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3章 14

 気が付けば随分と長期戦になり、ハァハァと荒い息遣いが俺の側で戦うユルマズから聞こえる。そして俺の息遣いと言えば、ゼェゼェと病人のようなものだった。


「ハァハァ、最近書類仕事が多かったからな、運動不足だったか?」

「ゼェゼェ、俺は書類仕事とかしてないよ?」


 俺より体力が残ってるユルマズが運動不足なら、俺はどうなるんだ。


 鬼はそんな無駄口も見逃さずに攻撃を仕掛けてくる。重い体に鞭を打って必死に回避し、ユルマズが隙をついて攻撃するが、鬼の無尽蔵の体力に陰りは見えない。


 アサシネイトモーションはもう使っていない。鬼も学習して、俺がアサシネイトモーションを使うとすぐに咆哮して解除されるようになった。あの咆哮は接近しているとダメージも入るから厄介だ。


 ユルマズは序盤以降あまり魔法を使わずに戦闘している。時折防御のために使うことはあるが、基本的には長剣にエンチャントを掛けるのみにしているようだ。MPを温存しているんだろうな。


 そしてランドレス王国最強で、いつだって冷静沈着なユルマズが必死になって戦い、髪も乱れて埃に塗れている姿は少し衝撃的だ。


 俺はと言えば、当然ユルマズ以上にボロボロだ。ユルマズは魔法を使ったり、時折体を投げ出すようにして攻撃を回避して、最低限の攻撃しか受けないようにしている。だが、俺はユルマズのように懸命に回避しても、ギリギリ攻撃が掠ってしまうことがあるので、その度に回復薬や回復魔法のお世話になっている。


 そして俺達と戦う鬼を見れば、実のところ体中傷だらけにはなっている。左腕には骨まで届く斬り傷もある。しかし索敵スキルで鬼を見てみると、周囲のマナが鬼に集まっていっているのがわかる。どうも鬼は周囲のマナを吸収して常時回復しているようなのだ。


 元々莫大な体力を誇る上に常時HP回復をしているのだから、ユルマズの力を持ってしても倒しきれないのも納得だ。


 それに……この鬼はそもそもイガラシだ。イガラシは生かしたまま捕縛する必要があるので、この鬼だって討伐して良いのかどうかもわからない。マジでどうしたら良いんだ?




「ふんっ!」


 鬼の背後から膝裏に狙いすました一撃を与えると、鬼は耐えきれず態勢を崩す。ユルマズは好機と見て溜めが必要な大技を繰り出し、鬼に大きなダメージを負わせるが、索敵スキルで調べるとわかる。


