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第二章 それぞれの思い

【祖父の思い】


祖父、御堂 恒一(みどうこういち)は異変に気づき、外を見た。

そこには、この世のものとは思えない光景が広がっていた。


その中で、千昌と隼人の姿を見つける。

――あの子たちを逃がさないと……。


すぐさま沿道へ飛び出したが、間に合わなかった。

隼人が、光の裂け目へと吸い込まれていく。

千昌も、後を追おうとする。


いかん――!

「……ダメじゃ! もう、間に合わん!」


胸の奥で、何かが崩れ落ちた。

……わしは、また何もできなかった……。

せめて、この子だけは……。


「ここは危険だ。逃げるぞ!」


恒一は心を鬼にし、千昌の腕を掴み、走り出した。


恒一は仏壇の部屋へ戻ると、現象が収まるまで千昌を抱き、ただ願った。


朱音(あかね)……千昌を……守ってやってくれ)


その願いが届いたのか、仏壇の部屋だけは崩れることなく、

丸一日が過ぎた頃、事態は急速に収束していった。


この時、

二つの世界が、一つに交じり合わさったことを、

誰も知らない。


不思議なことに、家全体もほとんど被害を受けていなかった。


恒一は千昌を抱き上げ、ゆっくりと千昌の部屋へ向かい、

その小さな身体を、静かに布団へ寝かせた。


千昌を部屋に寝かせた後、恒一は静かに仏壇へ戻り、手を合わせた。


(朱音……千昌を守ってくれて、ありがとう)


その想いの後、恒一の表情は、ゆっくりと陰っていく。


(隼人が……巻き込まれた……すまない……)


後悔の念が胸に込み上げ、

恒一は声を殺し、そっと涙を浮かべた。



【静かな目覚め】


目を覚ますと、千昌は自室の布団の中にいた。

……千昌は、ゆっくりと瞼を開けた。


「……ここは……?」


視界に入ってきたのは、見慣れた天井と壁。

間違いなく、自分の部屋だった。


胸の奥に、嫌なざわつきが残っている。

まるで、何かとても大切なものを失う夢を見ていたような感覚。


――でも、思い出せない。


この部屋に戻ってきた記憶が、どこにも無かった。


(……あの時……おじいちゃんに、止められた……?)


曖昧な断片だけが頭を過る。

千昌はゆっくりと身体を起こし、

足元の感覚を確かめるように立ち上がると、

静かに部屋を出た。


ふらりと起き上がり、部屋を出て本堂へ向かう。

そこには、避難してきた人々が大勢集まっていた。


その中から、

一人の男の子が千昌に駆け寄ってくる。


「これ、お姉ちゃんの木刀でしょ?

 剣が使えるなんて、すごいね。」


憧れるような眼差しで、男の子は木刀を差し出した。

その瞬間、隼人の姿が脳裏を過る。


「ねえ……私に似た、少し年下の男の子、

 見なかった?」


千昌の問いに、男の子は首を横に振った。


「……そう。ありがとう……」


千昌は静かに本堂を後にし、自室へ戻った。

扉を閉めた途端、堪えていたものが溢れ出す。

木刀を強く抱きしめ、声を殺して泣いた。


——もう、隼人はいない。


生気が抜けたような表情で部屋を出た千昌は、

ふらふらと外の境内へ向かって歩いた。


かつて整っていた境内は、

今ではまるで別の場所のように荒れ果てている。


その中に、一本の折れた木刀が落ちていた。

――紛れもなく、隼人のものだった。


木刀を拾い上げた瞬間、認めたくない現実が胸にのしかかり、

――息が詰まる。


千昌は、ふらふらと、あてもなく――ただ歩いた。



【小さな出会い】


千昌は、見慣れない景色の中を歩いていた。


すると、見たこともない――

まるでファンタジーの世界から現れたかのような生き物に、

少女が襲われているのを目にする。


「……モンスター? なんで……?」


居るはずのない存在が、

目の前で少女に牙を剥いている。


――助けないと。


ほとんど無意識に近い感覚で、千昌は木刀を握り、

斬りかかった。


その一撃はモンスターを弾き飛ばし、

少女から引き離す。


「……大丈夫?」


少女は怯え、竦んだまま動けずにいた。


「……やるしか、ない」


千昌は木刀を右手・左手と持ち、

構える。


本来、木刀で倒せるような相手ではない。


――それでも、

もう……失いたくない!


