3章 13
「悪鬼よ、来い!」
イガラシは両膝を突いて両手を天に掲げ、天を仰いで叫ぶ。
「来い」って言うからには召喚魔法なのかと見守っていると、瞬く間に空が黒雲に覆われる。
ほうほう、と興味深く眺めていると、突然轟音と共に激しい衝撃に襲われる。
「くっ!」
咄嗟に防御魔法の『シャドウカーテン』を張るが、衝撃は影の防壁を突き抜けて襲いかかり、俺は二歩後退る。
正直なところ、まだ大きな変化はないだろう、と俺は少し気を抜いていた。それでも今の衝撃は三本の落雷だと見極めることができた。そして三本の落雷がまとめてイガラシに落ちたところも。
まあ当然今のでイガラシが死んだわけではないことはわかってる。だが落雷の衝撃で土埃がひどく、イガラシの様子もわからない。
いつ土埃の中からイガラシに襲いかかられても大丈夫なように警戒しながら見守っていると、不意に二本の大きく太い腕がニュッと突き出され、左右の護衛の男達が掴まれる。
俺は内心動揺したが、二人の護衛はそうではなく、笑顔すら浮かべていた。
「良いぞ! 俺達を糧に生き延びろ、ショータ!」
「ああ! 俺達を喰って更なる高みへ登れ!」
護衛達は狂気的な笑顔で言うが……喰って? いや、まさかだろ?
大きく太い腕が土埃の中に引っ込むと、バキベキと何かが砕かれるような音が聞こえ、
「ゲブッ」
「ギャッ」
と、断末魔のうめき声まで聞こえた。
おぅ……マジか。
俺は正直ドン引きだが、ユルマズは冷静だった。
「ふむ、下手に刺激したらどう動くか読めないから土埃はそのままにしていたが、気持ち悪いものを見ずに済んで良かったな」
などと言っている。
その後、何か噛み砕かれる音が止むと、ユルマズは「そろそろ良いか」と言い、風魔法で土埃を吹き飛ばす。
すると、そこには身の丈四メートル程はありそうな、立派な角が生えた巨人がそびえ立っていた。
「ほう、でかいな」
そう言うユルマズの顔には笑顔が浮かんでいた。この人も意外に戦闘狂の素質があるんだよなぁ。
ユルマズは長剣を手にしてスタスタと巨人に向かっていくので、俺はユルマズの長剣に聖属性をエンチャントしておいた。あの巨人は角が生えているから鬼に見えるし、鬼なら聖属性が弱点ぽいだろ。
俺はアサシネイトモーションを発動し、静かに移動する。俺が手にした短剣、サンダークラックは雷属性が付与されているので、とりあえずエンチャントは無しでいく。まあ雷属性が効かなかったとしても、この武器は会心率が高く、素の状態で攻撃力が高い武器だから問題ないと思う。
ユルマズは真っ直ぐに進み、素直に長剣で斬りかかる。鬼の巨人はユルマズを見下しているのか、避けもせずに左手の大きく鋭い爪で受け止めるが、ユルマズの長剣は見事に爪を二本斬り落とす。
そして俺も、気配を消して鬼の背後を取り、太い右の足首を斬りつける。
短剣の一振りでは、当然四メートルの巨体を支える足に大きな怪我を負わせることは難しいが、それでも手応えのある一撃はしっかりと鬼の右足首を斬り裂き、右足首から緑色の血が流れる。
緑色か……完全に人じゃないんだな。
鬼は俺達の攻撃が自身を傷つけることができると認識したようで、一度大きく飛び退り、咆哮する。
「グオオオオォォォォン!」
鬼の咆哮には音圧が伴い、俺の体は激しく揺すぶられ、アサシネイトモーションが剥がれる。ユルマズを確認すると、ユルマズの長剣に施していたエンチャントも解けていたので、すかさず掛け直しておく。
もしかしたら今の咆哮にはバフやデバフを解除する効果があるのかな? この後は全ステータスを上昇させるディバイングレイスを使う予定だったんだけど、ディバイングレイスは効果が大きい分消費MPも比例して大きい。ちょっと使うのは躊躇われるな。
ユルマズもそこには気付いていたようで、
「エンチャントのみで良いだろう」
