第七章 正答無き選択の果てにーー
【家族の願いと別れ】
「未来、じゃあ行ってくる。必ず約束は守るから、まかせとけ!」
未来は少し微笑み、
「隼人お兄ちゃん、絶対だからね。信じて帰りを待ってるから。」
隼人は振り返り、手をあげて足早に家を後にした。
急ぎ、千昌たちと合流に向かうつもりだったが……、
ある事を確認する為に、隼人は御神体に向かった。
(確か……この茂った草の奥だったよな。)
境内を抜けた街道沿い……、茂った草の奥にある御神体。
大きな岩の塊は、二つの亀裂から僅かに光が漏れ、今も存在していた。
隼人は先ほど変化した短剣を持ち、伝承を思い出す。
「これは朱雀の箱で変化した短剣だ。もしかすると……。」
恐る恐る2本の短剣を亀裂に寄せてみる。……何の反応もない。
「……やっぱ無理か。そんなわけ無いよな。
そもそも剣と岩の亀裂から出てる光の色が全く違うし。」
淡い期待を裏切られ、その場を離れようとすると……。
「……隼人」
祖父、恒一が立っていた。
「じいちゃん。どうして……、」
恒一はそっと口を開く。
「隼人に……伝えたい事があってのぅ。」
「……なんだよ、じいちゃん。改まって。」
恒一はそっと御神体を見て、語った。
「お前の母、朱音はこの御神体の暴走を抑える為、
命が無くなるまで……朱雀の弓で打ち続けたんじゃ。」
――少し間を置き、さらに静かに語る。
「千昌と隼人を守りたい一心で、
……自らの寿命が消える事を、始めから知りながらのぅ。」
そっと風が流れ――恒一は振り返る、
「隼人、お前たち姉弟は、
朱音と真影にとって、掛け替えのない家族じゃった。
じゃから……
これは朱音と真影の……いや、わし含めてのお願いじゃ。」
一瞬目を落とし、隼人を見る。
「自分を大事になさい。千昌を……頼んだぞ。」
隼人は――その一言に朱音と真影の姿が頭を過り、胸がきゅっとなった。
――そして、恒一の願いにそっと答える。
「……ありがとね、じいちゃん。
でも、父さん……母さんにも言われたから、分かってるよ。
大丈夫。」
隼人は意を決し、振り返る。
「じゃあ、いってくる!!」
隼人は祖父の優しさを胸に秘め、
千昌たちのもとに駆け出した。
恒一は隼人の後ろ姿を――見えなくなっても、しばらく見守り続けた。
【死闘の前の再開】
その頃、千昌と信二は生石の洞穴を無事出た後、
次の目的地に向かっていた。
「信二。次の目的地は東って事だけど、
どこに向かうの?」
信二は少し難しい顔で答える。
「……行先は茨城県にある鹿島の祭壇だ。
そこに最後の起源の石がある。」
なんとなく様子の変な信二に、千昌は気づく。
「最後の石……ねぇ。その起源の石、
残りから推察するに、あの青龍の槍の起源……だよね。」
千昌の鋭い言葉に、信二は観念する。
「千昌には叶わないな。
……まあ手紙に詳しく書いていたわけじゃないけど、
相当危険な石らしい。」
千昌は軽くため息をつく。
「まあ空間亀裂を起こせる槍の起源だし、…当然か」
「とりあえず隼人と合流し……っ!」
信二は話を中断し、真剣な表情で静かに孤高の長剣を抜く。
「……ちょっと気を抜き過ぎたかもね。」
千昌も玄武の短剣を抜き、構える。
いつの間にか犬のようなモンスター5匹に囲まれ、
その3倍はある犬の親玉モンスターが、
少し奥でこちらを睨んでいた。
千昌は頬に汗を浮かべる。
「信二、あの大きいのは厳しくない?」
信二は苦笑いで答える。
「あぁ、でも弓は使うなよ!」
千昌は軽くため息をつく。
「……信二は心配性ね。
言われなくても……簡単に使わないわよ。」
強い風が流れた次の瞬間――
犬型のモンスターが2匹飛び掛かってきた!
その時――
「ギャワン!」
飛び掛かった片方の犬が、炎の矢で火だるまになり、
もう一匹は雷の斬撃により同時に崩れ落ちた。
「丁度いいタイミングだったようだな。」
「ホント、危うく未来に怒られるとこだったねぇ。」
そこに現れたのは、……千晴と速芽だった。
「千晴、速芽。……どうして?」
「未来の願いだ。二人を助けてほしいってな。」
「そーゆうこと。まあ、あたいらも力になりたかったしね。」
二人の姿を見た信二と千昌は、ふと笑顔になり、
「未来……、ありがとう二人とも。助かる。」
「ホント、九死に一生を得た思いね。……切り抜けましょう!」
心強い仲間と合流し、
――四人は千晴を後ろにした弓形の陣形になり、静かに武器を構えた。
【絶望の戦い――仲間のために】
千昌たちは、一瞬即発の状態でモンスターと睨みあっていた。
四人に、強い向かい風が吹いたその瞬間――、
「ワオォォ――!」
親玉モンスターの大きな鳴き声と共に、手前の三匹が飛び掛かる!
千晴が叫ぶ、
「足を止める、任せろ!」
連続で3匹に炎の矢を放ち、命中する。
「今!」
前の三人は同時に切りかかり、一撃で仕留めた。
「よし……っ!!」
それぞれ、攻撃後の体制を立て直そうとした瞬間!
一跳躍で親玉モンスターが近づき――
「ウオォォ――!」
口から放たれた衝撃破が、三人を襲う!!
「千昌!」
咄嗟に信二と速芽は、
千昌を突き飛ばして逃がし、
それぞれ剣で衝撃破を受けるが、
――後ろに吹き飛ばされる!!
「信二!速芽!」
千晴の叫びと同時に、二人は後ろの岩壁に激突した。
「……くっ。」
二人の動けない状態を見て、
今度は逃がした千昌の方を親玉モンスターが睨みつける。
「させん!!」
千晴は、弓に目一杯の力を集中し、炎の矢をモンスターに放った!
親玉モンスターの顔面に直撃した……が、効いていない!!
「うそ……だろ。」
その瞬間!
「ウオォォ――!」
モンスターの砲口による衝撃破が千晴にも襲い、
吹き飛ばされる――
(ダメ……、このままじゃみんな死んじゃう……)
……千昌は意を決し、朱雀の弓を手に持った。
――みんなを救うために。
【想いの双剣――千昌のために】
――少し前、
恒一と別れた隼人は、休む間もなく走っていた。
(嫌な予感がする……。間に合ってくれ)
千昌たちの待つみんなの元へ――一刻も早く合流するために。
隼人の視界の先に、
自分の三倍はあろうかという巨体な犬のモンスターの姿が現れ、
誰かが戦っている様子が見えた。
(……あれって、もしかして!)
走りながら良く見ると、信二と速芽が岩傍で座り込み、
千晴が倒れているのが見えた。
「……マズい!姉貴は?」
心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。
(間に合わなかったら……また……)
(また、あの弓を使ってしまう……!)
ありもしない恐怖に駆られ、
隼人は無意識のうちに更に速度を上げた。
その瞬間、……千昌が弓を構えるのが見えた。
「みんなは、私の……私の大切な人たちなの!!
