確定演出
「ごめんなさい。急に押しかけてしまって」
頬に赤みが挿しモジモジと気まずそうに視線を彷徨わせるたわわさん。見る人が見れば実にそそられる表情だ。こんな人けのない場所でエンカウントしたならケモノにトランスフォームするまで一秒もかかるまい。
……やっぱり可愛いよな、この人。
内心で素直な所感をつぶやく。かなりの美人なのは確かなのだが、庇護欲も掻き立てられる。自宅に押しかけられた時は人妻感というか新妻感が強かった。ここまで男心をくすぐられる女子というのも珍しい。
「これ、よければどうぞ」
おずおずと紙袋を手渡してくる。どこぞの店で使われているものを再利用したヤツではない。百円ショップなどで見かける無地タイプのアレだ。
「あの、今夜のおかず……作ってみました。それと、お菓子も少し……」
指を突き合わせて、おっかなびっくり紙袋の中身を説明してくれる。いちいち仕草が可愛いなこの女子。
「店長さん、家でちゃんとごはん食べられていないみたいなので、もし……よければ」
さすがに戸惑う。友人を助けたお礼なら既に返して貰った。これ以上受け取るのは気が引けるし、なにより目隠れさんを脅した男子生徒を事実上撃退したのは彼の幼馴染である。
基本的に貰える物は貰う主義の店長だが、貰う理由がない物まで求めたりはしない。
「えと、気持ちは嬉しいです。でもお礼ならこの前ちゃんとしてもらいましたし、これ以上は貰いすぎという気が……」
「め、迷惑でしたか?」
「ああいえ、迷惑とかじゃないです。ただ、あまり気を遣い過ぎても、たわわさんの負担になるんじゃないかと」
「そ、そんなことありません! むしろ、私がやりたくてやってるだけなので、お気になさらず!」
「そ、そうですか……」
ここに来て急に押しが強くなった。戸惑う店長にたわわさんは「あ、ああいえそのっ!」と手をわちゃわちゃさせ始める。
「ほ、本当に、迷惑なら言ってください……もう、しませんので……」
「…………」
その表情はずるい。しゅんと下を向いて眉尻が下がっている。彼女に犬みたいな耳と尻尾があったら確実に力なく下を向いていることだろう。
なぜここまで彼女がしてくれるのかは分からないが、強固に拒むほどの理由も店長にはなかった。
「いえ、せっかく作ってくれたのに、僕の方こそすみませんでした。これ、ありがたく頂戴します」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
なぜ彼女の方がお礼を言ってくれるのだろう。ころりと表情を変えて明るく笑い掛けてくる彼女に店長は苦笑した。
「もうすぐ授業がはじまっちゃいますね。それじゃ、私はこれで失礼します」
「あ、すみません。ちょっとだけいいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「不躾なお願いなんですけど……」
首を傾げるたわわさん。店長は一つだけ、彼女にお願いしてみた。
「写真を、一枚だけ撮らせてもらってもいいですか?」
急な店長の要望に、こてんと首を傾げるたわわさんだった。
☆
――紙袋を揺らしながら教室へと戻る。
なんとかギリギリ、先生が来る前に机に滑り込むことができた。椅子に腰かけた店長に金ちゃんが話しかけてくる。
「遅かったじゃん。デカイ方だったのか?」
「お前は小学生かよ……ちょっとな」
「ふ~ん。てかその紙袋なんだよ? 出てく時にそんなの持ってなかったよな?」
「あとで説明するよ。それよりさっきは助かった」
「おう。さすがに教室で漏らされるわけにはいかねぇからな。で、お前は俺になにを返してくれるわけ?」
両手を前に差し出してくる友人A。実に泣けてくる友情である。
「現物支給はできないけど、ちょっとしたサプライズ的な贈り物ならくれてやるぞ」
「あん? なんだそれ?」
「これ」
「ちょっ、おまっ! これ!!」
