3章 6
隠遁を使って影に身を潜め、索敵スキルを切らさぬように注意してイガラシの陣を探るが、イガラシの軍も頑強に抵抗しイガラシのテントにも中々動きが出ない。
だが、前線で粘り強く戦う兵達と、後方に構える指揮官では心構えや覚悟が違うのだろう。一時間強もすると、ようやくイガラシのテントに動きが出る。
イガラシのテント内で大小様々なマナが動き回っている。さして広くないテント内でマナが重なることもあり正確な人数はわからないが、十人はいないように感じる。七、八人ってところか。
彼らはテントには必要最低限のものだけを取りに来たのか、速やかにテントを出る。
彼らはテントを出ると陣形を組み、人数もわかった。微弱なマナが二人。一般的な兵より少し強い程度のマナが二人。その四人を頑強なマナを持つ四人が、二人ずつ組んで前方と後方で挟んで守っている。計八人だ。
守られている四人の中に一人、いやに澄んだ綺麗なマナが一つある。こいつがイガラシか?
俺は八人を追って静かに移動する。
イガラシを含む八人は想定通りの道を進むが、歩みが速いとは言えない。微弱なマナの二人の足が遅い……というか、多分体力がないのだろう。二人を庇って他の六人がゆっくり進まなけれならなくなっている。
多分この二人は戦闘能力もないだろう。やはり相手は四人の護衛と、イガラシとそのお付。副官なのかな?
イガラシと副官はマナの強度では護衛に劣るが、イガラシには魅了があるし、副官もなんの能力もなしに副官にはなれないだろう。油断はしないようにしよう。
ゆっくりと慎重に進む彼らもようやく出口に差し掛かり、俺は隠遁で影に潜る。
少し考え、万が一失敗した時のために、頭部全面を覆う鉄兜を被っておくことにした。視界は悪くなるが、俺は索敵スキルを利用して暗闇の中でも戦えるよう訓練してきた。問題ないだろう。
やがて、隠し通路の出口を隠している隠蔽魔法のマナが掻き消え、護衛二人が隠し通路から出てくる。
影に潜んでいると周囲が見えなくなるが、索敵スキルでマナの動きを見ればなんとなく彼らの動きも掴める。
護衛は周囲の安全を確認しているのだろう。隠し通路の出口の外を彷徨いた後、隠し通路の中に向かって鋭く呼びかける。
「問題ありません! どうぞこちらへ!」
すると残りの六人も続々と隠し通路から出てくる。
「ありがとう」
そう低い声が響く。これがイガラシの声かな?
念の為視界の右下隅を確認するが、何も出ていない。この世界にはゲームのようなシステムが働いているため、システムメッセージも届く。◯◯を討伐しました、とか、○○を獲得しました、とか。システムメッセージは視界のじゃまにならないよう出てくる場所を調節できるので、俺は視界の右下にしておいた。
今確認すると特にシステムメッセージが出ていないので、イガラシの近くにいるだけ、声を聞くだけで魅了に掛かることはなさそうだ。
「大丈夫かい」などと、イガラシらしき人が微弱なマナの二人を気にして声をかけている。それに答える声は女性のものに聞こえる。
二つの微弱なマナは完全に動きを止めていて、立ち止まっている、あるいは座り込んでしまっているのかもしれない。
イガラシのテントからここまでは然程距離があるわけではない。だが戦闘力のない女性にとって、命の危機に怯えながらの逃避行は体力だけではなく、精神力をもすり減らす苦行だったのだろう。
しかし、五分もすると護衛が静かに口を開く。
「申し訳ありませんが、そろそろ進まなければなりません」
「……そうだな。みんな立とう」
「はい」
イガラシらしき人が心配そうに声を掛けると、二つの微弱なマナもゆっくりと動き出す。
そして彼らが東に向けて動き出した瞬間、俺は影から飛び出した。
影から出ると同時にフィルシースモッグを発動すると、どす黒い煙に包まれると同時に複数の状態異常に襲われたイガラシ達は、混乱状態に陥った。
「なんだこれは!?」
「どうなってる!?」
「いやぁ!」
俺は索敵スキルを使い、いやに澄んだマナの持ち主を狙って背後を取り、背中に短剣を突き刺した。
捕縛する必要があるため、命の危険に繋がる首筋を避けたのだが、どうやらその心配は不要だったようだ。短剣が背中に刺さると、バキンと音を立てて結界のような何かが割れ、俺は衝撃で男の側から弾き出される。
