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わたしたちだけの天国

作者: ななた






少女の死体を見て、花はひどく悲しがりました。涙は出ていないけど花は泣いているかのように嗚咽を漏らしました。幽霊はその様子をじっと見て、決心したように口を開け、そして何も言わずに閉じました。まるでかける言葉が見つからないと言うように。実際そうだったのでしょう。花と幽霊は友達でしたから。

花はひとしきり悲しむと、幽霊に話しかけました。

「僕はこの子を守ります」

どうやって? と幽霊は聞きませんでした。花はただの植物で、なんの力もありません。少女は死んでいてその命は返ってきません。けれど幽霊は花の言葉を信じました。

「ああ、守ってあげてくれ」

幽霊の頭がズキリと軋み、幽霊は痛む箇所を手で押さえました。死んでからも、痛みはあるのか。幽霊は呟きました。




わたしが自分が死んでいたことに気付いたのは随分と前だ。薄ぼんやりとしていた景色がだんだん鮮明になり、気が付いた時にはここでしゃがんでいた。まるで改めて産まれ落ちたかのような体験だった。わたしが幼い子供なら、この過程を『物心がつく』と呼ぶんだろう。

わたしがいる場所は、山の中腹の少し開けたところで、十畳ほどの広さだった。まるで麓への目印のように大きなイチョウが生えていた。そして、ボコボコと地面に広がっている根っこを避けるかのように小さなお地蔵様がいた。でも雨晒しで手入れをされている気配はない。お供物もない。人があまり来ない場所なのだろうか。イチョウの他には、わたしの腰くらいの高さの花が一株あった。紫の花がたくさん咲いている。花を近くで見ようと歩くと、足が重い。幽霊だから脚はないはずだろうと思って下を向くと脚はあった。白い着物を着て、透けている。裸足だった。幽霊の自覚はあったがやはり幽霊だった。再び歩き出すけどどうにも脚が重く、まるで鉛をつけているようで、五歩ほど進むと息が上がった。幽霊なのに呼吸を荒げている。

途方に暮れてわたしはその場にしゃがみ込んだ。空は青く、白い雲が二、三つ丸く浮かんでいる。この空を見る限り、きっと今は初夏だな、と検討をつける。そして、この知識は生前のものだろうかと首を捻った。

しばらく空を眺めていると「すみません!」とどこからか聞こえてきた。山で迷った人でもいるのだろうか、しかしわたしはここから動けないし幽霊なんだよなぁと思いながら声の主を探すと、もう一度「すみません!」と聞こえてきた。若い男の声で、わたしは立ち上がる。その間も何度か「ここです!」「気付いて!」と聞こえていた。同じ方向から声が聞こえることに気付き、その方向をじーっと見つめていると、「僕は、ここです!」と聞こえた。そして同時に風が吹き、花がそよそよと揺れた。わたしが「花が……?」と呟くと、耳がいいのか「そうです! 気付いてくれてありがとう!」とすぐに返事がきた。

