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前世は社畜、今世は異世界で薬草茶カフェを営むことにしました~地味スキル「薬草鑑定」と「おもてなし」で、いつの間にか聖女と呼ばれています~  作者: 和三盆


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第24話 「王都の公開会談と、揺れる誓約」

空は高く、冬の透き通った光が王都の石畳を照らしていた。馬車で都へ向かう道すがら、橘花たちばなは手元の小さな紙を何度も確かめた。評議会が整えた条件、エレアン伯爵夫人の支援、学舎の監査、教会の見守り――すべてが公開の場で効力を持つことを願っての、一大の会談である。


「緊張するね」メイが小声で言う。まだ若い彼女の指先は冷たく震えていた。ルークは無言で馬車の脇を歩き、時折背後を窺う。リーウは資料を折り畳み、最終の注釈を確認している。結は黙って皆の肩を撫で、村の人々の顔を思い浮かべていた。


馬車が城門をくぐると、王都の威厳が全身に満ちる。広場には連邦の使節や学者たちが集まり、報道の代わりに噂を運ぶ者たちもいる。〈銀の秤〉の影響力は相変わらずだが、評議会の組織化は王都内にも波紋を広げていた。人々の視線が一行へ向けられる。橘花は深呼吸を一つして、馬車から降りた。


会談場は王都の公会堂。木の長椅子が整然と並び、壇上には王都の官僚、学舎の代表、教会の長老たち――そしてカイン教授やエレアン夫人、セレノ神官長の姿があった。対面には〈銀の秤〉の代理人と、その取り巻き。公開会談の場は、文字通り「見える化」の場である。評議会が求めた条件はここで試される。


開会の辞の後、エレアン夫人がまず静かに立ち上がった。彼女の声は柔らかくも凛としていて、この場を和らげる力がある。


「本日ここに集ったのは、ただ一つ——人の尊厳と選択の保護のためです。綴は文書としての価値に留まらず、人に関わる知である。故に、村の声と村の生活を最優先に据えることを、我々は提案します」


会場は静まり、ほどなくカイン教授が続ける。彼は学術的知見をわかりやすく示しつつ、今回の搬出と公開アーカイブの透明性がいかに重要であるかを強調した。リーウは隣で小さく頷き、評価と補強のための資料を示した。


そして、〈銀の秤〉の代表が口を開いた。表情は柔らかく、声は丁寧である。しかしその言葉の端々には「より広い流通」と「中央による整備」がちらついた。


「我々は、学術的保存と民のための供給の両立を望む。王都の機関で体系的に研究・保存し、適切な利用を国が管理すれば、混乱は収まります」


橘花はそのとき、胸に小さな違和感を覚えた。言葉は美しいが、「管理される」「供給される」という語が、いつの間にか「決定される」ことと同義語になり得ることを、彼女は直感していた。


会談は長丁場となった。午後に入ると、召喚された証人の時間がやってきた。まずはイザークが証言台へ。彼は商会内部の事情を淡々と話し、セドルが利益のために研究を私物化しようとした過去の動きを明らかにした。彼の供述は会場に重い印象を残す。


次に、村側からはガルノ、サイム、そして橘花自身が呼ばれた。ガルノは自分の体験を静かに語り、サイムは搬出後の状態を率直に述べた。どちらも「選択の重み」と「代償の存在」を示す証言であり、来場者の表情を揺らした。


会場の空気が一変したのは、橘花の番になったときだ。橘花はゆっくりと前に出て、カップを置いた。公の場で、彼女はいつもの柔らかな笑顔を崩さずに話し始めた。


「私は、ここに来る前はただの会社員でした。数字と時間に追われて、人の顔を見る余裕もありませんでした。でも、ここで『お茶を淹れる』という小さな行為を通じて、人は変われると知りました。綴に書かれたことは確かに力を持つ。しかしその力を使う時、最初に考えるべきは『誰が』『どのように』選ぶかという点です」


橘花の言葉は飾りがなく、聞く者の胸を打った。彼女は続ける。


「我々は制度や学問を否定しているわけではありません。学びは必要だし、知見は他者の救いにもなり得ます。だからこそ、公開で、共同で、誰もが立ち会える形で扱いたいと願っています。もし『管理』が『決定』に変わり、村の意思が形だけのものにされるなら、それは救いではなく支配です」


その言葉に、評議会側の席から小さな拍手が湧いた。だが〈銀の秤〉の代理人は冷静に反論する。


「村の意思を尊重することは重要だ。しかし国益や研究継続の視点も必要です。断片的な同意や地方の感情だけで、科学的発展を止めてはならない」


議論はヒートアップし、ついには王都の高官が介入する場面も出た。彼は国としての秩序と学術の発展を説き、慎重ながらも一貫した立場を見せた。しかし、その高官の背後には、やはり経済と政治の圧力が透けて見え、橘花はその冷たい影に心を固める。


