3章 7
翌日、王国軍はニルヴァスト防衛のためにある程度の兵を残し、軍団長二人はカキンの首都、キールに向かう。俺もご一緒させてもらうことにした。
おしゃべりしながら進めば、キールまでの三時間なんてすぐだ。鍛えられた体では、三時間の山道も大きな疲労感を感じることはなく、俺達はキールにつくと休むことなく駐屯地に入る。
執務室に入り兵士に聞くと、ユルマズはすでに到着して練兵場にいると言う。俺達は汚れを払って練兵場に向かった。
キールはカキンの首都だけあり、街も広いので駐屯地も広く、比例して練兵場も広い。
広い練兵場で多くの兵士が体を動かしている中、練兵場の片隅で椅子に座り、タブレットタイプの魔道具に何やら無心に打ち込んでいる人がいた。もちろんユルマズだ。
「お疲れ様ー」
と挨拶すると、ユルマズは俺には目もくれず、
「ニルヴァストからわざわざ足を運んで頂き……」
などとノールさん達に感謝と労いの言葉を送る。ノールさん達も、
「いえいえ、ユルマズ殿こそ遠路はるばる……」
などとやり合っている。俺はそれを横でぼーっと眺めていた。
挨拶の応酬が一通り済むと、ユルマズは俺の目を見て言う。
「上手くいかなかったそうだな」
「うん。逃げてきたよ」
俺は頷いて答える。
「何があった」
「うん、えーっとね……」
俺が穏便に伝えようと言葉を選んでいると、ノールさんが説明してしまう。
「俺の部下がユルマズ殿の命令に従わず、シローに無効装備を渡さなかったんだ」
「……そうですか」
ユルマズは目を閉じ、それだけ言った。ノールさんが表情を改めてユルマズに言う。
「ユルマズ殿、この後第二、第三の兵を集めて今後の展望や軍略について述べてもらうことになるが、その際今回の件について第二軍団には正式に処罰を頂きたい」
「ふむ……綱紀を正す必要もあるということでしょうか」
「その通りだ」
ユルマズは少し考えてからノールさんに聞く。
「シローに無効装備を渡さなかった者は誰かわかっていますか?」
「わかっている」
「でしたら……」
「いや、ここは個人ではなく軍全体を処罰して欲しい」
ユルマズは、多分俺と同じように多少穏便に済ませたかったのだと思うが、ノールさんはユルマズの言葉を遮って自身の意見を押し通す。そしてユルマズは悩んだ素振りもなく、案外あっさりとノールさんの意見に同意する。
「わかりました。ではそう致しましょう」
「感謝する」
「ありがとうございます」
ノールさんだけではなく、見守っていたクリスも礼を言った。
やがて、練兵場に第二、第三の兵士達が集められる。
ユルマズはまず、キール、ニルヴァストからイガラシ達を追い出し、カキンの解放に成功したことを労う。
また、ユルマズの到着が今日までずれ込み、戦に間に合わなかったことを詫びるが、その理由も説明する。
簡単に言うと、カキンの国王がランドレスの王都から離れたがらず、カキンの国王とその家族をキールまで連れて来るのに手こずったからだそうだ。
ランドレスの国王が説得してもなんやかや理由をつけて王都に居座ろうとしたと言うのだから、カキンの国王も中々図太い。
それから今後の目標はイガラシを捕縛し、カキンの隣国、キュージャンからイガラシ達、賊軍を追い払ってキュージャンを解放することだと述べる。
そしてここで、第二軍団がユルマズの命令に背いた件に触れる。
「さて、残念だが第二軍団が私の命令に従わなかったことに触れる必要がある」
とユルマズが切り出すと、第二軍団の兵が多少ざわつく。が、ノールさんが「うろたえるな!」と鋭く言うと、すぐに鎮静する。
ユルマズはエストリの駐屯地に詰めていた第二の兵が、魅了無効装備を渡すように、という命に背いて魅了耐性五%の装備を俺に渡した、と説明する。
この件についてはエストリにいた当事者と、軍団長二人とユルマズにしか告げていなかったので、ユルマズの説明を聞き、第二と第三の兵達は流石に驚いていた。