これ以上好き勝手、させない!!」
千昌が弓を引き、力を込めようとした、その瞬間。
「……くっ……させない!
させて、たまるかぁ!!」
叫びとともに、隼人が尋常じゃない速さで駆け抜ける。
「……えっ、隼人?」
隼人は双剣を抜き放ち、一直線にモンスターへ飛び込む。
「消えろ――!!」
隼人の想いに、現始の双剣が応えた。
眩い光を纏った二つの斬撃が、
左から、右から、同時に放たれる。
次の瞬間、
モンスターの頑丈な身体に、十字に大きな傷が刻まれた。
「ぐおぉぉ……」
巨体は呻き声をあげ、
そのまま大地へと崩れ落ちる。
静寂。
それは――
現始の双剣が、初めて隼人の想いに応えた瞬間だった。
【希望の力と不安】
危機は去った。
隼人が放った双剣の斬光によって。
その様子を見ていた信二は、
(おいおい、なんだよ。あの恐ろしい斬撃は…)
信二は勝利した安心感以上に、その力に不安を覚えた。
倒れ伏したモンスターを見て、速芽が驚く。
「凄まじい攻撃だったなぁ。
まさか、あんなすごい斬撃を放てるなんてねぇ」
その時、千晴は用があって遅れた事を思い出す。
「……なるほど。
隼人と家で会った時言ってた用は、
その剣を取りに行ってたんだな。」
千晴のその言葉に、場の空気は一気に明るくなった。
新たな力――新たな希望。
隼人の手にある双剣は、確かにそれを感じさせた。
ただ……その中でも信二は、
どことなく浮かばない顔をしていた。
千昌は、その光景を見て、
胸が少しだけ温かくなるのを感じていた。
弟が強くなったこと。
仲間を守ったこと――
それ自体は、素直に嬉しかった。
――けれど。
同時に、拭いきれない不安が胸に広がる。
(大きな力には……必ず、代償が生まれる)
朱雀の弓を通して、
千昌はそのことを、身をもって知っていた。
だからこそ、隼人の斬撃が放ったあの光は、
希望であると同時に、どこか危うさを孕んで見えた。
(どうやって、その力を手に入れたの……?)
問いかけたい気持ちは、確かにあった。
けれど、口にすることはできなかった。
それを聞いてしまえば、
隼人に――
朱雀の弓が持つ「代償」を、話さなければならなくなる。
千昌は、ただ静かに隼人を見る。
祝福と不安を同時に抱えながら。
まだ、この時は――
その沈黙が、二人を守る唯一の選択だと信じていた。
【守る側と守られる側】
隼人は、朱雀の弓を打つ前に間に合った。
千昌の禁忌の一撃を、止めることができた。
「……よかった」
胸の奥に溜まっていた不安を、ようやく吐き出す。
これでもう、あの弓を使わせなくて済む。
「隼人」
呼ばれて振り返ると、千昌が笑顔で駆け寄ってきた。
その表情を見た瞬間、隼人の胸に喜びが広がる。
――守れた。
「へっへー。姉貴に、もういいカッコさせないからな!」
無邪気に、胸を張る。
「これからはどんなモンスターでも、僕が全部倒す!
だから、その弓の出番はもう無いからな。」
隼人は、心からそう思っていた。
千昌に無理をさせなくて済む。
命を削る力を、使わせなくて済む。
それが――何より、嬉しかった。
けれど――
その笑顔は、千昌にとってあまりにも残酷だった。
(……似ている)
隼人が放った、あの双剣の斬光。
形は違うけど、確かに感じた。
朱雀の弓と……同じ匂い。
「……そうね」
千昌は微笑み返す。
何も知らない弟の前で、不安を悟らせないように。
けれど、胸の奥では、冷たい恐怖が広がっていた。
(今度は……力の代償で隼人を、失うかもしれない)
守られたはずの瞬間に、
千昌は――初めて気付いてしまった。
この戦いは、
誰かを守るたびに、
別の何かを奪っていくのだと――。
【望まぬ決意と心の葛藤】
隼人と合流した5人は、茨城県で宿を探し、
ひとまず体を休める事にした。
宿に着いた時、隼人は一瞬目眩がした。
(…なんだ?)
隼人は少し気になったが、すぐに平常を装った。
誰もその様子には気付かなかった。
ただ一人、千昌を覗いて……。
――その夜。
一行が身を休めていた宿泊施設の外に、一人で出る影があった。
千昌だった。
眠れるはずがなかった。
目を閉じれば、昼間の戦闘がよみがえる。
隼人が放った斬光。
英雄を見るような速芽たちの視線。
(……隼人のあんな顔、初めて見た)
胸が、締めつけられる。
風の冷たさに身を晒しながら、千昌は小さく息を吐いた。
「隼人は……別れて、どこへ行っていたの?」
「……あの力を、どこで手に入れたの……?」
答えのない問いを、夜に溶かす。
誰に聞かせるでもなく、ただ自分を責めるように。
「……あの時」
言葉が、喉で詰まる。
「私も、一緒に家に帰っていれば……」
後悔が、胸を満たしていく。
守るべきだったのに。
気付く…べきだったのに。
――でも、時は戻らない。
千昌は、拳を握りしめた。
(……あの力を、これ以上使わせちゃダメ)
隼人が誇らしげに笑っていた姿が、脳裏をよぎる。
守れたと信じている弟の背中。
(だから……私が隼人より早く、脅威を消す!)
