悪役令嬢の嬉しい誤算〜幸せになってもいいよね〜season1
お読み下さりありがとうございます。
※ご都合主義作品となりますので、
あしからずご容赦下さい。
※誤字脱字報告。
(人•͈ᴗ•͈)ありがとうございました。
※11/9 日間/異世界恋愛 3位
ありがとうございました。(人*´∀`)。*゜
「私の名前は、マービラウス・グロウェルと申します。グロウェル公爵家の長男で、年齢は9歳です。ユリエル様。どうか私と婚約を結んでいただけませんか」
従姉のお姉様の結婚式で、新郎新婦によるブーケトスが終わると、私は目の前で跪く男の子から婚約の申し込みをされるという、予想だにしない出来事に思考が停止した。
私を見上げる彼は、艶のあるシルバーアッシュの髪を一つに束ね、切れ長の目は薄紫色の瞳が印象的で端正な顔は利発そうに窺える。
柔らかく微笑み明るく透き通る声を優しく響かせる彼は、とても9歳とは思えない落ち着いた所作の美しさを披露する。
――私が彼と婚約してもいいのかな?
返答に困って後ろを振り返る。両親を見ると、2人ともにこやかな笑顔でコクリと頷く。
周囲を見回すと、皆の瞳はギラギラしていて私に早く返事をしてやれと言っているかのようだ。
最後に、彼に視線を戻し「はい」と返事をする。
「これからよろしくねユリエル。僕のことは愛称のランスと呼んで欲しい」
名前が言いにくいから、愛称で呼んでほしいと言って、彼は手を差し出す。私は手に持つブーケを左手で抱え直すと、彼から差し出された手の上に、もじもじしながら手を重ねた。
恥ずかしさで俯けば、私は手に持つブーケをじっと見る。
――そもそも、私の手に持つこのブーケが
彼が私に婚約を申し出た
原因なのかも知れないわ
この国では、花嫁のブーケを受け取ると、運命の相手と結ばれるというジンクスがある。抱えているブーケは、新婦である従姉のお姉様が私に向かって優しくふわっと投げてくれたのだ。
周囲の人達が温かな目で、私がキャッチするのを見守る中。たまたま、そこに通りがかった彼が受け取ってしまった。
「あっ、私のブーケ!」つい口に出てしまった言葉に、彼の視線はブーケと私の顔を行ったり来たり。最後にニコリと微笑んで、私に「どうぞ」とブーケを差し出した。
手を伸ばし受け取った私は、「ありがとうございます」お礼を言ってペコリとお辞儀をし両親の下へと戻った。そして、結婚式も終わり、披露宴会場へと向かう矢先でのことだった。後ろから大きな声で彼に呼び止められたのだ。
目の前では、既にマービラウス様の両親グロウェル公爵夫妻と私の両親が話し始めている。
本当に、婚約してもいいのだろうか?
私の婚約者はマービラウス様ではなかったはずなのだ。本当ならば、この国の第二王子であるレイシュベルト殿下だったはずだ。
両親達から聞こえてくる会話の内容では、どうやら婚約は決まったらしい。
まぁ、いいか。そう気持ちを切り替えると、私はマービラウス様に微笑んだ。
「ランス様。よろしくお願いします」
「うん。僕の方こそよろしくね」
握られた手の力が少しだけ強まると私はギュッと手を握り返した。
――でも、本当に彼でいいのかな?
私は悪役令嬢として転生しているのに
私は、この世界に生を受けて直ぐに転生者である事を思い出した。
どうして、「あー。うー」しか言えないのだろうか? 見上げた天井には見たこともない絵画が描かれているし、それ以外を確認したくても体が上手く動かない。上ばかり見ている時間は退屈だ。ゲームの裏イベントが始まったのは覚えているが、そのまま寝落ちしてしまったらしい。時間がもったいない、ゲームを保存した記憶もないし、続きをプレイしたいのに。
そんなことを考えていると、目の前にストロベリー色のゆるふわな髪にエメラルドの宝石のような瞳をした女の人がニョキッと顔を出す。「あら、起きてたの?」そう言って私をふわりと抱き上げた。
私の視界が天井から壁に移動する。
……? ここは何処?
呆気にとられていると、壁面にある鏡台に私を抱いている女性の姿が映っている。しかし、彼女が抱いているのは赤ちゃんで、女性と同じ髪色で蜂蜜色の瞳をしていた。
鏡のなかでは、彼女が赤ちゃんの頭を撫でている。そして、実際に私も撫でられている。左瞼だけをパチパチと動かし瞬きをして確認する。
……私?……私だー!
そこで私の許容範囲は終了したかのように意識が無くなった。多分、気絶したのかな?
次に目を開いたのは、名前を呼ばれていたからだと思う。「ユリエル、ミルクの時間よ」何度か声をかけられると、彼女の胸に顔を押し付けられる。
マジ? ……信じられなかったのは、吸い付いてる自分だ。望んでもいないのに――。でも、お腹はたっぷり満たされた。
「ユリエルはミルクを飲むのが上手ね」そう、名前はユリエル。髪の色はストロベリーブロンド。瞳は蜂蜜色と言ったら……あれだ。転生ってやつ? ここは、寝落ちして保存していなかった乙女ゲームの世界らしい。多分、裏イベントが悪役令嬢キャラのストーリーだったから? だから悪役令嬢に転生したの? まぁ、いいか。悪役令嬢のユリエルの家は、金持ちだったはず。ヒロインだったら、元は平民だったし。家族に甘やかされて育つユリエルならば、贅沢な生活し放題だよね!