その想いだけで、千昌は殴り続けた。

やがてモンスターは力尽き、地に伏した。


戦いが終わり、千昌が少女に近づくと、

少女は無気力に泣いていた。


「……嫌だ……もう……嫌だ……」


その呟きに、千昌は声を張る。


「しっかりしなさい! ここは危険よ。

 離れるから、立って!」


だが少女は、か細い声で続けた。


「お父さんも……お母さんも……死んだ。

 お兄ちゃんも……私を庇って、

 変な切れ目に吸い込まれた……

 もう……何も……無い……死にたい……」


その言葉に、千昌の胸が強く締めつけられる。

――重なる。


「いい? よく聞きなさい!」

 千昌は、思わず叫んでいた。


「お兄さんは命をかけて、あなたを助けたんでしょ!

 その優しさを踏みにじるつもり?!

 自ら死ぬっていうのは……そういうことよ!!」


少女を見据え、言葉を絞り出す。


「……だから、死にたいなんて言っちゃダメ。

 生きなさい!!」


その言葉は、少女に向けたものではなかった。

ついさっきまで、絶望の淵に立っていた――

自分自身に、言い聞かせるための言葉だった。


少女は千昌の言葉を聞くと、

堪えていたものが決壊したかのように声を上げて泣いた。


千昌もまた目に涙を浮かべ、

何も言わず、

そっと少女を抱き寄せた。


しばらくして、泣き声が静まる。


少女は顔を上げ、

小さく息を整えると、

……静かに口を開いた。


「お姉ちゃん……助けてくれて、ありがとう」


その言葉には、

命だけでなく、

心までも救われたという想いが込められていた。


千昌はその視線を受け止め、優しく微笑む。


「私は、御堂千昌。あなたの名前は?」


少女は少しだけ背筋を伸ばし、はっきりと答える。


「みらい。石守(せきもり) 未来(みらい)です。

 助けてくれて……本当に、ありがとうございます」


それは――


これから運命を共に歩むことになる、

千昌と未来、二人の最初の出会いだった――



【日常の終わり】


普段通りの朝だった。


貫禄のある大きな岩の近くに住む石守(せきもり)家では、

一足先に冬休みに入った娘・未来(みらい)を連れ、

両親が母の実家へ帰省する準備をしていた。


信二(しんじ)、先に行くけど、

 電車で来る時は気をつけて来いよ!」


父の声に、兄の信二が答える。


「心配せんでも、電車移動は慣れてるよ。

 道混む前に、早く行けって!」


「お兄ちゃん、居残り〜!」


無邪気に笑う未来に、母が少し強めに言う。


「未来!……もう。本当に気をつけて来るのよ」


――それが、両親との最後の会話だった。


車が走り去るのを見送り、

信二が振り返り、ふっと目を逸らした、


……その瞬間!!


キィィッ――


ブレーキ音と、爆発音。


咄嗟に振り返った信二の視界に、

見たくもない光景が飛び込んできた。


「……お、親父……お袋……未来……」


声が、震える。


「……嘘だろ……」


それほど離れていない距離に、横転し炎を上げる車。


信二は我を忘れ、駆け寄った。

父と母は……すでに絶命していた。


だが――

母に庇われた未来は、意識朦朧としながらも、

奇跡的に大きな怪我はなかった。


悲しんでいる暇はない。

このままでは、車が爆発し、


――未来も死んでしまう!!


「……っ!未来!今、助けるからな!」


「……お兄……ちゃん……」


信二は必死に未来を引きずり出す。


――その時だった。


空間に、切れ目が走る。


咄嗟に、信二は未来を突き飛ばした。


――次の瞬間!!


