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【9】使命

「そう。それだけでも聞けてよかった」


これ以上、話す気はないらしい。

 

恐怖の芽は摘んでおくべきだ。

 

釣り上がった目を見て確信する。

 

この女は生きている限り何度だって牙を剥くだろう。

いくら相手が同じ人であろうと命を奪いにきた相手を殺すことに躊躇ってはいけない。


「……まだ私にはやらなきゃいけないことが残ってる」

 

地面のついた右手を強く握って女が呟く。


「だからこんなところで死ぬわけにはいかないッ!」

 

鼓膜を引っ掻くような叫び声と同時に刀を持っていた私の腕が強く押し返される。


「なにっ⁉︎」

 

女が手の甲で刀の持ち手を薙ぎ払い、その勢いを利用して立ち上がった。


転がっていたヌンチャクを手にして私たちから距離を取る。


「どういうこと……?」

 

ありえない。

 

こんな短時間で傷が癒えるはずがない。


「必ずお前を殺す。そしてトリシューラを奪ってみせる」

 

女が足に刺さった矢を引き抜き、地面に叩きつけて言う。


「戦争も道徳も関係ない。私は大切な人のために戦い続ける」

 

そんな言葉を残して女は林の奥に消えていった。

 

到底、人の足で追える速度ではない。

 

邪な考えと人を殺めることへの抵抗感が彼女の延命に繋がってしまった。


「……逃げられた」

 

刀が手の隙間からするりと抜け落ち、膝から崩れ落ちる。


アンを失う未来を変えるチャンスを逃してしまった。強く握った拳で勢いよく地面を殴る。


「……とりあえず無事でよかったよ」

 


アンがしゃがみ込んで私の肩に手を乗せる。

気づかないうちに太陽が登っていたようで、私たちの足元には大きな影が出来上がっていた。


「でも」

 

アンが死ぬ未来を変えることができなかった。

 

そんなことは口が裂けても言えない。


未来が視えるなどと話して、誰が信じてくれるだろう。


「あの……」

 

か細い声が聞こえ、私たちは咄嗟に振り返った。


「あの、この村は……」

 

声の先にはカバンを肩にかけた猫背の男が立っていた。


その後ろには一匹の馬がいる。

両手に薄手のグローブを嵌めた男は封筒をいくつか持っていた。


「あなたは?」

 

そんなアンの疑問に対して、


「僕は配達員です。郵便を届けにきた者で……」

 

男はオドオドしながら搾り出すような声でそう返事を返した。


「見ての通りだよ。もうその郵便を受け取る人は誰もいない」


「……そうですよね」

 

男は辺りを見回して村の荒れ具合を確認すると手に持っていた手紙をカバンに戻した。


「あの、お二人は大丈夫ですか?」

 

じっとこちらを見て男が言う。


自信なさげな様子だが、その表情や仕草には大きな違和感があった。

まるで私たちを探っているようだ。


真っ黒な瞳を見ているだけで胸がざわついた。


「うん。心配してくれてありがとうね」

 

アンが元気よく頷いてピースする。

いつもに増して大袈裟な反応だったが、心配してくれた彼に対してのアンなりの気遣いだろうか。


「……それならよかったです」

 

男はくぐもった声でそう言ったあと、


「気をつけてくださいね。この世界は間違っていることばかりですから」

 

男が不自然な笑みを浮かべてそう付け加えた。


「それではまたどこかで」

 

こちらが訝しんでいることなど知らぬ顔で、男は上品に会釈をして馬に乗った。


手綱を握って東側を指差すと、馬は大きく吠えて駆け出した。


馬の足音が遠のいていく。


私たちと同じように、その先にある栄えた都市に向かったのかもしれない。


「……なんか怪しい人だったね、あの人」

 

アンが男の向かっていった方向をじっと見て呟く。

どうやら私と同じように違和感に気がついていたらしい。


「本当に、なにを考えてるのかわからなかった」

 

意味ありげな発言とこちらを見透かしたような表情。

私たちがそれらに違和感を覚えることまで予測されていたのではないかとすら思える。


本当に郵便を届けにきたのかすら怪しい。


「とにかくここから離れよっか。またあの子が戻ってくるかもしれないからね」


「そうだね」

 

アンの意見に私はゆっくりと首を振って肯定する。

 

もうそろそろ朝が来る。

 

次の村––––サンタ村に向けて旅立つ時間だ。

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