仮天井
先日の会長による一喝が功を奏したのか、あれから生徒の付きまとい行為はかなり減ってきた印象だ。
が、それに伴い、たわわさんが店長に接触してくる機会も増えたわけで……
ある日の放課後。先生からの頼み事で学校を出るのが遅くなった日――
『店長くん、緒に帰ってもいいですか?』
『え? でも確かたわわさんの家って僕の家とは逆方向じゃ』
『お店にもお買い物に行きたいので……ダメ、ですか?』
『僕は全然大丈夫ですよ』
『ありがとうございます!』
そんな捨てられた子犬みたいに見つめられて断れるわけがなかった。
『店長く~ん。お昼ご飯、ご一緒にいかがですか~』
お昼休み。授業終わりに購買へと向かう途中、階段の下からにょっきりと顔を出したたわわさんに呼び止められた。いきなり下から顔がせり出してマジで心臓が止まるかと思った。一階部分の階段は下の空間を用具置き場になっており隙間が空いているのだ。
『今日も、お弁当作ってきたんです』
『……わかりました。でも、急に顔を出すのはびっくりするので、やめていただけると嬉しいです』
『あうっ。すみません』
美人のたわわさん。しかしその行動は天然というか、たまにズレたことをするな~、という印象に変わりつつあった。
『今日は、店長くんの大好物をいっぱい作ってきたんです!』
『……わぁ、おいしそうですね~』
お弁当の中身は本当に全て店長の好物が詰め込まれていた。
が、彼女に店長は自分の好物について話したことはなかったはずなのだが……いったいどこから情報を得たのだろうか。先ほどとは別の意味でちょっと怖くなる店長だった。
昼食にと連れてこられた場所は屋上へと出る扉の前。屋上は立ち入り禁止。用のない人間はまず来ない。
『あの、あまり無理をし過ぎないでくださいね。これ、作るのに時間が掛ったんじゃ……』
『大丈夫です! 店長くんの食べてもらえるなら、これくらいなんてことありませんので! これも、友達を助けもらったお礼なので、ぜひ遠慮なく食べてください!』
さすがにそろそろ、その言い訳も苦しいと思うだが。
いったい、いつまで彼女は店長に「お礼」をし続けるつもりなのだろうか。
そして今日も……
「店長く~ん!」
朝の通学路。ひと気のない路地に差し掛かったところでたわわさんに声を掛けられた。
「おはようございます、たわわさん」
「おはようございます! あのあの、実は今日もお弁当を作ってきたんです! それとお菓子も焼いてきたので、ぜひ食べてください! あっ、それとそれと、この前店長くんが私の写真を欲しいと言ってくれたので、自分でも撮ってみたので好きなのを差し上げようかと!」
「あ、あはは……」
お弁当とスマホをグイグイ手渡される。
スマホに表示された画面にはたわわさんの自撮り写真が何枚も並んでいた。制服はもちろんのこと、色んな私服姿のたわわさんがびっしりと敷き詰められている。
思わず……これ売ったらいくらになんだろう……なんどと考えてしまった。現実逃避ともいう。
いやだって仕方がない。写真の中には胸元が盛大に開いて下着がチラ見えしているような責めたモノまで紛れ込んでいたのだから。
……たわわさん、なんか暴走してきてないか?
写真は最高画質で撮影されているらしく、フォルダ容量が2ギガを超えてやがる。仮に写真1枚を約30MBとして、軽く100枚近い写真が保存されていることになる。
「本当はこの前教えてもらった連絡先に送信したかったんですけど、容量オーバーで全部は送れなくて……なので、気に入った物を選んでいただければと!」
「ああ~、そうでね~……」
え? なにもしこの下着がチラ見えしている写真を所望したらくれるってことですか?
あなた本当に大丈夫? これ撮影に夢中になりすぎて気付いてないとかない?
認識していたら確実に痴女である。
店長がこの前写真を欲しがったから、という理由だけで、これだけの写真を用意する行動力。ぶっ飛んでいると言わざるを得ない。
しかし店長も健全な男子高校生。
本当にこのあられもない写真をいただけるのであれば是非ともほしい。
なんやかんや言いつつたわわさんはめっちゃ美人なのである。
そんな彼女の写真がタダで貰えるなんて。これを周りが聞いたら嫉妬と呪詛の千本ノックが飛んでくるに違いない。
「あの……たわわさん」
「はい!」
とてもいい笑顔でたわわさんは期待に満ちた視線を向けてくる。
「えっと、さすがにこういう写真を男子に見せるのは……危ないからやめた方がいいと思いますよ」
「え? こういう写真……危ないって………………~~~~っ!?」
店長は紳士を偽ることにした。
フォルダ内に収録されている中から例の「叡智なお写真様」を表示し、たわわさんに手渡す。
そこにはブラウスのボタンがしまりきらずに谷間が大胆に露出した大変すばらしい一枚が表示されていた。同時にブラウスからチラリズム決めているピンクのブラがバッチリ映り込んでいる。
「あ、あうあうあう……これ、去年買ったばかりで……なのに着ようとしたら胸が入らなくて~……違うんです、下着を見せようとかそういうことは全然考えてなかったんです、事故なんです、私痴女じゃないですから~!」
スマホをギュッと胸に抱いて顔を真っ赤にするたわわさん。
胸部で鎮座するお胸様はまだまだ成長期真っ只中のご様子。
いったいどこまで大きくなれば君は満足するのかね?