それは、弟の願いとは正反対の決意だった。
あの剣の代償に気付いているのは、自分だけだ。
(私が……背負うしかない)
千昌は、夜空を見上げる。
そこに答えはなくても。
その胸に宿った誓いだけは――、
決して違えないと心に刻んだ。
――翌朝。
千昌が目を覚ましたのは、いつもより少し遅い時間だった。
身支度を整え、朝食をとるため食堂へ入る。
そこには仲間たちと、隼人の姿があった。
「姉貴、遅かったな」
隼人は振り返り、いつも以上に明るい声で言う。
「……なんだよ? 自分が足手まといになりそうで、眠れなかったのか?」
からかうような笑顔。
だが、その表情に悪意はない。
隼人は心から嬉しかったのだ。
自分が前に立ち、姉を守れたという事実が。
「調子に乗って……」
千昌は、わざと強めに言葉を返す。
「そんなことしてると、足元をすくわれるわよ!」
軽い叱責。
いつも通りのやり取り。
――けれど、その裏で。
昨夜、千昌は決めていた。
次に脅威となる戦いが起きた時、
朱雀の弓を躊躇わずに使うと。
――隼人にあの斬光を使わせないために。
それが例え……、
その代償が自分に返ってくると分かっていても。
隼人は、知らなかった。
自分の無邪気な明るさが、
知らず知らずのうちに――
千昌の身体を、
さらに追い詰めていることに……、
【最後の石の在処】
5人は目的地、鹿島の祭壇に着いた。
「ここに最後の起源の石が……」
隼人の言葉に、信二が答える。
「そうだ。そして……恐らく一番危険な石だ。」
一瞬、沈黙が走る。
千昌が信二の方を見る。
「信二、危険な石は前にも言ってたけど、
ここに来た理由があるんじゃないの?」
信二は複雑な表情で答える。
「ここにあるのは、理の要石といって、
その力は……、
あらゆる理を歪める力があるらしい。
俺の予想が正しければ、
現実すら歪められるんじゃないのか?」
全員が驚いた表情で、信二を見る。
「……なるほど。世界を戻すという伝承の剣との繋がり、
あっても不思議では無いな」
千晴の言葉に、皆が賛同した。
ただ、隼人は別の事が気になった。
「それ程の石がある場所にしては、
モンスターが1匹も居ないって、
何かこれまでの事を考えると、変じゃないか?」
隼人の鋭い意見に、信二は祭壇に近付き答える。
「確かに変だな。まあそれは真影おじさんが、
恐らく手紙を残してるだろうから、
それを見れば何か分かるだろ……っと。」
そう言いながら――
信二は祭壇の石台手にかけ、右から左に押した。
……すると、そこには地下へ続く階段が現れた。
「さて、
全員で行くと万一モンスターに、
ここを塞がれたら詰む。
……だれが残る?」
その言葉に千晴がすぐさま答える。
「こういう役目は俺と速芽の役割だ。
だから3人で行ってくれ。」
その様子に千昌は、
「千晴、速芽。いつもありがとう。
二人が居てくれてホント助かる。」
千晴と速芽はそっと微笑み、
「お礼はいい。そうしたいからしてるだけだ。」
「そうそう、モンスター居ない内に早く行けって。」
「二人とも…ありがとう。じゃあ行ってくる!」
千昌の言葉とともに3人は感謝しながら、
地下階段を下りて行った。
【最後の石の秘密と父の想い】
地下に降り、少し進むとすぐに祭壇と箱があった。
――これまでの遺跡の祭壇と同じように。
「この中に、理の要石が……、開けるぞ!」
信二は祭壇の箱に手をかけ、開けた
そこには……、何も無かった。
3人は言葉を無くす。
……がよく見ると角に手紙はやはりあった。
それに気付いた隼人は、手紙を取り、信二に渡した。
「これは信二が読んでくれ。
必要な事だけ教えてくれたらいい。」
千昌もその言葉に賛同し、頷く。
「わかったよ。じゃあ読むからな!」
そう言って信二は手紙を読み始めた。
――そこには、
要石そのものの力は、
使うと取り返しのつかない代償を伴う、
危険な石である事。
そのため北海道の摩周湖の水中遺跡に移動させ、
隠した事。
そして同時に、
世界を戻す伝承を実現できる、
唯一の可能性のある石だということが記されていた。
最後には……真影の想いが書かれていた。
この手紙を見て、信二は答える。
「要石はここに無い。けど北海道の摩周湖に隠したらしい。
2本の剣の事は書いていないけど、
この石が一番世界を戻すものとして、可能性高い。
……真影おじさんは、そう考えてたようだ。」
それを聞いた千昌は、
「そう……、お父さんらしいね。
危険だとわかってるけど、希望を消さない為に残す所は……。」
信二は迷ったが、最後に書いてあった一文を二人に伝えた。
「手紙の最後に、
『朱音、すまない。お前の願い、叶える事が出来なかった。』
こう書かれていたよ。」
それを聞き、隼人は呟くように話す。
「父さんは、俺と信二が会った時から、
……もう俺たちを直接助ける事が出来ないって、
分かってたんだ。」
沈黙が走る
……が、すぐ千昌が声を出す。
「でも、お父さんは最後の可能性を残してくれたのよ。
なら、私たちでその願い、叶えるしか無いでしょ。」
その言葉に、信二は頷く。
「そうだな。何としてでも叶えるしかない。……やるか!」
それぞれ決意が固まり、隼人が階段の方を向く。
「そうと決まれば、さっさと戻ろう。
千晴たちも待ってるからな。」
隼人の言葉と共に、
3人は静かに地下室を出た後、
鹿島の祭壇を後にした。
【絶望の勝利】
旅は、手紙に記された北海道の地、摩周湖へと向かっていた。
進むにつれ、空気は重く、冷たさの中に異質な気配が混じり始める。
その時だった。
これまで遭遇したことのない、蛇に近い大型モンスターが姿を現す。
気候の変化に適応したのか、動きは不規則で速く、
定石が通じない。
「くそっ……動きが読めない!」
信二たちは翻弄され、長剣や刀では
当てにくく、狙っても悉くかわされる。
(……どんな生き物でも、動きに規則性があるはず……)
千昌は呼吸を整え、冷静に動きを読む――
「そこ!……えっ!」
千昌が鋭く短剣を当てたが、固い皮膚に斬撃は弾かれた。
「千昌、離れろ!」
千晴は炎の矢を2~3発と当てる――が、効いていないのか決定打にはならない。
(くっ、この程度ではダメか……)
――並の攻撃では、歯が立たない。
その様子を見て千昌は、
(打つしか……ない。ここで止めなければ、また――)
千昌は迷わず、弓を手にした。
二本の短剣を見て――隼人も覚悟した。
(未来……力を貸してくれ!)
「俺が行く。任せろ!」
叫びと同時に、隼人が前へ出た。
現始の双剣を構え、踏み込み駆け出す!
その瞬間だった。
隼人の背後から、圧倒的な気配。
――思わず振り返る。
嫌というほど知っている――朱雀の弓……禁忌の力。
「あ……姉貴、なにしてるんだ!」
隼人はその様子を見て、必死に叫ぶ。
「僕が……僕がやる! 無暗に弓の力を使うな!!」
だが、声は届かない。
千昌は、静かに朱雀の弓を引いていた。
その身体に、……寿命を削る力を込めながら。
「……消えなさい」
放たれた一矢は、光の不死鳥そのものだった。
朱雀の光が大地を裂き、
まばゆい閃光が、モンスターを包み込む――
断末魔すら上げる暇もなく、
それは一撃で全ての脅威を消滅させた。
沈黙。
勝利――のはずだった。
「調子に乗ってる暇はないわ!」
千昌は、あくまで毅然と立っていた。
膝をつくこともなく……、平静を装って。
「あなたは、自分の身を守ることに集中しなさい!」
それは叱責。
だが、その裏にあるのは、ただ一つ。
――隼人に、力を使わせたくない。
その想いが、弓に強い力を注がせていた。
身体の悲鳴を押し殺しながら。
隼人は、何も言えなかった。
強烈な不死鳥のような光の残滓が、まだ視界に焼き付いている。
勝ったはずなのに、胸が冷え切っていく。
(まただ――)
守れなかった。
止められ……なかった。
「……なんで……」
その言葉は、誰にも届かず、風に消えた。
隼人の胸に残ったのは、
勝利ではなく――
絶望と、底知れない恐怖だった。
【強がりの代償】
「……先を急ぎましょ」
千昌はそう言って、一歩を踏み出そうとした。
――だが。
足が……動かない。
ほんの一瞬の違和感。
けれど、それは誤魔化しようのない現実だった。
(……っ)
身体の奥が、軋む。
力が抜けていく感覚が、はっきりと分かる。
「どうした? 千昌?」
その様子に千晴が、不思議そうに声をかけた。
「……先、行っててくれる?」
千昌は、努めて平静を装う。
「ちょっとだけ遅れて向かうわ」
千晴たちは顔を見合わせ、きょとんとした表情を浮かべる。
「え? 急にどうしたんだ?」
一瞬の沈黙。
千昌は、わざと強い口調で言った。
「……もう、トイレよ!
