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【4】ヤーグ村

太陽が二度沈んだころ私たちは林を抜けた。


「やっと着いた」

 

アンが足を止めて呟く。

 

地図に書かれていた村だ。


記載されている村の数はこちらの国では二つ。


ここと、もう一つは西側にあるこの国にしては栄えた村だけだった。

この村の地形は円形で、平原の中に家々が建てられているだけだ。


地図によれば安全性は高いらしい。

 

荒れた畑と舗装されていない道、寂れた家屋は人の影がない。

鼻の奥を刺すような悪臭が漂っている。


パッと見ただけでも鶏や豚の死骸が転がっているのがわかった。


どうやらここも隣国に支配されたみたいだ。

 

ヤーグ村というらしい。


「それにしても酷いね」

 

まだ残兵が残っていないか注意深く辺りを見回して足を踏み出す。


地面についている足跡は人と馬のものばかりだ。


建物の壁や据え石に付着した血が固まって黒ずんでいる。

散乱した農具は兵士に抵抗するために使用されたようだった。


鍬や鎌の先には血痕が付着している。


「まさかこの人たちもこんなことになるなんて思いもしなかっただろうね」

 

崩れた建物や小屋の中には村人だとおぼしき人たちの死体が転がっていた。


首から上を吹き飛ばされた者。

抉られた腹部から落ちる腸を抱えたまま死んだ者。


予知夢に加えて二度の隣国の襲撃を経験している私にとって、この景色は異常でこそあったが、すんなりと受け入れることができるくらいには慣れてしまっていた。


「気分、悪くならないの?」

 

左隣を歩くアンに問う。

 

普通であれば人の死体を見たら取り乱すだろうが、アンはいたって冷静な様子で周囲を見ている。

臭いもそれほど気にならないようだ。


「吐き気はしないけど気分は悪いよ。死ぬ必要のなかった人たちが死んでるんだからね」

 

抑揚のない声の奥に小さな怒りが潜んでいるのがわかった。

その怒りの矛先がどこに向いているのか深く考えずともわかる。


「……とにかく食べ物と寝られる場所を探そう」


「うん」

 

雰囲気のせいか、私たちはそれ以上言葉を交わすことなく村の散策を行った。

 

家に入って食べ物や旅に使えそうな物を探した。


隣国の目的はあくまで国の併合なためか食料棚や衣類が荒らされた形跡はない。

家屋の中やそばにはほとんどの確率で死体があって、それは子供であったり赤子を抱えた女であったりした。


村や大切な家族を守るために必死に戦ったのだろう。


中には紋章が入った軍服を着た男の死体もあった。

 

この国を侵略しようと動いている軍隊––––シカール軍の紋章だ。


隣国の侵略政策はそれぞれ北と南に分かれて進められている。

北をシカール軍が、南をヴァクテ軍が担っていると一年ほど前に歴史の講義で教えられた。

実際のところ力があるのも積極的に侵攻しているのもシカール軍で、ヴァクテ軍は国境の護衛ばかりしているため南側の併合が遅れているらしい。


この村が攻め込まれてからあまり時間が経っていないのもその影響だろう。

 

足元に転がった片目を失った死体に視線を落とす。

 

シカール軍のこの男も老人を殺したようだ。

 

そうとわかっても男に憎悪を抱くことはなかった。


この男もまた被害者だからだ。


大半は使命感に駆られて兵士になる。

金、食料、地位、世間体。

色々な要因が絡み合って人を殺す選択をする。

もしくはそれが正しいことだと刷り込まれているのかもしれない。


できることならば人を殺すことも命を掛けることもせず、平和な暮らしをしたかったはずだ。


「ここにしよっか」

 

建物に足を踏み入れて屋内を見回したあと、アンがそう言った。

 

ここなら屋根も壁もしっかりとある。

村の東側に位置するこの建物は他よりも比較的家の形を保ったままだった。


兵士が入った形跡はない。


死体も転がっていない。


割れた窓のそばには干し肉が吊るされている。

簡易的だが寝具もあり、一夜明かすのに十分な環境が整っていた。

 

建物の中で夜を明かすのは何日ぶりだろう。

太陽の動きで昼夜を判断していたからか、村を追われてから経過した日にちが正確にわからなくなっている。


野犬に警戒する必要がないだけでもずいぶんと眠りの質は変わる。


「待って、なにか聞こえる」

 

二歩ほど足を進めたとき、アンが立ち止まって呟いた。

 

警戒した様子で薄暗い部屋の中を見回している。


私にはなにも聞こえなかったが、アンには聞こえているらしい。

神妙な面持ちで左耳に手を当てている。


「……奥の方だ。あの辺りから息を吸う音が聞こえる」

 

アンの視点が一点を捉えた。

 

部屋の左奥側に置かれた本棚だ。


ここに住んでいた人は読書を趣味にしていたのか、左上から右下にまでびっしりと本が敷き詰められている。

本棚どころか本の一冊すらもない家屋が多いこの村では珍しい。


どこの村にでも知識を求める人はいるようだ。

 

アンは矢を一本握り、私は服の内側に刺した刀に手を当てて音の方へと向かった。


もし隠れているのが隣国の兵士ならば、まだこの村のどこかに仲間が潜んでいる可能性もある。

下手を打てば抵抗できないまま殺されてしまうことだってあるだろう。


一歩、また一歩と音の方に近づいていく。


あと本棚が目の前に迫った時、初めて私にも呼吸が聞こえた。

あちらも警戒しているのか息が荒い。

 

もしも隣国の兵士だったらどうすればいいか。

 

そんな不安が頭を支配していく。

 

身を守るために対人の訓練はいくつも受けてきた。


すべて国の方針だ。


攻め込んできた隣国の兵士と戦うためだと大人たちは言っていた。

 

刀を抜く準備はできている。


アンもいることだ。

相手が一人だけならやられることはおそらくない。


問題は実践経験がないことだけだろう。

躊躇わずに人を殺すことができるか。

いくらアンや自分の命を守るためとはいえ、簡単に殺人を肯定することはできない。

 

足を進めるたびに心臓の打つ速度が早くなる。


床の軋む音と私たちの息遣い。


窓から差し込む月の光もあって緊張感は増していくばかりだった。


「あのっっっっ!」

 

突如として張りのある声が室内に響いた。

 

私とアンの足がぴたりと止まる。

 

本棚の影から人が姿を現した。


「アイッ!」


「任せてッ!」

 

アンの声を聞いて武器を構える。


アンも矢の先を声に向けて突き刺す準備をした。

闇の中にうっすらと人の影が浮かんでいるが姿を認識することはできない。


武器を持っているか確かめることすらできなかった。


「ちょっと待ってください! 落ち着いてください! 私、なにもしませんから‼︎」

 

声と同時にどたんとなにかが床に打ち付けられる音が聞こえた。

 

少し経ち、その音が本棚の影から現れた人物が転んだ音だと理解した。

目が闇に慣れてきたのか、暗闇に溶け込んでいた人物の姿がじんわりと浮かび上がってくる。


「……女の子?」

「はい! 女の子です」


その人物は声を上擦らせながら早口でそう返した。

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