信二の身体が、その切れ目に引きずり込まれていく。


「くっ……くっそぉ!!」


声だけを残し、

信二は空間の裂け目に吸い込まれ、姿を消した。


「……お兄ちゃん……?」


「どこ行くの……? 行かないで……」


未来の視界に、兄の姿はもうなかった。


「お父さん……お母さん……」


理解できない現実が、次々と押し寄せる。


「……いやぁぁぁ――!!」


未来は、絶望の淵へと堕ちていった。



【伝えたかった言葉】


未来は、その場にうずくまり、

動くことができなかった。


変化し続ける景色。

所々で歪む空間――


あまりにも異様な光景と、

立て続けに起きた出来事の衝撃に、

ただ――怯えることしかできなかった。


……どれくらいの時間が経ったのだろう。


やがて、

周囲の景色は少しずつ落ち着きを取り戻し、

あれほど騒がしかった空間も、

静けさを取り戻していた。


未来は立ち上がる。


――ここは、どこ?


自分がどこにいるのか分からない。

どこへ向かえばいいのかも分からない。


それでも、ただ一人で彷徨い歩いた。


「……父さん……母さん……」

震える声で呟く。

「……お兄ちゃん……どこ……?」


とぼとぼと歩いていると、

求めていた人影ではなく、

見たこともない生き物が、

突然目の前に現れた。


「……えっ……なに……?」


――次の瞬間!

その生き物は未来に襲いかかってきた。


恐怖に足がもつれ、未来は転ぶ。

だが、その偶然が攻撃をかわした。


――しかし。


モンスターは構わず、再び襲いかかってくる。


「……いや……っ! いやぁぁ――!!」


叫んだ、その瞬間。


――ドンッ!


強い衝撃とともに、モンスターの身体が吹き飛んだ。


未来は、呆然と顔を上げる。


そこには――


木刀を手にした、

一人の少女が立ちはだかっていた。


「大丈夫? 怪我はない?」


突然、声をかけられた。

未来は呆然と少女を見つめる。


(……だれ? 助かった……助けてくれた。

 ……でも……まだ……)


身体が震え、声が出ない。


その様子を見た少女は、何も言わず


――ゆっくりと息を整えた。


右手に木刀。

左手にもう一本。

迷いのない動きで構え直す。


次の瞬間――

さっきのモンスターが、唸り声を上げて襲いかかってきた。


――だが、


少女は一切慌てなかった。


木刀で攻撃を受け流し、

体勢を崩させ、

間髪入れずに連撃を叩き込む。


重い音。

鋭い動き。


未来の目には、圧倒という言葉しか浮かばなかった。


モンスターは、為す術もなく倒れた。


少女は木刀を下ろし、未来の方へ歩み寄る。


「ここは危険だから、離れるよ。立って。」


その声は落ち着いていた。

けれど――未来の心は、もう壊れていた。

……動けない。


「……お父さんも……お母さんも……死んだ……」


震える声で、言葉が零れ落ちる。

「お兄ちゃんも……私を庇って……変な亀裂に……飲み込まれて……」


現実から逃げたい。

ただ、それだけの、正直な気持ちだった。


「……もう……何もない……死にたい……」


――その瞬間。


少女は、はっきりとした強い声で叫んだ。


「あなた――お兄さんが命をかけて、あなたを助けたんでしょ!」


未来の身体が、びくりと震える。


「その優しさを踏みにじるつもり?!

 死ぬっていうのは、そういう事よ!!」


(……知らない人なのに……なんで……)


必死に語りかけてくる少女を、未来は呆然と見つめる。


少女は、少しだけ声を落とし、けれど強く言った。


「……だから、死にたいなんて言っちゃダメ。

 生きなさい!!」


その言葉を聞いた瞬間――


未来の目から、

堰を切ったように涙が溢れた。


(……そうだ……)


(お父さんも……お母さんも……お兄ちゃんも……)


(助けてくれたのに……それを無意味にしちゃ……いけない……)


