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2章 2

 俺がいつも通りマケンの資料室を利用して勉強していると、大地さんが帰還の挨拶に来てくれた。だが、いつもなら一緒に来てくれる渚さんの姿がない。


「渚さんは?」


 大地さんの表情も相俟って渚さんが怪我をしたのではないかと心配したが、そうではないようだった。


「渚は……家で休んでる。私の分も挨拶してきて欲しいと言ってたよ」

「そっか……俺は戦争は経験したことないけど、心配だな」


 俺は戦場を経験してないが、想像する限り戦争は人が多く死ぬものだ。根が優しい渚さんは辛かっただろうな。大地さんは苦い表情で言う。


「あれを戦争と言って良いのかどうか……少なくとも戦いと呼べるものではなかったよ」

「え?」


 いつも落ち着いている大地さんだが、今日は苛立ちを表すように荒々しく前髪をかきあげる。


「ロットバインはマルテーは武器や食料を調達して戦争の準備を始めていると言っていたが、全くそんなことはなかった。むしろマルテーの兵士は戦闘の準備は一切してなくて、こちらが攻めかけたら途端に総崩れになり……後はもう蹂躙のような有り様だったよ」

「そんなに一方的だったんですか?」


 俺は正直驚いた。戦争というからにはもっと正面からぶつかり合うものだと思っていた。


「ああ。しかもランドレス兵には一般市民から略奪するものまでいるのに宰相も王も笑って見てやがる。俺達が今後の統治の妨げになるから止めたほうが良い、と進言してようやく略奪をやめさせたぐらいだ」

「……想定の何倍も酷いね」

「ああ」


 大地さんの怒りは相当のようで、珍しく言葉も荒れている。


「大地さん、ここでは飲み物も飲めません。場所を変えましょう」


 俺は、一旦大地さんを気に入りのカフェに連れて行くことにした。




 以前にも大地さん達と一緒に来たことがあるカフェに行き、防音結界を張らせてもらった。


「周りには聞こえないから言いたいこと全部言っちゃいましょう!」


 と言い、大地さんも溜め込んでいたことを諸々吐き出し、美味しいコーヒーと軽食を堪能すると顔色も良くなり目付きも柔らかくなり、俺に謝った。


「ごめんな、シロー。酷い八つ当たりだったよな」

「ううん。俺だって戦争を経験したらおんなじような気持ちになると思うし、悪いのはロットバインと王様だよ」

「うん、あとロクタンズな」

「あはは」


 大地さんにも笑顔が戻り、大地さんは渚さんに紅茶とタマゴサンドをお土産に持ち帰ることにした。


 俺は別れ際に大地さんに言っておいた。


「あ、そうだ。闇魔法、簡単なのなら使えるようになったよ。渚さんにも伝えておいて」

「そうか! わかった。必ず伝えるよ」


 大地さんと笑顔で別れることができて少し安心した。


 


 大地さん達は渚さんの体調不良を理由に軍の仲間より先に帰らせてもらったそうで、国王が率いる軍は三日後に王都に帰還し戦勝パレードを行うが、国民も世界情勢を知っている。


 この状況でサリアマーレ帝国に戦争を仕掛けた国王に疑問を抱き、パレードに参加しない国民も多かったそうだ。


 そしてパレードの翌日、渚さんはマケンに顔を見せた。


「シロー、久しぶり。ごめんね、心配かけちゃって」


 渚さんは少しはにかみながら軽く頭を下げた。俺は首を横に振って答える。


「気にしないで、大地さんにも話は聞いてるから。悪いのは全部ロットバイン達だしね」


 渚さんは今日は一人で会いに来たようで、俺達はいつものカフェに移動した。


 戦争に関する話には機密情報が含まれている可能性もあるので、念の為防音結界も張らせてもらいのんびり会話を楽しんだ。


 話を聞くと、大地さんと渚さんは半ば強制的に戦勝パレードにも参加させられていたそうだ。


「なんか戦勝パレードってさ、物語だと国民が道いっぱいに押し寄せてすごい華やかなイメージがあったんだけど、昨日のは全然そんな感じじゃなかったんだよね」

「うん。国民もこの戦争には疑問を持ってるみたいだね」


 渚さんは俺の言葉に頷き、俺の目をまっすぐに見て言う。


「それで気付けたんだよね、この戦争をおかしいと思ってるのは私だけじゃないって。多分私達と国民だけじゃなくて、ほとんどの兵士もやる必要のない……いや、やっちゃいけない戦争だって」

