第2話 踊り子
実戦形式での訓練は正直きつかった。
基礎を学ばず応用から学ぶのはオレが天才だからだとあの男は言っていた。
最新技術を最大限利用したあの施設の訓練場ではスクリーンや3D技術を使用してあらゆる場所を模倣し、実戦訓練の舞台にする。草原から砂漠、ジャングルや都会。世界のありとあらゆる戦闘場所を想定しての訓練だった。
しかし、彼女をそこで見たときはスクリーンも3D機能も動作していないただの白い部屋だった。壁から天井、すべてが白かった。
そのせいだろうか。彼女を見た時、その魔方陣が一際目立ってきれいだと感じていた。
迷いのない、心を揺さぶられる彼女の魔法は、鮮明に覚えている。
青かった。空よりも。
偉大だった。世界最強と唄われる魔法士よりも。
心の奥底に響いた彼女の魔法を皆はこう唄う。
『天使のようだ』
透き通ったそれを見ているだけで、誰もが心を引き付けられる。
世界最強の魔法士さえも—————————。
式は始まり、学園長のあいさつの順が回ってきた。辺りは静まり返り、数名の新入生だけが学園長を凝視する。
戸惑い、焦る。
どれほど強い魔法士でもこの魔法に太刀打ちしようとは思わないだろう。しかもそれが自分のためではなく、関係のない人間のためならなおさらだ。
「私が入学説明会の日に伝えたことを覚えているでしょうか。」
冒頭からその言葉が出てくるとは思わなかった。確かに、聞く資格のない人間にこれからの話を聞かせても意味の無いことだ。
ざわつきは先日よりも増していた。
やっぱりあの言葉には深い意味があったのではないか。そう不安に思う生徒が約半数いた。
「返答がないので、直接君たちの心に問いかけるとしよう」
懐から杖を取り出した学園長はそれを大きく振る。
「パンデモニウム!」
総勢280名が並ぶ大講堂の中心、俺たちの頭上に広がった巨大な魔方陣によってここにいる新入生の約半数が殺されてしまうだろう。
パンデモニウム。禁呪と呼ばれる数ある魔法の中でもトップレベルに皮肉な魔法だ。それは2つの魔法を連動させて初めて効果を発揮する。
人を強制させる魔法。その魔法で自身との契約を強制承諾させ、それを破った対象者に発動する魔法、それがパンデモニウム。
対象に発動する魔法は使用者が決めることができる。しかし、使用者があの学園長の場合、彼の魔力量を考えるとそれは死に値する魔法であることは明らかだ。
こんな禁呪を使用してる時点で、対象者が死なないことはほとんどない。
皮肉だ。虫唾が走るほどに。
いつの間にか怒りを覚えていたが、それを誰にも向けることなくオレは心の中で押し殺す。
世界を改革させるためには魔法士の育成が必須だ。そのためには、何かを切り捨てることも必要になってくる。
その対象が約束を守れない新入生達だっただけだ。
そう言い聞かせる。
そうでもしないと、この怒りは収まりきれない。どうしようもない危機をただの子供が打開する方法なんて、漫画やアニメの中だけの話だ。現実味がない。
オレに主人公の資格はないし、なろうとも思えない。今のオレには、それだけの力はない。
監獄で唄うのは魔法士ではない。
それは、「踊り子」の役目だ。
しかし、
大講堂の丁度中心。息を凍らされるほどの派手な魔法陣に1つ立ち向かった【それ】は、絶望を打開することのできる最強の一手だった。
日没にひとつ輝く一番星。その«ホシ»は何処から登ったのだろう。アレに立ち向かうのは一体どんな一番星なのだろう。
280名と並ぶ新入生の中の数名だけが、今この状況を理解し、全員が鳥肌を立てていた。
目を見開き足に力が入らなくなった者もいる。
しかしそれは魔法を知らない新入生では無い。既に魔法士である優等生達だ。他の生徒は何が起こっているのかさえ理解できていない状況である。
人間はよく出来事をすぐに忘れてしまう事が多々ある。しかしそれは時を経て、形を変えてから思い出すことも多々ある。
この金色の魔法陣は、色は違えどあの時の魔法陣の形にそっくりだ。透き通った目には自身の魔法陣を綺麗に反射させている。
「トラックサクション」
飲み込む。どれだけ大きな魔法でも。
喰らい尽くす。どれほど強い魔法でも。
第三禁呪節トラックサクション。
世界に生まれた第3の禁呪。使用の為に必要な魔力量はパンデモニウムとは比にならないほどの魔力量であり、それを顔色ひとつ変えずに使用する彼女は一体何者なのだろうか。
その奇跡を目にして思い出す。
リーナ・クリフォード
その名を知らない者はあの施設にはいない。第2の天才児と呼ばれていた。最初の天才児が死んでから彼女がそう称えられるようになったのだそう。
最初の天才児に皆が目を向けていたせいで、第2の天才児であるリーナ・クリフォードに見向きもしなかった。
しかし、1が無くなれば2に目を向ける。腐った大人達は皆そうする。まるで使い捨てのおもちゃのように。
しかし、それからの彼女の成長は尋常ではなかった。数年彼女を見ない間に、天と地ほどの実力差が生まれている。
今の彼女に勝つことは容易ではないだろう。
「リーナ・クリフォード!?」
学園長が目を見開き、腰を抜かす。自分の魔法への自信の笑みは消え、握りしめていた杖は手の震えにより舞台から音を立てて落ちる。
教師全員が彼女に目を向ける。新入生も同じように。
「学園長、私の前で血を流すことは許可されていましたか?」
締まった表情で、殺意のこもった目が学園長を直視する。その言葉が学園長の喉を詰まらせた。
……………………「いいえ」
「では今後はこのようなことは控えてください。次はありません。」
上下関係を感じさせない彼女の態度を見て皆が驚愕していた。ざわつきは先ほどとは比べられないほどになり、彼女の影響は全教師にも及んでいる。
「おい、今の魔法みたいなのは一体なんだよ?」
「学園長の何かを”飲み込んだ”ように見えたけど…」
「ここって、実は危ない場所だったり?」
「演出にしてはよくできてたよな~」
信じる生徒と疑う生徒。双方の意見が交じり合うことで場は混乱し、いずれ反発が起こる。地を這いつくばるアリは、協力しないと生きていけないというのに。
勉学に励んだ人間が偉いわけじゃない。そう見えるのは、自分たちの固定概念、意識の問題だ。
しかし、この監獄ではその概念を底からひっくり返ることになる。
それを義務と捉えるか、願望と捉えるか、あるいは絶望と捉えるか。
それを最初に知れるのは魔法士でも怪物でもない。
自らを主張し、進み続ける者。
”踊り子”だけの特権だ。