3章 15
戦後処理は中々に苦戦しているようだ。特に鬼が周辺を更地にしてしまったのが痛い。
イガラシ軍に責任を取らせたいが、捕虜にしたイガラシ軍の兵士は頑なに口を割らず、未だにイガラシ軍がどこの国の軍隊なのかも判明していないようだ。
一応イガラシの護衛が、イガラシさえ生き残っていれば『アート・ラディン』の未来は明るい、みたいなことを言っていたが、それも証拠があるわけではない。
アート・ラディンはキュージャンの二つ隣に位置する国だそうで、ユルマズも問い合わせはするが、証拠がない現状ではしらを切られればそれまでだ、と言っている。
ユルマズ達は、アート・ラディンは色々と理由をつけて責任回避しようとするだろうから、キュージャンの首都、アイガラの復興はランドレス王国でやろう、という方向で話し合っている。
ランドレス王国はサリアマーレ帝国のマルテーに攻め込んだことで評判を落としている。ここは損して得取れの精神で、復興費も王国がある程度負担して手伝うべきだろう、ということだ。
ノールさんとクリス、ユルマズも最初の数日は復興工事の方に顔を出すようだ。ただ、実際復興工事は数カ月では済まないはずなので、軍団長や宰相がいつまでも残ってはいられないようだ。
そして問題の鬼。鬼との死闘を終えて三日が経ち、ユルマズに呼ばれて一緒に凍結した鬼の様子を見に行くが、未だ変化はない。
「索敵スキルで見てくれないか」
「はーい」
ユルマズに頼まれるので、素直にスキルを発動する。
「お?」
今回は、三日前の戦闘中とは明らかに異なる点があった。
「マナの動きが……大分緩やかだね」
「ほう?」
「鬼が弱って吸収する力が落ちてるのか……それとも」
俺は一旦言葉を切って回復魔法を発動してみる。すると、回復魔法は発動するが、明らかに消費MPが普段より多いと感じた。
魔法は自身が所有する魔力と、大気など、周辺のマナを利用して発動していると聞いた。これは、鬼が周辺一帯のマナを吸収し尽くしてしまっているからではないかと思った。
「多分、鬼が吸収して辺りのマナが薄くなってるんだ」
「ならば、マナが吸収できなくなった時にどうなるか……後どのくらいで吸い尽くすかわかるか?」
「うーん、それはちょっと難しいかな」
「そうか」
ユルマズは少し考えてから口を開く。
「まあ見張りを置いておくか」
ユルマズは近くにいた復興作業をしている兵に、
「すぐに見張りを寄こすから、それまでこの鬼を見ていてくれ」
と指示を出し、俺と一緒に駐屯地に戻った。
夕食を取り、シャワーを浴びて寝入りばな、ユルマズの副官に起こされる。
「シマモト殿、このような時間に申し訳ありませんが、ユルマズ様がお呼びです」
「はーい、ちょっと待ってね」
俺はもう寝るためにTシャツと短パンになっていたので、副官さんには少し待ってもらい着替えてからテントを出る。
副官さんは全く申し訳なさそうに、
「申し訳ありませんが、少し急いで頂けると」
と言うので、
「はいはい、大丈夫ですよー」
と、俺も適当に返しておいた。
副官さんに連れられてユルマズのテントに入ると、まずユルマズが真面目な顔で言う。
「遅い時間に済まんな。もう寝てたろう」
「うん、大丈夫ですよー。鬼になんかありました?」
気軽に聞いてみると、ユルマズは頷く。
「ああ、鬼がイガラシに戻ったそうだ」
「へぇ……それは待たせてすいません。早速行きましょうか」
俺は改めて謝罪して席を立つが、ユルマズは少し面白くなさそうに言う。
「気にしなくて良いと言っただろう。イガラシは逃げられないんだ。ゆっくり行けば良い」
「うん、そっか」
俺はユルマズの言葉を素直に受け取り、気楽な気持ちでユルマズと共にテントを出た。
