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【13】風習

「怪奇現象?」


「うん。私が生まれるちょうど一年前に連続で不審死があった。元気だった人が予兆もなく何人も命を落としたんだって。病気でも事件でもなかったらしいんだけど……」

 

神妙な面持ちでアンが語る。


まるで当時を見ていたように心を痛めているのがアンらしい。


「まあ、生まれる前のことだから私もママに聞いたんだけどね。それに私が子供の頃に聞いた話だから今は原因が解明されてるかもしれないし。とにかく村が無事で本当に良かったよ」

 

張り詰めた空気をほぐすようにアンが微笑む。


「ねえアイ」

 

アンが私の顔を覗き込み、期待を含んだ瞳を向ける。


「なに?」


「どうしても行きたい場所があるの。行ってもいい?」


「いいよ。急いでないし。久しぶりの故郷だもんね」


「やった!」

 

アンはそう言って小さくガッツポーズをしたあと、背負い矢筒の持ち手をギュッと握って少しだけ歩く速度を早めた。

もともと行こうと決めていたのか浮き足立っている。

 

人でごった返した表通りから逸れて路地裏に入る。

建物と建物の隙間に無理やり差し込まれたようなこの道は人の気配がほとんどない。


月の光すら届かないような場所だ。


「……どこに向かってるの?」


「大切な人が眠ってる場所」

 

長い裏路地を抜けると、村を囲む高い塀が視界いっぱいに広がった。


隣の村の侵攻や野犬の侵入を防ぐために作られたのだろう。


塀の先には私たちが歩いた林が広がっている。


「あと少しだよ」

 

塀を前に左折し、さらに村の奥へと向かった。


裏路地とは打って変わって穏やかな場所だった。


道の端に咲いた花が風に吹かれて揺れている。


私とアン以外は誰もいない。

表通りとは違った形の平和が先まで続いていた。


「ここだよ」

 

道の奥にあった低い石段を登ったとき、アンが辺りを見て呟いた。

 

緑の芝の上に整然と並んだ長方形の石。


墓地だ。


花が添えられた墓もあれば、長いこと手入れがされていない墓もあった。

 


アンはなにも言わずにその中の一つを目に留めると、そちらへ足を進めた。

迷いなく、左奥に向かっている。


あそこにアンの大切な人がいるのだろう。


「……久しぶり。八年ぶりだね」

 

アンはピタリと足を止めると、墓石の前に膝を突いて座り目を閉じた。



「ただいま、ママ」

 

囁くようにアンが言う。

 

墓石の上部には本人の名前とこの世から去った日付が書かれていた。


アーユル・アムリタ。


アンのお母さんの名前だろう。


名前を見てふと気が付く。

二人でここまで旅をしてきたが、私はアンの姓を知らなかった。


アン・アムリタ。


それが彼女の全名だった。


『ヴィド・サティ・バヒリー』

 

墓石の真ん中に書かれたその言葉の意味だけがわからない。

 

同じ言語の私が理解できないということはこの村特有の祈祷の言葉なのかもしれない。


私の村にも小さな墓を建てる風習があり、墓石には死者の魂が安全な世界で再生されるようにと願う言葉が書かれている。


輪廻転生の考えからくるものだ。


姿を変えて再びこの世に生まれるのであれば、せめて平和な世界に生まれたい。

そんな願いが込められている。


「お墓の下に書かれてる文字読める?」

 

アンが腰を上げて墓石を指差す。


『親愛なる娘へ。これから様々な困難が降りかかるでしょう。時には人を信じられなくなることだってあります。それでもそばにいて微笑んでくれる人の存在を忘れないで。私はあなたが幸せになることを望んでいます』

 

墓石にはそう書かれていた。


「この村の風習なんだ。死ぬ前に生者への思いを書き残すことでそれがお墓に刻まれるの。姿形は変わっても魂や愛情は変わらない。死者はどこかの地で新しい生命に生まれ変わり、生者の成功や幸福を祈っている。それがこの村の考えだから」


「……悪くない風習だね」

 

私の暮らしていた村にはない風習だった。


死者の想いを尊ぶ考えは素敵だ。

頭ではそう理解しているはずなのに、この風習が私の村になくてよかったと思ってしまう自分がいる。

 

もし私が当事者ならどんな言葉を遺すだろう。


きっと世界への恨みばかりでアンのお母さんのような思いを残すことはできない。


離れていった人や自分を爪弾きにした人を呪う言葉ばかりが浮かぶ。

私はアンのお母さんほど幸福でもなければ、心に余裕があるわけでもない。

 

早くこの醜い人生を終わりにしたい。

優しい人を見るたびにそう思ってしまう。

 

生きているとき、ふとチラつく自分の醜さが嫌いだ。

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