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複数枚抜き

 姉が部屋に戻り、たわわさんは一人、部屋で溜息をつく。


『だって――あんた、生徒会長の妹じゃん』


 ネコに言われた言葉の意味を、最初は理解できなかった。


『他人のアタシが外野からとやかく言うのも違うとは思うんだけどさ』


 ネコにしては珍しく、誰かを気遣うような、遠回りな言い方が気になった。


『あんたの姉ちゃん、中学ん時にあいつに告られて、おもっくそフってんだよね』

『っ!?!?!?』


 まさかの事実にたわわさんは前髪に隠れた瞳を白黒させた。


 ハッキリ言って、昔の姉は芋かった。遺伝なのか姉妹して目が悪く、中学までは眼鏡をかけていた。制服も模範解答的な着こなしで髪型はおさげ……もはや生真面目女子というテンプレートを絵で描いたようなキャラクター性とビジュアル。

 しかし、当時から彼女は見た目に反してアグレッシブな面が強く、やはり生徒会長として活躍していた。

 が、やはりその外見のせいか、中学時代に姉の浮いた話は聞いたことがない。

 そんな姉の見た目が変わったのは、高校生に上がってからだ。髪は下ろし、依然と比べてスカートの丈が短くなった。眼鏡はコンタクトに……と、どこかレトロ感が漂っていた少女は完全に垢抜けてまるで別人だ。

 そして、それは性格も……

 今の姉は、周囲から美人だなんだともてはやされたり、嫉妬されたりと色々だが、概ね彼らが共通している認識がある。


 生徒会長は取っつきにくい。


 中学までの姉は、行動力こそある人物だったが、人当りの良い性格だった。

 それが、高校に進学……いや、卒業する数ヵ月前から、まるで人が変わったかのように人を遠ざけるようになったように思う。


 ……ネコさんに聞いた告白時期と、お姉ちゃんが変わり始めた時期……ぴったり一致するんだよねえ。


 本人に直接訊けるわけもないが、姉が変わった切っ掛けは店長の告白の可能性が高い。

 しかもネコからの情報によると、店長の告白をクラスのお調子者に目撃されてしまったらしく……


『付き合ってください!』

『ごめんなさい!』


 までが、ほぼノータイムだったことも手伝って、ネタとして拡散してしまったようなのだ。

 そのせいか、彼は周囲から話題提供の玩具にされてしまった。

 校内でも生徒会長として知名度があった姉に突貫し、果てに玉砕した彼を男子は「イノシシ勇者」と呼び、女子たちは陰で「恥ずかしい奴」、「勘違い野郎」みたいな陰口を叩かれることになってしまった。


『――でもハッキリ言うけどさ、あんたの姉ちゃんも相当たち悪かったと思うんだよねアタシ』


 姉は彼に気を持たせるような言動をしていた、とネコは言う。

 中学校時代のたわわさんは自分のことに忙しく、姉の様子に気を配る余裕はなかったが、今にして思えば確かに少し様子が違ったような気がする。

 朝早くに起きてやたらと大きなお弁当を作っていたり、休日にはオシャレ(当時の姉基準)して出かけたり……


『中学ん時はあいつとクラス一緒だったから知ってんだけどさ、あんたの姉貴とあのバカ、かなりの頻度で会ってたから。つか、告白したって聞かされるまでてっきり付き合ってるもんだとばかり思ってたし』


 あの時ばかりは、ネコも彼の告白を周囲の空気に合わせて揶揄する気分ではななかったと言っていた。ちなみに、店長をバカにした男子生徒はネコによって徹底的にシメられたようだ。


 ……お姉ちゃん、なんで告白断ったんだろ?


 あんなにカッコいい人なのに、と脳内フィルターでやたらイケメン化されている店長を想像しながら、たわわさんは「むぅ」と頬を膨らませた。


『あいつも、あれ以来ずっと恋愛遠ざけてるし。軽くトラウマになってんじゃないかなあ。そこにきて、会長の妹から好意向けられても、感情的にちょいどうなん、ってね』


 まあ全部アタシが思ってるだけだから、気にせず告ってみれば……なんて言われたが、当然ムリだ。

 ただでさえ、相手に告白するだけでもたわわさんにとってはハードルが高いというのに、そこにきて姉とのトラウマというデバフまで掛かっている状態となると。


「お姉ちゃんのばか~……」


 たわわさんはベッドにダイブした。

 姉のことはけっこう慕っているが、さすがに今回ばかりは悪態の一つも吐きたくなるもの無理からぬこと。

 

