第71話 夜中の真夏
「一ノ瀬さんって、おいくつなんですか。」
新卒歓迎会が終わり、約束通り2人で適当に歩く。
「23歳だったような気がします。」
「あ、同い年だ。凄いなあ…。」
ゆっくりと目的地もなくフラフラと。
呼応するように、星野さんの声はさっきよりも優しかった。
「誰でも出来ますよ。思ったことを言っただけなので。」
「ははっ、簡単なことみたいに言いますね。」
実際簡単である。
「私は周りのこととか考えすぎちゃって…意見あんまり言うの得意じゃないんです。」
企画立案するのに?
「だから…いきなり偉い立場に立たされても上手くやってるの、ほんとに凄いと思います。」
「自分が正しい確証が無いのに、自分の尺度で相手にものを言うなんて…。出来ません。」
…褒めてるのか煽られてるのかわからないラインで話さないでもらってもいいですかね。
「しょうがないじゃないですか、私も入るまでこんなことになるなんて知りませんでした。」
「そうだったんですね!前話した時は落ち着いていたので、最初から知っていたのかと。」
話したっけ…。覚えてない。
「星野さんは妬ましい私と、よく一緒にいれますね。」
誘っといてこういうことを言ってみる。試してるだけだけど。
すると星野さんは俯いて、ちょっと悩んだ。
「…全部わかってるんですね、さすがです。」
見りゃわかりますよ。
「そういう環境で育ってきたのでね。」
「そういう環境?」
条件反射で口にしたことに食いつかれた。
「聞きたいんですか?」
「はい、私も一ノ瀬さんみたいな観察眼と判断力、ほしいです!」
なるほど。
うーん。
ちょっと試してみるか。
普通の人がどんな反応するのか。
「私、母親に幼少期からネグレクトを受けて来ました。」
「具体的に言うと、殴ったり蹴ったり、首絞めたり心中しようとしたり。」
「自殺未遂の後片付けもしましたねえ。血まみれになった床拭いたりして。」
「父親はもう何人いたかもわかりません。でも基本的には害でした。」
「母に惚れて着いてきただけの人、私をストレスのはけ口にする人。」
「居場所も、存在確証も得られないまま育ったんです。自殺未遂もしました。」
「そういう状況に置かれる中で、きっと観察眼と決断力は育ちました。」
「母の顔色を伺わないと殴られるから。」
「父の暴行に耐えるために自己暗示しなくてはいけなかったから。」
「そうしないと生きられなかったから。」
「どうです?こんな感じです。羨ましいですか?」
前を向いて話していたのを、星野さんに顔を向き直す。
…ああ、なるほど。こういう顔ね。
また一つ人間の新しい表情を見た。
まるでフィクションみたいな現実を目の当たりにした人の顔。
興味深い。