そんなこんなで、ゲームの世界で今日まで生きてきたが、まさか婚約者が違う人物になるとは思いもしなかった。だからといって、ゲームを意識して生きてきた訳でもないし。前世でゲームのエンディングまで進んでもいなかった。先のことまで知らない私は、まぁ、好きなように楽しんで生きていこうって感じだったわけだ。
――マービラウス・グロウェル
そういえば、彼は攻略対象者ではなかったな。ゲームが始まるのは学院へと入学してからだ。確か、第二王子の他に3人の攻略対象者がいたはずだ。でも、彼の名前は知らないな。
うろ覚えのゲームの知識を頭の中で回転させるが知らない名前だ。見目が良い公爵令息の彼ならば、攻略対象者でなくともヒロインとの絡みがありそうだが。考えたところでだ。一分一秒をこの世界で生きて行くしかないのだし。
そうして彼との突然の婚約は、この後で行われた披露宴の席で話題となり、グロウェル公爵家とシフォンガイ侯爵家の婚約は、この国の全貴族に広まった。
毎週金曜日の14時に彼が我が家に来るようになると、週に一度の茶会の席では使用人らが微笑ましく私達を見守っている。私は令嬢らしからぬ令嬢だ。仕方が無いよね。前世の記憶持ちなんだもん。そのままの自分で今世も生きているし。
「ユリエル。口に食べかす付いてるぞ」
「どうせ、食べ終わったら口を拭くのだから気にしないで。ねぇ、ランス。食べ終わったら魚釣りしましょうよ」
「もしかして、その為の格好なのか?」
「そうよ。以前池に落ちたときに、スカートじゃ遊びにくいかなーと思って考えてみたの。ランスが来る日はパンツスタイルの方が動き易くていいと思って服を何着か作ったわ」
「俺が来る日だけ?」
「当たり前でしょう!ランスが来る日だけよ!他に私の自由時間は無いじゃない」
婚約者の下へと毎週やってくる彼とは兄妹のように過ごしていた。魚釣りをする為に邸の庭に池を作ってもらうが、彼が小さな小舟をオールを使って上手く漕げるようになるまでに2ヶ月かかった。
乗馬がしたくて、彼と私の子馬を買ってもらい馬が成長するまで育てるが、乗れるまでに一年が過ぎる。
馬のおやつを自分で育てたくて、トウモロコシ畑と人参畑を作ってもらい収穫するまでに半年。
畑の隅には、ブルーベリーとラズベリー、オレンジとレモンの木をランスと収穫しようと思って植えたのだ。
ランスは、いつもブーブー言ってくるが、毎回着替えを持参してくるくらいには楽しんでいるようだ。公爵家の令息が、畑で汗だくになりながら野菜の手入れをしている姿は他では見れない光景で。慣れない2人は、いつも泥だらけになりながらも笑って楽しい時間を過ごしていた。
そんな中、別れは突然やってきた。何となく心の片隅で、彼とは別れるだろうな? とは思っていたのだ。ゲーム内で婚約者ではない彼とは、ゲームが始まる前には婚約解消になるのだろうと。
それは、私達が婚約してから5年目を迎え、2歳年上の彼が15歳、私が13歳のときだった。
遊びに来ていたランスの様子がいつもと違うのは気づいていた。彼が帰る前に、2人で収穫したレモンを浮かべたお茶を飲み始めると、彼はようやく口を開いた。
「色々と迷ったが、国立学院への入学を止め留学して外の世界を学んでくることにしたんだ。急だったことから準備などでしばらく来れなくなる」
私を窺うような視線を向けながらも、淡々とした口調で話す彼は、留学準備をする為しばらく会いに来ることが出来なくなると言った。
「……留学?」
「あぁ、帝国までの移動にひと月掛かるらしい。いつ帰って来るのかは未定なのだが――」
「あら、素敵ね!」
「会えなくなるが、ごめんな」
「もちろんよ。人生一度きりよ。進みたい道が出来たのだから応援するわ。私のことは心配無用よ。ランスには、後悔しないように、好きに生きて欲しいわ」
「ありがとう」
「いいえ。……では、次回ランスが来るまでに婚約を解消する準備をしておくわね」
「えっ? どうして?」
「他国で好きな人が出来るかもしれないじゃない? 私も、学院に入学してからどうなるか分からないしね」
そう笑って言っては見たが、突然の別れに胸が張り裂けそうだ。
「ランス、ごめん。今日は、頭が痛くて……また後日に話をしましょう」
溢れそうになる涙を堪え精一杯の笑顔を作ると、私はその場から立ち去った。
そうして、次にランスが訪れた日は、私は珍しく発熱をしていて彼とお茶を飲む事も出来ずにいた。部屋の中に入ってきたランスに謝る。
「ごめんね。今日に限って発熱しちゃったわ」
「体は辛くない? 大丈夫か? ユリエルの部屋に初めて入室したよ。こんな可愛らしい部屋だったのだな」
「ふふっ。見られちゃったわね。恥ずかしいから、見せられなかったのよ。今日は来てくれたのにごめんね」
「気にするな。早く熱が下がるように寝たほうが良い」
「私の机の上に書類があるの。名前を記入してあるから、あとはランスが名前を記入すればいいだけになっているわ」
そう言った後で、私は体が辛くて瞼を閉じた。
夕食をメイドが運んできたときにワゴンの音で目を覚ますと、ベッド脇に座っている母様が顔を近づけ覗き込む。
「大丈夫? 辛くない? まだ顔が赤いわね。夕食を少しでも食べないとお薬が飲めないわ。頑張って上半身を起こしましょう」
私は頷き体を起こすと、机に視線を向けた。
机の上に置いた書面が無くなっている。あぁ、夢じゃなかった。彼は、書面を持って帰っていったのだ。
ふっと小さく息を吐くと、母様に背中を擦られる。優しくゆっくりと。
「お大事にって、マービラウス様が花束を持って来てくれたわ」
「どうして、私は発熱なんかしてしまったのかしら? 彼と最後の時間を過ごす事が出来なかったわ」
「どうして婚約を解消したの?」
「他国で自由に生きて欲しくてよ。残してきた私への罪悪感とか、これから訪れる未来に私がいるからと思い留まらないで欲しくて」
「そう。マービラウス様のことが大好きだったのね」
「……私……ランスのこと……好きだった。大好きだったわ」
ひとしきり泣いた後で食事をすませ、もう一度眠りにつく。次に目が覚めたときには、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
伸びをして起き上がると、テーブルの上に大好きなヒマワリの花が生けられている。私が、眠りについた後で飾られたのだろう。存在を主張するかのような堂々としたその姿に見惚れた後で、濡れた頬を袖で拭うと気持ちを入れ替え朝食の席へと向かった。
ランスが留学してから2年後、私は15歳になりいよいよ学院生活が始まる。
毎朝の日課は、馬に餌をあげること。その後で、邸の護衛をしている騎士と軽く体を動かす。ランスが留学してから剣を習い始めたのだ。
いつも、何でも買ってくれる父様が剣だけは買ってくれなかった。でも、兄様にお願いをして一緒に街まで外出し、兄様の名前で購入してきた。後から父様にバレたときは、私よりも兄様が怒られていたっけ。仕方が無いわよね? 娘を甘やかして育てたのだから、言うことなんて聞かなくなるって。第三者目線でそう思うわ。
メイドから朝食の時間を告げられると、急いで邸へと戻り学院へ行く用意を終える。出発前にお茶を飲みながら部屋を見渡す。たくさん並んだドライフラワーは、私の宝物だ。
車窓から景色を眺めながら、私は今日から始まるジーンダス国立高等学院での学生生活の事を考える。まぁ、考えたところで、だけど。昨日の入学式ではヒロインとなる……名前が思い出せないが、桃色の髪に紫色の瞳をしている女の子は探してもいなかった。入学式に欠席者が居たと聞いていたので、多分、ヒロインだろう。
その為、ゲームのオープニングイベントは発生していない。
教室は違うはずだけど、うーん……まぁ、どうにかなる? でも、私は第二王子の婚約者ではない。それどころか、転生してから15年も経っていると、ゲームの内容もうろ覚えだ。
正門前で停車した馬車から御者のエスコートで降り立ち、校舎へ向かう。正門をくぐると、顔見知りの令嬢達と所々で出くわし朝の挨拶を済ませ昇降口へと向かう。挨拶をする度に何故か令嬢達と一緒に歩くことになり、数名の集団が出来てしまった。
これって、取り巻き? めっちゃ褒め称えられているのですが? 上下社会って、怖いわね。 苦笑いにも限界がある。
