2章 7
深夜の王都を夜闇に紛れて進み、念の為に早めにアサシネイトモーションを掛けてロットバインの屋敷に近付くと、やはり屋敷の門前には煌々と照明が炊かれ、ゴツい武器を持った門番が立ちはだかっていた。
貴族や豪商などは基本的にセキュリティの魔道具を使っているので、深夜に門番を置くことは珍しい。やはりロットバインは自分の身に何が起こるかわからない、と考えて警戒しているのだろう。
アサシネイトモーションを使用すると足音もかなり軽減されるが、更に用心して音を立てないよう注意して裏手に回り間取り図を取り出す。
セキュリティの魔道具が配置されている部屋までの道順を確認する。もちろん事前に確認してるんだけど、最終確認だ。
この屋敷での目標はセキュリティの魔道具だ。ロットバインの捕縛ではない。ここでロットバインを捕縛しようとすると、護衛だの何だのが出てきて多くの要らない被害者が出る恐れがある。セキュリティを切って、ビビったロットバインを逃げ道の出口で待ち伏せて捕まえる予定だ。
索敵スキルを使うと、裏門の裏手にも門番が二人配置されているようだ。
裏門の門番から見えない場所となると、あっちか。場所を移動して頭に間取り図を思い浮かべる、ここから塀を越えたら人が集まってくるから、影に隠れて移動してあの窓から入って……。
イメージが出来上がると、「よし」と胸の内で呟いて塀を飛び越えてその勢いのまま影に潜るが、塀を飛び越えた瞬間に屋敷内にアラームが鳴り響いた。
影の中で索敵スキルを使うと、やはり屋敷内の人がこの場所に集まってくる。
影伝いに正門の方に向かって移動し、ここなら大丈夫だろうと窓の近くの影に入るが、ふと思う。これまで試したことなかったけど、遮蔽物の向こうの影の中にも移動できるのかな?
試してみるか……お、行けた。あ、でもMPの消費が大きいな。あんまり多用しないほうが良いかも。
影の外は「何があった!?」とか、「誰も見てないのか!」などと中々騒がしいが、俺は静々と魔道具が置かれている二階に向かった。
緊急事態ということで、屋敷の中は明々と明かりがつけられているが、廊下に置かれた花瓶や絵画、柱の出っ張りだったり、影はどこにでもある。影伝いに進んでいくと、やがて魔道具が置かれている部屋の前に辿り着く。
索敵スキルを使うと近くに二人分のマナの動きを感じたが、様子を見ているとやがてその二人も一階に移動していく。
部屋のドアは閉まっている。ドアを抜けて部屋の中の影に移動すると、安全に部屋の中に入れるがMPの消費が大きくなる。
少し迷ったが俺は影から出てドアを開けた。どうせ魔道具を壊すために一度は影から出なければならない。
俺が姿を表した瞬間再びアラームが鳴るが、俺は落ち着いて魔道具を短剣の柄で叩き壊し、再び影に潜る。
部屋に入る際、ドアは閉めなかったのでそのまま影伝いに屋敷の外を目指すが、道中屋敷の使用人や護衛などがぞろぞろと魔道具が置かれていた部屋に向かっていく。
彼等とは逆行する形で屋敷の外に出て、索敵スキルで周囲に人がいないことを確認してから影から出て塀を飛び越える。
再びアサシネイトモーションを使うが、誰も追ってくる様子はない。ふぅ、と一息ついて魔力回復薬を飲む。影に潜る『隠遁』で結構MP消費したからね。
逃げ道の方に進んで索敵スキルを使うと、少し先で複数のマナの動きが感じ取ることができた。
「よし、行くか」
俺は誰にともなく呟き、大地さん達のもとに走り出した。
全力を出さずとも、ある程度気を入れて走れば逃げ道の中を進むロットバインを早々に追い越すことができた。
それでも万が一俺が気付いていない横道がある可能性も考え、離れすぎないようにして索敵スキルでロットバインの位置を確認しながら進み、東門を出てロットバイン達が南東の丘の方面に向かったことでもう大丈夫だろう、と確信してスピードを上げて大地さん達と合流した。
念の為アサシネイトモーションを掛け、丘の裏手に近付きもう一度索敵スキルを掛ける。
そこにはこれまでに何度も感知した、家族のようにも感じる二つのマナが力強く悠然と佇み、八つのマナが動くこともできないのか、弱々しく脈動していた。また二つのマナの隣にも一つ、強力なマナを感じるが、これは恐らく以前に一度だけ見たことがある、大地さんの切り札だろう。
周囲にも怪しいマナの動きはないことを確認し、アサシネイトモーションを解除して大地さん達に近付く。
「お待たせ!」
俺が顔を見せると二人は顔を綻ばせる。
「ああ、お疲れ」
「お疲れ! どんな感じ?」
「うん、順調だよ」
俺が笑顔で答えると、「よし」と渚さんは顔を引き締める。気合が入ったようだ。
周囲を確認すると、主要道路に繋がる細道に馬車が停まっていて、その脇に八人の男が捕縛されて転がっている。武装しているのは六人で、二人は御者とか従者かな? 逃げ道の出口からは少し離れている。あそこならロットバインの捕縛の邪魔にもならないだろう。