 その話を聞いた時は、さすがに諦めるほかないと思ったが……


「うう~……思い切ったことしちゃったけど、これから大丈夫かな~……」


 トラウマ告白となってしまった相手の妹、という肩書に問題があるなら、いっそ全くの別人として接すれば問題ないのでは? と、思いついたのが週末の土曜日。


「はぁ……バレないといいな~……」


 お近づきになりたい男子との距離を詰めるため、たわわさんは自分の容姿を切り替え、彼へアプローチしていく作戦を決行。

 はたしてこの判断が吉と出るか凶と出るかは、まだ誰も知り様がない。


 ☆


 ハッキリ言おう。面倒なことになった。


「金ちゃん、助けて」

「ムリ」


 教室。昼休み。店長は辟易していた。


「しょうがねぇだろ。お前、あのたわわさんが自分から接触してきたんだぞ。注目されねぇわけないだろうが」


 金ちゃんが切れたような恨めしそうな視線で店長を見やる。

 登校してからというもの、店長は教室の入り口で別クラスの生徒たちから待ち伏せを喰らう羽目に。


『たわわさんが家に行ったみたいけど話はできたのか?』

『どんな話をしたの?』

『お礼しに行くって情報が出回ってるけど……まさかソッチ方面とかないよな!?』

『たわわさんってなにか趣味あるとか聞いてない?』

『店に行ったけど会えなかったんだけど!』

『てか教室でたわわさん友達いるみたいなこと言ってたけど誰か知ってる!?』

『確かにそっちも気になる!』

『お前だけおいしい思いして妬ましい!』


 最後のは金ちゃんです。押し合いへし合い。とにかく朝の挨拶もなく登校した店長を芸能人か政治家ばりに取り囲んでの質問ラッシュ。ケン○ロウの百裂拳ばりに飛ばしてくるもんだから対処できずにノックダウン。

 死にはしなかったが朝から精神力をごっそりと持って行かれた。


「今んとここのクラスの周りだけが騒いでいる感じだけど、こりゃすぐに学年超えて他学年まで噂拡がんのも時間の問題な気がすんな」

「勘弁してくれ」


 別に噂されるだけならなんと思わない。

 中学校時代に例の告白を切っ掛けにしばらく色々と言われていたのを店長は知っている。なにより自分自身が周りと少し違う境遇、環境で育ったこともあって周囲から話のネタにされることは昔からよくあった。

 それゆえに、色々と言われることにはなんとなく慣れてしまったところがある店長。

 

 しかし、今回は噂の対象が例のたわわさんということもあってか、情報が少なく錯綜状態で、正確性を求めた連中がこぞって店長の下に集まって来てしまったのだ。

 それが休み時間の度に繰り返される。今も、教室の外には何人か店長を出待ちしていると思われる生徒の姿が視界の端にチラついた。


 弁当を作ってきてよかった。中身は先日たわわさんが作ってくれたカレーをタッパーに詰め、冷凍食品が少々。一日時間を置いたカレーは濃くなって店長好みの味付けに。

 金ちゃんは珍しいスタイルで弁当を持ってきた店長に質問してきたが、適当に誤魔化しておいた。

 たわわさんに作ってもらったなどと話した日には、また面倒なことになるのが目に見えている。


「ふぅ……」


 店長は息を吐き出した。

 さてどうしたものか。

 たわわさん絡みでかなり注目を集めてしまった店長。

 これからもこの調子では日常生活に支障が出る。

 人の噂も七十五日、などと言うが、あのたわわさんは七十五日を超えてずっと噂され続けた伝説女子。熱が冷めるまで時間が掛かる気がしてならない。


 なにより、噂の本人がまったくと言っていいほど学校内で姿を見せず、昨日から「たわわさん調査隊」なる組織が発足されたとか(金ちゃん情報)。

 謎やら心理やらを探求したがるのは人間の性だとは思うが、同じ学校の生徒を探すために調査隊とはイカれているとしか思えない。


 いや……あるいはそれだけ生徒たちを熱狂させるあのたわわさんの存在の方がむしろイカれてるのかもしれない。


「うっ……やば、トイレ行きたくなってきた」

「お前休み時間ずっと教室から出られなかったしな」


 パパラッチ(死語)共のせいで教室の外に出ても捕まり、トイレにも行けなかったのだ。

 そのせいかいたすことができずに溜まる一方。このままでは店長の膀胱やら肛門がバーストしてしまう。別の話題を提供してお茶の間を賑わせるキャラにはなりたくない。


……くっ……どうする?


バカみたいな状況だが割と切実な問題だった。

今出て行っても確実に捕まる。質問責めの最中に限界を迎えることは必至。


「金ちゃん、悪いけど盾になって」

「しょうがねぇな~。貸し一つな」

「おう」


 限界だ。店長は廊下に出てダッシュ。それに気づいたたわわさんの追っかけが店長を追跡しようと試みるが、金ちゃんとクラスの男子数名が行く手を阻み。


 店長はとにかく走った。いつも使っているトイレはムリだ。また囲まれる可能性が高い。

 ならばと彼は階段を二段飛ばしで駆け降り、教職員用のトイレへと逃げ込むように入った。

 

「ふぅ~~~~~~~……」


 我慢に我慢を重ねた末のそれは、至福であった。開放感が段違い過ぎてヤバかった。変な性癖が目覚めそう。

 

 店長はスッキリした表情でトイレから出た。もうすぐ昼休みが終わる時間とあってか周囲の人けはまばら……というか誰もいない。今なら落ち着いて教室に戻れる。


 そう思った矢先――


「こんにちは、店長くん」


 階段にさしかかった時、陰から出てきた人物に目を見開く。

 例の、噂の生徒であるたわわさんが、紙袋を手に待ち構えていたのである。


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