こんなこと、言わせないで!」
その場に、くすっと笑いが広がる。
そして速芽が
「なんだよ、それなら早く来なよ~。
ごゆっくりー」
そう言いながら、速芽は千晴と先へ歩き出した。
「……余計なお世話よ」
千昌は、背中に向かって吐き捨てるように言う。
――けれど。
もう、身体は限界だった。
信二は、その様子を見て、ふと目を細めた。
(弓を使った後、これまでは……)
少し気になったが、
信二も速芽たちに続き、歩き出した。
足取り。
わずかな間。
声の震え。
(……姉貴)
隼人は、
千昌への確信に近い違和感に……
胸を締め付ける。
……だが、何も言えなかった。
言葉にすれば、
何かが壊れてしまいそうで。
不安で、
喉が詰まり、
……声が出なかった。
隼人は真顔になり、
背を向け……その場を離れた。
それを見て、千昌は小さく息を吐く。
「……手柄を取られて、
機嫌が悪くなってるわね。もう……」
そう呟いた、その直後。
みんなの姿が、
完全に見えなくなった瞬間――
千昌の足から……、スっと力が抜けた。
「……っ」
膝をつき、
そのまま、
崩れるように地面に倒れ込む――
誰も……見ていない。
風の音だけが、静かに吹き抜けていた。
【隼人の後悔】
千昌は、気を失っていた。
暗闇の中を、ただ彷徨っている。
意識は曖昧で、身体の感覚は遠い。
それでも――
探していた。
(……隼人)
理由は分からない。
ただ、胸の奥が求めていた。
その身体の異変は、
無意識のうちに助けを求めていたのかもしれない。
「……隼人……」
掠れた声が、闇の中に溶けていった。
――一方、少し離れた場所。
千昌を待つ4人は、足を止めて追いつくを待っていた。
速芽が呟いた。
「遅いなぁ。いつまでかかってんだい」
千晴が少し眉をひそめる。
「あれは、本当にトイレだったのか?」
軽口が交わされる中――
ただ一人。
隼人だけが、笑えなかった。
胸の奥が、ざわつく。
嫌な予感が、確信へと変わりつつあった。
(どう考えても……遅すぎる!)
「……見てくる!」
隼人は、仲間の返事を待たずに駆け出した。
(くそっ、……間違いない。あの力の影響だ……!)
足が、自然と速くなる。
嫌な想像が――頭を離れない。
――そして。
「千昌……やっぱり!」
倒れている姿が、視界に飛び込んできた。
「千昌ぃ!!」
隼人は一気に距離を詰め、膝をついて抱き起こす。
「おい、千昌! 起きろ! しっかりしろ!!」
何度も名前を呼ぶ……が、返事はない。
「……なんで……」
声が、震えた。
「なんで力を使ったんだよ……!」
だが、その言葉は――
千昌に向けたものではなかった。
「……こうなるって、分かってたはずだろ……!」
唇を噛みしめる。
「……分かってたのに……!」
視界が滲む。
力を使わせたのは、自分だ。
守れたと……喜んだ自分だ。
弓を使わせまいとして、結果的に……追い込んだ自分だ。
「……ごめん……」
掠れた声で、そう呟く。
「……俺が……俺が弱いせいで……」
隼人は、千昌を強く抱きしめた。
まるで、離せば二度と戻ってこないかのように。
【危うき英雄】
二人が……戻ってこない。
不安が過った3人は、それぞれ後方を振り向いた。
信二は少し前の嫌な胸騒ぎに、
確信を覚える。
(あの時――なんで俺は気づかなかった!)
思い立った信二が、
真剣な表情で二人に言う。
「……俺たちも戻ろう!!」
信二の言葉に3人は気持ちが一つになった。
同じ不安を抱え、急ぎ引き返す。
そして――
聞こえてきたのは、
切羽詰まった隼人の叫び声だった。
「千昌……千昌……目を覚ましてくれよ……!」
泣きじゃくる声。
喉が裂けるほど、必死に名前を呼ぶ声。
「……俺のせいで……俺のせいで……千昌……!」
隼人は、無意識に呼び掛けていた。
いつもの「姉貴」ではない。
そこにあったのは、ただ一人の大切な人の名前だけだった。
その声に――
千昌の指先が、わずかに動いた。
「……隼……?」
かすれた声。
焦点の合わない視線。
それでも、隼人を見ていた。
「……どうして……そんな顔……?」
守りたい。
その想いだけで、千昌は口を開く。
だが――
言葉は、続かなかった。
――再び、意識が途切れる。
「千昌!」
その瞬間、信二たちが駆け寄る。
「しっかりしろ、千昌!!
……近くに町がある、そこまで行くぞ!」
そう言いながら信二が千昌を背負い、行く先を定める。
町までは遠くない。
――急げば、間に合う。
だが。
「……っ、モンスターだ!」
千晴の叫びの方向に、
茂みの向こうから、現れた大きな影――
さっきと同じ蛇種の大型モンスター。
もう一体が、潜んでいた。
「くそ……こんな時に……!」
千昌を背負った信二を後方に下げ、千晴と速芽は武器を構える。
その、ほんの一瞬――
隼人は、排除する事以外考えていなかった。
現始の双剣を抜き放ち、前へ飛び出していた。
「邪魔だぁ!!」
まばゆい光が、夜気を切り裂く。
左。
右。
二条の斬光が、空間を穿つ。
「消えろぉ!!」
叫びに呼応するように、剣が唸る。
力が、光となって増幅されていく。
「……っ」
身体の奥に、嫌な違和感が走る。
骨が軋み、血が逆流する感覚。
――でも。
(どうでもいい。
千昌が守れるなら、
……それだけでいい。)
モンスターは、常人では想像もできないほどの十字傷を負い、
呻き声一つ上げることなく、崩れ落ちた。
静寂。
信二たちは、息を呑んでその光景を見ていた。
畏怖と、圧倒的な力による微かな恐怖。
隼人は、振り返らない。
「……行こう」
短く、そう言った。
両手に剣を握り締めたまま……隼人は歩き出す。
千昌を守るため、
――それ以外を、すべて置き去りにして。
【代償の真実】
隼人の活躍により、
大きな被害を出すことなく、町へ辿り着いた。
「病院はどこだ!」
隼人は通りすがりの人に叫ぶように尋ね、
千昌を抱えた仲間たちと共に診療所へ駆け込む。
ベッドに寝かせ、医者が一通り診察を終えると、
隼人は堪えきれず、血相な顔で詰め寄った。
「千昌はどうなんですか!」
医者は困った表情で答える。
「……正直、分かりません。
少し疲労しているようには見えますが、
なぜ意識を失ったのかは……」
……当然だった。朱雀の代償は、病ではない。
削られるのは――寿命なのだから。
「ただ、今のところは過労としか言いようがありません。
しばらく休めば回復するでしょう」
その言葉に、千晴と速芽は胸をなで下ろした。
(過労……か。気にし過ぎなのか?)
少し気になりながらも、信二も一先ずは安心した。
ただ一人、隼人を除いて……
隼人は自分の身体に、先ほどから確かな異変を感じていた。
内側から……蝕まれていくような感覚。
(……これ、マズい……)
「ごめん、信二。
ちょっと疲れたから先に宿に戻って休むわ。
……姉貴のこと、頼む」
(隼人?)