夕刻が近づくころ、会場の外で小さな騒ぎが起きた。群衆の一人が声を荒げ、〈銀の秤〉に対する暴言を吐いたのだ。警備が介入し、しばしの混乱。評議会の支持者と商会の取り巻きが言葉を交わし、場は緊張に満ちる。橘花はその騒ぎを窓越しに見ながら、胸が痛んだ。対立は誰の望むところでもない。


その夜、会談は結論を持ち越すことになった。王都側と評議会側は翌日に「公開条件」を提示し、正式な合意文の素案を作成することとなった。表向きには両者の歩み寄りのように見えたが、橘花は眠れぬ夜を過ごした。寝室の小さな窓から差し込む月明かりの中で、彼女は自分の胸の内を見つめる。


「選択を守る」とは口で言うほど簡単ではない。実践するためには、制度の裏側にある力の構造と向き合い、時には交渉し、時には抵抗する覚悟が要る。橘花はカップを片手に、村の顔を思い描いた。メイの無邪気な笑顔、ルークの黙した守り、結の深い目差し。彼らの信頼が、彼女を動かした。


翌朝、会談の再開が告げられる。公会堂にはさらに多くの報道者や学者が集まった。王都側は新たに示した「共同管理(案)」を提示する——それは一見、村の主張を反映したように見えるが、細かな条文に目を通すと「緊急時の一元化」や「国家的優先権」を含んでいた。橘花はその文言を読み、顔を曇らせる。


「我々は公開で議論し、全文を公開することを要求します」リーウが強く言った。彼の声には、これまでの準備と努力が凝縮されている。会場は静まる。王都側の高官は一瞬躊躇したが、やがて承諾の印を示した。全文公開——それは、相手の本心を白日の下に晒すことでもある。


文書が会場に配られ、読み上げられる。細かな注釈が続く中、橘花はふと一行に目を止める——そこには「緊急時、国家の利益を優先し一時的に管理権を行使する」という一節が含まれていた。その語句は、村の自主性を根こそぎ奪う余地を残している。公開されるほどその危うさが明らかになる。


会談はついに、真の分岐点を迎えた。評議会側はその文言の削除を求め、王都側は国家の保全を理由に維持を主張する。議論は泥沼化しそうに見えた——その時、橘花は立ち上がった。彼女は壇上へ向かい、場内を見渡した。疲れた顔、真剣な目、人々の期待と不安が渦巻いている。


「私から一つだけお願いがあります」橘花は静かに言った。「国家の安全も、学術の進歩も大切です。けれど、私たちがここで交わす言葉は、必ず人の顔に返って来ます。緊急時の一元化という言葉が、どんな未来をもたらすのか。私たちは、選べなくなる未来を恐れています。ですから私は——ここにいるすべての代表に、誓いを求めます。『いかなる場合も、被害の可能性が見える限り、村の意思が尊重されることを最優先する』と、明文化していただけますか」


その提案は大胆だった。王都の高官は瞬間、表情を固くする。王国の制度は曲げがたい部分があり、国家の緊急判断はその運用に委ねられることが多い。しかしエレアン夫人が橘花の傍らで静かに頷き、カイン教授やセレノ神官長もまた、表情を引き締めながら頷いた。会場には重たい沈黙の後、ひとつずつ承諾の声が漏れていった。


結局、合意文には新たな条項が付け加えられた。緊急時条項は残るが、その発動には以下の厳格な要件が設けられる——


評議会の全員同意(少なくとも村代表および教会・学術代表の賛成)を要すること。


緊急時の一時管理は最短期間に限定され、期間延長には公開審査と裁判所の承認を必要とすること。


被害が発生した場合、国家は迅速に補償と回復計画を提示し、村の生活再建を最優先に行うこと。


この三つの条件は、王都の側が最後まで渋った部分を村側の必死の交渉で引き出した結果だった。〈銀の秤〉の代表は表情を失いかけたが、公の前で反旗を翻すことは叶わなかった。公開の場での合意は、彼らの強引な動きを抑えるだけの抑止力を生んだのだ。


会談の終わり、評議会と王都の代表は握手を交わした。文書にはエレアン夫人、カイン教授、セレノ神官長、リーウ、村長、そして橘花の署名が並ぶ。橘花はサインを終えると、胸の中に深い安堵と同時に疲労を感じた。これは完全な勝利ではない。だが「選択を守るための具体的な歯止め」を引き出したことは、小さな村にとって大きな成果だった。


馬車で村へ帰る途中、橘花は窓の外の風景を眺めながら、静かに目を閉じた。村はこれからも試練に晒されるだろう。だが今は、評議会という枠組みと王都の公的合意という二つの支えができた。彼女はメイの手を握りしめ、小さく微笑んだ。


「残るは、私たちがどうこの約束を日々の中で守っていくかだね」メイは小さく囁く。橘花は頷く。


「ええ。次の、そして最後の選択は——どうやってこの場所を、そしてここに集う人たちを、守り抜くか。25話でその結末を紡ぎましょう」


馬車は森へと戻る。石畳の上には渡された誓約の紙が残り、王都には新たな課題が生まれた。けれど村にはいつもの日常があり、仲間がいる。

——選択と代償、そして小さな一杯の価値を証すために。

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