私は中指で空中に円を描くと、人差し指を右に動かす。時間を止め、早歩きで昇降口に着いた瞬間に時間を戻した。
魔法は、行使しないようにしているのだが、今日くらいは仕方がないわよね。使用時間は、5秒くらいだったかな? 取り巻きの令嬢達は、時間が戻ると私の姿を確認している。私は、昇降口から「皆さん、おしゃべりしていると遅くなってしまうわ」笑顔で振り返る。面食らったように、彼女達はパタパタと急ぎ足で昇降口を目指してきた。
教室に入ると黒板に席順が書かれている。シフォンガイと書かれていた席を見つけ……あり得ないわと、思いながら席に着く。隣の席が第二王子だと知り、令嬢らしからぬ腑抜けた溜め息を吐くと、前の席に座っている令嬢が振り返る。
「シフォンガイ様? どうかされましたか?」
心配そうな表情を向けた彼女は、ユギリヨン侯爵家の令嬢だ。ふわりとした金色の髪に丸い栗色の瞳、ぷるんとした可愛らしい唇の左側にあるホクロが艶っぽさを演出している。その色っぽい顔は、私のドストライクだ。
「ユギリヨン様。これから同じ教室で学ぶわたくしのことは、ユリエルと名前でお呼び下さい。お友達になって下さいね」
「では、わたくしのこともマリーノラとお呼び下さい」
マリーノラって呼んでいいの? ゲームの中での彼女は、私を天敵のように嫌っていたのを覚えている。でも私は、彼女の色っぽさと気の強いところに好感を抱いていたのよね。
「マリーノラ様。これからよろしくお願いしますね」
「わたくしもよ、よろしくね。話をしてみて、ユリエル様の印象が見た目と違ってびっくりしましたわ」
「わたくしの印象?」
「えぇ。もっと……言い方が良くないかも知れませんが、傲慢な方かと……ご、ごめんなさい」
「ふふっ。大丈夫ですわ。参考になります。なるほど、見た目がきつい印象を与えていたのですね? あっ、でも。性格もきついかも知れませんわ。だって、わたくしの趣味は乗馬と剣術、魚釣りなのよ。男の子に生まれなかったことを悔やみましたわ」
「まぁ、本当に? ユリエル様のご趣味が?」
「そうですわ。なので、両親からは茶会の誘いで正体を見せないようにと言われていましたから、必要最低限の茶会にしか出席したことがありませんの」
「そうだったのですね。私はてっきり……」
「てっきり?……お高く止まっていたから、でしょうか?」
「……はい。勘違いをしていましたわ。ごめんなさい」
「ふふっ。気になさらないで下さい。これから、仲良くして下さると嬉しいです」
「もちろんですわ」
誤解も解け、彼女と仲良くなったところで隣の席に人が座った。マリーノラ様は一瞬にして顔を真っ赤にしたと思ったら、会釈をして前を向いてしまう。
隣の席を見る。……あぁ、レイシュベルト殿下か。そういえば、彼はイケメンだったわね。私のタイプではないが、金髪碧眼に眉目秀麗だったっけ? ふぅーん、そうだった、こんな顔していたわ。
至近距離で、マジマジと横顔を堪能させてもらっていると、私の視線に気がついた彼がこちらを向く。軽く頭を下げてから私が前を向くと、教室の扉から先生が入室し、授業が開始された。
ゲームのシナリオが展開される事もなく、1年があっという間に過ぎ去る。
2年生になったある日。
マリーノラ様と学食でランチを摂る。すると、今年入学したばかりの筆頭公爵家の令嬢であるネイローズ様が、私とマリーノラ様が相席しているところを見て驚いている。
ネイローズ様は第三王子の婚約者だ。彼女も、マリーノラ様と私が初めて会話をしたときと同じ理由で、私を敬遠していたみたいだ。噂と違って付き合い易い優しい令嬢だと、マリーノラ様が私を紹介する。彼女も一緒にランチを食べることとなり、別れ際には公爵家で開くお茶会の招待状を送ると言って優雅にその場を去った。
ランチの時間が過ぎ去り、教室へと戻る。扉を開こうと手をかけると扉は中から開かれた。
「あっ、ごめんなさい……」
扉を先に開いたのは、レイシュベルト殿下だった。彼は、冷めきった碧眼を細め私を睨むように見下ろしている。
「シフォンガイ嬢……」
あら? 私の名前を知っていたのね? 入学してから隣の席同士だった殿下とは、会話もしたことがない。皆からすれば、いつも爽やかな彼は優しい王子様という印象だろう。私は嫌われているのだろうか、会話だけではなく笑顔も向けられたこともなかった。しかし、嫌っているとしても、だ。王子様から睨まれるような事をした覚えはない。
「何か、わたくしが無礼をいたしましたでしょうか?」
「いや、何もされていない」
あまり関わりたくない私は、軽く会釈をしてその場から離れた。
午後の授業が終わり、マリーノラ様とおしゃべりをしながら階段を下りていく。
昇降口では、ピンク色の髪をした令嬢が学生達と楽しそうに話をしている。
彼女がヒロインね。全く忘れていた、ここがゲームの世界だと再認識させられる。
マリーノラ様と一緒に昇降口を通り過ぎるところで、私達を後ろから追い越した人物に、ヒロインがよろけてぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
「人の出入りする場で立ち話とは、この国の下位貴族の基準が下がっているようだな」
レイシュベルト殿下はそう言って、その場から離れようとした。しかし、次の瞬間、彼女が彼の腕を掴む。
「レ、レイシュベルト殿下。待って下さい」
彼は立ち止まり、彼女を振り返る。
えっ? イ、イベント?
ここに居たら巻き込まれるわね。
そう思い、私は顔を背けながらマリーノラ様と2人の後ろを通り過ぎる。
「あっ、ユリエル!」
突然、名前を呼ばれ振り返ってしまった。
でも、ヒロインが呼び捨てで私の名を呼んだ。
もしや……彼女も……?
もしそうだったとしても、私を巻き込まないで欲しい。 今まで何もなかったのに、突然イベントだなんて……お役に立てずにごめんなさい。などと思いながら、中指で空中に円を描き、人差し指を右に動かす。時間を止めて彼女の視界から見えない場所まで進むと、時間を戻す。使用時間は3秒位だった。
「あら? ユリエル様、いつの間に?……今、あちらの方がユリエル様を敬称無しでお呼びになったようですが、お知り合いの方でしょうか?」
「気がつきませんでしたわ。帰りましょう」
首を傾げて、全く分からなかったというような顔をして見せる。それでも心臓は、初めて目の前でイベントが発生したことでドキドキと波を打つ。あの様子だと、彼女とレイシュベルト殿下との出会いは、今日が初めてなのかしら? あっ、私が無視してその場を去ったからイベントにならずかな?
物思いに耽っていると、いつの間にか馬車乗り場に到着する。マリーノラ様と別れ馬車に乗ると、車輪はゆっくり動き出した。
うとうとと眠気の誘いに乗ると、いつの間にか馬車は停車していたようだ。御者に起こされ眠気眼を擦り欠伸をする。扉が開かれると差し出された手を取り馬車から降りる。
「ふぁー。寝てしまったわ。ご苦労さま。ありがと……う?」
私の手を取っているのは、御者じゃない?
「……で、殿下?……なぜここに?」
「ここが俺の家だからだが? シフォンガイ嬢がうちに来たのだ」
レイシュベルト殿下? さっき、ヒロインに昇降口で呼び止められていたわよね? というか、ここって? 目の前にあるドドンと大きな建物は……城?……俺の家?……お、王宮?
「も、申し訳ございません。御者が間違えて王城に来てしまったみたいですわ。直ぐに帰りますので――」
「間違えてはいない」
「え?」
「とりあえず、付いてきてくれないか」
そう言って、手を強く握られる。
「……手、手を離して下さい」
殿下は、私の放った言葉が聞こえなかったかのように手を引き歩き出す。そうして着いた先は、応接間? ソファーに座っているのは両親で、対面には両陛下の姿が見える。なぜ? 父様と母様が? 「え、冤罪です!」私の発した言葉に、その場に居た誰もがポカンと口を開き私に視線を送った。
「シフォンガイ嬢。貴女の場当たりな判断は間違えている」
「では、どうしてでしょうか? 何も知らされずに、この場に連れて来られたのですよ」
「そ、それは……。今から話すので、まずは座ってくれ」
――場当たりな判断?
