3章 11
軍隊の朝は早い。平時でさえ早いのだから、これから戦があるというのなら尚更だ。
戦の準備で忙しい中、何もしていない人間を見るのは気分が良くないだろうと思い、俺は駐屯地を出て静かに過ごすことに決めた。
駐屯地を出たらそのまま街を出る。早朝ではカフェも開いてないからね。
東方山岳地帯は自然豊かなので、街から首都への街道沿いに日陰を見つけて魔道具で結界を張り、ピクニックシートを広げて横になり読書に勤しむ。
一時間経ったか二時間経ったか、いや、読書に集中していたから、もしかしたら三十分も経っていないのかもしれない。気が付くと街の方から隊列をなした数千人の王国軍が、規則正しく行軍する姿が見えて来た。
俺は本や飲み物、ピクニックシートをアイテムボックスにしまうと、アサシネイトモーションを発動する。
身を隠して王国軍を確認するが、やはりユルマズの姿はない。俺は駐屯地に戻ることにした。
「おはようございまーす」
ユルマズのテントに向かって呼びかけると、即座に「入ってくれ」と返事が来るので、遠慮なくテントに入る。
テントの中に入るとユルマズはすでに準備を済ませていたようで、身支度も整っていた。いつも通りの冷静な表情で俺に確認する。
「準備はできているな?」
「うん、バッチリ」
俺が答えるとユルマズは頷く。
「よし。少し早いがゆっくりと向かうか」
「オッケイ」
俺達は並んでテントを出ると、ゆったりとしたペースでキュージャンの首都に向かった。
俺達は王国軍を横目に、静かに会話を交わしながら林の中を進んだ。時折索敵スキルで確認するが、罠や伏兵の影もない。
王国軍は決してゆっくりと進んでいるわけではないが、規律正しく進む必要があるので、最高速では進めない。
俺達も王国軍を無視して二人で調査することもできないではないが、無理して相手の警戒網に引っかかり、イガラシに逃げられるわけにはいかない。今回で確実に捕縛したいからね。
また、イガラシに逃げられるだけならまだしも、万が一俺かユルマズが捕まって捕虜になったら、捕虜解放のために王国にどれだけ負担を掛けるかわからない。
まあユルマズが付いていればそんなことになるとは思わないけれど、万が一がある。俺は指示された通り、素直に戦端が開いてから場の混乱に乗じることに決めている。
俺達は身軽な二人旅なので、数千人の行軍と速度を合わせるのは多少焦れったくも感じる。特にノールさんは奇襲攻撃などを多用せず、どっしりと構えて行動するタイプなので余計だ。だが焦って心が乱れても良い影響はないことも確かなので、ユルマズとの会話を楽しむことに気持ちを切り替えた。
仕事モードになるとユルマズは口数が減るが、時折ポツポツと思いついたことを言ったり聞いたりしていると、やがて林に包まれたキュージャンの首都である『アイガラ』が見えてきた。
「ふうん、結構無骨な街だね」
高い木々に覆われた街と言うとロマンを感じるが、実際に見てみると高い城壁に守られ、城壁の上には弓矢を持った兵が見張りに立つ要塞都市のようだった。
「国で最も重要な街だからな」
「そっか」
ノールさん達を見ると、王国軍は街とは少し距離を置いて一旦足を止めた。休憩かな?
