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前世は社畜、今世は異世界で薬草茶カフェを営むことにしました~地味スキル「薬草鑑定」と「おもてなし」で、いつの間にか聖女と呼ばれています~  作者: 和三盆


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第17話 「予備審、そして欠けた正義」

朝靄が残る村を、馬車がゆっくりと出発した。橘花たちばなとリーウ、結、ルーク、メイ、そして村長と数名の代表が詰めた馬車は、村の誓いを胸に町へ向かう。外套に混じる緊張と希望の匂いは、いつものカフェの湯気とは違う――しかし、どこか温かさのある緊張だった。


地方裁判所の建物は予想よりも厳めしく、石造りの階段を上る足取りが自然と重くなる。港町や王都からの代理人が集まり、ホールには書類や証人の列、そして〈銀の秤〉の使者カイロンの誇らしげな顔も見える。セドルの名は表には出ずとも、その影は確実にここにも伸びていた。


「我らの正当性を示して見せる」リーウが小声で橘花に囁いた。彼の手には綴の複写と、イザークが提供した文書、村での誓約書が整然と挟まれている。リーウの瞳は処理すべき証拠に燃えていたが、その熱は同時に不安でもあった。


裁判官は重々しい声で始めの言葉を告げた。手続きは形式に則り、申立側(〈銀の秤〉側の代理人)と答弁側(村側)の書面の提出、証人の認定へと進む。申立側はまず「綴は文化財的価値が高く、専門機関による保全と研究が不可欠である」と主張し、商会側の学者や“保存の専門家”を証人に立てる。声は滑らかで、訴求力がある。


村側の番となり、リーウがまず学術的な注釈とリスクの要点を述べた。綴の内容が人の記憶や情動に関わる技術であり、安易に流通させれば倫理的被害が出る可能性がある――その点を丁寧に説明する。続いてイザークが内部告発の経緯を語り、セドルの商会が当初から研究を口実に独占的に流用し、最終的には利益追求に向かっていたことを証言した。イザークの顔には疲労があるが、言葉は揺るがない。会場の空気は一瞬、彼の勇気を受けて静まり返る。


次にガルノが立ち上がった。彼は先日、橘花たちの手で“夜明けの調香”の一端を受け、苦しみの頻度が減ったことを淡々と述べる。しかしその証言の末尾で、彼は「妻のある断片が薄れた」と打ち明け、会場は重く沈む。ガルノの告白は綴の効用と危うさを同時に示した。両者の対比は誰の目にも明らかだった。


商会側の代理は冷静に反論する。資料の専門性、王都の学術局が関与すべきとの一点張りで、地域の感情論は手続的に価値がないかのように論じた。法廷は形式的に中立を保つが、資力のある側は書類と策略で影響力を行使するのが常だ。橘花は心の中でその“差”を感じていた。


午前の審理が終わると、裁判官は一旦休廷を宣言した。町の食堂で取った昼食の時間、橘花の胸は収まらない。彼女はリーウと外へ出、深呼吸をする。


「リーウ、もし裁判が書類だけで決まったら…」橘花の言葉は続かない。リーウは険しい顔で答えた。


「書類だけで決まることはある。だが証言、告発、村の合意――それらも法の材料だ。爪あとを残す準備はできている。ただ……油断は禁物だ」


午後の審理で、〈銀の秤〉側は新たな資料を提出した――古い寄贈契約らしき写し。これが出ると場の空気がさらに傾く可能性がある。だがリーウはそれを事前に精査していた。書式の不備、年月の食い違い、印章の偽造の可能性を指摘する準備がある。イザークの文書とリーウの注釈を組み合わせ、法廷で真贋を追及する作戦だ。


証人席で次第に商会側の主張に揺さぶりがかかる。リーウは冷静に証拠の齟齬を指摘し、イザークが証言で商会内部の圧力と研修の実態を詳細に述べる。やがて、裁判官は書類に検討の余地を認め、外部鑑定の必要性を匂わせた。会場には期待と緊張が混じる。


その夕刻、裁判官は一時判断を下した。正式差し押さえの前に「仮保全措置」を認めるが、その内容は村側にとって痛みのあるものだった。綴自体は一時的に法廷管理の下に置かれること――つまり、実物は裁判所の管理下へ移される可能性を排除できない。ただし、裁判所は村側の提出した管理計画、合意書、イザークの供述、リーウの学術注釈を十分考慮に入れ、正式審理の際に「村による管理継続」の選択肢を真剣に検討する旨を付帯した。


言い換えれば、綴は即座に奪われることは避けられたが、村の手元に残る保証も現時点では得られなかった。裁判所の仮処置は「中立的だが保守的」――法の手続きに従えば正義は保たれるはずだが、資力と影響力のある側は手続きを遅らせ、結果的に交渉の余地を広げることができる。


判決の瞬間、橘花は胸に重い石を抱えたように感じた。勝利とも敗北とも言えない“欠けた正義”――それが彼女の胸に刺さる。リーウは静かに橘花の手を握って言った。


「今は完璧な勝利を得られなかった。でも、我々は証拠を出し、告発を示し、村の声を法廷に届けた。これが次の審理への足がかりになる。法は手続きで動く。ここからが本当の戦いだ」


結は村へ戻る準備をしながら、小さく付け加えた。

「真実は一日で判決されるものではないわ。綴の守りは村の仕事。今日、我々は『ここにあるべき理由』を法の場に示した。それが意味するものを、皆で育てましょう」


村へ帰る馬車の中、メイは目に涙をためながらも微笑んだ。村人たちにとって、裁判の結果は恐ろしくも、どこか希望を残していた。外部の力は強い。だが村には共同の誓いがあり、綴についての慎重と倫理が根付きつつある。橘花は窓の外の景色をぼんやりと見ながら、小さく決意を固めた。


「完璧な正義なんて、多分この世にないのかもしれない。けれど、欠けているところを埋めようとする人間たちの努力がある限り、少しずつでも世界は違っていくはず」橘花はそう呟き、手の中の小さな綴の複写をぎゅっと握った。


夜、カフェに戻ると村の仲間たちが静かに集まっていた。ルークは外の見張りを強め、リーウは次回審理に向けた新たな資料をまとめ、結は古い儀式を村の学校で教える準備を進める。メイは橘花の前に小さなお菓子を差し出し、ぎこちなく笑った。


「お疲れ様、店主さん」メイの声に、橘花は思わず笑顔を返す。疲労はあるが、気持ちは決して折れてはいない。


夜更け、橘花は一人、店の外に出て星を見上げた。欠けた正義の余韻は冷たいが、星は変わらずに瞬いている。その光を見て、彼女は改めて誓う。


「私たちは、あきらめない。綴を守る方法を、そして綴の知恵を人を支えるために正しく使う道を、皆で考え続ける。誰かが痛みを抱えたとき、選べる道を残すために」


法廷は終わったが戦いは続く。だが「癒しの香」には、もう一人ではない。仲間がいる。村の誓いがある。欠けた正義を前にしても、彼らは小さな一杯の茶と、丁寧な説明と、互いの手を取ることで、少しずつ道を切り開いていくのだった。

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