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前世は社畜、今世は異世界で薬草茶カフェを営むことにしました~地味スキル「薬草鑑定」と「おもてなし」で、いつの間にか聖女と呼ばれています~  作者: 和三盆


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第18話 「新たな同盟と、王都の潮流」

裁判の一件から数週間。村と「癒しの香」は、ほんの少しだけ、しかし確かに変わっていた。騒ぎの余波は村の外へも広がり、王都や周辺の学術・宗教界にまで届いているという。良い意味でも、悪い意味でも――だが橘花たちばなと仲間たちは、座して待つのではなく、自ら動くことを選んでいた。


「我々からも働きかけを」リーウは静かに言った。

「裁判は法に委ねられているが、法を動かすのは人の声です。学問と教会、それに王都の信頼ある人物の支持があれば、我々の主張は力を持ちます」


ルークは短くうなずく。

「外で盾になるのは俺の役目だ。だが交渉や話し合いは、君たちに任せる」


結は穏やかに微笑みながら、村の古い習俗や「綴」に関する伝承を整理し始めた。メイはカフェの改装を手伝いながら、村人たちの心を一つにする小さな催しを企画している。橘花は相変わらず、日々の客に茶を淹れ、来る者を変わらずに迎えた。そんな日々の積み重ねが、やがて遠方の理解者を引き寄せる準備になっていった。


ある朝、馬車が森の入り口に止まった。白い法衣に金糸の縁取り――聖光教会の使者だった。だが使者の顔は見知った人物のものではない。同行しているのは、王都の薬草学舎の老教授、カイン教授であるという。


「タチバナ橘花殿、拝謁を願う」と教授は紳士的に頭を下げた。

リーウが目を見開く。学舎の名は、かねて学術界で知られている。教授自身も長年、薬草と人の情動にまつわる研究を続けてきた人物だ。だが驚きはそれだけではなかった。教授の後ろには、教会の神官長セレノと、王都近郊の貴族であるエレアン伯爵夫人の名札を付けた使女が続いていた。


「王都では評判が立っておりました。綴の一件、また貴女の行いについて伺い、私どもも無視できませんでした」セレノは静かに語る。

エレアン伯爵夫人――彼女は政治的な力の持ち主ではないが、王都の文化面における影響力を持ち、慈善や護りの役割を果たしている人物だった。彼女が村に関心を示したことは、商会の圧力を牽制する上で少なからぬ意味を持つ。


橘花は緊張しながらも深く礼を返した。

「来てくださってありがとうございます。私たちは綴を守るため、村で合意を作り、使用に関しては厳しい規約を設けています。ですが、法的な力の前では限界がありまして……」


教授は優しく微笑み、古ぼけた革の手帳を取り出した。

「私どもの提案を聞いていただきたい。学舎と教会、そして貴女方の代表が共同で『守りの評議会』を結成するのです。綴は危険も含むが、知としても重要です。だからこそ、研究と実践の両面から、村の声を尊重しつつ管理する枠組みを作るべきだと考えます」


リーウの顔が明るくなる。

「学術側が直接関与する――それは裁判での説得力になるはずだ」


セレノは付け加えた。

「教会としては、綴の影響が信心や共同体の絆を壊すことがないよう監視します。ですが同時に、苦しむ者が救いを求める時、正しい手順で安全に扱うための準拠点を持つことも必要です」


エレアン伯爵夫人はゆっくりと前へ出て、柔らかい声で言った。

「外部の圧力は無視できません。私に出来ることは限られていますが、王都の文化局や良識ある貴族の間にご理解を求め、村と綴の共同管理案を支持するよう働きかけましょう。形式的な力を持つ者の一人として、貴女方の正当性を伝えます」


橘花は胸が熱くなった。どれほどの力を約束してもらえるかは現時点では未知数だが、弱小な村が国家的なネットワークと繋がること自体が大きな違いだった。リーウと結は慎重に条件や手続きの草案を交わし、数日かけて具体案を詰めていった。


「守りの評議会」は単なる名目ではなかった。学舎は綴の学術的価値を提示し、教会は倫理的ガイドラインを協同で整備、エレアン夫人は王都での支持を取り付けに動く。村側は日常と共同体の声を代表する。相互監視と相互支援によるガバナンスのモデルである。リーウはこの枠組みを裁判所で提示することで、仮保全の後の正式判決に向けた強い論拠になると考えた。


だが同盟ができても、商会が黙っているわけではない。セドルは局面を見て、より巧妙な策を練り始めていた。彼は王都の別派閥の有力者と接触し、綴を“王都の学術遺産”として取り込む案を協議し、また一部学者を金で買収しようとしていた。利益と権威を得るために動く商会は、表向きは「保存の名目」を取るが、実際の狙いは独占と利用である。


ある晩、橘花はエレアン夫人からの招待を受けて馬車で王都へ向かった。城壁をくぐると、石畳と人の波の匂いに懐かしさと緊張が混じる。夫人の館は静かで上品だった。豪奢ではあるが、どこか温かい。橘花は客間に通され、夫人と向き合う。


