4章 4
「シロー、お前は今現在交際している人はいるのか?」
「……えっと、いません」
ユルマズは真顔で聞いてくるが、俺は急に何を聞かれたのかと戸惑い、つい敬語になってしまった。
しかし、ユルマズは意に介さず続ける。
「そうか。それなら一つ提案がある。まあ少し驚かせてしまうと思うが、よくよく考えればデメリットよりもメリットの方が多いとわかるはずだ」
「……うん」
なんか、今日のユルマズはちょっと怖いな。勢いが凄い。
ユルマズは俺が内心で怯えていることに気付いているのかどうか、なんだか必死になっているようにも見える。
「ふむ、この提案は飛躍し過ぎていることは私も理解している。シローに断られるんじゃないかと少し怖いな。だが恐れていては何も始まらない。いくぞ、シロー」
「……どうぞ」
俺が促すとユルマズは一つ頷き、口を開く。
「シロー、私と結婚しよう」
「……」
俺はリビングの片隅に控えているお手伝いさんの顔を見る。どうやらユルマズは彼女達には何も告げていなかったようで、お手伝いさんも驚いた表情をしている。
「えーっと、ちょっと気が早いかも」
付き合ってもないのに結婚はちょっと……。だがユルマズは止まらない。
「言いたいことはわかる。だがまずは聞いてくれ」
そう言うと、ユルマズはお手伝いさんを呼び、いくつかの封筒を受け取り俺の前に置く。
「これは今朝届いたもので、皆貴族からだ」
「へぇ」
俺は手に取って見てみるが、名前を見ても正直ピンとこない。ユルマズは俺の表情を見て小さく笑う。
「まあシローは貴族の名などわからんか」
「だね」
俺が封筒を机の上に戻すと、ユルマズはお手伝いさんに指示して封筒を片付けさせた。
「まあ貴族の名は重要ではない。要は、あれらの封筒は全て私への求婚の便りだということだ」
「……モテるんだね」
「私がモテているわけではない。宰相という地位が人気があるんだ」
なるほど。まあわかる。
「今の宰相が三十過ぎて未だ独身だということは、国民に良く知られている」
「……うん」
触れづらいよ。
「ランドレス王国にはセイラム様の影響もあり、未だに貴族の特権意識が残っている」
「そうなんだ」
クリスと付き合っているとあんまり感じないんだけど、そうなんだね。
「だが、大きな権力を持つ宰相というものは、平民であっても魅力的なようで、日々求婚の便りが来る」
「うん」
「だが、私は貴族にはなりたくないんだ。移民で平民の私は、これまで貴族には無下にされることの方が圧倒的に多いし、このような無駄な特権意識はなくしたほうが良いと思っている。そのためには私は平民のままでいなければならないんだ」
……うん。ユルマズが基本的に貴族に心を開いていないことには気付いていた。ノールさんや、明らかに年下のクリスにも敬語だし。でもなぁ。
「それで俺?」
正直、私は貴族になりたくないから結婚しよう、はあまり面白くない。気持ちが表情に出ていたのだろう。ユルマズは笑って言う。
「当然相手は平民なら誰でも良いということでなはいぞ。毎日一緒に暮らすことになるんだ。心を許せる相手でなければならない」
「うん」
まあ俺も今のユルマズには心を許している。
「もちろん今すぐに婚姻届を出そう、ということではない。だが、私はシローとの結婚については真剣に考えている。シローも一度、真剣に考えてみてくれ」
「……うん、わかった」
俺はそう答えたが、頭の中は混乱して気もそぞろだった。ユルマズはそんな俺を見て優しげな表情になる。
その後、少し話をしたらお開きとなり、ユルマズはお見送りをしてくれるが、最後まで優しかった。
「時間は幾らでもある。ゆっくり考えなさい。もしもシローがこの話を断っても、私はシローとの関係をなくすつもりはない」
「……断っても良いの?」
「もちろんだ。私はシローと結婚したいから残念だがな」
そう言ってユルマズは微笑む。俺はついでにもう一つ聞く。
