表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/13

確変タイム突入

『あのバカに釘刺しといた』


 などと、連絡が来たのは例の脅迫事件があった翌日のこと。

 脅された目隠れさんと同じクラスに所属する店長の幼馴染。彼女に目隠れさんのことを気に掛けて欲しい、とお願いしていたのだが……どうやらあいつは実力行使で相手の男子生徒を黙らせたらしい。今は学校にも来ていないとか。

 もう一度来ることができるのか、そのまま自然消滅するのか……いずれにしても、もうあの男子生徒が目隠れさんに校内でちょっかいを出してくる心配はしなくてもよさそうだ。


 店長も彼の報復がないかちょっと気になっていたので、大人しくなってくれたのならありがたい。

 さすがは男子相手にも引けを取らない腕力を持つ幼馴染である。そのゴリラぶりに敬意を表してバナナを献上しておいた。だのに顔に叩きつけられた……解せぬ。


 ――そして、事件からしばらく経った週明けの月曜日。

 朝、ホームルームを控えた教室にはダレた空気が満ちている。


「ああ~……授業だる~」


 前の席で金ちゃんが机につっぷしている。月曜の朝。日曜日の夜にサ○エさんを視聴し、望まぬ太陽が顔を出す頃になって渋々、義務感で学校へ登校。これから始まる一週間(苦行)に嘆きたくなる気持ちは理解できる。

 尤も、店長は土日も基本的に店番のため外出したり趣味に興じたりする時間はほぼなく、むしろ定休日の毎週木曜日が彼にとっては休日だったりする。


「おはよう」

「おっすてんちょ~う。なんで月曜ってこんなだるいんだろうな~」

「分かり切ったこと聞くなよ。休み明けだらからだろ」

「なんで休みって終わっちまうんだろ~な~」

「そういう仕組みだから」

「誰がんなクソみてぇな仕組み作ったんだ~?」

「たしかヘンリ・フォードじゃなかっけ?」

「誰だそれ?」


 まあ昔はそもそも明確な休みというものが設けられていなかった。ほぼ毎日のように働いていたのが割と当たり前。むしろ休みを設定してくれた先人には感謝すべきだろう。

 とはいえ、休みが明けたあとの義務を苦痛に感じる人間は多い。そこは社会人も高校生も変わらない。

 店長もその例に漏れず、定休日が明けた翌日はどうしてもテンションが下がってしまう。如何に両親が残してくれた店だからといって、なんでもかんでも前向きに捉えられるわけではないのである。この歳でワーカホリックとかむしろ御免だ。


「――失礼します」


 ふと、教室の外から聞き慣れない女の子の声が聞こえてきた。

 生産性皆無な会話を咲かせていたクラスの視線が集中する。

 見たことのない生徒だ。しかし彼女の登場にクラス全員が息を飲んだ。

 店長も自分が呼ばれたのにも関わらず、咄嗟に反応することができなかった。


 痛み一つないストレートの美しい黒髪。

 可憐な立ち姿は背中に芯が入っているかのごとく真っ直ぐ。

 両手をお腹の前で組む仕草は品があり、優雅に微笑むその顔は一度見たから決して忘れることはないだろう。

 そして、高校生離れした異様なまでの発育を誇る分厚い胸部。

 デブということじゃない。括れがむしろ細すぎて胸元の強調具合がとんでもないことになっているのだ。

 

