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一回出るとやたら出る

「最近、あいつのことで学校の中が実に愉快なことになっているのはお前も知ってるだろ。そして、お前も騒動の渦中にいる、いわば当事者なわけだ」

「……遺憾ながら、そうみたいですね」


 思い出すのはやはり例の集団ストーカーの件だ。たわわさんに会いたい、一目だけでも拝みたい、という野次馬根性全開な生徒たちが面白いくらい量産されている現状。たわわさんと接点を持つ店長のことを、校内のみならず自宅まで追い回してきたわけだ。迷惑極まりない。誰でもいいから連中の脳みそに自重というものをインストールしてほしい。もしくはアップグレードで性能強化するとか。


「いっそ、あいつに付き纏うのを止めるよう、私からたわわさんに話をすることはできるぞ」

「へぇ。会長ってたわわさんと接点あったんですね」

「……そうだな。たまに生徒会の仕事を手伝ってもらっている」

「へぇ」


 そういうことか、と店長は納得して頷いた。


「別にそこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ。いざとなったら僕から彼女に言いますから」

「言えるか? お前お人好しだし」

「言えますよ、たぶん」

「ハッキリしてないではないか!」


 言われながら、店長も自分の弁当を机に広げる。


「弁当か……お前、確か購買族じゃなかったか」

「なんですか購買族って……これも、例のたわわさんがわざわざ作ってくれたんですよ」

「へぇ~~……」


 すると、会長は面白くなさそうに目を細めた。


「ここしばらくはほぼ毎日ですよ。作るのだって手間なんですから、あまり無理をしてほしくはないんですけどね」

「お前、それは……」


 言いかけて、会長は途中で言葉を飲み込んだ。今の話を聞けば、誰もが思うはずだ。たわわさんは、店長に気がある、と。

 しかし中学時代、自分も店長に対してたわわさんと同じようにほぼ毎日のように弁当を作っていたが、二人が迎えた結末は悲惨なものだった。

 つまり、店長に対しては胡乱なアプローチは効果がない。いや、仮に気持ちを察することができたとしても、確証がない限り彼は常に疑い続けるのだろう。


 ダン――


 不意に、会長は過去の自分の行いを思い出して机に額を叩きつけた。


「急にどうしたんですか?」


 ご乱心? 店長は額をグリグリと机に押し付ける会長を訝しげに見つめた。普段の彼女からは考えられないような奇行である。動画でも撮影して販売したら飛ぶように売れそうだ。いや、もちろんやらんけど。肖像権侵害、ダメ、絶対。


「はぁ~……気にしないでくれ。己のバカさ加減に呆れただけだ」

「だからっていきなり大きな音立てて突っ伏したらビックリするんでやめてください」

「すまん」

「あとその綺麗な顔に傷でもついたら、会長のファンが発狂するので自重してください」

「……お前は、発狂するか?」

「心配はします」

「じゃあ、やめる。それと、これをやろう」


 会長はそう言うなり、自分の弁当箱から唐揚げをひとつ進呈してきた。

 店長はそれを断ることなく「いただきます」と頂戴した。店長は基本的に相手の好意は素直に受け取ることにしている。受ける方は得するし、相手も自分がした行為に感謝されると嬉しいと知っているから。

 とはいえ、相手の負担を考慮したり、押し付けがましいものは断ることもある。

 

「それ、昨日の夜に私が揚げたんだ。どうだ?」

「おいしいです。あと、ちょっと懐かしい感じがします」


 なにせ、中学の頃は頻繁に彼女の手料理を口にしていたのだ。舌も味を覚えている。


「えへへ……」


 不意に、会長がはにかんだ顔で笑みを漏らす。普段の知的でクールな会長を知る人たちは、この表情を見てなんと思うだろうか。店長からしてみれば、こちらの方がむしろ見慣れた表情なのだが。