だったら、前もって話してくれれば
よかったじゃない!
彼を睨みつける私を、両親は蒼白な顔色で見ているが。彼は、王族だからといって理不尽過ぎる。私は間違えていないから、謝らないわよ。両親に、そう目で訴えかけてから、促されたソファーへと腰を下ろした。
「シフォンガイ嬢。レイシュベルトと今日は学院でどの様に過ごしたのだ?」
「殿下とは、教室で一緒に授業を受けました」
「……それで、どんな会話が成されたのだ?」
「会話でしょうか? 初めて名前を呼ばれましたが、会話をしてはおりません」
国王陛下の問いに答えると、この場に居る誰もが沈黙した。長い沈黙。この異様な雰囲気はなぜ? 不敬罪になるようなことは言っていないわよ?
沈黙を破ったのは、扉を叩くノック音だった。国王陛下に許しを得てから入室してきたのは、同じ教室にいた学生で攻略対象者の1人だ。後ろにいる2人もそうだ。攻略対象者のレイシュベルト殿下以外の3人は、彼の側近達だ。
殿下は、席を外して彼等と扉の外へ消えていった。殿下が居なくなると、途切れていた国王陛下の問いが続けられる。
「シフォンガイ嬢。無理を承知の上で言うが、レイシュベルトの婚約者となって欲しい」
「レイシュベルト殿下の婚約者でしょうか?……えっ?」
「うむ。レイシュベルトに婚約者はいないのだ。元々、シフォンガイ嬢をと望んでいたのだが、婚約の申し出をするより先にグロウェル公爵家の令息との婚約がなされてしまったのだ。学生の間、仮の婚約者となって欲しい。そして2年後、学院を卒業するときに正式に婚約を結ぶか否か、決めてくれればよい」
「仮……でしょうか?」
「正式になら尚良いのだが?」
「では、仮でお受けいたします」
絶対辞退したい。でも、出来ない。王家の申し出を断ることなんて、出来っこない。それに、両親を人質に取られているようで、マジで腹が立つ。仮だとしても、婚約は婚約なのだろう。
やるせない思いで両親を見ると、2人は冷静沈着の表情で両陛下に視線を向けている。その横顔に、申し訳なさで涙があふれそうだ。だって、2年後には、2度目の婚約解消が待っているのだ。侯爵家の令嬢が2度も婚約解消となれば醜聞は避けられないだろう。もう、2人に迷惑は掛けたくなかったのに、こんなことになるとは――。
2年後か。その先を考えると、私は一人で生きて行くことになるわね。いくら時間を操ることが出来るとしても、最長10分程度だし、2年間を巻き戻すことなんて不可能だ。
……あれ? そういえば、私はいつから時間を操る事が出来るようになったんだっけ? そうだ、ランスと釣りをしているときに池に落ちてからだ。あの時は、溺れそうで無意識だった。池の中でランスにしがみつき、小舟の上で急に立ち上がった事を後悔したとき。そう、逆に時間が進み出し、小舟の上に座ったところまで時間が戻った。
『今のは、なんだ?』
『分からない。けど、私が立たなければこんなことにならなかったのにって思ったら、指先から何かが溢れ出たような感じがして――』
時間を操る魔法など聞いたこともないと、ランスに『誰にも言ってはいけない』と言われたんだわ。
ゲーム内でも、私にそんな力はなかったと思う。でもヒロインは、治癒の他にヒロインだけが使えるチャームの力があった。彼女も多分、この世界に転生して来た人だ。ならば、悪役令嬢が時間を操れることを知っている? どうなのだろう。
だからといって、今更考えたところでなるようにしかならないし。レイシュベルト殿下との婚約をどうにか出来るまで時間を戻すことも出来ない。
あの日、最後にランスが私の部屋に訪れてから、他の人と婚約するなんて考えもしなかった。
ランスは今ごろ、青春を謳歌しているだろうか? 本当は、婚約を解消したくはなかった。でも、私はズルい人間だ。普通ならあり得ない、2度目の人生を歩んでいるのだ。「人生一度きりよ」そう彼に告げた。人生2度目の私は我慢しなきゃ。好きな人の時間を奪いたくない。だから、彼と別れたのに――。
――ランス……会いたいよ
翌日からの学院生活は、何も変わることはなかった。レイシュベルト殿下とはいつもの様に会話もせずに日々が過ぎるだけ。変わったことといえば、学年の違う友人がたくさんできたこと。友人達とお喋りをするのが楽しくなってきた日々の中、それは突然知らされた。
年に一度の建国祭への参加だ。
この国で一番大きな祭りである建国祭で、レイシュベルト殿下と一緒に参加しなければならない夜会。国賓が他国から大勢訪れるため、レイシュベルト殿下の婚約者として参加するようにと、国王陛下直々の召集を受けたのだ。
殿下から贈られてきたドレスとアクセサリーを見て、顔が歪む。
ブルーの布地に金糸の刺繍が施されたドレスと、金のチェーンにアクアマリンが散りばめられ先端には大粒のサファイアがぶら下がっているビブネックレスに揃いのイヤリング。見ただけで肩が凝りそうだ。
――着たくない
一晩、漂白剤に浸けておきたいわ
当日、夜会が始まりファーストダンスを踊り終えると、私は早々と会場から姿を消した。
庭園に隠れて泣いていると、婚約者と夜会に参加していたマリーノラ様が私を見つけに来た。ダンス後の私の様子を遠目に見ていたのだと言って、彼女は困惑の表情を浮かべる。
黙っていると何も聞かずに、ラストは戻ってくるようにと一言告げて1人にさせてくれた。
私は、家族以外の人とダンスを踊ったことはない。初めてのダンスは、ランスと踊るのが夢だった。幼い頃の夢だったが、私には大事な思い出でもある。彼と馬に乗り、近くの丘の上で踊る練習をしたのは、いつだっただろうか。
夜会の2日後。休日明けに学院へ通うと、レイシュベルト殿下と私の話は学院中を走り回った。
数日後、いよいよヒロインが動き出す。昇降口で彼女が私の名を呼んでから、イベントも発生しなかった。学院卒業まで残り半分。彼女は賭けに出たのだ。
痺れを切らした彼女は、私を呼び出した。人伝に可愛らしいピンクの封筒を受け取ると、書かれていたのは『放課後に裏庭で待ってる』だ。
平民が、侯爵家の令嬢宛へ書いた手紙だとは思えない内容に顔が歪む。更に最後に名前まで書かれている。ヒロインの名は、『ルシア』というらしい。
こんな内容の書面に名前を書くなんて――。
本当ならば、送られてきたこの手紙一通で、私が彼女の未来を潰す事が出来る立場であると分かっていないみたいだ。まぁ、読めればだけど。
ヒロインだから、何でも有り? でも、きっと彼女も気づいているからこんな呼び出しをしてきたのだと思う。――私が転生者だと。
ならば、と……。
この日私は、悪役令嬢になることを決意した。
放課後、私は呼び出された先へと向かう。だからといって、一人で行くわけではない。先に、数名を裏庭に忍ばせている。とても強い味方を。そして、私が裏庭に着くと、直ぐに彼女は後方から現れた。
ふわりとしたウェーブがかったピンク色の髪に、澄んだ紫色の丸いパッチリとした瞳の可愛らしい彼女は、私の前で歩みを止めると一瞬で顔を歪ませた。
「平民である貴女が、侯爵家の令嬢であるわたくしを呼び出すとは、何のお話でしょうか?」