 まず初めに目を奪われた。教室にいる全員が、男も女も関係なく。

 次に言葉を失った。単語を探す思考が機能しない。

 最後に心を囚われた。一目惚れなど実在するのかという疑念は、彼女を前に吹き飛んだ。


 ついさっきまで騒がしかった喧騒はどこへ旅立ったというのだろう。教室はシーンと静まり返り、突如現れた彼女に無遠慮な視線が集中する。


「――たわわ、さん?」


 誰かが呟いた。その一言を切っ掛けにクラスメイトたちはにわかに騒がしさを取り戻す。


「ちょっ!? マジか!?」

「いや待て。つか彼女が本人って証拠あんのか?」

「部活の先輩が撮った写真にそれっぽい人が偶然写ってたのを見たんだよ!」

「あっ、それアタシも一回だけある! ふざけて撮った写真にそれっぽい子が映り込んでたの!」

「いやたわわさん幽霊みたいな扱いじゃねぇか!」

「でも実際、見かけたことある奴に聞いたら、間違いなく写真に写ってる女子がたわわさんだって話でさ!」

「うそっ! たわわさんってただの噂じゃなかったの!?」

「私も男子が適当に騒いでるだけのデマだと思った……」

「実際目の前にいるじゃねぇかよ!」

「ちょっと待て! つうかこの状況、俺たちマジでヤバいんじゃねぇ!? 確変だよ確変!」

「クラス全員がたわわさん目撃とかビックニュース確定じゃん!」

「ていうかたわわさんが喋ったとこ見たって奴もいねぇらしいし、俺たちマジでヤバくねぇか!?」


 動物園ばりに騒がしくなる教室。というかたわわさん本人そっちのけで彼らのテンションがピークに達している。

 さっきまで一緒に駄弁っていた友人の金ちゃんは「マジかマジかマジか!」と、ひと昔前の仮○ライダーの主題歌の一部を延々と繰り返すボットみたいになっていた。


「あの、このクラスに『店長くん』はいますか?」


 そして、本日二度目の衝撃が教室内に走った。

 バラバラだった視線が示し合わせかのように一点集中。視線の先にはいまいち事態を理解しきれていない様子の店長。


「え~と? 店長く~ん? いませんか~? ……もしかしてクラスを前違えたんでしょうか?」


 と、たわわさんが教室内を見回して不安そうな表情を浮かべた。

 すると、金ちゃんは大袈裟な身振りでぴょんぴょんと跳ねながら手を上げて、


「はいは~い! 店長はこいつで~す! 何の用っすか~?」


 お調子者の本領発揮と言わんばかりに、これまで誰も声を掛けることのなかったたわわさんに声を掛ける金ちゃん。

 すると、彼女はぱぁっと華が辺り一面に咲き乱れのかと錯覚しそうなレベルの笑みを浮かべ、クラスメイトに「すみません」と頭を下げ、小走りに駆け寄ってきた。

 動きに合わせて胸が跳ね……リアルに跳ね回る胸なんて初めて見た……思わず視線を吸われてしまう。だってしょうがないじゃないか、こちとら健全かつ性欲青天井な男子高校生だもん。


「あの、いきなり押しかけてすみません。今、少しだけお時間いいですか?」

「は、はぁ……なんでしょう」


 あまりの出来事に店長も圧倒されてしまっていた。

 クラスメイト全員から注目されているというのも落ち着かない原因の一つだった。

 ずっと噂されていた「激シブのたわわさん」……そんな彼女が、店長にいったい何用でその姿を現したというのか。

 半分ほど都市伝説のような扱いと化していた彼女。その一挙手一投足に向けられる関心の高さ。いつの間にか教室の外にまで人だかりができている。

 たわわさんの話を聞きつけた他のクラスの生徒たちが集まってきたのだ。


「ちょっとたわわが実在するってマジ!?」、「邪魔! 見えねぇよ!」、「ちょっ、押さないでよ!」、「おまっ、背でけぇんだからしゃがめっての!」などなど、とんでもなくカオスなことになっていらっしゃる。


 しかし、当人はこの事態になんの関心も示す様子もなく、目の前の少年をほんのりと頬を染めながら見つめていた。


「覚えていますか、この前、あなたが助けた女の子がいましたよね?」

「え? ……ああ、もしかして2組の?」

「そう! そうです! その子、実はわたしの『大切なお友達』で、ぜひお礼をさせて欲しいと思いまして……不躾とは思いつつ、こうして会いに来てしまいました」

「それは、わざわざありがとうございます……」

「あの、もしよろしければ、今日の放課後にお時間を頂けませんか?」


 両手を胸元で組み、懇願するような表情でズイっと身を乗り出してくるたわわさん。

 少し腕を寄せただけでその破壊力抜群の胸がより凶悪性を増して眼前にドンと迫りくる。

 あまりの迫力に思わず店長は仰け反ってしまった。下手したら顔に当たりそうなほどである。どんだけデカいんだという話だ。


「あ~……その、今日もお店に出ないといけないので、放課後はちょっと……」

「で、でしたら! その間に、おうちのお掃除とかお夕飯の準備とか! お洗濯とか、お風呂の準備も! 色々とお手伝いをさせてもらいますので!」

「ええ……」

「ダメ、ですか?」


 しゅん、と一気に落ち込んだ顔を見せるたわわさん。彼女に耳と尻尾があったら盛大に下を向いているに違いない。あざといとかそういう話の前に、妙に罪悪感を刺激されてしまう。


「お礼……」

「う……」


 そんな捨てられた小動物みたいな顔をしないでほしい。というか、さっきからなんか妙にトゲトゲした攻撃的な視線がぶっ刺さる。

 チラを周囲を見回せば、男子の嫉妬まじりな視線と「なに俺たちのたわわさんにそんな顔させとんじゃわれ」みたいな世紀末も真っ青なおっかない表情を向けられていた。

 ちなみに金ちゃんは妙にワックワクした顔でこちらを見ている。暇ならこの状況に助け船の一つくらい出してくれ。頼むよ、店の商品券100円分あげるから。


「わ、わかりました……それじゃあ、その……お言葉に甘えて」

「いいんですか!?」

「ええ、まぁ」


 煮え切らない返事。しかし店長の気持ちも察して欲しい。昨日今日どころかつい今しがた知り合ったばかりの相手に、いきなり「お礼をさせてください」と言われて戸惑わない人間がいるか? いかに相手がとんでもない美人であったとしても……いや、むしろ美人過ぎるあまり色々と疑いたくなってしまうのが人情というモノだろ?


「それじゃ、わたしは家に帰って色々と準備をしてから、お店にお邪魔させてもらいますね」

「はぁ……」

「よろしくお願いします。また放課後に」


 綺麗に一礼をして、彼女は手を振りながら教室から去って行った。周囲の生徒たちも流されるまま彼女を見送る。

 しかし、ハッと我に返った生徒の幾人かが、彼女の後を追い掛けようとした。


 が、タイミングを計ったかのようにホームルーム前の予冷が鳴り響き、ほとんどの生徒は追跡を断念。一部のアグレッシブな連中は授業そっちのけでたわわさんの後を追ったみたいだが……彼女は異様に足が速く、追い付くことでもできないまま見失ってしまったらしい。


 その後、彼女を校内で見かけた生徒は誰もおらず、隠し撮りされたたわわさんの写真だけが、学校全体へと拡散されることとなり――


「激シブのたわわさんは実在した!」――などと、大いに校内を賑わせることになったという。


___________________________________


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

本日の投稿はここまでとなります。

話しが面白かった! また読みたい! と思っていただけましたら、

ブックマークや評価をよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