そして大地さんの隣を見ると、月光を受けて輝く氷の狼がお利口にお座りしていた。この子が大地さんの切り札だ。
大地さんは水属性に強い適性を持つが、大地という名前から地属性に思い入れがあり、地属性魔法の練習も欠かさぬようにしていると、何故か氷属性の魔法が使えるようになったそうだ。元々水属性に適性があるので、相性が良かったのだろう。
そして大地さんが発明したオリジナル魔法が、氷の狼を創り出す『フロストバイト』だ。一度手合わせしたが、硬く速く強く、更に氷魔法も使え、この子は中々手強い。この子を発動中は常時最大MPが何割か削れた状態になるそうだけど、そのデメリットよりも確実に遥かに大きいメリットがある。
また渚さんも装備を新調し、更に新しい武技も覚え、粘り強く戦いながら重い一撃を撃ち込む厄介なタンクに成長している。派手さはないが、渚さんのように堅実に戦うタンクは崩し辛く厄介だ。
簡単に状況説明する。
「索敵スキルからすると護衛を三人連れてると思う。けど、マナの感じからすると俺達なら問題なく捕縛できると思う」
護衛兵なのだからそれなりの腕は持っているだろうが、何せ俺達は召喚チート持ちだ。それなりの腕の兵には負けない。
渚さんが聞いてくる。
「ロットバインの腕はどうなの?」
「ユルマズ達は戦闘センスには恵まれていないって言ってた。でも油断しないにしよう」
「わかった」
渚さんも大地さんも真剣な顔で頷く。
簡単な作戦を伝える。
「二手に別れよう。俺は馬車の方に隠れるから、二人はあっちに隠れてて」
まあ作戦という程でもない。挟み撃ちだ。
こまめに索敵スキルを使っていると、十分もせずにロットバイン達のマナが近付いてきた。俺達はそれぞれ持ち場についた。
馬車の影に潜って待つと、程なくして逃げ道の出口の隠蔽が解ける。これまでは雑草が生えた丘の壁だったが、隠蔽魔法が解かれると雑草が消え、丘の裏手には坑道を思い起こさせるような木枠が施された出口が現れた。
ほー、なるほどねー、と索敵スキルで確認していると、まず護衛兵が先導して一人姿を見せる。護衛兵は周囲を確認して逃げ道の中に向けて声を掛ける。
「問題ないようです。こちらへどうぞ」
するとロットバインが残りの二人の護衛とともに出口から出てくる。
ロットバインは護衛兵とともに馬車に向かって進むが、不意に足を止めて叫ぶ。
「な、どういうことだ!?」
お、捕縛されたお仲間に気が付いたか。ここで俺も物影から出て声を掛ける。
「ども、遅かったじゃん」
「! 貴様の仕業か!」
俺の顔を見たロットバインは眉を吊り上げて大声を上げる。
ロットバインは革鎧を着込んでいるが、お世辞にも着慣れているとは言えない。夜闇に銀色に輝く革鎧は立派だが、全く使い込まれていなかった。
俺はロットバインに用件を伝える。
「軍団長様からあんたの捕縛任務を承ってね、一緒についてきてもらえる?」
俺の言葉を聞いたロットバインは俺への嫌悪感を隠さずに舌打ちして言う。
「おい、やれ」
護衛兵は指示を聞くや否や連携して襲いかかってくる。
一人は片手剣と盾、一人は槍、もう一人は杖を持った魔法使い。三人パーティとしては悪くない。でも練度が甘い。そしてロットバインは俺に背を向けて逃げ出した。まあ放っとけば良いだろう。
殺すつもりはないので、短剣は使わずに魔法と格闘術で護衛兵を無力化して捕縛した。ロットバインの様子を見に行くと、すでに大地さん達と氷の狼に征圧されていた。
「お前らはロクタンズの部下だろうが! 何を考えている!」
何やら騒いでいるので、状況を教えてあげることにした。
「ロクタンズは今頃第二軍、第三軍、第五軍、ついでにユルマズさん達に捕縛されてる頃だよ」
俺の言葉を聞いたロットバインは後ろ手に縛られて地面に転がされ、立派な鎧を泥まみれにしながら叫ぶ。
「貴様ら、国に反旗を翻すか!」
だが渚さんは冷静に、呆れたように答える。
「違うよ。みんな国のために馬鹿なことをしたあんた達を捕まえてるんだよ」
「馬鹿なこととは何だ! 私は王国のために兵を起こしたんだぞ!」
国のためじゃないだろ、自分のためだろ、と思ったが、指摘したところで意味ないしな、と思い余計なことは言わずに大地さん達に頼む。
「大地さん、こいつらのことは見とくから近衛兵呼んできてもらっても良い?」
あいつら俺が言っても絶対動かないだろうからな。
「わかった。すぐ戻ってくるよ」
「待っててね」
「うん」
大地さん達が走って王都に向かうと、ロットバインは未だに騒いで煩いので、沈黙の状態異常を付与するアイテムで黙らせておいた。
そして捕縛された兵士達とロットバインをひとまとめにしたら腰を下ろし、休憩する。
一仕事を終えた俺は一つ息を吐き、夜空を見上げる。ちぇっ、曇ってて星も見えない。
「はあ、馬鹿らしい仕事だな」