「うん」

「それで……兵士も国民のみんなも、色々と迷いながら前を向いて頑張ってるのに、私だけ俯いて立ち止まってちゃ駄目だなって」


 そう言って渚さんは笑った。


 俺は正直なところ、時にはそんな風に立ち止まっても良いと思うけれど、渚さんは再び前を向き、力強く歩き始めた。




 カフェを出ると、俺達は訓練場に向かった。渚さんが俺の闇魔法を見たいと言ったからだ。


 訓練場を見回すと、やはり戦争から戻ってきたばかりだからか、普段より兵士の人数が少ない。それでも、これまで聖属性の魔法しか使わなかった俺が闇魔法を使えば、国王軍の中では情報が広がるだろう。


 実際のところ、このまま闇魔法が使えることを隠したままユルマズとの手合わせに臨み、不意打ちで闇魔法を使えばユルマズから一本取れる可能性はある。


 だが、一本取れても今の俺の実力では対策されたらまだユルマズには勝てないと思う。小細工して一本とってもその後負けるんじゃ意味がない。俺は隠す必要はないと考え、訓練場の片隅で渚さんに闇魔法を披露する。


 基礎魔法と呼ばれる、攻撃魔法と防御魔法がある。各属性の魔素を球状にまとめて発射する、ボール系の攻撃魔法と、各属性の壁を生み出す壁系の防御魔法。


 俺は手始めにダークボールとシャドウカーテンを発動すると、渚さんは笑顔で喜んでくれる。


「おー、すごいすごい!」

「あ、いや、これは基礎魔法だから……」


 が、俺は渚さんの手放しの称賛にちょっと恥ずかしくなってしまった。子供でも発動できる魔法だよ、と言っても渚さんは止まらない。


「そんなことないよ。相反関係にある属性の魔法を両方使える人ってほとんどいないんでしょ? すごいよ!」

「どうだろ? 多分それなりにいると思うけど、ありがと」


 俺みたいに加護を持っている人もいるだろうし、ユルマズのように独力で使えるようになった人もいるだろう。魔導部隊には魔法の専門職が揃ってることだし、それなりにいそうだな。


 次いで中級魔法のフィルシースモッグと操影を披露し、魔法の効果も説明する。


「なるほどねぇ、やっぱり闇魔法はシローのスタイルに合ってるんじゃない?」

「うん。使いこなせればすごい便利だと思うんだけど、やっぱり適性がないから難しいんだよね」


 中級魔法になるとまだ戦闘中は安定しないことを言うが、渚さんはやっぱりポジティブだった。


「まだ闇魔法の練習始めてから一ヶ月ぐらいでしょ? なら大丈夫だよ。シローならきっと使えるようになるよ」

「あはは、ありがと」


 なんとなく、いつも元気で明るく前向きな渚さんが戻ってきたようで、つい笑ってしまった。




 その後、軽く手合わせしながら談笑していると、渚さんがふと口を閉じて考え込む。思考の邪魔をしないように黙って待っていると、やがて渚さんの口が開く。


「シローは人を……手にかけたことある?」

「うん、あるよ」


 俺は渚さんの目を見て頷く。盗賊退治や邪教討伐の依頼を受けたこともある。


 渚さんは真剣に俺の目を見て、更に聞く。


「初めて人を殺めた時、どう感じた?」


 だから、俺も正直に答える。


「俺は案外平気だったよ」


 俺の言葉を聞いて渚さんは一つ頷き、俺に言う。


「うん、私も。お兄ちゃんは多分、ステータスの精神力の成長が影響してるんじゃないかって言ってたけど」

「ああ、それは俺も感じた」


 渚さんは続ける。


「私ね、今回の戦争で、戦争の準備を一切していないマルテーの兵士達が酷い殺され方をしてるのを見て、苦しくなっちゃったのかなって思ってたんだよね」

「うん」

「でも、お兄ちゃんと色々話して、戦勝パレードに参加して、シローとお話して、そうじゃなかったんだってようやくわかった」

「そうなの?」


 俺が聞くと、渚さんは微笑んで頷く。


「私は多分駄々をこねてたんだと思う。こんな酷いことをする人達と仕事したくない。こんな人達が治める国のために働きたくないって」

「うん、わかる。良く分かるよ」


 俺が、うんうん、と頷くと渚さんは少し笑う。


「ふふ。でもね、みんなのおかげでこんな酷いことをして喜んでいるのは、この国の極一部の人達だけなんだって気付けたんだよね」

「うん」

「だから、まともな人の方が多いこの国のためなら、もうちょっとだけ頑張ってみようかなって思えたんだ」


 そう言って笑う、明るく素直でポジティブな渚さんはとても素敵な人だな、と素直に思えたので、俺も笑ってナギサさんに伝える。


「じゃあ俺も、大地さんと渚さんが頑張るなら、俺ももうちょっとだけ頑張ろうかな」

 

 そう言うと渚さんは大きく頷いた。


「うん! みんなで助け合って、みんなで頑張ろうよ!」


 俺達は立ち上がり、訓練場を出て大地さんのもとに向かった。



 

読んでいただきありがとうございます

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