と俺に指示を出す。返答しようと口を開きかけた時、鬼が動いた。
「ッ!」
鬼の右腕が俺の肩を掠めた衝撃で吹き飛ばされ、立ち上がりしなに回復魔法を掛けておく。
「痛いなんてもんじゃねぇな」
鬼は巨体故に攻撃範囲が広く、連続攻撃を仕掛けられると回避しきれなくなることがある。
攻撃モーションが大きいので直撃することはないが、掠っただけでも大きなダメージを受ける。
また鬼は直接攻撃だけではなく、馬鹿みたいに範囲が広い魔法攻撃も操る。そのおかげで辺り一面は焼け野原だ。住民がきちんと避難しているのを願うばかりだ。
そして鬼が魔法を発動し、辺りの気温が急激に下る。吹雪を起こす魔法だ。ただ吹雪の中に舞うのは雪ではなく鋭く尖った氷柱だし、なんなら雷も襲ってくる。
こんな危険な場所にはいられないので、全力ダッシュで範囲外に逃げるがそこには鬼が待ち構えている。
「嫌らしい奴だな」
俺が愚痴りながら鬼の大振りの攻撃を回避すると、鬼の背後からユルマズが炎を纏った長剣で斬りつける。
エンチャントやバフは咆哮で解除されるため、各々自身で行うことにした結果、ユルマズは火属性のエンチャントにしたようだ。俺はもちろん聖属性だ。
ユルマズに背中を斬りつけられた鬼は表情を歪める。流石にユルマズの攻撃は効くようだ。だが、俺が追撃しようと動き出した瞬間、タイミング悪く鬼が辺り一帯を揺るがす程の咆哮を上げる。
攻撃モーションに入っていた俺は防御に入るのが一瞬遅れ、激しい衝撃を伴う咆哮をもろに食らい、俺はダメージを受けてたたらを踏む。
態勢を崩した俺に、鬼は間髪入れずに攻撃をする。デカい足裏での前蹴りだ。内心で舌打ちして覚悟を決める。これは避けられない。
俺は回避を諦めて防御態勢を取り、念の為魔道具で結界を張る。が、結界はまるで飴細工のように砕け、鬼の前蹴りを正面から受け止めた。
「ガハッ!」
一応後方に飛んで衝撃を逃がそうとはしたが、まあ焼け石に水だ。俺は体がバラバラになりそうな衝撃を受けて吹き飛ばされた。
「ゲホッ……くそっ」
悪態をつきながら回復魔法を発動し、更に上級回復薬を飲んでおく。
怪我はこれでほぼ治るが、体中を走る激痛は簡単には治まらない。それでも戦闘中に寝転がっていたら冗談抜きで死ぬので、なんとかかんとか立ち上がり鬼の様子を窺うと、鬼はユルマズと一対一で戦っている真っ最中だった。
ユルマズは負傷した俺がターゲットにされないよう、積極的に鬼に攻撃を仕掛けているのだろう。
ゆっくりと鬼とユルマズに向かって歩み寄り、痛みが治まった瞬間影に潜り、鬼の背後を取る。
鬼は俺よりも強いユルマズとの戦いに夢中で俺の存在を忘れている。そして俺よりも強いユルマズは俺が回復したことに気付き、俺が奇襲攻撃を仕掛ける隙を生み出した。
鬼の背後を取った俺は飛び上がり、鬼の延髄に向けて短剣を振り下ろし、武技の首刈りを発動する。
ザクリと体の芯まで響くような手応えが会心攻撃を確信させる。
「ギャヒッ!?」
突然の強烈な一撃に鬼も驚き片膝をつくと、ユルマズはその隙を見失わずに更なる一撃を加える。
「ハッ!」
ユルマズは上段に大きく構えると飛び上がり、片膝をついた鬼の頭上から斬り下ろし、地面に着地すると同時に斬り上げた。本来は飛び上がる必要はない技なのだが、そこは鬼の巨体故だろう。
斬り下ろしからの斬り上げという、単純な技ではあるが、斬り下ろしを回避したと思った瞬間、股下から斬り上げられる危険な武技、『天地両断』だ。
炎を纏った長剣での渾身の一撃は、巨体を誇る鬼も流石に堪えたか、ズンと音を立ててダウンする。
ここを好機とユルマズと猛攻を仕掛けるが、鬼の体力も凄まじく、ここでは倒しきれなかった。
鬼が立ち上がると、再び死闘が始まる。
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