「どうして入学するまでに、レイシュベルトと婚約していなかったのよ! 悪役令嬢に転生したアンタには、不幸しかないんだから!」
初めて会ったばかりでこの言いぐさは、ちょっと無いと思う。ストレスを溜め込んでいるって感じの表情だ。そんなこと言われても? などと思っていると、彼女の言いたい放題のオンパレードが始まった。無言で話を聞きながら、頷いている私の方がヒロインなのでは? と思うほどだ。
話の要点をまとめてみると。どうも彼女は、高校1年生のときにこの世界に来たらしい(ちなみに、私は大学2年目の夏だった)。そして、学院に入学する前から、チャーム(誘惑)が使えなかったということだ(それも、私のせいで)。私がレイシュベルト殿下と婚約を結ぶとチャームが使えるようになるのだと彼女は口を尖らせる(へぇー、知らなかったわ)。どうやら、私のレイシュベルト殿下への恋心が育たないとイベントが発生しないのだとか。
どうも私は、ゲームのマニュアルを教えられているようだ。ヒートアップしている彼女の顔を見ると、初心者のくせにと見下しているかのよう。悪役令嬢に転生した私の知識が未熟だと、指摘しているのだ。
しかし、彼女の話を元に考えてみると、イベントは今後も発生しないことになる。だって、私はレイシュベルト殿下を慕っていないし、これから好きになる予定もない。確かに、見目の良さと爽やか笑顔の王子である彼は人気者だ。といっても、私は睨まれたことしかない。どうでもいい相手なのだ。
さて、どうするか? 私が悪役令嬢になって彼から婚約を破棄してもらわなければ……多分、国王陛下のあの様子では正式に婚約させられるだろう。
「……ねぇ、私の話。聞いてる?」
めっちゃ長いゲームの解説を聞かされた私は、とりあえずコクリと頷く。
思いの外、罵るような言葉はほとんどなく、無知な私にこの世界のことを色々と教えてくれたようだ。それに、私は彼女のことをゲーム内でのヒロインだと決めつけていたと思う。彼女はどちらかというと、私のことを悪役令嬢として見ているのではなくユリエルという人格を持った個人を見ている。そんな感じが窺える。
「今は、チャームが使えるようになったのでしょうか?」
「もちろんよ!レイシュベルトを落としてみせるから覚悟しときなさい」
「それならば、頑張ってゲームを進行して下さい。私も頑張って悪役に徹しますわ」
私を利用すればいいと返答した言葉に、彼女はポカンと口を開き不思議そうな表情を浮かべた。
彼女と別れて、資料室へと移動する。
先に裏庭で待機して、隠れて私達のやり取りを記録していた3人と合流する為だ。
しばらくすると、生徒会の副会長である第三王子の婚約者ネイローズ様と書記の2人が入室してくる。
「どうでしたか?」
「はい。3人の記録を確認して、まとめ終わりましたら書面をお渡しいたしますわ」
「ありがとう。助かりました」
「正直、驚きました。知らない言葉が次々と……しかし、彼女を罰しなくてよろしいのでしょうか?」
「えぇ。今は、このままでいいのです。もし、今後何かあったときには証人となって下さいますか?」
「もちろんですわ」
もしもの為に、私とヒロインの話の内容を文章で残しておきたかった。それと、生徒会の副会長であり第三王子の婚約者であるネイローズ様が証人となれば心強い。
これから、悪役令嬢となることを決めた私が、家族と私自身を守ることを前提に事を進めようと考えた結果だ。
ヒロインのルシアは、今までの空白を埋め尽くすかのように休みなくチャームを使っているようだ。しかし、イベントが起きない事でイライラしているのか、何度か下校時間に昇降口で私を待つようになった。
何の進展もないまま、私達は学院最後の年を迎えた。
最高学年になって数日後。
授業が終わり、いつもの様にマリーノラ様と階段を降りていく。昇降口ではルシアとレイシュベルト殿下が笑顔で会話をしていた。
彼女のはしゃぐ姿は、さすがヒロインと思うほど可愛らしい。私達に気がついたルシアがニヤリ顔を向ける。すると、レイシュベルト殿下もこちらを振り返る。私はお辞儀をして、その場を去ろうとした。
「ユリエル様、ごめんなさい。レイシュベルト殿下に近づかないようにって注意されていたのに、私ったら……」
急に泣き出した彼女に一瞬驚いたが、彼女なりに頑張った結果なのだろう。
「あら? 謝るのであれば、次回からは言動に気をつけて下さいね。注意だけでは済まなくなりますわ」
ルシアを睨むかのような表情を作り、その場から離れようとする。
「ユリエル。今のは、どういうことだ?」
呼び捨てにされ、ムッとする。レイシュベルト殿下の視線は私を突き刺すかのようだ。
「無知な彼女を指導しただけですわ。では、失礼します」
この後で、ルシアが思い通りに良いように話をするだろう。
イベントが起きない分、彼女には頑張ってもらわなくてはならない。彼女はこの後も、出会い頭に突然イベントを作り始めた。
ダンスの合同練習のとき。ルシアは破れたドレスを着て登場してきた。そして、後から入場してきたレイシュベルト殿下の姿を視線で捉えると。
「酷いです! ユリエル様! 私のドレスを破くだなんて!」
今度は、私がドレスを破いたとルシアは叫んだ。……どうやって破かれたの? そこまで言葉にしなさいよ。アドリブって、大変なんだけど。
「まぁ。先ほどヒールに引っ掛かったときかしら? レンタルドレスは、安物だから破けてしまったのね」
「ひ、酷いです!」
私達のやり取りに、冷たい視線を向けレイシュベルト殿下が近づいてくる。
「ルシア、ユリエルが破いたのか? 私からドレスをプレゼントさせてくれ」
「あら、ルシア様。お強請りが上手ですこと。破けて、よかったですね」
ニコリと笑顔を彼女に向ける。泣き真似をしていた彼女は、レイシュベルト殿下に見えないように私に満面の笑みを見せる。
その後も、彼女は強制的に急ごしらえのイベントを作る。私は、毎回ハラハラしながら、ぶっつけ本番だ。
秋も深まりゆく季節になると、ルシアの隣にはレイシュベルト殿下が立っているのが見慣れた光景になる。もちろん、2人の後ろには、攻略対象の顔触れが並んでいる。
その頃からだろうか、後ろに控えている彼らも、私を見下すようになる。
6大侯爵家の中で一番権力を持つ、シフォンガイ侯爵家の令嬢の私に対しての言動が目に余るようになったのだ。
「ルシアに対して無礼を働いているようですね」
「レイシュベルト殿下に相手にされないような貴女が、婚約者だなんて」
「お高く止まっているようですが、そろそろレイシュベルト殿下に捨てられますよ」
ナルビニア侯爵家の次男、スターリンド伯爵家の次男、ヴィンテン伯爵家の長男の3人だ。
――第二王子ともあろう者の側近が
こんな人達だなんて
誰でも側近になれそうだわ
チャームでルシアに絆されているからといって、それとこれは話が別だ。言いたい放題、大いに結構。でもね、私はそんなに優しくないわ。
「側近達から見ても、ユリエルの言動は酷いらしい。このままだと、婚約を取り消すことになる。嫉妬して、ルシアを虐めるなど見苦しい」
――嫉妬? 誰が誰に? 私がルシアに?