「……まあ、わたしも幽霊だから。喋る花がいてもおかしくはない」

「そうですね! 早速ですが、自己紹介をしませんか?」

「あいにく自分のことは何一つ覚えていないんだ。気が付けばここにいた」

「そうですか! 僕も気がついたらここに生えていたんですよ!」

しばらく静寂が流れ、まるで雲の流れる音が聞こえてくるかのようだった。わたしは咳払いをする。

「まあ、わたしはここを動けないし、お前も動けないだろう。お互い仲良くしようじゃないか」

「はい! よろしくお願いします! えーっと、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「何?」

「それ、痛くないんですか?」

「それ?」

わたしは咄嗟に自分の身体を確認した。白い着物、透けてる身体。さっきと同じだ。

「頭です!」

「頭?」

指摘の通り、手を頭にやると、なんだかカピカピしたものが頭全体に広がっていて、当の頭蓋骨はなんだかベコリと凹んでいた。

「うわ!」

「ご、ごめんなさい! 気になってしまって……。痛くないんですか?」

「痛くない……。もうわたしは死んでるし」

「そうですか! 痛くないなら良かった! それにしても、どうして凹んでいるんですか? それに赤黒いですよ?」

「鏡……は、ないか。多分、わたしは頭をぶつけて死んだんだ……」

「え!? 大変じゃないですか!」

「だからここから動けないのかもしれない。わたしの死体がここらへんにあるんだ、きっと。家族に弔ってもらってないから幽霊になってる」

「そんな! それは悲しいです! 僕は花だけど分かります!」

花は植物のくせに声が大きい。わたしは幽霊だからかボソボソという小さな声しか出なかった。なんだか自分が恥ずかしくなった。

「これからどうしよう。わたしはここから動けないし……」

「僕とお話ししましょうよ! 僕もここから動けません。お友達になりましょう! ご家族が探しにきてくれるまで一緒に待ちましょう!」

「いいな、それ」

こうしてわたしと花は友達になった。

二人? で、台風の日は大声を張り上げてみたり、時々来る猪やら鹿やらたぬきやらうさぎを観察してみたり、雪が降ったら、雪が身体を通り抜けるぞー! と踊ったり、春は山頂にある桜を眺め、気がついたら季節が四度巡っていた。

その間、人間は一度もここに来なかった。


その日もいかに時間を潰せる遊びを思い付くかどうかを競っていた。

「今日も雲の形で何を連想するかの遊びしよう。あれが一番楽しい」

「それは賛成ですけど、僕は思うんですよ。前のあの形はやっぱり蝶々でしたよ。あなたは猫だって言い張りますけど」

「いやぁ、あれは絶対猫だった。あれだよな……見たものを永久に残せるものがあればいいんだけどな」

「そんなものは無粋ですよ。何もかも移り変わっていくから美しいんです」

「はいはい。花はいつもそう言うもんな」

その時だった。季節は秋で、サクリサクリと落ち葉を踏む音が聞こえて、わたしと花と野生動物しか来なかった場所に一人の少女が現れた。まるでここには来てはいけないと代々親から教えられているのかと疑うくらい人が来なかったので、花もわたしも一気に口を閉じた。

少女は当たり前だがわたしに気付かず、イチョウに近寄っていく。初めて、姿の見えない幽霊で良かったと思った。頭が凹んで血が出ている姿を見られるのがなんだか恥ずかしかったのだ。少女は生きているもの特有の桃色の頬と潤んだ目をしていて、黒い髪は丁寧に結ってあった。金持ちの娘なのか綺麗な着物を着ている。背はわたしより低く、年齢は十代後半に見えた。少女はイチョウの近くで立ち止まり、じっと黄色い葉を眺めていた。銀杏がたくさん生っているので、わたしは感じないがきっと臭うだろうに少女はいつまでも動かない。

しばらくすると少女は歩いてお地蔵様の前にしゃがみ込み、手を合わせた。長い時間が過ぎる。わたしは動けないからその場に立ったまま少女の小さな背中を見ていた。落ち葉がひらひらと散り、少女の背中や頭に降っている。長い時間が経ち、少女はようやく立ち上がり、踵を返し元来た道を引き返していった。