信二は、その様子が少し気になったが……
「あぁ、任せとけ。無理はするな。」
信二の一言をありがたく思い、
隼人はそのまま宿へ戻った。
そして……ベッドに横になるなり、
眠るように意識を失った。
……その後、千昌を医者に任せた後、3人共に宿に入り、
その日は……ひとまず休んだ。
そして――翌日。
千昌の様子が気になった隼人たちは、
足早に診療所を訪れると、
……すでに千昌は目を覚ましていた。
その様子に信二が聞く
「千昌!大丈夫なのか?」
「ええ、もう平気よ。ちょっと疲れてただけ……心配かけてごめんね」
そう言って千昌は微笑む。
「姉貴!」
隼人が悲壮な表情で傍に寄る。
「……そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫だって……!?」
――その瞬間、千昌の視線が、隼人の腰元に留まった。
隼人の双剣――
意識を失う前と――どこか、違う。
理由の分からない恐怖が、胸を締め付ける。
「隼人……その剣……?」
「ああ、なんか前と少し変わったでしょ?
この双剣、使うと成長するみたいなんだ。
使えば、ちゃんと僕に応えてくれる」
隼人は、何でもないことのように、にっこり笑った。
その様子に千昌は、
――分かってしまった。
隼人は……またあの斬光を使ったのだと。
その事実が、千昌の心を静かに、
――そして確実に恐怖で満たしていった。
【すれ違いの同調】
5人は、北海道に入り、
目的地である川上郡の摩周湖にかなり近づいていた。
その道中、まだ距離がある為、5人は休憩に入った。
――その時。
「隼人、ちょっといい?」
千昌は、皆と少し離れた場所へ、隼人を呼び出した。
「なんだよ、姉貴」
真剣な顔で、千昌は問い詰める。
「……正直に教えて。その双剣、どこで手に入れたの?」
千昌の視線は、逃げ場を与えなかった。
隼人は一瞬だけ言葉に詰まり、すぐに茶化すように笑う。
「千昌には関係ないだろ。あぁ、なに?
俺が活躍してるのに嫉妬?」
「とぼけないで!」
千昌は声を荒げる。
「家の……地下で手に入れたんでしょ?
その双剣、もう使わないで!」
「……お願い。」
それは命令じゃない。
千昌の切実な……祈りだった。
けれど、それは――隼人も同じだった。
「俺のことはいい!!」
隼人は、思わず声を張り上げた。
「姉貴こそ、あんな力もう使うな!! 何度も……何度も倒れてるだろ!
この前だって、身体が耐えられないのに……隠そうとして。」
言葉が、震える――
「朱雀の弓がどういうものか……俺、もう知ってるんだよ……」
その一言で、千昌は悟った。
隼人も……同じ場所に立っていたのだ。
守りたい気持ちも、恐怖も、全部――同じだった。
互いの想いを知った――その時!
「モンスターだ!」
信二たちの声が響く。
二人は、はっとして休憩していた場所に駆け戻る……。
少し離れた位置で、大きなヒグマのようなモンスターが、
信二たちを圧倒しているのが見えた。
――遠い。
この距離じゃ、隼人の速さでも間に合わない。
千昌は足を止め、
呼吸を整え、
……朱雀の弓をゆっくり構えた。
そして――力を込める。
背後から……朱雀の力を感じ、
――振り返る。
「千昌! 打つな!」
隼人はその様子を見て、叫ぶ。
「僕が行く! 僕が――!」
千昌は、隼人の静止を……聞かなかった。
隼人を行かせること、
あの斬光を使わせる事は、
――絶対に出来なかった。
千昌は静かに呟く。
「ここからじゃ間に合わないわ……」
それは理由であり、
隼人の力を阻止する為の……言い訳だった。
「……モンスター、消えなさい!」
禁忌の光が解き放たれる。
「……っ!!」
これまで以上に、身体が内側から削られていく感覚。
それでも千昌は、引き金を引いた。
遠距離から放たれた一閃の光炎。
次の瞬間、大型のモンスターたちは跡形もなく消滅した。
――脅威は去った。
だが……、
「千昌ぃ――!」
力が抜け、千昌の膝が折れる。
そのまま――地面へと崩れ落ちた。
――朱雀の矢が守ったものと、引き換えに、
また一つ……千昌の命が削られた瞬間だった。
【決意と覚悟】
隼人は、倒れた千昌を抱き上げ、
……信二たちの元へ戻った。
その腕に伝わる体温が、あまりにも軽い。
――もう、隠せない。
隼人は……千昌の姿を見て、そう悟った。
「……みんな、聞いてほしい」
焚き火の前に――全員が集まる。
隼人は千昌をそっと横に寝かせ、
その顔を一度だけ見てから、
――口を開いた。
「千昌の身体のことだ」
その言葉に、場の空気が張り詰める。
そこから……隼人は朱雀の弓の、全てを語った。
朱雀の弓の力。……そしてその代償の事。
命を救える力の代わりに、
……使用者の寿命を削ること。
千昌が……どれだけそれを隠して、戦ってきたか。
「……だから、あいつは倒れた」
誰も、口を挟まなかった。
聞けば聞くほど、
それが“病気”でも“疲労”でもないことが分かるからだ。
それを聞いて、信二が静かに口を開く。
「隼人、なんで今まで黙ってた!」
その言葉に……隼人は静かに答えた。
「ごめん……、
でもこの事は俺たち姉弟の問題でもある。
だから……
皆に背負わせる事が……出来なかったんだ。」
信二は頭を掻く。
「だからって……あぁ、もう分かった。
過ぎてしまった事は仕方ない。」
隼人は話を続ける。
「信二、ごめん。でも……ありがとう。」
一瞬、間を置き
「もう、弓は使わせない」
隼人は、腰の双剣に手をかける。
「力が必要な敵は……全部僕が前に出て倒す。
大丈夫。朱雀の弓がなくても、
……この短剣の力、みんな見ただろ?」
それは、宣言だった。
隼人の……覚悟だった。
その話に信二は先に口を出す。
「千昌は……大切な仲間だ!」
千晴もその意見に賛同する。
「あぁ、俺たちもそんな犠牲……望んではいない」
そう言って、皆が隼人の言葉に頷いた。
――全員が、納得してしまった。
誰一人として、その選択が
別の“代償”を生むとは……想像もしていなかった。
その夜、隼人は焚き火のそばで、
……眠る千昌を見つめていた。
「今度は……僕が守る番だ!」
そう呟いたその横で、
現始の双剣が……
微かに――不穏な光を宿していたことを、
誰も……知る事はなかった。
【抗えぬ災難――応える双剣】
皆は、千昌が動けない事もあり、
その場でキャンプをする事にした。
それぞれが想いを募らせ、そして……一夜を過ごした。
夜明けと共に……、
千昌は、何事もなかったかのように目を覚ました。
「おはよー。
ごめんね、また倒れちゃって。迷惑かけた」
その言葉に、
信二たちは一瞬だけ言葉を詰まらせ、
そして、笑顔で笑った。
信二はそっと、返事をする。
「そういう時の仲間だろ?気にするな。」
速芽と千晴も答える。
「迷惑って……何言ってるんだい。」
「キツイ時は無理するな、千昌。」
いつもより、少しだけ優しい声音。
千昌はその空気に、
わずかな違和感を覚えたが――
倒れたせいだろう、
……と深く考えなかった。
隼人は、千昌の様子を見て、
……その場は何も言わなかった。
やがて一行は……、
隠された理の要石のある摩周湖へと辿り着く。
世界崩壊を元に戻す最後の手がかり、
水中遺跡の入り口を探している……その時だった。
――水面が、急に大きく盛り上がった。
千晴が叫ぶ。
「……っ、モンスターだ!!」
湖の上に姿を現したのは、
水と同化する巨大なモンスター。
粘つく水流が触手のようにうねり、
仲間たちに襲いかかる。
――どう見ても、勝てると思えない圧倒的な存在感。
その姿を見て――、
千昌は腕を振るわせながら、反射的に弓を構えていた。
「みんな、あれはどうにもならない!