「タチバナさん、あなたの勇気と選択に敬意を表します」夫人は柔らかく言う。

「私が貴女に望むのは、綴を中央の権力に預けることではなく、『中央が見守る中で、村が自主的に管理を継続できるモデル』を実現すること。法的な枠組みは必要です。だが、村の主体性を残した共同管理が最も望ましいと考えています」


橘花は静かに頷いた。王都の場で自分の言葉を伝えることは怖かったが、ここで自分の意思を曲げるつもりはない。夫人は橘花に言葉で、そして行動で力を貸す約束をした。エレアン夫人は王都の評議会や有徳の貴族へ呼びかけを始めた。学舎の教授カインは信頼できる学者グループを結成し、監査と共同研究の枠組みを準備した。教会のセレノは綴の取り扱いに関する教令を整え、倫理委員会のメンバーを指名する手配を進めた。


評議会の草案は、次の要点を含んでいた。


・綴は村の共同管理下に留めることを原則とする。


・外部の学術機関および教会が共同で監査・助言を行う。


・綴の使用は、本人の完全な同意と第三者立会い、書面化が必須。


・綴は商業利用・独占を禁止する条項を持つ。


・監査の際は、綴の一時移動が必要な場合でも、必ず村側代表が同行する。


その内容は王都の役人に提出され、正式な法的手続きとして扱われるための下準備が進められた。だがそのプロセスは、まだ紙上の約束に過ぎない。現実はもっと複雑だ――商会の策略、王都内部の利害、そして何より時間の壁。だが橘花たちは、少なくとも単独ではなく“同盟”の下で動いているという強さを手にしていた。


ある日の夜、商会の一派が再び動いた。だが今回は力づくではなく、巧妙な圧力と情報操作だ。王都の市場で「綴の民衆的価値を共有したい」とする偽の宣伝が広まり、村に寄付を募るという触れ込みで“支援”を装った資金流入が始まった。だが評議会とエレアン夫人の働きかけが功を奏し、複数の有力な学者と教会の修道士が公開声明を出した。声明は、綴の管理について「共同の監査と倫理規定が整うまで、独占的な搬出や商業利用を禁じるべきだ」と明言しており、市場の風向きは急速に変わった。


リーウは王都の学舎で会議を重ね、研究と保全の透明な手続きを文書化した。セレノは教会の諸司祭を説得し、署名を集める。村では結とメイが、地域の代表とともに住民投票のような形で意志をまとめ、村の合意の正当性をさらに強めた。エレアン夫人は王都の評議会に召喚され、彼女自身の影響力で数名の中立的な貴族を説得した。小さな動きが連鎖し、やがて王都の潮流にも「共同管理」派が増えていった。


その効果は思った以上に早く現れた。裁判所の次の審理で、裁判官は「各方面の専門家グループによる共同監査案」を真剣に検討し始めた。セドル側も依然として抵抗したが、学術界と教会、そして王都の一部有力者が意思を合わせることで、商会の一枚岩的な攻勢は薄れていった。


ある日の夕暮れ、橘花は村へ戻る馬車の中で、小さな紙切れに書かれたエレアン夫人からの短い便箋を読んだ。


「貴女の“おもてなし”は、小さな一杯から国を語らせる力がある――それを信じます。評議会案は今、評議に回されている。焦らず、でも確かに。あなたの家と村を守るために、私は動きます。—エレアン」


橘花は紙をそっと胸にしまい、窓の外の緑に目をやった。仲間たちの顔が思い浮かぶ。ルークの真剣なまなざし、メイの純粋な信頼、リーウの不屈の筆、結の穏やかな強さ。彼らが共にある限り、たとえ商会がどれほど動こうとも、希望は消えない。


夜。「癒しの香」にはいつもの客と、今は新たに評議会の知らせを待つ人々がいる。橘花は湯を沸かし、一杯の茶を淹れる。香りは静かに店内を満たし、そこに集う者たちの心を和らげる。


リーウが再び席を立ち、少し笑って言った。

「王都の風向きが変わりつつある。だが気は抜けない。次は正式な法的合意の段階だ。そこでも我々の誠実さと準備が試される」


メイは元気よく答えた。

「でも、今日はお祝いしましょう! 少しずつ輪が広がってるって、嬉しいよね」


ルークは厳つい顔で杯を上げた。

「俺らは盾で、あんたは灯りだ。どっちも大切だ。乾杯しよう」


皆が杯を合わせ、柔らかな笑いがこぼれる。外では月が冴え、森は静かに息をしている。綴を巡る戦いは続く。だが新たな同盟ができた今、橘花たちには以前よりも確かな支えがある。


その夜、橘花は店の片隅で小さな帳面を取り出し、今日あったことを書き留めた。名前と日付、約束と署名――記録は未来の証となる。彼女はページを閉じ、深く息をついた。


「一歩ずつ。選ぶ自由と、守る力を。どちらも失わないように」——それが彼女の新たな誓いだった。

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