「ショウタ様!?」
「イガラシ殿!」
女性と男の声が響く。やはりこの男がイガラシのようだ。
イガラシを見ると、膝をついて苦しそうにしている。先程の結界は魔法か魔道具によるものかはわからないが、無傷とはいかなかったようだ。
だが、俺はこの任務の失敗を悟った。視界の右下を見れば、魅了の抵抗に成功した、という趣意のシステムメッセージが二つ並んでいる。
俺はイガラシを襲った時、イガラシには触れないよう気を付けていた。だが短剣で一度攻撃しただけで、武器を介して二度の魅了を受けていた。
今回は運良くアクセサリーの効果で抵抗できたが、捕縛するために実際に触れたらどうなるかわからない。俺は逃げることに決めた。
本来フィルシースモッグが晴れたらフラッシュライトを使う予定だった。だが俺は予定を変え、フィルシースモッグによってできた大きな影を、影を操る武技の操影で大きく広げ、イガラシ達八人を包み込む。そして時を置かずに闇魔法の『コンテージョン』を発動する。
「ガッ……」
コンテージョン自体には攻撃性能はないが、触れている者同士の状態異常を伝染させる効果がある。フィルシースモッグとのコンボは非常に効果的だ。今回は麻痺しているものがいたので全員に麻痺が広がり、八人がバタバタと倒れる。
イガラシも無防備に倒れているが、触れることもできないんじゃどうにもならない。俺は潔く立ち去ることにした。
陣の周囲では未だ戦いが続いているので、俺は遠回りをして国王軍の陣の自分のテントに戻る。
戦いは続いているが、イガラシ軍は軍の中核が逃げ出してしまっている。早々に崩れるだろうし、ノールさん達もすぐ戻ってくると思っていたのだが、彼らが戻ってきたのは三時間以上経ってからだった。
そして彼らは陣に戻ってからもなんやかや忙しそうにしていて、テントの自室に戻ってきたのは更に一時間後だ。
「お疲れ様ー。相手結構粘ったんだね」
ノールさんに会いに行って挨拶すると、ノールさんは横に首を振る。
「いや、戦自体はもっと早くケリがついてたんだけどな、戦争って事後処理が面倒なんだよ。遺体の処理やら色々な」
「ああ、なるほど」
そっか、遺体の処理か。それは考えたことがなかった。
ノールさんのテントで話をしていると、クリスもすぐにやって来る。
「お疲れー」
「お疲れ」
二人揃ったので、俺から報告する。
「イガラシは駄目だった。魅了耐性無効までいかないと無理っぽい」
「お前でも駄目か」
クリスが頷いて言う。
「うん。触んないように気を付けて攻撃したんだけど、一回攻撃しただけで二回魅了攻撃受けてた。触ったらヤバそうだから諦めて逃げてきたわ」
ノールさんが真剣な表情で俺に聞く。
「魅了無効装備があったら捕まえられたか?」
「そうだね。不意打ちも完全に決まってたし、やれてたと思う」
「そうか……馬鹿どもが」
ノールさんは小さくため息を付いて首を横に振る。まあ部下がきちんと魅了無効装備渡していれば問題なかったことだからね。
多少思うことはあれど、この件は第二軍団全体に関わる問題なので、俺もクリスも余計な口は挟めない。もしも想定以上の重い罰を受けるようならかばう準備はしているけれど。
クリスと黙って見守っていると、ノールさんは不意に小さく笑い、アイテムボックスから封書を取り出して机に放るように置く。
「今日こんなものが届いていた。読んでみろ」
「……では」
俺が目線で促すとクリスが封書を手に取り、封筒の中の書面を読む。
「ふむ」
と一言だけ言ってクリスは俺に書面を渡す。
読んでみるとこれはユルマズからの封書で、すでにエストリに滞在していて、明日にはキールに到着する、ということが書かれていた。
「なるほど」
書面を封筒に戻して机に置くと、ノールさんが真顔で言う。
「もうエストリには危険はないだろう。最低限の人数だけ残してエストリの駐屯兵はキールに呼び寄せた。明日は自分達が何をしたのか、よくよく教えてやろう」
俺は、怖い怖い、と鳥肌が立ちそうな心持ちでクリスと目を見合わせた。
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