朱雀の力を使う!
射線から離れて――」
千昌の言葉を聞いた――その瞬間、
信二たちが、わざと千昌の前に出た。
「なっ……!? 邪魔よ、離れて!」
だが、誰一人どかなかった。
「隼人!」
信二は叫ぶ!
「その双剣ならやれるんだろ!
なら……そんな奴、さっさとやれ!!」
千昌の顔から血の気が引く。
「信二……なに言ってるの!?
隼人の、その短剣は――」
言葉は、届かなかった。
「双剣……いくぞ!!」
隼人は、
掛け声と共に圧倒的存在のモンスターへ、
――あり得ない速さで、飛び込んでいた。
「消えて……なくなれぇ!!」
現始の双剣が閃き、
――これまで以上の斬光がモンスターを切り裂く。
だが――倒れない。
「そんな……効いてない……!?」
隼人の胸を締め付けたのは、敗北感ではなかった。
背後で、再び朱雀の弓を構えるのが見える。
――また、使わせてしまう。
「みんな、どいてよ!!
隼人の剣は……あの剣は、
朱雀と同じ代償があるの!!」
衝撃的な事実に……
3人は思わず千昌の方を振り向く。
「なん……だって!」
それを聞いた信二……、
そして千晴と速芽は……
千昌をそれ以上、止めれなかった。
千昌は、朱雀の弓を構え、狙いを定める――
「……姉貴っ!」
それが見えた瞬間……隼人の中で何かが弾けた。
「ダメだ……!
絶対、使わせちゃダメだ……!」
隼人は決死の表情で――双剣を握り締める。
「双剣……!
もっとだ……もっと……!
僕に力を……力を貸せぇ!!」
隼人の叫び――想いに応えるように、
双剣が――呻いた。
双剣の光が……濁る。
二振りの剣が、
黒く……黒く染まっていく……
同時に――隼人の身体に走る激痛。
皮膚が裂け……骨が軋む感覚。
身体が軋み……壊れていくのが分かる。
それでも。
(……姉貴に、
二度と――
あの力を使わせるわけにはいかない!!)
現始の双剣は、完全に姿を変えた。
『滅刃』へと。
「えっ、隼……人?」
その姿を見た千昌は、
隼人に起こった事が……理解出来なかった。
隼人は、歯を食いしばり……
黒く染まった――左手の”滅刃”を、振り下ろした。
【救いの光――伝承の双剣】
左手から振り下ろされた“滅刃”は……
モンスターだけでなく、
――隼人自身の身体までも、容赦なく引き裂いた。
肉が裂け、骨が悲鳴を上げる。
この一撃だけで……隼人の身体はすでに限界だった。
――それでも。
「まだだ……!」
血に染まった視界の中で、隼人は立っていた。
「まだ、倒せていない……!
もう一度だ!」
理性はとうに消え、残っているのは執念だけ。
滅刃の代償……
身体がもたないことなど――分かっている。
「隼人!もういい!もうやめろ!!」
信二は渾身の声で叫ぶが……届かない。
隼人は動く。
……構うものか。
隼人は、右手の滅刃を振り上げた。
その光景を見た瞬間、
――千昌の中で、何かが決壊した。
「……嫌……」
声が、震える。
「嫌だ……!」
千昌の瞳から涙が溢れ出る。
「このままじゃ……隼人が、死んじゃう……!!」
膝が崩れ、叫びが空を裂いた。
「助けて……!
誰か……助けてよぉ……!!」
――その願いに、朱雀が応えた。
弓が……強く、眩く光り輝く。
「……朱雀……?」
理屈ではない。
千昌は感じるままに朱雀の弓を構えた。
……その狙いの先にいたのは、敵ではない。
滅刃――
隼人の左手にある――黒き剣。
「お願い……。
隼人を……助けて!!」
放たれた光炎の矢は、一直線に滅刃へと飛ぶ。
「……えっ?」
振り下ろされようとした滅刃を――朱雀の光が包み込んだ。
黒が……解ける。
呪いが、解かれていく。
闇は光に飲み込まれ、
剣は――光の短剣へと姿を変えた。
『明刃』。
その瞬間、
柔らかな光が隼人を包み込み、
引き裂かれていた意識は……ゆっくりと繋ぎ戻されていく。
「……僕は……?」
理解は追いつかない。
だが……身体は知っていた。
隼人は、無意識のまま明刃を振り下ろす。
「……消えろぉ!!」
眩い光が奔流となり、モンスターを包み込む。
断末魔すら許されず、
その存在は、眩きの斬光により、完全に消滅した。
――この時、
隼人が……命を削り、
千昌が……命を差し出しかけ、
――二人の想いが重なった、その瞬間。
双剣《明滅》は、初めてこの世界に生まれた。
【救い無き勝利】
壮絶な光景を目にした皆は、
勝利を確かに感じながらも、
同時に言い知れぬ恐怖に包まれていた。
誰一人……言葉を発することができなかった。
双剣《明滅》を振るい、限界を超えた隼人。
その隼人を救うため、朱雀の力を使った千昌。
二人の心と身体は……、
武器が支払わせた代償によって、
……すでにボロボロだった。
そこにあったのは、英雄の姿ではない。
ただ、傷つき……果てた、
兄弟の現実だけだった。
「……戻ろう」
信二が、声を絞り出すように言った。
もう……誰も旅を続ける気力は、
残っていなかった。
戦いの後に残されたのは、
世界を救う希望ではなく――
代償を背負わされた、
――二人の悲惨な姿だけだった。
【信二の決意】
千昌と隼人……、
気を失って動けない二人を、
千晴と速芽はそれぞれ背負い、
宿へ向けて……移動を急いでいた。
――その時。
行く手を塞ぐように、モンスターの群れが現れる。
数は多い。明らかに……異常だった。
「くっ、なんでこんな時に……最悪だ」
千昌を背負った千晴が、
歯を食いしばりながらクロスボウを構える。
「兄貴、最悪だろうが何だろうが、やるしかねぇだろ」
隼人を背負った速芽も、刀を抜き、前を睨む。
その時――
信二は何かを決意し……静かに千昌に近づいた。
……鞄に手を入れ、迷いなく石を取り出す。
「千昌……これを、使わせてもらう」
それは、かつて千昌と共に手に入れた
“水の碑石”だった。
それを見た千晴が、声を荒げる。
「信二!!
その石を持って……何をするつもりだ!!」
信二は振り返り、ふと微笑んだ。
「二人は何も気にするな」
穏やかな声で、はっきりと言う。
「千昌と隼人を守ってくれ。
それが……未来の願いだ!」
信二は、水の碑石と、
――手にした孤高の長剣に心を向ける。
(俺は……どうなろうといい。
この時だけでいい……。
――力を貸せ!)
