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【3】幸福のある場所

一匹の兎は二人で分けるには小さかったが、それでもだいぶ空腹を紛らわすことができた。


「それにしてもこの時代に弓なんて珍しいね」

 

木に立て掛けた背負い矢筒を見る。


矢は七本ほど入っていた。

刀や爆発物が主流となった今の時代では珍しい。


止まっていたとはいえ、あの兎を正確に射ることができたのだ。

そうとうな鍛錬を積んでいるに違いない。


「ちょっと前まではナイフも使ってたんだけどね。まあ訳あって今は弓だけで狩してる」

 

アンが上着の裾をチラリと捲って腰に差したサバイバルナイフを見せる。


黒い持ち手にはわずかに血が付着していた。


「そうなんだ」

 

アンなりの事情があるのだろう。

細かく追求するつもりはない。


「それでアイはどうして旅をしているの?」

 

水の入った皮袋を口元から離してアンが首を傾げる。


腹が満たされてご機嫌な様子だ。

食べた兎の骨を指先でくるくると器用に回している。


「旅?」


「そうでしょ? こんな森に一人で」


「違うよ。村が攻められたの。知り合いも隣の家のおじさんもみんな殺された」

 

パチパチと燃える焚き火をじっと眺めて呟く。

 

触れてはいけないと感じたのか、アンがわかりやすく顔を引きつらせた。


兎の骨が指先から離れて落ちる。

明らかに戸惑っていた。


「別にいいよ。村っていってもそんなに思い入れないし、生また場所でもないから」

 

故郷が攻め込まれ、目の前でお母さんが死んだ時に比べたら大したことはない。


「……そういうアンは?」

 

どんよりとした空気を変えようと問いかける。


「あ、あたし?」


「うん。村から飛び出してきたようには見えない」

 

そばに置かれた弓矢や大きな背嚢に視線を向ける。


村を出るためにしっかりと準備をしたのだろう。

あとは食料さえあればそれだけで数日は生き延びることができそうだ。


「あたしはね、行きたい場所があるの」

 

アンはそう言って背嚢に手を差し入れ、ガサゴソと中を漁って一枚の紙を取り出した。


「ここ!」

 

勢いよく紙を開いて私に見せつける。

真っ白な紙には大陸らしい絵が描かれていた。


「なにこれ」


「地図だよ。ここに幸福があるんだって」

 

アンは左側に描かれた星印を指差した。


「……幸福……ね」

 

紙の右から左に引かれた矢印の下部に進路と記載されている。


大陸に引かれた縦線は国境を表しているのだろう。

その国境を越える手段は記載されていない。

 

地図によれば、アンが行きたい場所は隣国にあるらしい。

その他、地図には村の名前や地形や安全性なんかも記載されていた。

字はそれほど綺麗ではなかったが、書き手の思いが伝わるわかりやすい地図だ。


「死んだパパからの手紙と一緒に入ってたの。あとこれも」

 

アンが左腕をひょいとあげて手首に通したバングルを私に見せた。


蝋燭のような淡い光を放っているが、電気が流れているようには思えない。

特殊な加工で光らせているのだろうか。


「お父さん、亡くなってるんだ」


「あたしが生まれる前にね。この手紙は数日前……あたしが十六歳になった日に届いたものなの。パパの希望でずっと郵便局に保管してあったって配達員の人が言ってた。どうしても誕生日に読んでほしかったんだって」


「……そうなの」

 

身内の不幸話を聞くたびに自分に重ねてしまうのは私の悪い癖だ。


境遇がまったく違うはずなのにわかった気になってしまう。

人の関係はそんな単純なものではないのに。


「ここになにがあるのかはわからないけど、なんか運命みたいなものを感じたんだ。だから行ってみようって思って。なんかワクワクするじゃん、こういうの」

 

胸が踊るかどうかは別として、なにか目的を見つけて一心不乱に生きようとする気持ちは理解できる。

 

私だって同じだ。


理不尽な世界への憎しみを宝石を探すという目的にぶつけている。


負の感情を整理するためだ。


そうでもしなければ、死と差別で溢れたこの世界で正気を保つことはできない。

死を選択できない私にとって、なにかに夢中になることは救いでもあった。


「……私もあるよ、行きたい場所」

 

ギュッと膝を抱え込んで呟く。

 

アンなら話しても真剣に聞いてくれるだろう。

そう思わせる安心感が彼女にはあった。


「なになに? 教えてよ」

 

ずいと身体をこちらに寄せてアンが言う。


「私ね、伝説の宝石を探してるんだ」

 

言い切ると、喉の奥に詰まっていたなにかがすとんと胃に落ちるような心地よさが生じた。


「伝説の宝石?」


「触れた人の願いをなんでも叶えてくれるって話、聞いたことない?」


「あるかも。でもたしか平和以外を願うと呪われるって話じゃなかった?」


「うん。そうなんだけどね」

 

村の長は言っていた。「もし宝石を見つけたら国の平和を望みなさい。それ以外の願いをすると呪われてしまうよ」と。


「……それでもどうしても叶えたい願いがあるの」

 

吐き出すように言った私の発言を聞いてアンがゆっくりと首を縦に振る。

 

思った通りだ。アンは茶化すことなく真剣に話を聞いていた。


「この世界を滅ぼしたい。貧困も差別も戦いもぜんぶなくなってほしい」

 

滅ぶとはいっても形までは想像していない。

大きな隕石が降ってきて島ごとなくなるかもしれないし、疫病が蔓延して国境を越え、ほとんどの人が命を落とす可能性だってある。

もしくは争いが激化して人口が劇的に減ることもあるだろう。


「どうしてそう思うの?」

 

太腿の上で頬杖をついてアンが首を傾げる。


「間違ってると思うから。弱い立場の人が利用されるのも歴史を背負った人たちが虐げられるのも、絶対に間違ってる。別に私は人を不快にさせたくて生きてるわけじゃない。誰かに利用されるために生まれてきたわけじゃない」

 

左手で額を抑えながら話す。

 

この考え方が正しいとは思っていない。

自分勝手であることも、そのせいで大勢の人が不幸になることもわかっている。


「私はただ、」

 

ただ狭い村の中で平和に生きていたかった。

 

大切な人の笑顔を見ているだけで十分幸せだったはずだ。


「やっぱりあたし、アイのこと好きだな」


「……なに、急に」

 

アンを横目で見る。


「わかるよその気持ち。あたしもこの世界が大嫌い」

 

夜空を見上げてアンが言った。


「一緒に探そうよ、宝石。私は地図に描かれた幸福を、アイはどこかにある不幸を探すの」

 

アンが一際輝きを放つ星を指差す。

その星は闇に溶けないように、他の星と自分を一緒くたにされないように光っていた。

 

数日前に見た予知夢を思い出す。

アンが死ぬ未来の夢だ。

 

変えることのできないあの未来に行き着くまでの間に、私たちはそれぞれの目的を達成することはできているだろうか。


「……まあ、いいけど」

 

視線を背けて小さく頷く。


幸福と不幸を探す旅は長くなる。

 

アンの屈託のない笑顔を見ているとそう感じた。

 

そうなってほしいと願う私がいた。

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