落ち葉を踏む音が聞こえなくなった頃、ふうと息を吐く。幽霊だから、比喩表現だ。

「びっくりしたな」

花に呼びかけたが応答はない。久しぶりに生きている人間を見て緊張したので、わたしは花の返事を待たずにペラペラと話す。

「なんの用事だったんだろうな? 人が来るなんて初めてだろ? 若かったし、可愛かったな。わたしは知らない顔だったけど花はあの子を見たことあるか? ……おーい?」

「へっ!?」

「なんだよ、どうしたんだ?」

「なんでもないです、すみません……。あの子にまた会えますかね?」

「うーん、どうだろう。イチョウを眺めてお地蔵様に手を合わせていただけだからな。なにか、目的があるならまた来るだろうな」

「僕、あの子にまた来て欲しいなぁ」

「そうか? わたしは柄にもなく緊張しちゃったなあ」

「僕、あの子が好きです!」

「は!?」

花が突拍子もないことを叫んだのでわたしも大声を出してしまった。わたしの話し方は未だにボソボソとしているが、今回ばかりはわたしの声は空高く響いた。

「な、何言って……」

「一目惚れです! あの美しい黒髪、美しい瞳、美しい姿!」

「語彙力が馬鹿になってるぞ、落ち着け」

「落ち着いていられません! ああ! 次はいつ会えるのか!」

「花が人間に恋か……」

「いけませんか?」

「いいや? でも困難な恋だぞ?」

「この恋が叶うとは思っていません! 僕はあの子に幸せになって欲しい! それだけです! あの子の愛する人との結婚を祝う花束になりたい!」

「熱烈だな……」

花はすっかりあの子にメロメロで、わたしはそんな様子を見て、これからは退屈な時間が減るかもな、くらいにしか思ってなかった。

そして思った通りに、花とわたしの楽しみはあの子がここに来ることになり、徐々に、わたしの頭が凹んでいることは綺麗さっぱり忘れてしまった。





驚くべきことに少女はそれなりの頻度でここに来た。

ここに来ても、やることといえばイチョウを眺め、お地蔵様の手を合わせるだけだった。村にもこの大きさのイチョウはあるだろうし、お地蔵様に特別な縁でもあるのだろうか? と花と二人で色々話し合ったけど、答えが出るわけでもないので早々にやめた。少女が来た日は花がウキウキと嬉しそうによく話すので、わたしは少女のことをよく観察するようになった。そして、少女が帰ってあとに今日はあの子はああだった、こうだったと花とお喋りを楽しんだ。

そんな日々が続き、初雪が降った日の夜のことだった。わたしは幽霊だから眠らないが、夜になると頭がぼんやりしてくる。花も生き物だから夜は眠って話さない。ぼんやりとした頭で、なんだかガサガサうるさいなぁと思っていた。幽霊とは言え夜目が効くわけでもない。また猪かな、と目を閉じた数時間後。わたしは花の絶叫で飛び起きた。空は白み、空気が冷たく凍っていて、朝焼けがぼんやりと薄く、人間だったら白い息が出ているような、透き通った冬の朝だった。

「ああ! ああ! あああああなんてことだ!!!」

花は錯乱していた。その言葉は意味を持っておらず、わたしは自分の目で確認しなければならなかった。まず目に入ったのは沢山の足跡。次に、花の近くにまだらに赤くなった白い着物。最後は、壮絶な表情で死んでいる、いつも見ていた少女。

わたしは思わず走り寄った。

少女は白い着物を着て死んでいた。死んでから着せられたものではなかった。着物は穴だらけだった。穴の周りは赤黒くなっていて、何か鋭利なもので刺されたような深い傷があった。顔は何度も殴られたように歯が折れ、顔が腫れていた。耳から血が出ている。もうこれ以上詳しく言うのはやめよう。それくらいひどい死体だった。

「一体誰がこんなことを……!」

花はまだ混乱しているのか、苦しげにうめき声を上げていた。無理もない。恋をした少女が、こんな、尊厳を全て踏みにじられた姿で、自分の近くで死んでいたら、それはそれは苦しいだろう。わたしは手を伸ばす。せめて涙の跡の残る目を閉じてやりたかったからだ。しかし、わたしの手は少女の体を通り抜け、少女の身体に触れられなかった。

わたしは立ち上がり、元の位置に戻る。座り込む。花は泣いている。知っている、植物は泣かない。しかし、花は泣いていた。わたしはかける言葉もなく、ただ黙って座っていた。どれくらい経っただろうか。花の啜り泣きが止んだ。