さすがヒロインだわ!
レイシュベルト殿下の口から、こんなに短い期間で『婚約を取り消す』などと、言わせることが出来るだなんて。なんて素晴らしい。ならば、私は否定すればいいわけね。
「レイシュベルト殿下、この婚約を取り消すには、国王陛下の許しが必要になりますわ。ふふっ。殿下では、わたくしとの婚約を取り消すことなど出来るはずもありません」
「出来るから忠告したまでだ」
「面白い冗談ですわ。それと、わたくしからもご忠告させていただきます。わたくしに忠告をされる前に、殿下には忠告をしなければならない方が他にいらっしゃいます」
「なんだと?」
「第二王子の側近ともあろう者たちの言動を見過ごし、わたくしに忠告をして下さるとは、上に立つ者としての資質が問われますわね。彼らは、わたくしが殿下の婚約者である前に、シフォンガイ侯爵家の者だとお忘れのようですわ」
口角を上げ、したり顔で側近らを見下す様な悪役令嬢らしい表情を見せれば、彼らは強く口を結ぶ。
学院の教室前の廊下でのやり取りに、学生たちは私達の様子を食い入るように見ている。
私の言動に、レイシュベルト殿下は瞳だけを左右に動かす。殿下の視線に目を背ける学生たちの姿を見て、彼は何を思ったのだろう。私に冷たい視線を向け、体を小刻みに震わせると彼もまた貝のように口を閉ざした。
それからは、教室でも彼は私と目も合わせず。会話も勿論ない。時間は瞬く間に過ぎて行くばかり。贈り物だけは欠かさず我が家に届けられるが。
逆に、この沈黙に私は狼狽える。状況が分からないままでは、動きようがない。
仮から正式な婚約者へとなってしまうと思い、不安が募る。
ルシアはヒロインの仕事をきちんと熟しているのだろか。
どうにかしなくては――。
そう思うも、気持ちだけが焦り、何も出来ずに卒業式の前日を迎えることになった。
その日は、卒業式の予行練習が行われた。
昼食を学食で済ませると、マリーノラ様と一緒に早目に会場となる大講堂へと向かう。
大講堂には、既に数人の卒業生たちが集まっている。友人達と明日の衣装の話などで盛り上がっていると、後方から突然私の名を呼ぶ大きな声が聞こえた。
「ユリエル・シフォンガイ!」
声のする方へと振り返ると、レイシュベルト殿下が大講堂の扉前から私に視線を向けている。
その場にいた学生らは、冷淡な表情でこちらへ向かってくる彼に驚き、殿下から私までの間をかき分けるようにして道を作る。
彼の後ろには、ルシアと側近達の姿も見える。彼らが私の前で立ち止まると、レイシュベルト殿下は私に告げた。
「ユリエル・シフォンガイ侯爵令嬢。私は、貴女との婚約を破棄する。理由は、平民だからといってルシア嬢を虐めたことと、王族である私への横柄な態度だ。上位貴族の令嬢だというのに、謙虚さがなく私を小馬鹿にしているような貴女は、私の隣に立つ資格がない」
なんと、ルシアはヒロインとして完璧だった。この1年間、彼女がゲームのエンディングに向かって努力した結果、婚約破棄の場面が訪れたのだろう。まぁ、突然のアドリブを頑張った私のお陰でもあるが。しかし、私達の婚約は、仮の婚約だというのに……ここまでしなくても、と思うのだが。
「大勢の令息令嬢の前で婚約破棄を言い渡すとは、国王陛下の了承を得ているのでしょうか?」
「今までのシフォンガイ令嬢の罪とその行いに相当する処罰は、後日言い渡す。しかし、反省し心を入れ替えるならば――」
「皆様の前で口にしたからには、撤回もできませんわ」
「な……」
「婚約破棄、お受けいたします」
レイシュベルト殿下の言葉を遮り、向けられている冷たい視線に、微笑んで言葉を返す。
彼の後ろでは、側近達の拍子抜けした顔と、ルシアのドヤ顔が見えた。
家に帰ると、両親に王城へと連れて行かれる。
馬車の中では、既に学院での出来事を知らされていることを父様から告げられた。
「レイシュベルト殿下は、とんでもない事をしてくれた。無理矢理ユリエルを仮の婚約者としたのは、王家だというのに――」
「ユリエルの想いをまだ聞いてはいなかったけれど、レイシュベルト殿下との事をどう思っているのかしら?」
眉間にシワを寄せ、対面に座る父様が車窓の外を見ながらブツクサと呟く。
隣に座る母様は、私に最終確認をしてきた。
「何とも思っていませんわ。私には……ずっと心の中に想いを寄せている人がいるのですから。私は、王家の遊び道具だったのでしょう。……父様、仮だったとしても婚約破棄は婚約破棄ですわ。それも、レイシュベルト殿下の……いえ、王家の有責になります。王家から、たっぷり搾取して下さいね」
「あぁ、そうしよう」
私の肩を抱き母様が優しく微笑むと、父様も私達に柔らかな視線を向ける。ずっと我儘を聞いてくれていた両親は、この先も私の我儘を聞いてくれるらしい。
王宮の応接間に通された私達の前には、両陛下とレイシュベルト殿下が対面の席に座っている。国王陛下の表情をみると、今回の婚約破棄の発言に頭を悩ませているようだ。
人払いがされた後で、応接間の扉からノック音が鳴る。その後で入室してきたのは第三王子だ。彼は、この場に急いで来たかのように息を切らしている。国王陛下に耳打ちをしてから封書を渡すと、彼は直ぐに退室した。
その封書は……。学院で使用されている封書だと、視界に捉える。第三王子である彼が、自ら国王陛下へと運んで下さったことで、ネイローズ様に書面を託されたのだろう。頑張れと励ましてくれているようで、彼女の気持ちが温かい。
国王陛下が封書の書類に目を通す。確認し終わると眉根を寄せて口を開いた。
「王家としては、愚息の処罰を王位継承者第二位の剥奪と臣籍降下とする。ユリエル・シフォンガイ嬢への賠償として、イシュタール領地をと考えている。イシュタール領には小さいながらも鉱山がある。愚息の親としての処罰は、2年後に王位から退くこととする。この内容で、シフォンガイ侯爵家への賠償としたい。息子の愚行により、ユリエル・シフォンガイ嬢には不快な思いをさせてしまい申し訳なく思っている」
思わぬ陛下の言葉に、私は耳を疑った。
第三王子が陛下に渡した書面は、私とレイシュベルト殿下との学院でのやり取りをまとめたものだろう。それと、レイシュベルト殿下の愚行を合わせてみても、この賠償は負い過ぎではないだろうか? それも、仮の婚約で――。
仮といえども圧をかけてまで私をレイシュベルト殿下の婚約者とした陛下が、ここまでするとは――。
隣に座るレイシュベルト殿下は、陛下が親の責として国王を退位するとは思いもしなかったのだろう。彼は、大きく目を見開き陛下を凝視した後で立ち上がる。そして、私に視線を向けると悔しそうな表情を浮かべ重い口を開いた。
「俺が、幼い頃に好意を寄せたユリエルに婚約を申し出ようとすると、既に他の令息と婚約した後でした。……婚約が解消されたと聞き、すぐに婚約を申し出た。王子との婚約は、嬉しいはずだと疑わなかった。俺はユリエルを意識し過ぎて……元婚約者と仲睦まじかったことを聞いていた為に、会話もままならず、空気のような存在とされた。しかし、ルシア嬢から、ユリエルがルシア嬢と俺の仲を嫉妬していると聞いた。彼女が素っ気なかったのは、恥ずかしかったからだと知り舞い上がった。婚約破棄を言い渡せば、嫌だと言ってくれると信じて疑わなかった。先ほど、王宮へと戻ってくると、国王陛下から知らされたのは、ユリエルとの婚約が、仮の婚約だということだった。陛下は、幼い頃から俺が貴女を望んでいた気持ちを知っていた為に、仮の婚約を結ぶことでユリエルを正式な婚約者に出来ると信じていた。それなのに、俺は……。俺は、自分から歩み寄ることも、愛を伝えることも、何も出来なかった。シフォンガイ侯爵令嬢、侯爵夫妻、大変申し訳ありませんでした」
レイシュベルト殿下は、ずっと私を睨んでいたのではなく緊張していたのだと、話を聞くことで理解できた。彼が頭を下げると、両陛下からも頭を下げられる。不器用な人だったのだと、今なら分かる。
しかし、だからといって……彼の気持ちを聞いたところで、だ。自分の良いように解釈し、思い通りにならなかった。ただ、それだけだ。
私は、冷たい人間なのだろうか。目の前で、目を赤くする姿を見ても何も感じることはない。3年間もあったのに、ほとんど会話をしたこともない。そこに、殿下が私を慕う気持ちがあっただなんて。全く以て信じられない。
――空気のような存在?
