【11】道徳的な侵略
「あ。そっちのあなた、その反応は知ってますね? なら話は早いです。実は私が研究しているのは宝石伝説とこの大地の歴史についてなんです」
「大地の歴史?」
話が長くなることを察したのかアンが地べたに胡座をかく。
「はい。私たちの国とこの国では教育されている歴史が異なっているんです。道徳的な侵略の話を聞いたことはないですか?」
「あぁ……あります」
聞いたことがあるというよりかは、教育機関に通えば必ず教えられる常識と言ってもいい。
それはすべての始まりだ。
この大地のほとんどが草木ばかりだったころ。
一人の男が大陸を歩き回り、人々に道徳を説いて村を作った。
その村はやがて国となり、人々は平和な生活を手に入れた。
国を統治した男は国王の座に着き、悩みや不安を抱える人々の縋りとなった。
争いも差別も平等な国家だ。
争いと蹴落とし合いが絶えないこの大陸にもそんな時代があったらしい。
それが道徳的な侵略。
この大陸で人々が生きるようになった起源の話だ。
「……それがどうかしたんですか?」
「私たちの国ではその歴史は間違っていると教えられているんです」
「というと?」
「その逸話はすべて嘘で昔の人の創り話であると言われています。強大な力を持った一族が村を滅ぼして奴隷を増やしていき、国を作った。暴虐無人な王は海賊と手を組み力で国を統治した。苦しんだ人々は神に平穏や幸福を望むことしかできなかった。そんな間違いを正したのがアランカール族……現国王の先祖だと言われているんです」
話を聞き、先ほどまで半信半疑で話を聞いていたアンが目を見開いた。
「……でもそれが間違いだってことはどうやって気がついたの?」
ティアをじっと見つめたまま、左腿の上に肘をついてアンが首を傾げる。
「私の先祖が残した書物に記載されているんですよ。他にも旧王族のカドメア族との繋がりとか統治した歴史とか、宝石に願ったことまで残されているんです」
ティアは大きな背嚢から二冊の分厚い本を取り出した。
そうとう年期が入っている。
表紙は日に焼けており、角は削れて丸くなっていた。
遠目からでもシワだらけであることがわかる。
「……またカドメア族」
ヤーグ村で襲ってきたあの女もその一族の名前を言っていた。
歴史の授業にも出会ってきた人の中にもその家名がいたことはない。
「また? 私、この話しました?」
「いえ、こっちの話です」
それ以上話を広げられないようにとティアから視線を外す。
ヤーグ村で出会った女はカドメア族の末裔を探していた。
目的はトリシューラと呼ばれるものを手に入れることだ。
歴史の矛盾と彼女の目的は関係しているのだろうか。
考えてもわかるはずがなかった。
「それで、あなたはどっちが正史だと思ってるの?」
「私ですか? そうですね……」
ティアが顎の下に左手を当てて思考を巡らせる。
「私はどちらも正しくてどちらも間違っていると思います」
「どういうこと?」
「生きる上でどちらか一つを正しいとするのはとても難しく危険ですから。どんな意見があろうと確証を得られるまで私の中で答えを持たないようにしているんです。特に歴史はその民族や国家が歩んできた時間です。誰もが自分たちに施された教育を正しいとしています。それが事実と異なっていて非道な行いであっても否定することはできない。歴史を否定することは、自分とその一族、教育や思想を否定することにもなりますからね」
話しながらメガネの繋ぎ目に指を当てる。
「他人の人生に影響を与えるってことはそれだけ重大なことだと私は思うんです。発言した言葉や起こした行動がその人の過去すべてを否定することになるかもしれない。そう考えているからこそ、答えを複数用意して研究しているんです。それに正しさを一つにしない方が色々な視点で物事を捉えることができますから」
ティアが言い終えたあと、ハッとして「聞いてないですよね」と笑ってみせた。
「……実は私もカドメア族の血を引いているんです。とはいえ父方の先祖が王に仕えていただけなので今はただの一般市民ですけどね。私の先祖……この書物を書いたショーダ・カルタは王の身の回りを世話する係だったそうです。不貞を働いて城から追放されたみたいですけど」
「本当ですか……?」
ティアの目を見て問う。
ある言葉が引っかかって思わず反応してしまった。
「もしかしてあなたも興味あるんですか?」
「いや……そうじゃないですけど」
視線を背けて首を横に振ると、ティアはあからさまに残念そうな表情を見せた。
私が興味を示したのはティアがカドメア族の血を引いているという部分だ。
「いやー、ワクワクしますよね」
ティアが手に持った書物をじっと眺めて呟く。
まるで空の先にはなにがあるのかと疑問を抱く少年のような瞳をしていた。
「ワクワク……?」
どこか聞き覚えのある言葉だ。
「私が国の方針に背いて積み重ねてきた行動一つ一つが歴史をひっくり返すかもしれない。だからたとえ戦争に巻き込まれて命を落とすことになっても、先祖が残したこの書物の真偽を知りたいんです。誰も知らない真実が存在していてその道を開拓している。こんな楽しいことはありませんよ」
真っ直ぐな視線を私たちに向けてティアが話す。
この人は私たちとは違う。表情や心意気からそう思った。
「まあそういうわけですから。なにかあったらメモでもしておいてください。お二人の知識や発見が歴史を揺るがす根拠になるかもしれませんからね」
話しながらティアが腰を上げる。
言葉にならない声を出しながらグーと背筋を伸ばしたあと、勢いよく脱力して「頑張らないと」と自身を鼓舞した。
「それでは。私は調査に戻ります」
ティアはそう言って顔の横で小さく手を振ると、背嚢の肩紐をキュッと握ってスタスタと林の奥へと駆けていった。
「……変な人だったね」
「うん」
考えごとをするあまり、ついぼんやりとした返事になってしまった。
カドメア族の末裔ということが引っかかり続けていたのだ。
もしティアがカドメア族の末裔だとすれば。
ヤーグ村で襲ってきた女の発言が頭に浮かぶ。
あの女は私の額にある三つ目の瞳を見てカドメア族と言った。
仮にカドメア族の特徴がその瞳であるなら、ティアの額にも私と同じように眼があるはずだ。
「……トリシューラ」
服の内側に差した刀に視線を落として呟く。
この刀はあの女が言ったようにトリシューラという名刀なのだろうか。
もしそうなら、どうしてお母さんはその話を私にしなかったのか。
考えれば考えるほど疑問が増えていく。
学んできた歴史も自分が歩んだ過去も信用できない。
そんな気分だ。