 鬼は大きなダメージを負えば負う程周囲のマナを凄まじい勢いで吸収し、グングン体力を回復する。そしてすぐに立ち上がる。


 まいったな、こりゃ、と更に気が滅入ったところで、突然威勢の良い声が辺りに響いた。


「なんだお前ら、ボロボロじゃねえか!」

「ノールさん!」

「む、良いところに」


 俺は思わず大声を上げてしまったが、やはりユルマズは冷静だった。


 イガラシ軍との戦いは済んだのか、クリスはどうしているのか等、聞きたいことはあるが鬼を放っておくわけにもいかない。


「あいつ強くてさぁ、手伝ってくれる?」

「お前ら二人でその様とはな、面白そうだなぁ!」


 うん、普段より随分言葉遣いも荒いし、鬼の姿を見て興奮してるみたいだな。


 ノールさんは狩りゲーで見るような、自分の体と変わらない程大きな剣を取り出し、俺達に一言かけて駆け出した。


「ちょっと行ってくるわ」


 うーん、やる気だねぇ。俺は自身とユルマズに回復魔法を掛けた。


「助かるよ」

「どういたしまして」


 一息ついて、ユルマズの目を見ると、ユルマズが口を開く。


「それでは私達も行くぞ」

「はーい」


 大変な仕事引き受けちゃったなぁ。




 ノールさんが鬼の正面を取り、ユルマズはサイドを取って、俺が鬼の背後から攻撃、という形で戦闘を進め、再び好機が来る。


 ユルマズがサイドから崩し、ノールさんが股間を強烈に斬り上げると、鬼も堪らずうずくまる。


 三人で武技を叩き込むと、鬼の体が一瞬痙攣したように跳ねるが、やはり立ち上がる。


「マジかよ……」


 俺はうんざりしてぼやくが、ノールさんは笑顔だ。


「へぇ、立ち上がるかい」


 そしてユルマズは、


「これでも駄目か」

 

 と呟くと、さっと俺達から距離を取り、俺達に向かって言う。


「シロー、バス殿、少し時間を稼いでもらえないだろうか」

「……オッケイ」

「良いだろう」

「感謝します」


 ユルマズは一つ頭を下げると魔力を練り上げ始めた。


 俺はノールさんと前に出る。


「さてさて、頑張りますか」

「おう、気合い入れてくぞ」


 


 鬼の振り下ろす拳を掻い潜り、唸りを上げて振り回す脚から必死に逃げ回り、更には超広範囲の魔法を回避し、時には避けきれずにダメージを受けながらも隙を見て反撃する。


 そしてノールさんは基本的には鬼の攻撃は回避するが、時にはデカく分厚い大剣で鬼の攻撃を受け流し、見事なカウンターを当てていた。


 ただ、鬼と正面から渡り合っているだけに、明らかに俺よりも多く攻撃を受けていて流血もしている。


 それでもノールさんの純粋に強力な一撃を与える武技、『フルスイング』でよろけたところを、背後からの首刈りで膝をつかせることに成功する。


 すると、少し離れた場所から鋭く声が掛かる。


「二人とも離れてくれ!」


 俺とノールさんが返事を返す間もなく反射的に退くと、ユルマズの長剣の切っ先から濃密な魔力が込められた水流が、鬼に向かって迸る。


 清冽な水流は鬼に当たると、ビキビキと音を立てて瞬時に凍りつき、あれよという間に鬼を包み込むほどの氷山ができ上がっていた。


「おぉ……」

「ほう、こりゃすげえもんだ」


 俺は鬼程の強敵を瞬時に凍結させた魔法に慄くが、ノールさんは純粋に感心しているようだ。


 ユルマズを見れば、魔力回復薬を飲み終えたと思ったら、即座に二本目を飲み始める。やはり相当のMPを注ぎ込んでようやく発動させられる魔法のようだ。


 索敵スキルで凍結した鬼を見てみると、鬼自身のマナは動く気配がない。脈動すらしないが、それでも未だに周囲のマナを取り込んでいる。


「これどうしたもんかなぁ」


 ポツリと言うと、ノールさんは平然と言う。


「殺しちまえば良いんじゃねえか?」

「いや、これイガラシなんだよね」

「はあ?」


 これには流石にノールさんも驚いたようで簡単に経緯を説明すると、ノールさんは驚いたような感心したような、微妙な反応をする。


「そんな隠し玉持ってたとはなぁ」

「ねぇ。こんなことになるなんてねぇ」


 そして首を傾げて俺に聞く。


「で、どうやったらイガラシに戻るんだ?」

「そこなんですよ」


 困ったなぁ、なんて言ってるとユルマズがやって来る。


「この氷は私が解除しない限りは溶けませんから、一旦放置して戦後処理を済ませてしまいましょう」

「ふむ……ユルマズ殿が言うなら大丈夫か。じゃあやるべきことを先に済ませちまうか」


 


 その後、ユルマズとノールさんは少し話し合って今後の方針を固め、二人は王国軍と合流することにした。氷山には見張りを置いておくようだ。


 俺は一足先に駐屯地に戻り、シャワーを浴びさせてもらった。

 


 

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