その想いに、水の碑石が――応えた。
長剣が共鳴し、
……軋むような音を立てながら姿を変えていく。
――白虎の長剣。
それは――
信二が放った
最初で最後の願いに、剣が応えた瞬間だった。
無数のモンスターが、うねるように迫る。
「二人は、俺の後ろについて来てくれ」
信二は前に出る。
「必ず……道を開く!!」
三匹のモンスターが、同時に飛びかかる!
――次の瞬間。
三匹は、既に地に伏していた。
(……なるほど
これが……人を捨てる感覚か)
胸の奥から、
何かが静かに……削ぎ落とされていく。
次々と襲いかかるモンスター。
信二は白虎を振るい、
……何度も、何度も切り伏せた。
感情が消えていく中で……、
それでも残っていたのは――
千昌と隼人。
それを守る、千晴と速芽の姿。
そして……
目の前の脅威から四人を守るという、
――意志だけ。
やがて、モンスターの群れを切り抜け、町へ辿り着く。
――信二の心は、既に消え失せていた。
僅かに残る感情をかき集め、
……信二は速芽のもとへゆっくり歩み寄る。
「速芽……」
掠れた声で言う。
「未来に……これを、渡してくれないか」
差し出したのは――
これまで信二が歩んできた道を記した……日記だった。
速芽は、首を強く振る。
「……受け取れない」
声を震わせて叫ぶ。
「そんなもん、自分で渡せ!!」
信二は、最後に残った感情で……
静かに、涙を浮かべた。
「もう……心が、ないんだ」
かすかな笑み。
「俺でいられる内に……頼む」
白虎の代償――
感情を削がれた者が辿る、
……避けられぬ結末だった。
速芽は唇を噛みしめ、震える手で日記を受け取る。
「……わかった。
必ず……未来に渡す」
その日以降――
信二が再び姿を現すことは……二度となかった。
【認めたくない現実――束の間の休息】
町に戻った千晴と速芽は、
千昌と隼人を背負い、
……宿に向かった。
その様子は――
死闘の果てに勝利し、
帰ってきた英雄の凱旋ではなく、
ただ、現実の非常さを目の当たりにした者たちの、
重い足取りだった。
何も……戦いを語らなかった。
誰も、勝利を口にしなかった。
あの湖で起きたことは……
言葉にした瞬間に何かが壊れてしまう――
そんな予感が、四人の喉を塞いでいた。
宿に着くと、
最低限の手続きを済ませ、
千晴たちは、千昌と隼人を部屋へ連れて行った。
労いの言葉も……冗談もなかった。
必要なのは休息ではなく――
忘却だったのかもしれない。
隼人と千昌は、同じ部屋に寝かされると、
それぞれの寝台に……身を沈めた。
二人はかすかに意識があったが、
声をかければ何かを認めてしまいそうで……、
触れれば――壊れてしまいそうで。
二人は――
死んだように眠りに落ちた。
それは……回復のための眠りではない。
真実を拒絶するための、
逃避だった。
――夜に浮かぶ月明りだけが、全てを見ていた。
【千昌の夢】
千昌は、夢を見ていた。
それは――
隼人を守ろうとすればするほど、
その背中が、遠ざかっていく夢。
「隼人!待って!」
「行かないで……!」
「ダメ!その剣を使わないで!」
叫ぶたびに声は掠れ、
伸ばした手は……空を掴むだけだった。
隼人は振り返らない。
光の中へ、
闇の中へ――
ただ……前だけを見て、歩いていく。
――私は、どこで間違えたの?
胸の奥で、何度も同じ問いが繰り返される。
ただ、守りたかっただけ。
……それだけだったはずなのに。
守ろうとしたはずの手が、
いつの間にか、
隼人を突き放していたのではないか――
そんな疑念が、夢の中で千昌を縛りつける。
答えは……どこにもなかった。
夢の中で、千昌はただ立ち尽くし、
遠ざかる背中を見送ることしかできなかった。
眠ったままの瞼の奥で、
後悔に苛まれながら――
一筋の涙が……静かにこぼれ落ちた。
【隼人の夢】
隼人も、夢を見ていた。
それは――
千昌を、守っているはずの夢。
敵に向かい、剣を振るう。
これでいい、これで守れる。
そう信じていた。
――だが。
振り返った瞬間――
そこにいた千昌は、弓を構えていた。
「……ダメだ!」
撃たせてはいけない。
それだけは……絶対に!
「撃つな!!」
そう思った。
そう……願った。
なのに――身体が、動かない。
足が地面に縫い止められたように、
腕は鉛のように重く、
一歩も……前に出られなかった。
「なんでだよ……!」
「なんで、動かないんだ……!」
どれだけ叫んでも、
千昌は……止まらない。
弓を引く指。
力を込める背中。
それが……
確実に“身を滅ぼす行為”だと分かっているのに。
止められない。
――守れない。
「誰か……」
「誰か、姉貴を……」
「千昌を、止めてくれ……!」
その願いが、零れ落ちた瞬間だった。
二本の短剣が、静かに隼人のもとへ寄ってきた。
明刃と、滅刃。
――双剣《明滅》。
『君は、どうしたい?』
声がしたわけじゃない。
けれど、確かに“問いかけ”があった。
『君が望むなら』
『僕たちは、ついていくよ』
でも、隼人は分かっていた。
明滅は、答えを与える存在じゃない。
救ってくれる存在でもない。
ただ――
隼人の想いを、
願いを、
覚悟を――
際限なく増幅させるだけの存在だ。
守りたいと願えば、
……守るための力を。
止めたいと願えば、
……止めるための力を。
そしてその代償が、
誰に、どれほど及ぶのか――
それを決めるのは……いつも隼人自身だった。
【罪無き謝罪】
千昌と隼人は、同時に目を覚ました。
まだ薄暗く、
夜と朝の境目のような時間。
日も、完全には昇っていなかった。
ふと、横を見る。
そこに――
確かに、互いがいた。
生きている。
――すぐ手を伸ばせば触れられる距離に。
それなのに、二人は同時に思ってしまう。
どうして、こんなに近いのに――
こんなにも、遠くなってしまったのだろう……。
「あっ……」
千昌が声をかけようとする。
……けれど、喉が震えるだけで、言葉にならない。
何を言えばいいのか。
何を言っては……いけないのか。
もう、分からなかった。
隼人も同じだった。
胸の奥に溜まったものが多すぎて、
どれから吐き出せばいいのか、判断できない。
……それでも。
先に、口を開いたのは隼人だった。
「ごめんなさい……」
小さな声。
けれど……その一言には、
数え切れないほどの後悔が、詰まっていた。
助けられなかったこと。
止められなかったこと。
……理解しきれなかったこと。
――いや。
もはや、何に謝っているのかさえ、分からないほどだった。
「……ううん」
千昌は、ゆっくり首を振る。
「私が、悪いの。ごめんなさい……」
理由は違うはずなのに、
辿り着いた感情は、同じだった。
守ろうとして、傷つけてしまったこと。
信じた力が、互いを追い詰めてしまったこと。
二人は、言葉を重ねる代わりに、
……そっと距離を詰めた。
軽く、
本当に軽く、
……確かめ合うように抱きしめる。
そして――
何も言わずに、静かに泣いた。
嗚咽も、叫びもない。