いいえ。殿下は空気にも
なっていませんでしたわ。
空気は私に必要ですが、殿下は――
謝罪を受け帰宅すると、明日の卒業式を前に疲れ切った体を休ませるため、早々に就寝することにした。
夜中に、バタバタと廊下を行き来するメイド達の足音で目を覚ましたが、疲れた体は睡眠を要求している。瞼を閉じ次に目を開くと、カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいた。
朝食の席では、珍しく兄様が同席していた。王城で文官として働いている兄様は、ほとんど家に帰って来ない。
「ユリエル。エスコートは任せろ」
「その為に兄様は帰ってきたの?」
「それだけじゃないよ」
「ふーん。エスコート無しでも私は大丈夫よ」
「おいおい。そんなこと言わないでくれよ」
多分、私を心配して急遽仕事を休んで来てくれたのだろう。なんだかんだいっても、兄様も妹思いなのだ。
食事を終えて部屋に戻ると、テーブルの上には季節外れの花が飾られている。
花の間に挟まれているカードを手に取ると、『卒業おめでとう』と書かれている。
毎月、誕生日と同じ日付に贈られてくる花にはカードがなかったが、今月は卒業の日に合わせてくれたことと、初めてのカードに胸が膨らんだ。
卒業式に着ていくドレスは、両親から渡されたスレンダーラインのものだ。薄紫色の生地に銀糸が織り込まれ、肩から先がレースのベルスリーブになっている可愛らしさと大人っぽさを兼ね備えたドレスだ。
レイシュベルト殿下から贈られてきた碧色のスパンコールドレスと、アクセサリーは、起きたときには既にトルソーから外されていた。今思えば、悪役令嬢みたいな派手なドレスだった。
早々にドレスに着替えると、アクセサリーを手に取る。シルバーチェーンのチョーカーには、蜂蜜色のガーネットがチェーンの間に散りばめられている。ヘッドに揺れるのネックレスとイヤリングの石はハート型にカットされたもの。母様かしら!センスがいいわ。フェミニンさがある装いだったので、髪型もふわりとまとめてみる。とても可愛らしい……昔の私っぽい。
鼻歌を歌いウキウキしながら兄様の待つエントランスへと向かう。凄く可愛らしいから兄様の驚く顔が楽しみだ。
2時間も早く出発するだなんて、兄様の都合だと言われたけれど、何処かに寄るのかしら?
階段の下では両親が微笑み、兄様の大きく見開かれた瞳は私に釘付けだ。
「似合うかしら、今までで一番でしょう? 外見だけは、最高に可愛らしく仕上がっているわ。これなら、卒業式で2回も婚約が無くなった駄目女と言われてもへっちゃらよ」
「とても、美しいよ。このまま嫁に行かれたら困るな」
「ふふっ。ユリエルは自慢の娘だわ。会場では胸を張っていなさい」
「仕方ない。馬車までエスコートする役は父上に譲るよ」
馬車に乗り込むと、兄様は扉の前から動かず馬車に乗る様子がない。
「兄様? 乗らないの?」
「任せろっていっただろう? 卒業式でユリエルをエスコートするのは俺じゃない」
兄様が笑顔でそう告げて、扉の前から居なくなると、私の思考が停止した。時が止まったかのように、瞬きも出来ずに瞳が動かせない。
「ユリエル……ただいま。ユリエルをエスコートする役に俺を選んで欲しい」
「……ラ……ランス?」
差し伸べられた手に、私は馬車からランスに向かってダイブする。
「……会いたかった。会いたかった。ずっと会いたかった!」
その場でひっきりなしに泣いてしまって、化粧がグジャグジャだ。
一度邸の中に戻り化粧を直すと、応接間へ移動する。扉からの中を覗けば……ランスがソファーに座っているのが見える。
最後に会ったときよりも大人になっている彼は、端正さに磨きが掛かってめちゃくちゃカッコいい。さっきは取り乱して、その場の勢いで抱きついてしまったけれど、よくそんな事が出来たものだと自身の度胸が据わった行いに感服する。
どうしよう。彼は目の前にいる。今更だけど、恥ずかしい。心臓のドキドキと早鐘を打つ音が口から飛び出そう。
扉の中に足を動かすことが出来ずにもじもじしていると、ランスが私の名を呼んだ。
「ユリエル?」
恐る恐る入室すると、ランスは隣に座るようにと私を促す。小股で彼の下まで進み、控えめにちょんと隣に腰を下ろす。
――私、大丈夫? これ、ダメな感じ?
顔が熱いし、心臓が煩いわ
「どうした? ユリエルらしくないな」
――私らしいって、どんなだったっけ?
らしくない? らしく?
