復刻ピックアップ
集団ストーカーに襲われています!
まさか人生でこのスラングを妄想ではなくリアルに体験することなるとは思わなかった。
「……」
学校からの帰り道、背後に意識を向ければそこには隠れているつもりなのか、全然隠れられていない同じ学校の制服を来た生徒たちが数名……いや、あるいはもっと距離を置いたり、うまく隠れている者も含めるとその数は10人を軽く超えているかもしれない。
さすがに辟易してくる。
言いたくはないがさすがにミーハーが過ぎる。彼らが店長をつけている理由は一つ。
――彼に付いて行けばそこにたわわさんに会えるかもしれない。
ここ最近の店長はあの「激シブのたわわさん」と異常なまでの接点を持ち、普段はお目にかかることさえできない彼女と言葉まで交わしている。
どこから情報が漏れたのかは知らないが……さすがに金ちゃんの線はないと思いたい……たわわさんと店長が頻繁に顔を合わせている、という話が随分と拡散してしまったようなのだ。
ミステリアスな彼女とお近づきになりたいと思っている生徒の数は異常なほどで、男子はもちろんのこと、女子の中にもたわわさんに興味を示し、接触しようと躍起になっている輩が多い。
未知なるものへの好奇心が彼らを掻き立て、アグレッシブに行動させる。
それが他人の迷惑にならないなら好きにしてクレメンス、といったところなのだが、生憎とここに一人、迷惑をこうむっている者がひとり……
店長はチラチラと背後を振り返る。その度にストーカー集団はピタリと動きを止めて「なんでもありませ~ん」と露骨に顔を逸らしてスマホをいじったり他の生徒と喋ったりし始める。これがイカ○ームならお前ら今ごろのこの場でハチの巣だからなチクショウが。
そもそもなに普通に無理やり場に馴染もうとしとんじゃお前らは。
言っとくが誰一人としてこの通学路でお前らの顔見たことねぇから。通行人のおばちゃんも全力で怪訝な表情をしてらっしゃるから。いつもは吼えまくる近所のイッヌもあまりの人数にビビってか尻尾垂らして奥に引っ込んじゃってるから。
「……はぁ~」
何度このため息が口から出てきたことだろうか。
こんなことを言いたくないが、暇すぎる連中である。
確かにたわわさんは現在学校のトレンド一位である。仮に会えたらさぞ友人に自慢できることだろう。
しかしだからといって他人を付け回してまで会えたとして、それが本当に自慢に繋がるのかと言えば首を傾げるばかりである。
――たわわさんに会えたんだぜ! やっぱあの男子生徒をストーカーして正解だったわ!
字面にするとなんともアホっぽい。もはや極みまである。
たわわさん人気が凄まじいことはここ数日で嫌というほど理解した。
そんな彼女に会ってみたい、という彼らの心理も理解できないわけではない。
だが、ストーカーまでして会いたいか、という話である。
「学校もどうせならもっと人間関係についての授業を実施すべきだと思う」
学校は何のために行くのか本当に分からない。ハッキリ言って授業はつまらないし友人関係を広く求めたい欲求もない。皆行くから自分も行く。
店の経営やら接客やらをやっているとたまに思う。ただ知識だけを詰め込まれた自分が、学校を出てから社会でキチンとやっていけるのか、と。
後ろを付いてくる彼らも、たわわさんが珍しいから会いたいだけで、仮にたわわさんがいつでも誰もが会えるような存在だったら、こんな風に騒ぎになんてなっていないだろう。
こう思うこと自体が少しズレているのかもしれないが、みんな自分の考えなんて、本当はほとんど持っていないのかもしれない。
なにせ、授業で習った知識を将来どうやって活かすか、なんてことさえ、自分たちは考えたこともないんだから。
……追いかけまわされてネガティブになってるなあ、僕。
自覚すると余計に気分が落ち込んできた。
たわわさんに会えることは嬉しい。
あれだけの美女が自分だけに顔を見せてくれるという点に優越感を覚えるのも事実。
しかしそれを補って余りある周囲からの嫉妬やら羨望やら好奇心やら、一ヶ月もしない間にここまで周囲の環境が激変して風邪を引きそうである。
それにしても分からないのがたわわさんの行動だ。
友人を助けてもらったから、と彼女は言っていたが……――それが嘘であることを店長は既に気付いていた。
……あれ、多分この前の目隠れさんだよな。
たわわさんと初めて対面した時には気づかなったが、さすがに何度も顔を合わせていく過程で彼女との共通点に色々と気付いてしまった。
声質や髪、保健室で急接近した時に見かけた瞳など……よく観察すればすぐに目隠れさんとたわわさんが同一人物であることが分かった。
問題は、なぜ彼女がわざわざ別人を装って接触してきたのか、という点である。
店長から見ても目隠れさん状態のたわわさんはとにかく目立たないように行動していると思われる。つまり彼女としてもたわわさんの姿はそこまで周囲に見せたいものではない、ということになるのだが……ならばなぜその姿で店長に接触してくるのか。
別に目隠れさんの状態でお礼をしても問題ないわけで、なんなら理由が明白な目隠れさん状態の方がお礼をする理由としては正当性があるわけで……
……なにかの罰ゲーム? もしくは僕をからかってるのか?
違う気がする。しばらく付き合ってみての感覚でしかないが、彼女はそういったことをするような人間には思えなかった。たわわさん状態で色々とボロがポロポロするような彼女である。隠し事もハッキリ言って下手くそだ。
「まぁ、それは別にいいんだけどさ……」
彼女の思惑がなんであれ、現状めいわくしているのはこのつきまとい行為だ。
学校の中も外もこの調子なのでここ数日はたわわさんとも会えていない。彼女はどうやら店長と二人きりになれるタイミングを見計らってあの姿で出現するらしい。
目隠れさん状態のたわわさんは学校ですれ違っても会釈を返してくれる程度で交流らしい交流もない。むしろ、目隠れさん状態の時は逆に店長を避けているように思える。
……いや本当に謎すぎないかな「たわわさん」。
おかげでたわわさんがなぜ極端に目撃例が少ないのかは理解した。
誰も彼も目隠れさん=たわわさんという図式に気付かない。見てくれに惑わされて皆で踊っている状態だ。そう考えるとたわわさんもなかなかに悪女の素質がある様な気がしてきた。
まぁ、アレは確実に天然だろうが。
「――お前たち。雁首揃えて何をしている」
集団ストーカーの存在を忘れようと適当なことを考えていた店長の耳に、鋭く切り込むような凛とした声が聞こえてきた。
振り返った先。通りに仁王立ちする一人の女子生徒。凄まじい存在感を放って立つ彼女は学園でたわわさんに並ぶ有名人――生徒会長様その人だった。
夕刻の日差しを浴びて輝く漆黒のロングストレート。強烈な眼光を放つ怜悧な目元は逆立ち明らかに不機嫌そうな色が宿っていた。腕を組んで強調されるその圧倒的なまでの胸元は逆に周囲を威圧するような存在感を放っている。
「生徒会に匿名で通報があった。1年の男子に集団で付きまとっている生徒たちがいると……一度だけ警告する。全員、黙ってここから散れ」
鶴の一声というのはこういう光景を言うのだというお手本を見た気がした。
生徒会長が放った一言で店長を付けていた生徒たちが一斉にその場から散っていく。
その驚異的なカリスマ性を前に店長は「相変わらずだな」と苦笑した。
すると、通りの真ん中で突っ立っていた店長と生徒会長の視線が交差した。
途端、彼女は夕日の中でも分かるほどに顔を赤くして、ズンズンと強張った表情と共にこちらに近付いて来た。