「幽霊さん」

花はいつもの元気な声ではなくなっていた。まるで雨が降る冬の夜のような、底の底まで沈みきった声。

「……なに?」

「僕は、僕は……この子を守ります」

「は?」

ザワリと風が吹いた。なんだか日差しが強くなっている気がする。ああ、春が来るのか。

「僕はこの子の幸せを願ってました」

「……知ってるさ」

「でもこの子は酷い死に方をした」

「……ああ」

「ここには人が滅多に来ない。ここにいる限り、この子は弔いもされず、墓に入れてもらえない」

「……そうだな」

「それに、僕はこの子がこの姿でいるのをもう見たくない!」

花の大声が駆け抜けていく。わたしが初めて聞く花の大声だった。

「だから僕は大きく大きくなって、この子を隠します。僕なりの弔いです。幸い僕は花ですから、この子を隠し、美しくできる」

わたしは、何も言わないほうがいいだろうと判断した。花に表情はない。でもわたしは花の声を知っている。おどける声、笑う声、拗ねる声……。花は、退屈なわたしの良き友人だった。花の声は強い決意が滲んでいた。反対してもきっとやり遂げるだろう。それにあの子を好きだった花が、ずっと苦しんで苦しんで見つけた答えを、お互いを救う方法を、否定する事はできなかった。

「ああ、そうしてやってくれ……。わたしもその子の姿を見ているのは辛い」

花は、それから大きくなり始めた。何がどういう原理なのかは謎だが、植物には植物なりの理があるのだろう。

わたしはいつのまにか五歩以上歩けるようになっていた。でもその場に留まった。花が大きくなり、葉を広げ、たくさん花をつけ、名前も知らないあの子を守り、隠していく様子を見守った。

年月が経ち、わたしより小さかった花はわたしがのけぞって見上げなければならないほど大きくなった。花の根元にあった少女の死体はすっかり隠れてしまい、もうとっくに見えなくなっていたけど、わざわざ見に行く気にはなれなかった。

「大きくなったなあ」

「我ながら大きくなりました」

「そうだなあ。そのうちあのイチョウの背も追い越すんじゃないか?」

「楽しみですねぇ、きっと追い越してみせますよ」


そしてある日唐突に、ガヤガヤと複数の声が聞こえたと思ったら、大勢の人間がやってきた。ここ十年、ここに来た生きた人間はあの少女しかいなかった。男も女も、老いも若きもたくさんの生きている人間が、梯子やらカゴやらを持っている。人間たちはなにやら話しながら、花に群がりだした。

そしてその瞬間、わたしは全てを思い出した。

どの人間の目にも映らない身体がよろめき、しゃがみ込んだ。頭に手をやる。凹んでいる。

わたしは駆け出した。

後ろから、花がわたしを呼ぶ声が聞こえてきた。






「……来たか」

全てを思い出したわたしは村長の家にいた。目の前には白い髪で、六十を過ぎたというのにがっしりとした肩幅の広い男が座っている。予想通り、こいつにはわたしが見える。

「ふざけるな!」

わたしは叫んだ。

村長は動じない。ただ座ったまま、わたしを哀れなものを見る目で見ている。そこにはかつての生贄への憐憫だけが漂っていた。

「経ったのか! 二十年が!」

「そうだ」

村長は堂々と頷いた。

「あの花は、薬だ。しかも、都で貴族が惜しげもなく大金を出して買う薬になる。二十年に一度、少女の死体をあの花のそばに捨てれば、何故か花は大きくなる。十年かけて花は大きくなり、我々は花を摘み、煎じて、薬を作り、売る」