心の奥に刺さっていた何かが、少しずつ溶けていく。


未来は、嗚咽をこらえながら、少女を見上げた。


「……お姉ちゃん……助けてくれて……ありがとう……」


それは、心からの言葉だった。


少女は少し優しい顔をしてから、名乗る。


「私は、御堂千昌。あなた……名前は?」


「……みらい。石守(せきもり) 未来(みらい)です。

 助けてくれて……本当に、ありがとうございます。」


それは――

絶望の淵から、引き上げてくれた少女への、

未来の最初の感謝の言葉だった。



【強がる優しさ】


千昌と未来は、モンスターとの戦いがあった場所を離れ、

避難所になってる家へ向かい、歩いていた。


「未来。

 見た目がキレイそうでも色々変なところがあるから、

 足元、ちゃんと見て歩きなさい。」


そう言いながら、千昌は先を歩く。


その後ろ姿は、

とても頼もしかった。


でも――

なぜか、少しだけ寂しそうにも見えた。


しばらく沈黙が続いた後、

未来は思い切って口を開いた。


「……千昌お姉ちゃんは、

 どうして私を助けてくれたの?」


千昌は少しだけ困ったような顔をして、前を向いたまま答えた。


「困ってる人がいたら助けるの、

 ……当たり前でしょ。」


その言葉は、あまりにも自然だった。


でも、未来の視線は、ふと千昌の手元に向かう。


――震えてる。

ほんの小さく。

気づかれないように、必死に抑えている震え。


(……怖くなかったわけじゃ、ないんだ……)


「そっか。」


未来は、にっこり笑って言った。


「じゃあ、これからも守ってもらおっと。」


「甘えない!」


千昌は、少し強い口調で言い返す。


「どうしてもって時は助けるけど、

 基本は自分で努力しなさい。」


その言葉を聞いて、未来はうなずいた。


「はーい。」


そして、少しだけ真剣な声で続ける。


「でもね、千昌お姉ちゃんが行くところには

 ……私も、ついて行くから。」


千昌は、何も言わなかった。

ただ、歩く速度をほんの少しだけ緩めた。


その背中を見ながら、未来は思った。


――この人は、泣いてないんじゃない。

――泣く暇もなく、泣くことを後回しにしてるんだ。


無理して強がる、その優しさに。

未来は、心から思った。


(私も……この人の力になりたい)


それが……未来に芽生えた最初の決意だった。


「ただいまー」


千昌の声と同時に、

避難所にいた大人たちが一斉にこちらを振り向き、

……駆け寄ってくる。


「千昌ちゃん!どこに行ってたの?心配したんだぞ!」


口々にかけられる声。

そのどれもが、本気で心配している声だった。


「……なんか、落ち着かなくて……。

 ちょっと外の様子、見たかったの。」


千昌は苦笑いを浮かべて答える。


でも――

未来は、見逃さなかった。


千昌の手が、小刻みに震えている。


(……さっきより、ひどい……)


助けてくれた時より。

モンスターと戦っていた時より。

今の方が、ずっと。


「もう収まってるとはいえな……」


一人の大人が、声を落として言う。


「隼人君が異変に巻き込まれたんだろ?

 千昌ちゃんまで何かあったら……」


大人たちの反応は、当たり前だった。


こんな事態、

誰だって冷静でいられるはずがない。


――でも。


(……隼人君?)


未来は、そっと近くの大人の服の裾を引いた。


「……あの、隼人君って……だれ?」


一瞬、言葉に詰まった後、

優しく答えが返ってくる。


「千昌ちゃんの、二つ下の弟さんよ。

 何か……空間に吸い込まれたって……」


「……えっ……」


頭の中が、真っ白になった。


(……千昌お姉ちゃんも……)


その瞬間、すべてがつながった。


手の震え。

無理に明るく振る舞う態度。

泣かなかった理由。


――自分の弟を失ったかもしれない、その直後に。

――何も言わず、私を助けてくれていた。


未来の胸が、ぎゅっと締めつけられる。


(……どれだけ辛いの、我慢してたんだろう……)


未来は、千昌の背中を見ることしかできなかった。


その背中は、さっきよりも少しだけ――

小さく見えた気がした。

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