ただ、涙だけが、止めどなく溢れていく。
二人は、何も悪くない。
悪いのは――
選ぶしかなかった力。
止めることのできなかった運命。
それでも、
それを背負って生きていくのは――
二人なのだから……。
【決意の別れ――始まりの地へ】
二人は、ふと――
隼人の腰にある双剣、明滅に目を向けた。
それは、誰かに与えられた力ではない。
隼人と千昌、
二人の想いがぶつかり、重なり合って生まれた結晶だった。
明滅を見つめていると――
その剣が纏う光が、ふと何かに似ていることに気づく。
――御神体。
かつて、世界が始まった原点。
全ての力の根源。
明滅の光は、
その御神体と、どこか同じ静けさを持っていた。
破壊でも、救済でもない。
ただ……そこに在る力。
二人は、言葉を交わさずに、理解した。
そして――
同時に、決意する。
「……戻ろう。」
声は小さかったが……
その言葉には、もう迷いはなかった。
宿には、世話になった仲間たちがいた。
共に戦い、笑い、支え合った仲間……
けれど……二人は何も告げなかった。
別れの言葉は、
きっと……重すぎたから。
まだ眠る宿を、そっと後にする。
足音を殺し、
夜明け前の空気に溶けるように――
机の上に、
――1本の玄武の短剣と
――1枚の書き置きを残して。
『みんな、ありがとう』
それだけで……十分だった。
双剣明滅と、朱雀の弓を持ち、
二人は……静かに歩き出す。
世界の終わりを止められなかった兄弟は、
……世界の原点へと、帰っていく。
それが――
姉弟が選んだ、答えだった。
【記憶の伝承――終わりの形】
千昌と隼人は、かつて住んでいた場所へと帰ってきた。
その帰路は、希望に満ちた帰還ではなかった。
勝利も……救済もない。
ただ――
互いがしてきたこと、感じてきたこと。
それに答えがあるのなら……知りたい。
その一心だけで、
二人は誰とも接触せず、
ひっそりと歩き続けた。
――懐かしい空気。
変わってしまった風景……
御神体は……
昔、稽古をしていた広場のすぐ側にあった。
ここで……車の事故が起き、
二人の運命が、動き始めた場所。
二人は、長く伸びた雑草をかき分けて進む。
踏みしめるたびに……草が擦れる音だけが響いた。
その奥に――
崩れた御神体が、静かに佇んでいた。
形は崩れ、かつての威厳は失われている。
……けれど、近づいてよく見ると、
左右に生じたわずかな隙間から、微かな気配が漏れている。
それは、隼人がよく知るものだった。
――明滅と、同じ気配。
「……やっぱり、ここなんだ」
呟いたのは、千昌だった。
御神体の伝承を知る者は、今は千昌しかいない。
身体が……代償に蝕まれる前、
朱雀の文献の、伝承を読み解いた者。
千昌は、静かに口を開いた。
「これは……伝承の一部よ」
風が吹き、草が揺れる――
まるで、
御神体そのものが、
耳を傾けているかのようだった。
千昌は、記憶を辿るように、言葉を紡ぐ。
「――二つの大地が一つになりし時、
世界の秩序は壊れる。
心を写し、二つに分かれし剣は、
朱雀の力を借りて――
由緒ある岩に戻りし時、
再び、二つの秩序を正す――」
語り終えたあと、沈黙が落ちた。
隼人は、御神体と、
そして腰にある明滅を見る。
「……心を写す、剣」
その言葉が――胸に重く落ちる。
この剣は……
自分の怒りも、
恐怖も、
覚悟も、
全てを映してきた。
そして――
姉への想いも。
「つまり……」
隼人は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「明滅は、最初から――
ここに、戻るための剣だったんだな」
千昌は、否定をしなかった。
肯定も……しなかった。
ただ、
御神体を見つめながら……
静かに語る。
「ええ。世界を戻すための剣じゃない。
秩序を……元に還すための剣よ」
二人の間に、重い理解が落ちる。
ここで――
すべてが始まった。
そして――
終わらせる選択肢が、初めて形になる。
明滅が、微かに震えた。
それは、喜びでも拒絶でもない。
ただ、帰る場所を前にした反応だった。
御神体の奥から、
まるで応えるように、同じ鼓動が返ってくる。
二人は、まだ剣を抜かない……
今はただ、
この場所と、
この運命と――
向き合うために――そこに立っていた。
【背負う覚悟――選択――】
千昌は……
伝承の最後の一文を語らなかった。
――それを口にすれば、
隼人が明滅を刺さない選択をすることが、
分かっていたからだ。
伝承の最後の一文――
『二つの剣戻りし時、
朱雀の光は二本の剣と共に戻る。』
それはすなわち、
朱雀の力そのものが、御神体へと還るということ。
そして――朱雀の力を使い続けてきた千昌の寿命も、
同時に吸い上げられる事になる。
千昌は――それでいいと思っていた。
隼人が助かるなら……それでいい。
「隼人……
この悪夢の終わらせ方が分かったんだから、
早く……終わらせましょ」
そう言った千昌の声は、
――どこか急いていた。
でも――
伝承を知らないはずの隼人は、
――既に気づいていた。
「姉貴……これを刺したら、
姉貴もいなくなるんだろ?」
「なっ、なに言ってるのよ!
そんなわけ……ないでしょ!」
千昌は動揺を隠せなかった。
その反応だけで、十分だった。
「やっぱりな……」
隼人は、明滅を見つめながら静かに語る。
「明滅は、朱雀の力が生んだ武器だ。
これが……世界を戻すほどの力を捧げるなら、
朱雀が無事でいられるはずがない。
……当然、使ってきた姉貴も」
こういう時だけ……
いつも、隼人の勘は鋭い。
「だから何なのよ!」
千昌は声を荒げた。
「これを刺さなかったら、
これから先、もっと多くの人が……、
死ぬかもしれないんだよ!」
「……それでも!!」
隼人は、迷いなく言い切った。
「千昌がいない世界なんて、僕には意味がない。
助ける価値もない!!」
明滅を握る手が、震える。
「千昌を失うくらいなら――
罪でも、後悔でも、何でも背負ってやる。
僕は……世界より、千昌に生きてほしいんだ!」
千昌は――
刺せない隼人を責めることができなかった。
……自分も、同じ立場だったら。
きっと、同じ選択をした。
本当は……
隼人が躊躇った瞬間に、
短剣を奪って刺すつもりだった。
でも――
その後の人生で、
隼人がその行為を一生引きずり、
後悔し続ける姿が……
はっきりと見えてしまった。
それは……あまりに残酷だった。
「……分かったわ」
千昌は、ゆっくりと頷いた。
「でもね、刺さなかった罪、
それは……」
目に涙を浮かべながら、隼人を見る。
「私にも……背負わせて。
一人で背負おうと……しないで。」
「……うん」
千昌の言葉に隼人は……ただ頷いた。
声を出すこともできず、
静かに……二人は泣き続けた。
その日――
心優しき姉弟は、
御神体の前から……姿を消した。
人々の前からも、
歴史の表舞台からも――
伝説の武器、
双剣《明滅》と、朱雀の弓と共に――。




