第4話 初めて聞いた声
私に気づいた京山がこっちに向かって走ってくる。来るな。
そうして
私の前で止まる。止まるな。
そうして
こうやって言う。何も言うな。
「ほら、これ欲しかったんだろ?」
コンビニの店員さんの視線を感じる。
「はあ…はあ…。君、連絡先教えてもらってもいいかな?」
息を切らした店員さん。京山は私の携帯を取り出して”お父さん”ってところを見せた。
それ、私のお父さんなんだけど。わかってますか?
10分くらい、京山と2人でコンビニの外に立たされた。
「京山、なにやってんの?」
「え?あれ今日発売なんだよ、だから欲しくてさ。」
小学生の知能ってどれくらいなんだろうって、同学年のIQを本気で疑ったのはこれが初めてだった。
「葵、お前がやったのか。」
お父さんは凄い形相で走ってきて、しゃがんで私と目を合わせる。
慣れない低い声。
声が出ない。
「葵に取ってこいって言われてこれ取ってきました。俺はあんまこういうの興味ないですけど。」
代わりに京山が答えてくれた。
そんな京山から私に目線を戻すお父さん。
何を言われる?怖くて仕方が無かった。叩かれるのかな。きっと男の人だから…お母さんより痛いに決まってる。
お父さんが立ち上がる。影が伸びて、私の全身を飲み込んだ。
「俺の顔に泥を塗るな。オマケみたいに着いてきたお前に興味はない。ただ俺に迷惑だけはかけるな。」
…あれ、叩かれなかった。思ったより怒ってないみたい。
やったあ!ボコボコにされるかと思って心臓はち切れそうだったけど…。
私、運が良い!
なーんて思ってた週明け。
いつもみたいに登校したんだけど、クラスの空気がおかしい。
(一ノ瀬さ…万引きしたんだって。)
(しかも京山に盗ませたって。京山ショックで今日学校休むらしいよ。)
噂っていうのは、いつの間にか伝線する。たしか公式があるんだよね。
京山万引き事件は、一ノ瀬万引き事件として学校中に知れ渡っていった。
「なあ一ノ瀬、お前んち貧乏だから泥棒したんだろ?」
「お母さんたち可哀想~。ちゃんと反省してるの~?」
私、何もしてない…。
今なら言える。言える、けど…。
言っても無駄なんだろうなあって。
それからの1年間は酷かったな、何されたっけ?
机に落書き、上履き無くなる、教科書無くなる、冤罪をかけられる、叩く、殴る、蹴る、切る。あとは…
先生はただ見ていた。
半年もかからずに不登校になった。もっと正確に言うと、お母さんが私を無期限外出禁止にした。
モノが無くなるのはお母さんに構ってほしくて捨ててるんでしょ、って聞かなかった。正直一安心したけど。
昼過ぎの自分の部屋。絵なんか描いて時間を潰してたらインターホンが鳴った。
無視した。多分お母さんとかの宅配便。
また鳴った。
無視した。しつこい。
また鳴った。…これ、私がいるのわかってる?
渋々部屋から出て玄関の重い扉を開けた。
私は運が良かった。
「葵、プリント届けにきた。ついでに遊んでってもいい?」
あかりちゃん。笑顔で私に話しかけてきた。名前に負けない明るい声。初めてかけられた声。
昼下がりの光そのものみたいな声だった。
私は迷いつつも抗えず、彼女を家に招き入れた。