「だから殺したのか! あの子を!」

「ああ」

村長は指を折って数える。

「初めてワシが儀式をしたのが十六の時。次が三十六。次が五十六。カヨ、ミツ、そして今回、サキだな。久しぶりだな、ミツ」

忘れていた名前を呼ばれてぐっと唇を噛む。

「あの花は不思議でな、少女の死体が無惨であればあるほど大きくなる。だからなるべく残酷に殺す。でもお前は選ばれた時、従うふりをみせて、土壇場で死に物狂いで抵抗したなぁ。仕方がないから全員で押さえつけて頭をかち割って、夜明けが近かったから急いで花の近くに捨てた。お陰でこの二十年も飢えずに済んだ。そうそう、お前が抵抗して背中を切り付けたあの男は、すぐに手当てして今もピンピンしてるよ」

「みんなを守るためだけに、一人の命を犠牲にするのか!?」

「なあミツ。あの時も何度も言っただろう」

村長の口ぶりはまるで聞き分けのない子供を相手にするように優しいものだった。

「お前さえ死ねば、村の数十人が飢えずに済む。わしは村長として、お前一人の命より、もっと多くの命を守らなければならない。この土地は貧しい。みなが満足に食えるほどは食料は獲れない。お前が好きだったアイツも、あの時は嫁の腹に子供がいたな。あの時の子は大きくなって数年前に嫁いだ。アイツも孫が出来て喜んでいる。お前が死んで、守った命だ。お前はわしらを守り死んで、お前が死んでくれたことで命は繋がっていってるんだ。お前の死は無駄ではない。悔しいだろうが分かってくれ」

わたしは何も言えなくなった。絶対に間違っていることは分かる。大勢のために、一人の人生が踏みにじられることはあってはダメだ。悔しい。悔しい。悔しい! 死にたくなかった。でも、わたしが死んだことで助かっている命もある。

わたしは村長の家を飛び出した。途中で、わたしが見えない子供が無邪気に遊んでいる。暖かそうな着物を着て、走りまわっている。キャアキャアと笑い声が聞こえる。

わたしが守った村。

「くそくらえ!」

わたしは大声が叫んで、山に帰った。





「あ、どこ行ってたんですか?」

山にはまだまだ大勢の人間がいて、花を摘んだり枝を切ったりしていた。これから薬にして、売るのだろう。お喋りをしながら花を摘む女たち。選ばれなかった、生きている女。

生贄はくじで選ばれる。選ばれたらどんな事情があっても惨たらしく殺されて捨てられる。運命だと受け入れるしかない。

わたしは泣いていた。こんな辛いこと、思い出したくなかった。悔しくて、辛くて、もう生まれ変わるなら人間にはなりたくないと思っていた。

「幽霊さん、大丈夫ですか!? 悲しいんですか?」

「悲しい……」

「あの、ごめんなさい。あなたに残念なお知らせがあります」

「なんだよ!」

「僕、もうすぐ死んじゃうみたいです」

「は!?」

「あの、種は出来ているのでこの人たちが植えたら花自体はまた咲くんですけど、大きくなるのに力を使ってしまったので、僕はそろそろ限界が近いです」

なんでこの人たち急にやってきて僕の花を摘むんでしょう? と花はのんびりとしていた。





そうだ。

わたしも二十年以上前、殺されて花の根元に捨てられた。村長は『この二十年も飢えずに済んだ』と言っていた。そして、種が出来ているということは、この花もかつては種だった。

つまりこの花の親も、わたしの死体を隠すために大きくなったのか?