「会長、カシレを作ろうとか思わないんですか?」

「ぶっ! なんだいきなり!」

「いえ、会長ってすごいモテるのに全然浮いた話一つ聞かないので」

「よく知りもしない相手から告白されても迷惑なだけだ」

「知ってる人もちゃんといたんじゃないですか」

「なんだ、お前は私に誰かと付き合ってほしいのか? まさか寝取られ趣味とか持って」

「ストップ。やめてください人の性癖を捏造するの。ちょっとした好奇心ってヤツですから」

「そういうお前こそどうなんだ?」


 と、会長は話題の矛先を店長に向けてきた。


「たわわさんとか……彼女と付き合ってみたいとか思わないのか?」

「前も同じようなこと訊いてきましたね」

「あれから気が変わったりとかしているかもしれないだろ」

「変化なしですよ。高嶺の花すぎてむしろ遠慮しちゃいます」


 尤も、現状はその花の方から下山してきているような感じだが。


「そうか」


 頷く生徒会長。いったん話題が途切れたところを二人で弁当に箸を伸ばす。

 高嶺の花……今は目の前に座っている彼女にも該当するようになった言葉だ。昔はもっと親しみやすい華だった気がする。彼女があまりにも人気になりすぎて、遠い存在になったように感じるのは気のせいではないだろう。


「念のため聞くが、もしもたわわさんの方から告白されたら、お前はどうするんだ?」

「ありえない可能性ですね」

「もしも、の話だ」


 もしも、と言われても困る。実際、店長はたわわさんのことを異性として意識していない。テレビの向こう側にいる女子アナやアイドルを可愛い、美人とは思っても、付き合いたいと思わないのと同じ。

 それでも、仮に会長が言うように告白されたら、


「ちょっと考えさせてほしいって保留にします」

「そうか……まだ恋愛したくなったりはしないのか?」

「無理っぽいですね。ああでも友達にはなりたいですよ」

「友達か……ちなみに私はお前にとって何にカテゴライズされているか訊いてもいいか?」

「めっちゃ頼れる先輩」

「それは友達以下、ということか?」

「僕にとっては神様みたいに尊い人、って意味です。つまり友達以上の存在ですね」

「なぜだろう。怒ればいいのか喜べばいいのか分からなくなってきた」


 すると、会長はなにを思ったか無言で卵焼きを摘まむと店長の弁当にそのまま投下してきた。


「なんですかこれ?」

「いいから食え。強引に誘った礼だとでも思えばいい」

「それじゃあ遠慮なく…………めっちゃ甘いですね」

「お前は昔からしょっぱい方が好みだったな」

「甘いのが嫌いなわけじゃないですけど、しょっぱい方が好きなのはそうですね」


 覚えているならなぜわざわざ甘く作った卵焼きをくれたのだろう。ちなみにたわわさんお手製の弁当に入っている卵焼きはしょっぱい方である。


「どうすればお前は恋愛をしたくなるんだろうな」

「難題ですね」


 それからしばし無言の時間に入った。お互いに弁当からおかずに箸を伸ばして口に運ぶ。

 他の生徒たちからすれば、彼女と一対一でお昼というのは得難いシチュエーションだろう。

 店長は弁当箱ごしに会長を盗み見る。小さな口でゆっくりと咀嚼して食べる様子は中学校時代と同じだ。変わったのは見た目と口調だろう。高校で再会した彼女は実に重たいしゃべり方をするようになっていた。

 それのせいもあって、厳しい人、という印象が残るのだと思われる。


「と言いますか。むしろ会長は恋愛したくないんですか?」

「私はしたいぞ」

「へぇ」

「なんだその『意外です』、みたいな顔は」

「いえ、会長ってもっとお堅いイメージがあったので」

「私だって女子だ。興味くらいある」

「でも、それならなんで誰とも付き合わないんですか?」

「相手が私の好きな人じゃないからだ」


 それはつまり、会長には現在、好意を寄せている相手がいる、と。お堅そうに見えても意外と乙女な部分もあるらしい。


「ちなみにその相手が誰か聞いてもいいですか?」

「お前だよ」

「はい?」


 その瞬間、店長は手にした箸をポロリと落としてしまった。


「あとついでに生徒会を手伝ってくれるとなお良し」

「…………とりあえず考えさせてもらう、ということで」

「ああ。よろしく頼む」


 店長は、この話を保留にした。

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