ユルマズとのんびりおしゃべりしながら鬼の下に向かい、ようやく辿り着くとそこにはノールさんとクリスがいた。
「お疲れ様ー」
「おう」
ノールさんはいつも通りの返事をしてくれるが、クリスは何やらニヤニヤしている。
「何?」
「お前寝てたろ」
俺が素直に聞いてみると、クリスは断定するように言う。
「うん、寝てたよ」
「だよな。寝癖できてるぞ」
「え、マジ? どこどこ?」
「ここだよ」
驚いて聞くと、クリスは笑いながら寝癖の場所を教えてくれる。手で撫でつけてみるが、ピョコンと跳ねてしまう。
むぅ、と不満げにしていると、ユルマズがフフンと笑う。
「もしかして気付いてた?」
「ああ、中々可愛らしくて似合ってるぞ」
「ちぇっ」
俺が舌打ちを打つと「フフフ」とまた笑われる。まあ良いや。
おしゃべりも一段落したと判断したか、ノールさんが口を開く。
「そろそろ良いか? シロー、索敵スキルで辺りのマナを見てくれ」
「はーい」
指示された通りに索敵スキルで周囲のマナを探ってみるが、特に動きは感じられない。というか、動きがなさ過ぎる。
「周囲のマナは枯渇してる感じだね」
「やっぱりか」
ユルマズが頷いて続く。
「やはり、鬼の形態を維持するためのマナが足りなくなって、というところでしょうね」
「まあ確かなことは言えないが、今のところはそう見て良さそうだ」
二人はイガラシの考察を始めるかと思ったが、ユルマズが切り替える。
「詳しいことは本人に聞きましょう。魔法を解除するので、逃さないようにして下さい」
ユルマズが長剣を手にしてそう言うと、クリスは槍を手にして黙って氷を挟んで俺達の向かいに立つので、俺とノールさんも武器を手にして左右に散る。
ユルマズが長剣を構え、
「それでは解除します」
と言って軽く魔力を放つと、フッと一瞬で氷山が消え去り、イガラシが軽い音を立てて地面に落ちる。
衝撃はあったはずだが、目を覚ます気配はない。
「お、楽で良いですね」
なんて気楽な様子でクリスがイガラシを魔道具で拘束する。
その様子を見て、ユルマズも少し気が抜けた様子だ。
「ふむ、話しを聞けるのは明日以降になりそうですね」
「だな。連れてくか」
ノールさんが副官に指示を出し、イガラシを担架に乗せて運ぶ。
拘束の魔道具はステータス超低下のデバフと、魔力が使えなくなる効果がある。そのため、ノールさんでも拘束された状態から自力で抜け出すのは難しいそうなので、鍵をかけられる部屋に放り込んで見張りをつけておけば問題ないそうだ。
担架で運ばれていくイガラシを見送り、ふぅ、と一息つくと、ようやく一仕事終えたというのに、なんだかどっと疲れが出たような気もする。
そんな俺の様子を見て、ノールさんが笑みを浮かべて労ってくれる。
「良くやってくれた、シロー。あの鬼が相手ではユルマズ殿でも一人では厳しかっただろう。無事捕縛できたのはお前のおかげだ」
俺は軽く笑って礼を言う。
「ありがとうございます。でも俺は戦争の方には一切関与してないんで」
これは本音だ。実際のところカキンとキュージャンを解放したのは王国軍で、イガラシの逃げ場をなくして追い込んだのも王国軍だ。俺は最後にちょっと手伝っただけで、イガラシの動きを止めたのもユルマズだ。正直力不足だったかなぁ、とまで思っている。
だがユルマズは首を横に振る。
「いや、私一人では押し切られて取り逃がしていただろう。シローがいてくれたおかげだ。助かった」
「……そっか」
俺が渋々頷くと、ノールさんは笑う。
「はっはっはっ、まあみんな良く頑張ったってことだ。そろそろ戻ろうぜ」
「そうしましょう」
ユルマズも笑みを浮かべて同意する。
駐屯地までの帰り道は、なんかクリスが一杯話しかけてくれた。ホントクリスは良いやつ。ありがとね。