しかしやはりというかなんというか、撮影会に夢中になりすぎて自分がどんな写真を撮ってしまったのか気付いていなかったご様子。
慌てふためき真っ赤な顔して羞恥に震えるたわわさん。挙動妖しく目を回す姿は実に愉快……もとい、愛らしい。
「あ、あの~……」
たわわさんが赤い顔して店長へと向き直る。目端に涙をためる姿に嗜虐心が煽られる。
純粋さと暴走列車が同居して本当に危なっかしい。
「店長くんは、その……さっきの写真、欲しい……ですか?」
「…………ノーコメントで」
店長は今日ほど己の本能と戦った日はなかった。
☆
「はぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~…………」
特大級のクソデカ溜息が店長の口からまろび出た。
場所は近所の喫茶店。本日は木曜、お店は休み。日も暮れた店内で店長は幼馴染のネコと顔を突き合わせていた。
「人の金で食うアイスうま~」
「節約生活してる苦学生から搾取するか普通~?」
「相談したいことがある、って呼び出したのアンタじゃん。ただで人の時間もらおうとか図々しいと思わん?」
「正論パンチかますじゃん……その代わりちゃんと話聞いてくれよ?」
「面白かったら善処する」
信用できない単語がふたつ並んでる時点で幸先が不安だ。
店長は再び諦めて勝手に話題を切り出すことにした。
「たわわさんの件」
「ああ今めっちゃ騒いでるよね~。マジみんなミーハーすぎでヤバい。アタシのクラスも、最近の話題っていったらもっぱらたわわさん関連ばっかだし」
「なんで皆してそんな騒ぐかな~」
「たわわさんって元からちょっと希少価値高い感じあったからね~。いるのは分かってるのに全然会えない……そんな彼女が急に顔を見せるようになったら騒ぎになるってもんでしょ。限定品とか希少性のある物って、大抵の奴が大好きだから」
「言いえて妙」
店長がそのあたりのありがたみを感じづらいのは、やはりたわわさんの方から接触的に会いに来てくれているからなのだろう。
そして、目下のところ、店長を悩ませているのはこのたわわさんの積極性だ。
「なんでそんなに、僕なんかに構ってくるんだか……」
「ほかの男子が聞いたら袋叩きにされそうだな」
確かに。
あれだけの美人でスタイル抜群。天然ボケなところはあるが家庭的で人当たりもよくお淑やか。字面に起こすと「男子の好き」を煮詰めたような理想像がこれでもかと浮かび上がってくる。
「良かったじゃん。あんだけ騒がれてるたわわさんから、カレシとしてのオファーが来てる、ってことじゃん」
「……お前まで妙な事言わないでくれ。たわわさんは、ただお礼がしたいから僕のところに来てるだけだ」
「それ本気で言ってる? てか、『お前まで』ってなに?」
「前、会長が僕んとこに来て、例のつきまとってきた連中を撃退してれくたんだよ。そのあと、店に来てもらったと時に『たわわさんから言い寄られて悪い気はしないのか』みたいな、そんな感じのこと言われて」
「……へぇ、会長、あんたに会いに行ったんだ」
ふと、ネコが細めて眉根を寄せる。
「……どの面下げて今さら……」
ブツブツと呟きながらアイスにスプーンを突き刺すネコ。
「ネコ、なんか怒ってる?」
「別に……それよか、あんた本気でたわわさんがただお礼のためだけにあんたに会いに来てるとか思ってるわけ?」
「そうだよ。彼女は『そうとしか』言ってない」
「……まぁ、そうなるわな」
店長は別に鈍感じゃない。
しかし、過去の出来事が、彼にブレーキを掛けさせる。
気持ちを相手に察してほしい、と考えることは普通のことかもしれない。自分はあなたが好きです、だからこっちを見てください、好きになってください、告白してきてください。
自分の気持ちをさらけ出すことはリスクであり、相手が合わせて行動してくれることを望むのだ。
店長は、かつて会長を相手にその気持ちを自分なりに推測し、告白した。
その結果は見事な惨敗。果てに周囲からはからかわれてメンタルを滅多打ちにされる始末だ。
「なあネコ」
「なに?」
「しばらくさ。お前、僕と付き合ってくれない?」
「は? なに、告白?」
「そうじゃなくて。ほら、たわわさんって僕が一人の時に会いに来るから」
「それ、アタシに女除け、ってかたわわさん除けになれってこと?」
「このままだとたわわさんも僕に構い続けて色々と負担になっていくと思うし、さすがにちょっと距離をおけば落ち着くと思うんだよ」
「いやだ、てかふざけんな」
「僕はいたって真面目だ」
「余計にタチ悪いっての。構ってくるのが嫌ならハッキリそう言えっての。嫌われることにまでチキってんじゃねぇよ」
「……それもそうだな」
好きな相手に一歩踏み出せないことをチキンと言ったりもするが、嫌われることからも逃げてなぁなぁにしてしまうこともまた、チキンということだ。
「はぁ……ごちそうさん。アタシこれからバイトだから」
「おう、付き合わせて悪かったな」
スクールバッグを手に席を立つネコを見送る。
と、彼女は店長に振り替えると、
「ああそうだ。あんたさ、気を付けた方がいいかもよ」
「何んだよ急に?」
「多分だけど――」
ネコの発した警告を、この時の店長は「まさか」と適当に受け流した。
しかし、それは翌日――
「――久しぶりに一緒に昼でもどうだ?」
たわわさんに次いで生徒たちから関心を集めまくる生徒会長が、店長の教室を訪れてそんなことをのたまった。
教室は騒然。これまで男子からの告白を軒並み一蹴し、浮いた話ひとつなかったあの会長が、自ら男子を誘ったのだ。
「…………………………え?」
店長は思わぬ来訪者にぽかんとしながらも、ネコに言われた言葉を思い出した。
『――たぶん、これから会長も頻繁にあんたに会いに行くと思うから、気を付けた方がいいよ……色々と』
店長は呆けた表情のまま、眼前に立つ生徒会長を見上げた。