彼らはやはり休憩のために足を止めただけのようで、水を飲む等、極短時間の休憩を終えたら再び行軍を進める。
そしてキュージャンの首都、アイガラに近付くと、王国軍が宣戦布告するよりも先にイガラシ軍から弓矢の雨が降り注ぎ、戦いが始まった。
戦闘が始まり、しばらく様子を見てから俺達は潜入口を探しに動き出す。
索敵スキルを使って隠蔽されている出入り口はないかと探すが、中々見つからない。
うーん、これは隠遁で無理やり壁の向こうに通り抜けるしかないかなぁ。隠遁で壁抜けするとMPゴソッと持ってかれるから嫌なんだけどなぁ。
それに、もう一つ心配、というか検証していないこともある。隠遁スキルで他者を影の中に入れることはできる。ただ、多分できるとは思うけど、誰かを影に入れたまま壁抜けしたことはない。
一応確認取るか。
「隠遁で中に入っちゃった方が早そうだね」
ユルマズは防壁を見上げて言う。
「ああ。この壁を登るのは少し手間だな」
アイガラの防壁はツルツルとしている上に、反り返っていて登りづらそうだ。
「多分大丈夫だと思うけど、これまで影に誰か入れて壁越えたことないから、失敗する可能性はあるから」
念の為に忠告すると、ユルマズが提案する。
「パーティを組めば大丈夫じゃないか?」
「なるほど」
それはありかも。普段誰かとパーティを組むことがないから思いつかなかった。それに、これからイガラシ軍の人達と戦闘になった場合、この世界の不可思議なシステムのお陰で、パーティを組んでいるとフレンドリィファイアが無効になる。組んでおいたほうが良さそうだ。
ユルマズとパーティを組んだら隠遁で影に沈む。隠遁は影の中に入るだけならほとんどMPを消費しない。影の中に入ったまま、影から影へと移動するとMPが消費される。
索敵スキルで周囲を確認してから防壁の向こうの影へと移動すると、かなりのMPが消費された感覚があった。
「おー、MP半分以上減ったかも」
この世界ではHPもMPも数値化されていないし、メモリもないので感覚で掴むしかない。魔力回復薬を飲んでおいた。
索敵スキルで周囲の安全を確認してから影から出る。影の中は真っ暗で何も見えないからね。
タブレット型の通信モニターを出し、クリス作の地図を確認する。
クリスは怪しい場所は二、三箇所と言っていたが、実際は地図には四箇所印が付いていた。俺は最寄りの印を指差した。
「じゃあここから行ってみます?」
「ああ、良いだろう」
俺達は影に潜んで進んだ。
影に隠れながら慎重に進み、一箇所目の地点を調べてみると、そこは看板を掲げていない個人医のようだった。もぐりの医者ってやつ?
二箇所目はバーみたいなお酒を飲む店。今は昼の上に戦争中だからガラガラだけど、クリスが怪しんだのだから、もしかしたら怪しい取引とかしてる店なのかも。まあ今は関係ないけど。
そして三箇所目……あ、ここ当たりかも。
外観は周囲の建物と同じで普通の石造りの二階屋だけど、索敵スキルで確認すると強力なセキュリティのマナに守られている。
俺は影の中に隠れたままアサシネイトモーションを発動し、ユルマズに伝える。
「ここっぽい。強力なセキュリティが張られてる」
「ふむ……表に出れるか?」
「んー……」
一応アサシネイトモーションは使ってるし、周囲に怪しげなマナも感じない。
「多分大丈夫」
そう言って、念の為にイガラシが潜んでいると思われる建物からは見えない場所に出る。
周囲に人影はない。戦争中だから皆避難しているのだろう。
アサシネイトモーションの効果で感知され難くはしているが、それでもユルマズは身を隠しながら怪しい建物を確認する。
「周囲に建物が密集しているな。裏手を確認したいところだが」
確かに。一応脇道はあるがかなり狭く、通り抜けようとしたら強力なセキュリティが掛かっている壁に触れてしまうだろう。
左右の建物を確認すると、左の建物は高く凡そ五、六階建て程もありそうだが、右の建物は三階建て程で、イガラシが潜んでいる建物を見張ることもできそうだ。左の建物の屋上だと、影渡りするにはちょっと距離が離れ過ぎている。
ほんの小さな影でもあれば屋上に上がれるけど……お、いける。隠遁を発動して探ってみると、問題なく屋上の影に移動できそうだった。
俺は右の建物の屋上を指差してユルマズに言う。
「あそこから見てみよっか」
「わかった」
俺はユルマズと共に影に沈み……ちょっと遠いか。一度右の建物に近い影を経由して屋上の影に移る。
念の為索敵スキルで周囲を確認してから影から出る。
「さて……」
ユルマズが屋上の縁からイガラシが潜んでいる建物の裏手を確認する。
「特に何もないように見えるな」
「だね」
うん。ゴミも何もない。索敵スキルでも見たが、マナの動きも不自然なところはないように見えた。
「後はあるとしたら地下に緊急避難用の出口ぐらいかなぁ」
「それなら……」
ユルマズはそう呟くと少し考えてから口を開く。
「私の魔法で壁を突き破って侵入するか、シローのスキルで壁を通り抜けるかの二択だな」
「野蛮なのは嫌だなぁ」
「ならシローの壁抜けでいくか」
「オッケイ。一階で良い?」
「そうだな。二階に出口はなさそうだ」
外から見る限り出入り口は一階のみ。二階にも窓はあるが、二階の窓から飛び降りる程度ならすぐに追いつける。後は地下に出入り口があるかどうかだ。
「中に入ったら私は地下を調べよう。シローは奴らを逃さないようにしてくれ」
「はーい」
念の為索敵スキルを掛けてみるが、やはり建物の中はセキュリティに阻害されて調べることが難しい。中の様子を窺うことは諦め、素直に侵入することにした。
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