そしてクリスが補足する。
「シマモト殿はニルヴァストの戦の中で、イガラシと接触している。当然捕縛のためだ。不意打ちには成功したが、魅了耐性が万全ではなかったため、捕縛することは不可能だったようだ」
駐屯地ではあるが、ここは一応改まった場だ。ユルマズとノールさん達も、練兵場の北側に作られた小さな壇の上に立っている。
言ってみれば半ば公式の場なので、クリスやユルマズもここでは俺のことは姓で呼ぶ。
俺は国王軍の協力者と少し特殊な立場なので、壇の隅に大人しく座っている。そして第二軍団の、俺に魅了耐性装備を渡した兵がどこにいるのかすでに把握していた。
彼をちらりと横目で見ると、どうも顔色が悪そうだ。気の毒ではあるけれど自業自得だしなぁ。擁護のしようがないんだよな。
次にノールさんが一歩前に出て、監督責任など至らない点があったと、正式に謝罪する。
更にノールさんはユルマズの前に進み膝をつくと、愛用の武器を両手で持ち、ユルマズに捧げるように掲げて滔々と語る。
マルテーを攻め取ったことでランドレス王国の名誉は地に落ちたこと。今回のカキン・キュージャン解放戦はランドレス王国の名誉を回復するためには重要な戦だということ。そのようなことも理解せず、宰相殿の命に背きランドレス王国に大きな損害を与えかねない兵を育ててしまったこと等々。
そして顔を上げ、しっかりと良く響く声で言う。
「全ては第二軍団長である私に責任があります。どのような処分も受ける覚悟であります」
第二軍団の、エストリの彼を見れば顔面蒼白で、今にも倒れてしまいそうだ。
ユルマズは捧げられた武器を受け取ると、ノールさんの武器を大切そうに丁寧に扱い、ノールさんに向かって両手で掲げる。
「第二軍団はランドレス王国を支える、王国の要です。第二軍団の軍団長という重職は余人には任せられず、バス殿にしか全うできないものです」
バス殿? ああ、ノール・バスって名前だったっけ。
結局、ノールさんは処罰は免れないが、今後も軍団長としてより一層懸命に働くことで償うように、ということだった。
ユルマズは更に続ける。
「第二軍団への処罰は追って沙汰を出す。まずは目前のキュージャンを解放することに集中するように」
武器をユルマズから受け取ったノールさんは立ち上がると、右の手のひらを下に向け、胸の前でピタッと止め「はっ!」と鋭く答える。
ああ、あれこの国の敬礼だったかな? 俺が使うことないからなぁ。
ユルマズは第二軍団に向けて続ける。
「キュージャン解放戦は第二軍団にとってより重要なものになるだろう。励むように」
ユルマズが言葉を切ると、第二、第三、更に彼らの補助についている第五軍団の全員が敬礼し、返礼の声が練兵場に響いた。
練兵場を出てテントに戻り、今後のことを聞くためにクリスに会いに行こうとすると、ユルマズの使いが来てユルマズのテントまで来て欲しいと言われる。
素直に使いの後についてユルマズのテントに入ると、そこにはノールさんとクリスもいた。
「おつかれー」
俺が声を掛けると彼らも答えてくれる。
「おう」
「お疲れ」
「そこに座ってくれ、シロー」
「はーい」
ユルマズのテントは人が集まることが想定されていたのか、中々広い。八人から十人分程ありそうな机の北側にユルマズと副官が座り、対面の左からノールさん、クリス、俺の席順だった。また、ノールさんとクリスの後ろにはそれぞれ副官がついていた。そしてそれぞれの席には飲み物も用意されていた。
「いただきまーす」
一口飲んでみると、ハーブティのようだった。コップを机に置くと、ユルマズが口を開く。
「さて、皆さん揃いましたから始めましょうか」
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