花との日々が頭に次々と浮かぶ。まるで真夏の雷のように閃光が走り、私の身体を貫いた。




「あっ幽霊さん、リス、リスいる。リスです、そこそこ」

「え! どこどこ?」

「そこです!」

「お前に指があったらなあ……。あ、いた! うわあ可愛い。わたしの姿は見えないから近寄ってくる」

「頬袋パンパンですよ。秋ですねぇ」




「なあ、曇ってきたぞ。きっともうすぐ雨が降るだろうな。また雷が鳴ったら面白い!」

「この前の雷は絶対に近くに落ちましたよね! なにしろもう、地面が揺れるほどの大きな音でしたから!」

「今回はどこに落ちるだろう。ここに落ちたらわたしは成仏するかな」

「雷で成仏するんですか? それは成仏じゃなくて除霊じゃないですか?」

「うるさいぞ」



「今日はあの子、髪を結ってましたけど寝癖がついてましたね!」

「前髪がピョンピョンしてたな」

「気になるのかずっと触ってて、眉毛が下がってて、可愛かったですね!」




花はすごくいいやつで、話しやすくて、なにより植物だからか純粋に少女を愛していた。いや、もう村長から名前を聞いたから名前で呼ぶ。サキを愛していた。生贄に選ばれた途端にわたしを捨てて、急ぐように他の女と結婚したアイツなんかとは大違いだ。年頃の女がたくさんいたほうが自分の娘が生贄にされる確率が下がるから、とわたしを引き取ったのに、下僕のような扱いをしてきたどこまで血の繋がりがあるのか分からない親戚のババアとは大違いだ。博打したさに、二束三文で喜んでわたしをババアに渡した両親とは大違いだ。最初から最期までクソだった。生きている意味なんてなく、愛はなく、ただ、運命という名の他人のわがままに振り回されて死んだだけの人生だった。

でもわたしの死体は隠してもらえた。

花が大きくなって村が飢えなかったことなんて心底どうでもいい。

けれど、わたしは死んでから花に守ってもらえた。わたしの死体を見て、花は泣いたのだろうか。苦しんだのだろうか。自分が出来る精一杯をしようと、大きくなってくれたのだろうか。






それは、紛れもなく、愛ではないだろうか。







男たちが花の根元にしゃがみ込んで何かを拾っている。きっとサキの骨だろう。

ふと隣に温もりを感じて、そっと左を見た。

サキが立っていた。

白い着物を着て、血塗れで、ぼんやりと透けている。わたしはサキを抱きしめた。幽霊になって初めて触れる温もりだった。サキは反応しない。まだ『物心ついていない』のだろう。

「痛かったな。怖かったな。苦しかったな」

わたしの涙がサキの着物を濡らす。

「ごめん、ごめん、ごめんね……」

わたしたちは紛れもなく被害者だ。でも、何処かで止められたかも知れない。今はわたしの命ではなく、サキが死んだことが悔しかった。

わたしは震える指を伸ばし、そっとサキの瞼を閉じた。ようやく閉じられた。わたしはサキの目を閉じるために幽霊になってここにいたんだ。

「今は眠りな。忘れてしまえ、全部、全部」

しかしきっとサキは目覚め、わたしが仲良くなったように花の子供と仲良くなり、全てを思い出し、そしてわたしのように消えるのだろう。

身体がどんどん透けていくのが分かった。半透明なサキがくっきり見えるほど、わたしは透けていた。強烈な眠気に襲われる。墨が水に溶けていくように、この世では認められない存在のわたしがあやふやになっていく。

花は喋らなかった。一足先に行ったのかも知れない。

きっとどこかにわたしたちだけの天国がある。生贄となり、殺され、捨てられた少女たちだけの天国が。

「先に行って、待ってるからな!」

わたしの意識はそこでプツリと消えた。









風がザワリと吹いて、木々が葉を揺らし音を立てました。

季節は秋。どんぐりが枝から落ち、コロコロと転がり、どこからか金木犀の香りがします。

幽霊は目を開けました。

何も思い出せず、ここがどこだかも分からず、幽霊は混乱していました。

そんな時「おーいおーい」と呼びかける声が聞こえてきました。

キョロキョロすると、小さな花の辺りから声が聞こえてきます。

幽霊が「花……?」と呟くと「やっと気付いたか!」と花は呆れているようです。

幽霊は花に近づこうと歩きますが、なぜか足が重くて進めません。

諦めてその場にしゃがみ込んだ幽霊に、花は心配そうに尋ねました。

「なあお前、それ、痛くないのか?」



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