【12】怪奇現象
ティアと出会って一夜明けた夕方、私たちは予定通りサンタ村に到着した。
村に入って左側には果てしなく続くバリケードがあった。
上にぐるりと巻き付けられた有刺鉄線が夕陽を受けてぎらりと光っている。
国境を越えないように作られたものだ。
あのバリケードの先の大地のどこかに私たちの目的地がある。
同じ大地に生まれた者同士だというのに、バリケードの東側に生まれた私たちは差別を受けている。
その現実が私の世界への憎悪をより増長させた。
かたや命や故郷を奪われ、かたやそれを食い物にして豊かに暮らしている。
「予定通りだね。食料の残りも少なかったし良かったー」
アンが両腕をクッと上げて背筋を伸ばした。
無事に到着した安心感からか表情も綻んでいる。
自分の予測を手がかりに旅をしているのだから無理もない。
目的地に辿り着くまで、焦りや緊張や不安でいっぱいだっただろう。
「……アンのおかげでここまで来れた」
「なになに。急にどうしたの? そんなこと言うなんて珍しいじゃん」
「いや、私はずっとアンに着いて行ってただけだから。きっと大変だっただろうなって」
視線を背けて言うと、アンはニヤッと笑って私の肩をぐいと抱き寄せた。
悪いことを考えているときの顔をしている。
「そうだよ。本当に大変だったんだよ。アイがスヤスヤ寝てるときだって色々と考えてて寝付けなかったし。そのくせ朝起きるのだってあたしが先だったもん。あー、寂しかったなー」
「……ごめん」
思い返せば、私は頼るばかりで力になるようなことは一つもしていなかった。
予定や時間の管理をしていたのだってアンだ。
ヤーグ村で女の接近を知ることができたのも、出会った人たちと円滑なコミュニケーションが取れたのも、すべてアンの力があったからだ。
あの日、アンと出会わなければ私は死んでいた。
餓死かもしくはあの女による殺害か。
どちらにせよどヤーグ村にたどり着くことさえもできなかったはずだ。
「でも、これからは––––」
「冗談だよ」
私の声を遮ってアンが言う。
「あたしだってアイに感謝してるの。一人だったらここまで来れなかった」
「どうして? 私、なにもしてないよ」
「なにもしなくていいんだよ。そばにいてくれるだけで十分。あたしにとってはそれが一番救われることなんだ。だから信じて着いてきてくれてありがとね」
私の肩から腕を外してアンが空を見上げる。
夕陽の光を貯めた瞳が柔らかく細められている。
楽しさではなく、安堵を感じたような優しい笑みだ。
「……まあさ、これからは少し早く起きてよ。それだけしてくれれば十分だから」
アイは柔らかな笑顔で冗談混じりに言った。
もっとしっかりしなければ。
アンを守れるような強い人間にならなければ。
心の中で自分に強く言い聞かせる。
アンのそばにいるために私は成長しなければならない。
ここまでの仮を返さなければならなかった。
私の役目はアンを地図の場所まで無事に送り届けることだ。
この刀は誰かを守るためにある。
「それにしても村が無事でよかったよ」
アンが辺りを見回す。
サンタ村には家屋以外にも居酒屋や野菜、果物を売る店もあった。
隣国に侵攻されている国の村とは思えないほどの賑わいだ。
子供たちが無邪気に駆け回っている。
身なりを整えた男女は二人がけの椅子に腰かけて愉快に笑っていた。
喧騒は村の奥まで続いている。
見たこともない日常がこの場所にはあった。
「アンが生まれた時からこんな感じだったの?」
「うん。無くなった建物もあるみたいだけど街並みは変わってない。懐かしいな」
村にぎゅっと敷き詰められた建物はどれも歴史を感じさせるものばかりだ。
外壁に施された塗装は剥がれ落ち、二階の窓は曇っている。
店先の看板は文字が薄れており、それだけで老舗であると判断がついた。
「ここは故郷が侵略された人の憩いの場でもあるんだ」
男が操縦する人力車に乗った華やかな女に視線を向けて、アンがその理由を話した。
侵略などで故郷を追われた人たちがこの村に避難民として移住してくるそうだ。
土地や家を持つ人が避難民を受け入れ、労働を対価に衣食住を提供する。
そこに主人と使用人のような関係は生まれない。
同じ時間に食事を囲み、同じ浴槽に入る。
すべては秩序を守ためだ。
一方的な欲の押し付けはやがて争いを生み、自身の身を滅ぼすことにも繋がる。
「……暖かい村なんだね」
それが私の中でもっともしっくりくる言葉だった。
アンも同じ考えのようだ。肯定とも否定とも取れないような表情で一度だけ顔を縦に振る。
「本当にね。十七年前の怪奇現象が嘘みたいだよ」
アンは表情を曇らせてそう言った。




