍が指揮を務めている場所だから進行が遅れているという説もある。


今、この瞬間も安全な場所かは不明だったが、目的の場所にたどり着くには経由しなければならない。

地図にはそう書かれていた。


「それならせっかくだしマーニャも一緒に行かない? 一人だと心細いでしょ?」


「い、いいえ、だ、大丈夫です! お二人にはこれ以上迷惑をかけられないので。それにお師匠様が待ってますから」


「お師匠様?」


「はい! 子供のころからずっと面倒を見てくれている人です。背が高くて優しくてかっこいいんですよ。私の憧れの人なんです」

 

さっきまで怯えていたのが嘘かのように、キラキラと目を輝かせてマーニャが得意げに話す。


「そっか。それなら仕方ないね。サンタ村で会ったらその時は声をかけて」


「はい! もちろんです」

 

マーニャはそう言ってギュッと両手の拳を握り締めて元気よく頷いた。


「それでは失礼します」

 

ピシッと背筋を伸ばして一礼したあと、私たちに背を向けて足を踏み出した。徐々に足音が遠のいていく。前に進むたびに少しずつ丸くなっていく背中は頼りない。


「……あの」

 

マーニャがゆっくりと振り返る。


「どうしたの?」


「あの、サンタ村ってどっちですか?」


「本当に大丈夫?」

 

アンは呆れた様子でため息をつくと背嚢から方位磁針と地図を引っ張り出した。

そして『この家屋は東側にあるため、建物を出てまっすぐに進めば西に行く』ということをこれでもかというほど噛み砕いて説明した。


村までの距離は今までに私たちが歩いてきた半分くらいで、日にちにして概ね二日ほどだろうか。

アンは紙とペンを使って簡易的な地図を書き、窓のそばに吊るされていた干し肉と一緒にマーニャに渡した。


「あのさ、やっぱり三人で行かない? あたし心配なんだけど」


「大丈夫ですって。私こう見えてもしっかりしてるんです。それに地図も貰ったんだから、もう辿り着けないわけがないです」


「……そうだといいけどね」

 

アンが呆れた様子で息を吐く。

 

まるで家を出ていく子供を見守るお母さんのようだった。


「それじゃあせめてこれを持っていきなよ」


「いいんですか?」

 

アンの手のひらに乗った方位磁針を見てマーニャが首を傾げる。


「壊れたときのために二つ持ってるの。そのまま行かせたら絶対に迷うでしょ」


「そんなことないですけど……。でも念のためいただきます。ありがとうございます」

 

マーニャがペコリと頭を下げる。


「それじゃあ失礼します。冒険者さんも気を付けてくださいね!」

 

そう言って大きく手を振って歩き出した。


「……悪い子ではないみたい」

 

離れていく後ろ姿をじっと見つめてアンが笑みを溢す。

 

三、四歩と足音が部屋に響いたあと、パタリと部屋の扉が閉じた。

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