思考が停止して何も考えられないわ
「ラ、ランスが、目の前にいることが信じられなくて……。あっ、毎月お花をありがとう」
「あぁ、他の男に想いが移らないように、毎月一度は俺を思い出させないとな」
「な、何それ!婚約を解消したんだから、他の男性と婚約しても可笑しくないじゃない?」
「婚約を解消するって言ったのはユリエルだぞ? 俺は留学するって言っただけだ。自分の夢でもあったが、将来の為に、ユリエルとの結婚後の事とかも色々考えての事だったのに――。ユリエルに婚約を解消しようと言われたんだぞ」
「何それ? 聞いてないわよ」
「もう一度、きちんと話をしようと思っていたら、ユリエルが発熱していて話すことが出来なかったんだ。婚約解消の用紙まで用意されていて、俺は泣きながら留学したような哀れな男だったな」
「帰って来るのがいつになるか分からないって、言ったじゃない!」
「一度の試験で受かるか分からなかったんだ。試験だって、年に一度しか無かったし、学園に通いながら魔法と法律を学ぶのは未知の世界だったからな」
「魔法と法律?」
「あぁ、国際最高魔法裁判官のな」
帝国まで行くのに、我が国からは最短でも一か月近く掛かる。その為に、留学してから一度も帰ってくることが出来なかったのだとランスは眉尻を下げる。
「それと、婚約解消の件は……実は、保留になっているんだ」
婚約が継続されていると告げられると、私は口を開いたまま声にならない。
だって、そうだと思っていた人生がひっくり返ったのだ。なんて言葉にすればいいのだろう? パニックとキャパオーバーを足して割った感じ? 混乱し脳が処理能力を発揮できなくなったために、口を開いても言葉が出てこない。
彼が続けて話す言葉に、耳だけを傾け真っ白になっている頭の中に無理矢理叩き込む。それが今できる私の精一杯だ。
ランスの話は、最後に私の下へと会いに来てくれた日の事から始まった。
あの日、発熱していた私を見舞った後で、彼は机の上に置かれていた書面を持って父様の居る執務室を訪れたのだという。
私の名前が書かれていた婚約解消の書面を父様へ返しに行ったらしい。そこで、ランスは婚約解消をするつもりは無かったこと、どういった理由で留学を決意したのかを事細かに語ったという。
「ユリエルに、婚約解消の書面を作成して欲しいと言われたときに、私は娘の思いを聞いて、納得した上で書面を作成したのだ」
自分の思いを告げることで、父様が首を縦に振ると思っていた。なのに、答えは違う言葉で返ってきた。
父様から言われた言葉を理解できなかった彼は、きちんと自分が納得する答えが欲しいと言い、瞬時に妥協案を考え父様を説得したのが「婚約解消の保留」だった。
「内容は至ってシンプルです。お互いに別の未来に思いを馳せることとなったとき、この婚約が歩み始める未来の足枷に成るならば、婚約解消に応じることにして下さいますか」
ランスの留学を決めた大きな理由は、私の魔法についてだった。王国では知られていない未知の魔法。時間を操ることの危険度などを国外でも調べたかったこと。そして、国際最高魔法裁判官であれば、世界で隠されていた魔法に関しての事例が全て閲覧出来るのだ。
それと、彼の未来の足枷になりたくない、という私の意見も考慮した結果。二人の言い分から、婚約解消の保留ということになったのだと彼は告げた。
「だって、互いに想い合っているからこんなことに成ったのに、可怪しいだろう」
父様が、ランスの話を了承したことで彼は婚約解消の書面に名前を書いた。
しかし、父様に渡した書面は、婚約解消する際にランスの父様であるグロウェル公爵当主のサインも必要だ。何事も無ければ、ランスが留学先から戻ってくるまで、父様が書面を預かっていることでランスの父様も了承したという。
彼は、私が他の人との未来へと決めたときには、婚約を解消して欲しいと父様には言ったが、更々そんな気はなかった。
国際最高魔法裁判官の試験をクリアして戻ってくるまで、婚約の解消を望んだユリエルの意を汲んで、手紙を両親から止められていたと知る。
「……ユリエルに会えない間、文字以外で俺の気持ちを伝えられるよう、毎月花を選んで贈っていたんだ」
誰からとは告げられることはない花束。月に一度、花瓶に生けられる贈り物。それだけが贈ることを許されたのだと、彼は苦笑いを浮かべる。
毎回、季節外れの花が多かった理由。あれだけ独特の花が活けられていれば、誰からの花だとメイドたちに聞かなくても答えは直ぐに出た。だって、毎月私の誕生日と同じ日付の日には花言葉で愛を語る花が、飾られるのだから。
「でも、第二王子の婚約者にされそうだと知ったときは焦った。スリリングな展開だったが、それ以上にユリエルの気持ちを信じていたしな」
「婚約を解消していないのに、なぜ私は殿下の仮の婚約者になれたのかしら?」
国王陛下が耳にした、ランスと私の婚約解消の話に父様が王城へ登城することとなった。父様の話に国王陛下が告げたのは「シフォンガイ嬢がレイシュベルトに好意を持つ期間を与えて欲しい」という内容だ。私が殿下を慕い、王子妃となる未来を選ぶことでランスとの婚約解消が成されると信じたのだろう。国王陛下は、ランスの父様であるグロウェル公爵にも了承を得て、私に仮の婚約を謳ったらしい。
だから、仮だとしても婚約破棄がすんなりいったのか。公爵家と侯爵家の二家に対しての謝罪となったから、驚く内容の賠償だったのね。
話は終わったとばかりに、腰に腕を回され彼の胸に引き寄せられる。彼もまた、私と同じでドキドキと心臓から大きな音が私に響き渡る。
「ユリエル。今更だけど、ただいま」
「うん。遅くなってしまったけど、おかえりなさい」
ゲームのエンディングまで進めなかった私に、ヒロインは言った。
――「悪役令嬢に転生したアンタには、
不幸しかないんだから」
……悪役令嬢に転生したけど
ランスと幸せになりたい
「ランス。私、ランスじゃなきゃ駄目だった」
「当たり前だろう。俺しか、お転婆なユリエルを幸せにできる奴はいないぞ」
「うん。ランス、大好きよ」
「知ってる。俺も、ユリエルが大好きだ」
卒業式の会場に、ランスのエスコートで現れた私に会場の誰もが視線を送る。
両親から贈られたと思っていたドレスは、ランスが私をエスコートする為に仕立ててくれたドレスだった。彼とお揃いの薄紫色の衣装に周囲からの感嘆の声が漏らされる。
二人の登場に、ヒソヒソと話をしている声がピタリと止まると、前方から私に冷たい視線を送りながら近づいてくる人の姿に皆が顔を向けた。
――レイシュベルト殿下だ
「マービラウス・グロウェル……戻ってきたのか」
「はい。私の留学中の間、レイシュベルト殿下には、私の婚約者であるユリエル・シフォンガイをお預かりいただき感謝いたしております」
隣でランスが深々と頭を下げると、私もそれに倣って頭を下げた。
その言動で、周囲の人からは、私がレイシュベルト殿下の婚約者となっていたのは、王家とグロウェル公爵家の間で、何かしらの取決めがあったかのように解釈されたようだ。
どう見ても、学院内でのレイシュベルト殿下と私の仲が婚約者同士には見えなかったと、友人達は顔を引きつらせながら納得した振りをした。それと同時に、昨日の婚約破棄を目撃した場面は、脳内から削除することが望ましいと気がついたようだ。さすが貴族の令息令嬢たちである。
皆の前で、ランスが私の額に唇を落とす。
歓声が上がる中、恥ずかしくて俯いた私をランスが抱き寄せる。
チラリと目だけで周囲を見渡せば、ルシアは驚愕の表情を私に向けている。
「悪役令嬢に転生したけど、幸せになってもいいよね」
小さな声でルシアに向かって呟けば、声を拾ったランスは、私を抱く腕の力を少し強めた。
最後までお読み下さりありがとうございます。
シリーズ第二弾season2として、
ヒロインサイドの作品は異世界恋愛ジャンル。
第三弾season3の、
悪役令嬢とヒロインのその後は、
ヒューマンドラマジャンルにて投稿しました。
その後の作品も制作途中なので、
出来上がり次第投稿したいと思います。
言葉足らずの内容など、シリーズ内で
解決していけたらなと思っております。
誤字脱字がありましたら
申し訳ございませんm(´-﹏-`)m