店長はスマホを取り出し、つい今しがた撮影したたわわさんの写真を金ちゃんに見せた。
「本人からちゃんと譲渡の許可まで頂きました。ただし拡散させるのはNGな。やったらネコにチクる」
「マジ!? えっ、それ俺にくれるってこと!?」
「これで貸し借りなしな」
「むしろこっちの貸しが増えた気がすんだけど!? まぁでもOK! 次もお前になんかあったら全力で協力するわ!」
「そりゃどうも」
これは、金ちゃんに頼み事したらたわわさん絡みの返礼を要求されそうだ。
教師が来るまでの僅かな間に、店長は金ちゃんのスマホに写真を転送。彼はそれを感極まった様子で見つめ「やっぱ可愛いよな~、たわわさん」とひとり呟いていた。
それに関しては実に同感である。
写真のたわわさんは、少し困ったような笑みを浮かべてピースをしていた。最初は渋っていたが、事情を説明したら条件付きでOKをもらえた。
『スマホの待ち受けに設定してくれるなら、撮らせてあげます』と。
恋人でもないただの知り合いを待ち受けにするというのはどうなのだろう。確かにたわわさんは美人だ。否定する要素なし。アイドルの画像を待ち受けにしているのに近い感覚かもしれない。しかしこのぎこちない笑みはどう考えても写真慣れしているとは思えない。
……待ち受けにするならもっとそれっぽく撮りたかったな。
もしまた会える機会があったら頼んでみよう。
なんやかんや戸惑いつつ、美人な女の子から接触してもらって悪い気はしない。そこは彼も素直な男子高校生である。
とはいえ、彼女は「激シブのたわわさん」である。会える確率は限りなく低いことで有名な女子生徒。この前も今日も向こうから会いに来てくれたのだ。こちらから接触したくても彼女の学年もクラスも知らない。
というかこの学校の誰も知らないから噂になっているのだ。
「ふぅ……」
立て続けに彼女と接触できたからと過度な期待を持つのはやめよう。
こういうのは、なぜか「いける」と思った矢先に肩透かしを食らうのが常である。
またたわわさんに会えたら、ラッキーくらいに思っていた方がいいだろう。
これまで目撃例だけで実際に会話すらできなかった幻の女子が、姿を見せてくれるようになっただけで奇跡なのだ……とは金ちゃんの言葉。
実際、半年近くも噂止まりだったたわわさんが、そう何度も顔を見せてくれるとは思えない。
今は特例……「友達を助けてくれたお礼」とやらのために顔を出してくれているだけ、なのだから。
まあそれはそれとして、たわわさんが作ってくれたというおかずには、大いに期待を寄せる店長であった。
――が、彼の見通しは逆の意味で甘かったと思い知ることになる。
「こんにちは。課題の参考書を探してるんですか? 私も一緒に探しますね」
ある日は放課後の図書室で。
「おはようございます。お昼のお弁当作ってきたので、よければ食べてください」
朝、人けのない通学路の途中で。
「店長くん、傘持ってないんですか? 私、折り畳み傘二本持ってるので、良ければ使ってください」
またある時は天気予報が盛大に外れた雨の日の帰宅途中に……なんで折り畳み傘を二本持ってるのかはツッコまないでおいた。
来る日も来る日も、店長の前にはたわわさんが出現し、なにかしら世話を焼いては颯爽と消えていく。
しかしいずれも、店長が一人きりの時を狙って……というか狙いすまして。
……いやさすがに会いすぎじゃない!?
もはやストーカーに片足突っ込んでかとツッコミたくなるレベルの遭遇率!
「激シブのたわわさん」とは一体なんだったのだ!?
これはあれか? ゲームのアイテムで、最初の入手まで何故かなかなか出ないくせに、一回でも出現したらその後はやたら出てくるようになる、あの現象なのか?
周りの生徒たちが「やっぱたわわさんなかなか会えねぇ~」などと呟いている傍ら、今日もたわわさんは「店長くん♪」と満面の笑みを張り付けて彼の前に姿を見せるのだった。