「大地さん達に相談しても良い?」
「ああ、ダイチ達はシローの家族だろう。問題無い」
「ありがと。またね」
「ああ、またな」
ユルマズは微笑んで手を振ってくれるので、俺も手を振って別れた。
ユルマズからの求婚について、じっくり考えたいところだが、今日も依頼を受けている。余計なことを考えていては、上手くいくものも上手くいかなくなってしまうので、とりあえず依頼に集中する。
今日受けた依頼は採取依頼なので命の危険はなさそうだが、希少な植物を求められているので大変だ。しかも最低二株。希少なんだから一株で満足してくれよ。
結局、計四ヶ所のダンジョンに潜ってようやく集めきることができた。移動時間も含めて一週間掛かったことになる。希少植物の採取依頼ということで比較的高額な報酬だったが、一週間掛かっちゃうとちょっとなぁ。
それでも一週間仕事に集中していたおかげで、頭の中はだいぶスッキリした気がする。これが怪我の功名ってやつだろうか。
俺は王都に戻ると、早速大地さん達に相談があると連絡を取り、夕食をご一緒することにした。
「実は、一週間前にユルマズさんから求婚されて」
「……へ?」
「はあ!?」
俺が切り出すと、大地さんは半ば固まり、渚さんは驚き大声を出す。宰相の身の上話になるので、念の為防音結界の魔道具を使っておいて良かった。
俺はこの一週間考えたことで気付いた点について説明する。
「多分、というか、間違いなく恋愛感情からの求婚じゃないと思う」
「ああ、うん」
「どういうこと?」
大地さんは少し理解できるようだ。
「ほら、俺は十三歳で召喚されて、家族から引き離されて邪神討伐命じられて、軍人に毎日ボコボコにされて、正直この世界を恨んでたんだよね」
「うん、わかるよ」
大地さんも渚さんも頷く。彼等も同じ思いをしているからね。
それからユルマズは、王様やロットバイン主導で進められた異世界召喚を止められなかったことを遺憾に思っていたこと。家族を必要とする、まだ子供の俺の家族代わりになりたかったが、感情表現が苦手で気持ちが伝わらなかったことなどを悔いていたことなどを説明すると、大地さん達は大きく息を吐いた。
「ユルマズさんらしいなぁ」
「うん、求婚される前の日に一緒にお酒飲んだんだけど、なんか、家族がどうとかぶつぶつ呟いてたんだよね」
「あはは、そこで結婚に飛躍しちゃうのもどうかと思うけどね」
渚さんはケラケラと笑う。でも俺は笑い事じゃないんだよね。
「ユルマズさんは、大地さん達の次くらいに親しくて信頼してる人だから、断って気まずくなるのも嫌なんだよね。かといって結婚なんてそんな簡単にして良いものなのかわかんないし」
俺が迷いを吐露すると、渚さんに聞かれる。
「ユルマズさんっていくつなんだっけ?」
「うーん、正確にはわからないけど、多分一回りぐらい上だと思う」
「ああ、結構離れてるね」
「多分恋愛感情じゃないからユルマズさんは気にしてないんだろうね。家族愛だから」
渚さんは驚くが、大地さんは納得しているようだ。そして聞かれる。
「シローはユルマズさんと結婚するのは嫌なのかい?」
「あー……嫌っていうか……うーん」
俺は自分の気持ちをどう伝えたものかと迷うが、大地さん達は静かに俺の言葉を待ってくれているので、仕方なく簡単な言葉で伝えることにした。
「……だってまだ付き合ってもないのに結婚とか、早すぎるし」
顔が赤くなっているのがわかる。わかってるんだ、二十歳すぎてガキみたいなこと言ってるって。でもしょうがないだろ? この世界で色んなことに反発して必死に生きてきたら、恋愛経験なくここまで来ちゃったんだよ!
渚さんの顔をちらっと見ると、ニマニマとして俺の頭に手を伸ばしてきたので、俺は頭を振って渚さんの手を振り払った。
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